もう一度、君を
―レストラン二階 早朝―
「――っ!」
目を覚ますと、何故か僕はベットの中にいた。最後にいたのは、あの薄暗い廊下だったはず。おかしい、あれは夢だったのだろうか。
(廊下で……何か突き刺されたような感覚に、背中に感じたあの異常な冷たさ。そして、あの若い男性の声。あれが全て夢だと言うのか?)
「ぅう……」
まだ喉は痛いが、少し声を出せるようになった。僅かでも意思表示がしやすくなるのは助かる。それも、彼が工夫して作った薬草入りスープのお陰だ。
しかし、まだおかしい所があった。いや、新たにおかしくなったと言う方が正しい。昨日にはなかった、体の妙な重さ。眠っているのに肩がずっしりと重く、頭も痛い。
(何だ……これは)
まるで、おもりをつけられているようだ。もしくは、下から凄い力で引っ張られている感じ。
「はぁ……」
目を瞑って再び夢の世界に堕ちようと思ったが、あまりに体が重くてだるくてそれが出来なかった。そもそも、僕は二度寝が得意じゃない。寝るという努力をしなくてはならない。
(仕方ない……起きよう。そして、歩く練習をしよう)
どれほどの期間、僕は監禁されていたのか。本当に分からない。あの監禁によって、僕のあらゆるものが奪われてしまったという事実だけしか分からない。
(体が重過ぎるけど……やらないと、永遠に歩けない)
僕は起き上がり、ベットに腰かけ、床に恐る恐る足をつける。まずは、右足に力を入れてそれを軸に立ち上がろうとした――のだが。
「うっ!」
無様にも、僕はその場に崩れ落ちた。
関節から足全体に伝わる激痛。昨日歩けないという自覚がない時に、普通に歩こうとしてこの痛みを味わった。これを乗り越えなければ、僕は当たり前の日常を取り戻せない。頑張らなければ、これくらいのこと。乗り越えなければ。
どれだけ苦しんでも、手を差し伸べようとする優しい人はいないのだ。今なら、僕は誰にも迷惑をかけず失ったものを取り戻せる。
「うぅぅ……うっ!」
――どうして分からないかな――
僕が再び立ち上がろうと、右足に力を入れた時のことだった。彼の声が聞こえたのは。
――一人でどうにか出来る訳ないじゃないか――
(……うるさい)
頭の中から響くように聞こえる声、耳を塞いでも無駄だ。
――うるさいって酷いよね。僕は気を遣ってるだけなのに、さ――
(今、やらないといけない。早く元の生活に戻らないと駄目なんだ!)
――元の生活に戻る? ッハ、それは無理じゃないかな?――
彼は、軽蔑するかのように笑った。
――巽、君はもう後戻り出来ないくらいに巻き込まれている。いや、決まってたんだろうな、最初からこうなることは。あぁ……可哀想に――
(……どういうこと? ねぇ、君は何か知っている? 覚えている? 僕の中から、色々見てるんでしょう?)
含みのある彼の発言。もしかしたら、僕が忘れていても彼なら覚えているかもしれない。そう思って問いかけてみた。
――見ているだけ、それ以上のことは出来ない。いや、やってしまうのは駄目なんだ。余計に分離が進んでしまう。僕が何かをするということは、力を使うということだ。まぁ、本当は君と関わるのも駄目なんだけど。でも、何もしなければあいつの思う壺。あんな……下等生物如きに。ねぇ、もしものことがあったら……もう一度、君を……――
そこで、彼の声は途切れた。僕の思う答えは得られなかった。
(ねぇ、ねぇ!)
僕が何度問いかけても、もう返事はなかった。
(言いたいことだけ一方的言って、自分が満足したら無視……中途半端だな、君は)
そんな嫌味を言ってもみたが、そうしていることが恥ずかしくなるくらい頭の中は静かだった。




