どこかで感じた苦しみ
―? ?―
「あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
明るい音楽に、理解不能な歌詞。聞き取れるものの、何を伝えようとしている歌なのかは分からない。女性が透き通るような綺麗な声で歌っている……だが、良い所はそれだけ。
頭が割れてしまうのではないかと思うくらいの激痛、体の感覚がなくなるくらいの痺れ。それらが、この歌によって引き起こされているのは明らかだった。
「いいねぇ、いいねぇ! これなら、巽君を傷付けずに改心させることが出来るはずだからね! 痛い? 痛い?」
その歌に交じって、その歌よりさらに大きな音で彼の声が聞こえた。しかし、それで何かが変わる訳でもない。
「い゛っ……痛いっ! こ゛れは……あ゛あ゛!」
歌が入ってこないように、これ以上苦しみが増さないように僕は耳を塞いだ。だが、耳を手で塞ぐ程度では音の侵入を防ぐことは出来ない。
「苦しいよね、この歌。懐かしいな、自分もと~おい昔に毎日毎日聞かされたよ。心苦しいけど、自分の為なんだ。許してね」
「あ……あ゛……!」
言いたいことは沢山ある、尋ねたいことだらけだ。しかし、もう言葉を出すことが出来ない。単語を出すだけが、今の僕の精一杯だ。
「音遮断してるから、一方的になるんだけど。何か聞いてたりする? 聞いてたらごめんね。まぁ、そんな余裕はないと思うけど。自分は数年間、毎日聞かされ続けたことがあるんだけど、マジ慣れない。いっそ死ねたらいいなぁって思うけど、死ねないから長くて~……って、自分語りしてもあれだね。じゃ、しばらく楽しんで! 自分忙しいから!」
「ま゛ぁぅ!」
この声が、最初から届いていないということは理解していた。それでも、声を発してしまった。しかし、それは言葉になる前に痛みを訴えるものによって掻き消された。
「あ……あぁっ!」
この無力感、空虚感。どれだけ苦しんでも、同情などない。まるで見世物でも見るかのように、嘲笑われるだけ。
(この感覚……どこかで)
脳裏に浮かんだ、薄暗く汚い場所。目の前にある鉄格子。その向こうで蔑む男性の――。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
まるで、走馬灯のように写真をめくるように流れた映像。それらが、断片的に僕に何かを伝えようとしていた。ただ、それを理解する前に今度はそれが引き起こした痛みによって、僕は床でのた打ち回るしか出来なくなった。
歌からの痛みに加えて、これだ。一瞬だけ流れた歌はあっという間に消えて、それについて考える余裕などなかった。その体が粉々に砕け散ってしまいそうな痛みだけが、僕を埋め尽くしていった。




