薄倖の遭逢
―森 夜―
「ぐっ……あぁっ!」
どれほどの距離を歩き続けたかは分からない。それが正しい方向だったのかさえも。とりあえず、アリアから離れる為だけに進み続けた。しかし、いつまで経っても森から抜けられないでいた。
(アリアから、離れることが出来たなら……とりあえず休もう)
進めば進むほど、体は痛く息は苦しい。歩きたくても歩けない。これ以上、歩き続けても無駄に時間がかかってしまうだけだ。ならば、ここで休んだ方が賢明だと思い、僕は木陰に身を潜めた。
(学校に間に合うだろうか……いや、きっと無理だ。何か、食べない限りは)
だが、周辺に食べ物は見当たらない。見渡す限り、木の実も何もない木がうっそうと生い茂っているのみ。
(何かを食べないと魔力を回復することが出来ない……だが、何も……)
人間が食べるに相応しい物は、どこにもないことは明らかだった。匂いを嗅いでみても、果実などの甘い香りは一切なかった。
(動物の匂い……生肉……駄目だっ!)
僕が、食べるに相応しい物の匂いは近くにあった。しかし、それは僕自身をもう人ではないと深く認識させる物だ。魔法が使えない今、動物の匂いがいくらしようとも人間らしく食することは出来ない。無駄な自尊心を捨ててしまえば、この問題はあっという間に解決できる。それだと、僕は――。
「どうしたら……」
死ぬことはない、この呪われた身である以上。だが、苦しみはその死以上にある。死ぬことがない分、回復するまでこれが続くのだ。何かを食べるか、眠るか……どちらかさえすれば回復出来る。
この痛みと苦しみさえなければ、どちらも容易に出来るというのに。
(疲れて眠ってしまうのを待つしかないのか……)
「う゛っ!」
無理して歩いてしまったせいか、体は今まで以上に悲鳴を上げていた。この面をつけたままでは、息苦しい。僕は、無理矢理引っ張るようにして面を外した。すると、少し新鮮な空気が入って来やすくなって息苦しさはやや改善したように思えた。
「はぁ……はぁ……」
木の葉の間から、大きな満月が見えた。こんな苦しい時なのに満月を見て、美しいと感じていた。
(月はあんなに堂々と輝いてるのに、僕はこんな所で……惨めに)
今は何を見ても、自分に結びつけてしまう。全てにおいて、劣っている自分に。そんな自分にさえ、腹が立っていた……そんな時だった。突如、空から塊が落ちてきたのだ。べちゃりと音を立て、僕の足に落ちた。それからは、僕の求めている物の匂いがした。
「あ……」
着物に血のシミが広がっていく。
(誰が、こんな!?)
見上げると、そこにはピアノの――。
「――お休み」
そう認識した瞬間、急激な眠気に襲われ僕は眠りに落ちた。痛みや苦しみさえも掻き消すほどの眠気によって。




