モニター越し
―クロエ ? 朝―
「……私のせい?」
思わず、口から出てしまう。ボスが去り、今いるのは私とイザベラだけ。そして、私達二人はモニター越しに悶え苦しむ巽君を見ていた。
涙と鼻水と唾液とで、ぐちゃぐちゃになった顔。それを気にする余裕もないくらい、彼は苦しんでいる。彼がこんなことになってしまったのは、瞬間移動を使ったとボスに私が報告してしまったせいだ。私には報告する責務がある。私は、私の仕事を全うしただけ……なのに。
「貴方があの人に伝えなければ……確かに、彼はこうならなかったでしょうね」
イザベラは表情一つ変えずに、モニターを見つめる。
「っ!」
私には分かる。この歌が、どれだけ苦しいか。理解不能な歌詞を聞くと、頭が弾けてなくなってしまうのではないかと思うくらいの痛みに襲われる。この歌が終わるまで、ずっと。分かるからこそ、この現状があるのが辛い。
そんな理解不能な歌はいくらか種類がある。それら全て、この苦しみがあるのだ。
「でも……それが、貴方の仕事。報告の責務を放棄していれば、いずれ貴方は殺されていた」
「じゃあ、私は……!」
「優し過ぎるのよ、貴方は。彼を人として見てしまうから、そうなるの。兵器として見なさい。私達にとって、大切な道具として見るの。可哀想だとか……そんな同情の感情は捨てなさい」
(そんなこと……分かってる! だけど、こんなの苦しいよ)
「ボスが帰って来るまで、このままなんだよね」
「そうね、そういう命令よ」
「いつ帰って来るの……?」
「さあ、あの人を廃人にさせない為に沢山スケジュールが組まれているものね。夜中に、偶然空きがあっただけだし」
ボスが怖い。にこにこと明るい笑みを浮かべながら、平然と恐ろしい命令を下す。ボスだって、知っているはずなのに。この歌を聞かされ続けることの苦しみが。
「さて、貴方はどうする? 牢屋に入れている今、彼は無力よ。別に監視なんてする必要もないわ。休暇として、自由に学校生活を満喫したらどう? 耐えられないでしょ、貴方には、まだ」
「……うん」
私には、この拷問を見続ける勇気も度胸もなかった。声が聞こえないだけ、まだマシかもしれない。でも、声がなくとも十二分に伝わってくる。彼の苦しみ、絶叫……モニターから幻聴が響いてくる。
そして、これを見ていると思い出す。昔、興味本位で入った部屋に閉じ込められてこの歌が流れてきたことを。私がその苦しみを味わったのが、その一度だけ。だけど、成長して時が流れた今も覚えている。体で、心で。
「さ、出なさい。鍵閉めるから」
イザベラは壁にかかっていた鍵を手に取ると、ドアを開けて部屋から出て私に外に出るように促した。私は、それにすがるようにして部屋から出た。




