息子との出会いⅠ
―デボラ 数十年前―
「――あんた、ちょっと来ておくれよ!」
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
腕の中で大声で泣く赤子を、私は必死にあやしていた。何か不快なことがあるから、この子は泣いている。だが、その原因が私には分からない。ずっと子供が欲しいと思っていたというのに、何だか不甲斐ないものである。
「おーよしよし」
「おぎゃあ~! おぎゃあ!」
白いタオルに包まれた黒髪の赤子は、まだ生まれて間もないように見えた。顔を真っ赤にしながら、必死に何かを伝えようとしている。
「あんたぁあああ!?」
開けっ放しになっているドアから怒鳴るように、再びトーマスを呼んだ。
「なんだ~? 忙しいってのに……」
だるそうに頭を掻きながら、ようやくトーマスが外に出てきた。
「そんなことを言ってる場合じゃないよ。ほら、見て!」
欠伸をしながら面倒臭そうな顔を浮かべる彼に、私は腕に抱いた赤子を慌てて見せた。
「え!?」
彼は目を見開いて、その場に固まった。
「うちの前に置き去りに……さっき、突然泣き声が聞こえ始めたんだよ。もしかしたら、まだ近くにこの子の親はいるかもしれない」
私は周囲を見渡した。が、人っ子一人見当たらない。まだ朝の四時、ほとんどの人が眠っている時間だから無理もない。
それに今は、鳥族との戦争が激化している物騒なご時勢だ。田舎の方は、戦火によって荒れ果ててしまっているらしい。普通に考えれば、こんな時間に赤子を連れて出かけることは多くの人が避けるだろう。ならば、一体どうしてこの赤子はこんな所にいたのだろう。
「なんでまた、俺らのレストランの前に?」
「こっちが聞きたいくらいさ、そんなの。まぁ一つ考えるならこんな時間なのに電気が点いてたのは、うちくらいのもんだったからじゃないかね?」
「おぎゃー! おぎゃー!」
「って、おいおい。ずっとこの子泣いてるじゃねぇか、どうすんだよ。お母さんの所に帰りたいんじゃねぇか?」
「そんなこと言ったってね、手がかりが何も――」
「……おい、ちょっと待て。なんか焦げ臭くないか?」
彼が突然、鼻をヒクヒクと動かしながら臭いを嗅ぎ始めた。
「え?」
ずっとこの子に夢中で気が付かなかったが、確かに言われてみると近くから何かが焼けた臭いがした。どこからか運ばれてくる嫌な臭い。この子が不快に感じている原因は、これなのかもしれない。
(もしかしたら、この臭いが嫌で……この子は泣いてるのかね?)
「おぎゃあぁああああ!」
こんなに泣いて苦しくないのか、と思うくらいこの子は泣き叫び続けている。このままでは、呼吸が出来なくなってしまうのではないかとも思った。
(この臭いを放置しておく訳にもいかないしね。根本的に解決しないと)
「あんた、ちょっと代わりにこの子を持っといて」
「え!? 俺!?」
「いいから! 頼んだよ!」
彼に泣き叫ぶ赤子を抱かせると、私は急いで悪臭の所へと走った。彼の抱き方はかなり不格好だったが、そのことに構っている場合ではなかった。
(なんて臭い……焦げた肉みたいな……)
臭いは店の近くのようだった。そして、正解だとでも言うように店の裏に近付くに連れて、その臭いは強くなっていった。鼻が腐ってしまうのではないかと思うくらい。それでも、私は鼻を塞ぎながら臭いの下へと向かった。
(あれは……?)
そして、店の裏に辿り着いた時……そこには真っ黒な物体があった。この悪臭は、間違いなくそれから発せられているものだった。
何となく胸騒ぎがした。近付くのが怖かった。見るのが怖かった。けれど、私の足は動いていた。
「っ!」
そして、その黒い塊の前に立った時、これが元々なんであったかに気付いた。真っ黒に焼けた身体、性別がどちらであるかも判別出来ない顔、そして激しく損傷した大きかったであろう翼。
(これは……鳥族の――)
「いやああああああああああああああ!」
生まれて始めて見た、残酷で無残で凄惨で生物としての全てを奪われた者の遺体。どこか遠くに感じていたものが、近くにやってきたのだと実感した瞬間だった。




