明かされるもう一人の住人の話
―レストラン二階 朝―
「おやおや、花を見てたんだね」
僕は思わず咄嗟に手を引っ込めてしまったのだが、それをする前に見られていたらしい。やましいことなどしていたつもりはないが、傍から見ればかなり不審な行為である。
「は、はい。綺麗な花だなぁって」
「そうだろう? 私もそう思うよ」
そんな不審な僕に怪しむ所か、笑みを向けるおばあさん。そして、その手にはお盆が握られていていた。お盆の上には湯気の立つ皿があった。いつも通り、朝食を持って来てくれたようだ。
「えっと、この花は……どうして飾ってあるんですか?」
「どうして、か。そうだねぇ、気になるよねぇ。あの人には言うなって言われてるんだけど……別に隠す理由もないような気もするんだよねぇ。うん、タミになら話してもいいだろう」
彼女は少し困った笑顔になって、花に目を向けた。
「あの人?」
「え? あぁ、トーマスのことだよ」
「あ、あぁ……」
(トーマス……誰の名前だろう? でも、この感じ僕の知っている人を指しているような気がするなぁ。だとすれば、割腹のいい美味しい料理を作ってくれるおじいさんか?)
咄嗟に理解することが出来ず、少し焦った。ただ、花を見ている彼女にはそれを悟られなかったみたいだ。
「実はね……私らには息子がいたんだ。随分と前の話だけどね。その息子がここの部屋を使ってたんだ」
(そうか……やっぱり。いたってことは……今は)
彼女はそう言いながらゆっくりと部屋に入り、手に持っていたお盆を僕に差し出した。
「あ、ありがとうございます」
僕はそれを受け取った。湯気と共にいい香りが流れてきて食欲が増す。
「立ち話もなんだ、ベットに座ろうじゃないか。そこでこのスープでも飲みながら、ババァの昔話を聞いておくれよ」
「は、はい……」
僕は彼女に促され、再びベットに腰かけた。語ろうとする彼女の顔は、神妙な様子に変わっていた。
(まさか、こんな形で話を聞けることになるなんて)
思ってもいなかったことだ。もし、僕が花の前に立っていなかったら明らかになることはなかったのだろうか。
「話すって言っても……どこから話せばいいのかしら。そうだねぇ……息子との出会いの話でもしようかね」
「息子との……出会い?」
その言い方に引っかかりを覚えた。
「あぁ。息子って言っても、実際に血が繋がってた訳じゃないんだ。私らは子供に恵まれなかったからね。養子も考えたけど、色々事情があって無理でね……だから、奇跡を願いながら若い頃からずっと教会で祈っていたよ。でも、気が付いたら三十年くらい時が流れていた。もうそろそろ諦めようと思ってた時に、息子と出会ったんだ。いつも通り店を開けようと思ったら、外から泣き声がしてね。何かと思って外に出てみると、うちの前に……黒髪の赤子が捨てられていたんだよ。それが、今思えば……全ての始まりだったのかもしれないねぇ」




