全身全霊体で伝える
―レストラン二階 朝―
(美味しいっ!)
その琥珀色のスープを見て匂いを嗅ぐと、空っぽだった胃袋が激しくそれを求めた。つまり、忘れていた空腹を思い出してお腹が空いたということを言いたい。
気が付けば、僕は皿からスープを一気飲みしてしまっていた。見た目や匂いに負けない、完璧な味。これは何のスープなのだろう。
「このスープには歴史がある。昔々……薬嫌いの子供がいてよ。大人は困ってた。どれだけ苦しくても、絶対に薬を飲まねぇんだ。そ・こ・で、だ! 大人は考えた……薬を薬だと認識させなければいい。自慢の料理で全て誤魔化しちまえ、と!」
男性は腕を組み、頷きながら遠くを見つめる。その目は、在りし日の思い出を思い返しているように見えた。
「結果、それは上手くいった。子供はまんまと罠にはまった。結局、その日飲んだスープに薬が普通に入っていたことにも気付かずに……成長し大人になった。ま、そんなこんなで出来た薬入りスープだ。でも、上手いだろ? 体調もかなり悪そうだったし、試しに喉の荒れを治す薬草をすり潰した奴をさらにどっろどろに溶かしてこのスープにしたんだ。苦味を消すことは出来ないが、誤魔化すことは出来る。そう、俺くらいのレベルになれば味覚を誤魔化すことくらい容易いものだ。その仕組みについてだが――」
「あんた、今その話はどうでもいいだろう。あんたの料理のこだわりとか、知らないって話さ。まったく……ごめんねぇ、タミ」
熱く料理について語ろうとしてた男性を、冷静にとめる女性の声がした。そちらに顔を向けると、呆れ顔の女性がカゴを持ってそこに立っていた。
僕はそんなことはない、と伝える為に大きく首を振った。
「アッハッハッ! すまんすまん……つい熱くなってしまった。語り出すととまらん口でな」
「ほんっと、そういう所は若い頃から変わらないんだから。さ、スープだけじゃ足りないだろう。サンドイッチを沢山作ったよ、お食べ」
女性からカゴを受け取り、中を覗いた。レタスと毒抜きハムと卵が使われていて、見るだけでさらにお腹が空いてくる。
(美味しそう……いや、絶対に美味しいな)
僕は二人にお辞儀をして、遠慮なくそれを頬張った。レタスのシャキシャキ感と瑞々しさ、たまごのまろやかさ。それで、毒抜きハムの少し癖の強い味を美味しい物へと変えてくれている。
(うん! やっぱり美味しい! あぁ、感謝の気持ちも料理の素晴らしさも伝えることが出来ないなんて……悔しいな)
「美味しいかい?」
僕は口いっぱいにサンドイッチを含みながら、思いっ切り頷いた。動作や行動だけが僕の使える伝達手段。それしかないのなら、全身全霊で全力でやるしかない。
「フフフ……そりゃ、良かったよ」
「嬉しいもんだな、ここまで美味しそうに食べて貰えると……」
二人は僕を見つめながら、優しく微笑んでいた。




