不気味な大切な子
―トーマス レストラン二階 夜―
うちの前で倒れていたタミを助けて、数日が過ぎた。何故倒れていたのか、何故歩けないほどのダメージを見えない形で負っているのか……など様々な疑問があるまま、それを根本的に解決することが出来ぬままに。
俺に出来ることと言えば、料理に薬を混ぜて分からないように完食させることくらい。本来は病院に行くことが正しいのだろうが、それをタミが恐ろしい形相で拒むのだから仕方ない。何か理由があるのか、それともただ病院が嫌いなだけなのか。元々謎な子だが、さらに謎が深まる。
(ったく……俺が切れ者だったら、今頃全ての謎は解けてたのかねぇ。あいつは一体……何に巻き込まれた?)
俺の作った薬草入りの料理を一日三食しっかり食べているお陰で、タミはすっかり喋ることが出来るようになった。それで、俺は何があったのかを何度か尋ねてみたことがある。しかし、頑なに口を開こうとはしなかった。何か意味ありげな表情のまま硬直し、過呼吸のような症状を見せるだけ。
だから、俺はもう聞くのをやめた。別に苦しめたい訳ではない。変に追及して、またいなくなってしまうのは寂しい。いなくなってしまうことに比べれば、何があったのかは些細な問題だ。
「お~い、飯だぞ~」
俺はタミのいる部屋の前で、声を張り上げた。中から返事はない。もう話せるはずなのに。
(今日もか……)
一昨日くらいから、タミの様子がかなりおかしい。顔も真っ青で熱もあり、かなりだるそうに見えた。風邪でも引いたのかと思い、新たな薬草入りの料理を作ったのだが今の所何も効果がない。もしかしたら、風邪ではないのかもしれない。
確かな答えは出せない。俺は医者でもないし、その道に詳しくない。勘や経験でしか、こればっかりは無理だ。だから、医者に連れて行きたいのだが……それが出来ないのだから仕方がない。俺が、俺なりにどうにかするしかない。
「入るぞ~」
俺はドアを開けて、中の様子を覗き込む。
「タミ!? 何をしてんだ!?」
目に飛び込んできたのは、窓枠に座るタミの姿だった。
(いつの間に歩けるようになったんだ!?)
こちらの声に振り返りもせず、ただ座って外を眺めている。窓は全開で、生温い風が部屋に入って来ていた。
「おい!」
俺が何度叫んでも、タミからの返事はなかった。こちらに振り返る素振りすら見せない。何か様子がおかしい、そう感じて俺は急いでタミの所へ駆け寄った。
「タミ!」
「●◆××◆×●……」
近付くとタミは何かをブツブツと言っていたが、俺には聞き取れなかった。
このままだと落下してしまう、今の状態だと浮遊魔法すら使えないのではと思うくらいの危うさと不気味さ。どうにか窓枠から降ろそうと、タミの肩に触れた時だった。
「ん!?」
ゾクッとする冷たさを覚えて、俺は思わず手を離してしまった。
(なんだ……? この感覚は?)
七十年近く生きてきたが、初めて味わった感覚だった。それを味わって俺は少し立ち尽くしてしまっていたが、ふと我に返ってタミを羽交い絞めにして無理矢理窓枠から降ろした。
しかし、その時にはさっき感じた感覚を感じることはなかった。
(気のせい? いや、でも……分からないな。まぁいい、それよりまずはタミの方だな)
それなりに強い力で引っ張ったはずなのに、俺の腕の中でタミは虚ろな目をして遠くを見ているだけ。引きずり降ろされたということ気付いてもいない様子だ。
「しっかりしろ! くそ!」
結局、タミが元通りになったのはそれから数時間後のことだった。そして、自分が窓枠に座っていたことも、呼びかけに応じなかったことも、タミは何一つ覚えていなかった。




