素直になれない
―クロエ ? 夕方―
翌日、学校が終わり何事もないように帰って来ると、玄関入ってすぐの所にガスマスク男ことエトワールが待ち構えていた。
「帰って来たか」
「……ただいま」
壁にもたれかかって、まるで遅刻した恋人を待っているかのようだった。あくまでこれは物の例えであって、お互いにそういう想いは一切ない。
「もう調べたんだ」
「命の危険もなければ、情報を隠すほど怯えている人物でもない。まぁ、事前に与えられた情報が少な過ぎて半日かかってしまったが。今日、お前の周りにいる奴の様子を見て誰かはすぐに分かった」
彼は壁に頼るのをやめ、ゆっくりと私の方に歩く。そして、立ち止まると淡々とした口調で話し始めた。
「あの女の名は、クリスティーナ=ミースター。魔術工学第一人者ハリー=ミースターの子孫。一族のほとんどが魔術工学に携わっていて、彼らも功績を修めている。調べた所、財産も腐るほどあるようだ。まさに、華麗なる一族と言った所か……ふん、俺らとは真逆の世界だな」
「へぇ……」
彼女の名前は、クリスティーナ=ミースターと言うらしい。結構、可愛らしい名前だ。名前と見た目のギャップは少々ある、それはどうでもいいか。
(本当なのか、そうか)
「ただ……クリスティーナ=ミースター、奴はこの華麗なる一族の中で異端と言える存在だ。先ほど、一族のほとんどが魔術工学に携わっていると言ったな? 全員ではない……一族の中で唯一魔術工学の研究やらをしていないが、奴だ。どうやらシステム介入型魔術というものを独自に研究、開発しているようだ。そのせいか、あまり一族には馴染めていないらしい」
「苦労してるんだ、あぁ見えて」
レストランで、やんわりとそういう話を聞いた覚えがある。馴染めていないとなると、家族の輪に入れて貰えていないということなのだろうか。それとも、入れてはいるけれど浮いているのだろうか。
「同情するか?」
「別に。特別悲惨な人生を歩んでいる訳でもないし」
「そうか……一応、情報はこれくらいだ。無償でやってやったんだ、不満はないよな?」
「ないわ、ありがとう」
これ以上、話すことは何もない。私が必要だったのは、クリスティーナの言っていたことへの確証。それを得られた。私は、次の行動に移さなくてはならない。
(今日は流石に無理。明日、彼女に直接聞くしかないわね。その間に出来ることをやろう。いつ実行して、どのように行動するかを考えた方がいいかな。ボスのスケジュール表が堂々と飾ってあって良かった。普段は気にしたことないけど、まさか役に立つ時が来るなんて、ね)
私は彼に背を向けて、広間に飾ってるスケジュール表を見に行こうと足を一歩踏み出した時だった。
「……待て」
突然、呼びとめられた。予期せぬことで内心驚いたが、それを悟られないように顔は向けず、彼の呼びかけに応えた。
「何?」
「クリスティーナ=ミースターと友好関係を築きたいのか?」
「は? 違う。鬱陶しいから、何なのかなって思っただけ。第一、人間と友達になるとかありえないから。これ以上は、私のプライバシーの領域よ。もう関係ないでしょ」
昔から、彼は面倒臭い所がある。お節介というか、気にし過ぎというか。組織の五番目で、いくつかの部隊を持つリーダー的立場だから無理もないのかもしれないが。
「すまない……その通りだな。忘れてくれ」
そして、私とは反対方向に足音が消えていった。
「どいつもこいつも……ウザいのよ」
余計なことを言われてしまったせいで、頭の中にそれが刻まれたように残っている。これから、難しいことを考えなくてはならないのに。彼女を利用しなくてはならないのに。
「あぁ! もうムカつく!」
私は近くの壁を思いっ切り蹴った後、自室に向かった。




