この部屋の仕組み
―? クロエ 夜―
あの決意の翌日のことだった。普段だったら、一週間おろか一カ月も姿を見せないボスが、何と帰って来たのだ。「なんか今日の用事が早く終わっちゃって。やったね」と、機嫌良さげにスキップをしながらあのモニターのあるこの部屋へと向かった。
だから、私もその後を追ってこの部屋に来た。
「うんうん、ちゃんと元気してるねぇ」
ボスは革椅子に座ったまま、満足気に回転する。
「そういや、クロエどうしてついて来たの?」
「……いけませんか?」
「フフ、別にいいけど。さて……音楽をとめるか」
そして、ボスは回転をやめると、モニター画面を覗き込んだ。巽君は画面の中央で苦しそうに顔を歪め、何かを叫び続けている。その声は当然、こちらには届いていない。
「う~ん……と、機械音痴だからいまいちよく分かんないけど~どれだっけ? イザベラがやってたから、分かんないなぁ。この辺だったよ~な、試しに押してみるか。爆発したりはしないだろうし」
部屋に無数にあるボタンを見比べて、結局ボスは正しいボタンを見つけ出せなかったらしい。私もよく覚えていない。この部屋にあるボタンに、それぞれ全て役割があるのか疑問だ。絶対にこんなに要らない気がする。
沢山のフェイクを用意して、侵入者を惑わせたりする為なのか……とも思ったりする。元々ここは、国の牢屋だった場所だから。そこを、そのまま使っているだけだから。
「イザベラこの辺押してたよね?」
「え……まぁ、多分」
「だよね、じゃあ、ぽちっ」
ボスは一切の迷いなく、机にあった青色のボタンを指で軽やかに押した。すると――。
「あ゛あ゛う゛う゛か゛か゛っ゛!」
「っ!」
押されたボタンは音楽をとめるものではなくて、音の遮断を終わらせるボタンだった。地を這うような巽君の絶叫が、魂からの苦しみが伝わってくる。音がなくても、十分なくらいに伝わってくる。
それに、あの不快な音楽も少し聞こえてきて、私も苦しい。
「あらら……間違えちゃった。ま、いいか。順番間違えただけだし。ん~こっちも耳痛いな。どれだっけ? この辺かな、今度こそ……そらぅぁ!」
今度は力強く、ボスはボタンを押した。
***
―? ?―
「っ……あぁ……!」
ずっとずっと鳴り続けていた音楽が、何故か遂にとまった。まさか、僕の耳が聞こえなくなったのかと思ったが、そうではなかった。
「あーとまった」
ようやく静寂が訪れた部屋に、すぐさま男性の声が響いた。どこか安堵したような声色だ。この声は、あの白髪の――。
「お……まえは……」
ずっと叫び続けていた僕の喉は、限界を迎えていた。音は出せたけれど、あまりにかすれていて届いたのかは分からない。そもそも、こちら側の声が聞こえるようになっているのかも疑問だ。
「素敵な日を過ごせたかな? おめでとう。少し痩せた? いい運動になったでしょ? そんなに時間経ってないけど、結構げっそりしてるね。過激なダイエットになったね」
「ふ゛さ゛け゛る゛な゛!」
喉がさらに傷付くことも分かって、僕は叫んだ。力いっぱいに叫ぶと、僕の濁声は部屋に響き渡った。
(喉が……痛い)
喉の皮が剥がれていっているような感じだ。無理して叫んだことで、さらにダメージを負ってしまったようだ。もう、大きな声を出す気力がない。
「ふざけてなんかないよ~? 本気だし、超マジなんだけど。酷いな……ま、いいけど。さて、どうせもうまともに喋られないだろうから……こっちの話を静かに聞いててね? 聞けるよね、立派な大人だし。ま、無理してまた叫んだりしたら……フフ、分かるよね?」
(伝わっている!? やはり、この部屋は何かしらの形で働く力を制御したり出来るみたいだ……!)
この場所の仕組みが一つ明らかになった。もしかしたら、抜け出す方法もいずれ――。




