守るべきもの
―森 夕方―
自室に着いたと思った時、少し温かい風が頬を撫でた。手に感じたのは、ザラザラとした感覚。まさかと思い見てみると、木の幹があった。
「はぁっ……はぁっ……どうして……」
アリアのことが頭にあったからだろうか、僕は自室ではなく森に瞬間移動をしてしまっていた。継続的に約三つの魔法を使い続けたこと、瞬間移動をしたことで僕の体は疲弊している。
(飛びながら振動の魔法に反響の魔法……加えて瞬間移動……こうなることは見えていた、けど)
予測と体験では、かなり違う。実際に痛みを味い、初めて実感するものだ。
(家に……帰らなくては)
木にもたれかかりながら、僕は立ち上がる。目の前が揺れている。このままではいけない。ここで気絶してしまったら、アリアに見られてしまうかもしれない。
(このまま歩いて帰る訳にはいかない。なんとしてでも……瞬間移動で家に帰るっ!)
「うっ!」
しかし、それを体が拒み許してはくれない。骨を金づちで力強く叩かれているようで、壊れてしまいそうだ。
(この状態で、アリアに見つかってしまうのは避けたい! 僕を知っている人物に近くから見られたら……それに、この森に呪術はかかっていない。危険だ……)
そう思った時、その最悪の事態は起こる。
「ヒッ!」
前の方から、今最も会いたくない人の恐怖におののく声がした。
「あ……あ……」
(どうして声を出す? 声を出さなければ気付かないのに! もし、僕でなかったら……アリアは……)
「お……ばけ!」
(流石に、この格好だと気付かれないか? いや、しかし……あまり近距離では怖い。仕方ない、演技をしよう。どうせ、顔は隠れてる。アリアを遠くに行かせる為……脅す!)
不幸中の幸いか、彼女は僕だと気付いていないようだった。僕には、もうここから動くほどの体力がない。ならば、今の内にやるしか……ない。
「ひえぇぇっ!?」
僕は、模造品の刀をアリアに向けた。彼女は、恐怖に顔を歪ませて後退りする。
「消えなさい、さもなくば消しましょう。今すぐっ!」
***
―アリア 森 夕方―
鋭く光る刃が、私を狙っている。目の前の人物が、悪魔のような顔で私を見ている。これが本物の顔なのか、そうでないのか……経験がないので分からない。この世界には沢山の種族がいる。私の知らない種族の人がいて当然だろう。
かく言う私も、この世界の大部分を占めている種族に属していない。でも、きっとそのことに気付いている人はいない。父がいなくなった今、もういない。でも、調べられてしまったら……終わりだ。
「あわわわ……」
殺す、そう脅されたばかりなのに体が動かない。まるで、石像にでもなってしまったかのようだ。目の前の人物が生まれつきそういう人であったら失礼かもしれないが、顔が怖いので私は余計動けない。あまり見つめて欲しくない。
なのに、この人は刃物を持ちじわじわと距離を詰めて来る。
「動けないんですぅぅぅあああいいやぁぁ!」
斬られたくない。斬られても私からは、何も出て来ない。それを見られてしまったら、きっとお父さんの名誉まで奪われる。この人がどんな職業についてて、どんな人なのかは分からない。だけど、私の正体にだけは気付かれてはならない。
「……フッ」
「え?」
その恐ろしい人が笑ったような声がした。ただ、表情にはそんなに変化はない。怒っているような、笑っているような……そんな表情のまま。
「なら、その場で顔を伏せてしゃがみ続けなさい。決して、顔を上げてはなりません。この私がいなくなるまで……足音が消えて、気配がなくなるまで。そうすれば、私は貴方に被害を与えるつもりは……ありません。守れますね……?」
その声色は、言葉の最後に行くにつれて苦しそうに聞こえた。
「守ります! 守りますから!」
助かるならなんだってする。私は即座に、顔を伏せて地面にしゃがみ込んだ。
「約束ですよ……」
そう呟くような声と共に、ゆっくりと歩き出す足音が聞こえ始めた。かなりスローだ。このままでは、夜になって朝が来るのではないかと思うほど。
(試されているの? 我慢よ、我慢……お父さんを守らないと)
足音と共に、荒い息遣いが聞こえて来た。この人は疲れていたのだろうか。いや、あえて顔を向けさせようとしているのかもしれない。私は唇を噛んで、必死に耐え続けた。




