息子との出会いⅡ
―デボラ 数十年前―
「――あの遺体はこの赤ちゃんの母親です」
「そんな……酷過ぎるぜ」
トーマスはやり切れないという表情を浮かべ、私の腕の中でスヤスヤと眠る赤子を見つめた。
「あの遺体を見れば分かったと思いますが、彼女は鳥族でした。私と同じでね」
眼鏡をかけた茶髪の青年――ピーターは、近所で医者をやっている。実は彼は鳥族である。上手く身を隠し、自身が鳥族であるということを役人達にバレないように色々工夫しながら。鳥族の信念において、それは裏切りも同然らしい。が、彼はあえてそれを選択している。
人間の医者が大体戦地に連れて行かれてしまったことで、私らは気軽に病院に行くことが出来なくなった。診察代も薬代も高い。そんな中で、彼のやっている病院だけは通常状態だ。それが私らにとって、どれだけ救いになっているか。
彼の正体を知ってしまったのは偶然だ。僅かな油断だったのかもしれない。それを知ってしまった日から、彼の正体がバレたりしないようにずっとサポートをしている。
「でも、鳥族と戦争をしているのは山の方じゃねぇのか? どうしてこんな所で……」
「逃げて来たのだろうと思います。彼女がその戦争に参加していたかは分かりません。が、とにかく何者かに命を狙われていたのは間違いないでしょう。しかし、その途中でこの赤ちゃんを守り続けて逃げるのが難しくなった。だから、貴方達に託したのかもしれません。だだ、その場合少し気になることがあります」
「気になることってなんだい?」
「貴方達が鳥族を嫌悪するタイプの人間だったら、どうしていたのでしょうか。この赤ちゃんは殺されていたかもしれません。なのに、彼女は……危機差し迫っていたからそこまでのことを考えられなかったのか、貴方達がそういう人間だと知っていたのか……何か心当たりはありませんか?」
「心当たりって言われてもねぇ……人に紛れて生活をする時は、鳥族は普段羽を隠してるだろう? だから、分からないんだよね。お客さんで妊娠していた人もねぇ、心当たりがないんだよねぇ」
こんな状況の中で来てくれるお客さんは、昔からの常連客くらいのもの。しかし、その中で妊娠していると分かる女性はいなかった。
「そうですか……」
「すまねぇな、力になれなくて。というかよ、この子はどうしたらいいんだよ」
「普通に役所に届けを出せば、この子は殺されてしまうでしょう。なんせ、鳥族の中でも恐ろしいと言われているカラスの子ですから」
彼は冷静に、感情を押し殺すようにして言い放った。
「っ!? そんなの駄目よ! そんなの……この子のお母さんが報われないわ。いくらカラスって言ったって、全てが狡猾な奴じゃないと思うんだよ」
「どうでしょうね? まぁそう思うのなら、貴方達がこの子の親代わりになればいいのではないでしょうか。今は戦争でゴタゴタしていますしね、どうにかなるでしょう」
「出来るか!? 自分のことをやるのとは訳が違うだろ」
「その辺は私に任せて下さい。慣れてますし、普段お世話になっているお二方ですからお礼も兼ねて」
そう語る彼は、どこか自信に満ち溢れていた。恐らく彼は、今まで様々な手段で役人や周囲の人間の目を誤魔化してきたのだろう。ならば、任せてもいいかもしれない。
「そうかい……じゃあ、お言葉に甘えようかね」
「お前……」
トーマスが驚いた表情で、私を見た。
「この子の為に出来ることをやりたいんだよ。この子の母親の為にも責任を持って、育てたいんだよ」
私は可愛らしい赤子に目を向けた。なんて、愛おしいのだろう。本能的に守ってあげたいと思いたくなる顔だ。
「はぁ……分かった、お前がそこまで言うならいいぜ。昔から、お前には我慢して貰ってばっかだったしな。ま、この子に俺の料理を呆れるほど食わしてもやりてぇし! ハッハッハッハッハッ!」
トーマスは少し出てきたお腹をポンと叩いて、豪快に笑った。
「しっ! 折角寝たのに起きちゃうでしょうが」
「お? あ、すまねぇ」
(全くもう……)
「決まりましたね。とりあえず彼女の遺体は私が回収して、鳥族の伝統的な弔い方をしようと思います」
「そうかい。分かったよ」
この時は、この子を幸せに出来ると信じて疑わなかった。しかし、それはただの思い上がりだったのかもしれない。




