僕が僕である必要
―廊下 昼―
「改めて、鏡で見ると酷いなこれ……」
廊下にある姿見で自分の姿を見て、絶望した。紫色の髪に、般若の面、侍の格好。混沌とした組み合わせである。こんな格好で、公衆の面前に姿を晒さなくてはいけないのが恥ずかしい。それをしなくては、何も意味を成さないのだが。
(やるだけやったら、さっさと帰ろう……)
「よし……」
そして、僕はゴンザレスに教えて貰った方法を試すことにした。
(音の波を大きくさせる為に、振動の魔法を使って空気を大きく揺らす……)
普段、僕はあまり使わない魔法だ。国民達が、仕事や日常生活を送る上で使ったりするものなのだろうか。いまいち想像出来ないが。
幼い頃に一度、軽く教えて貰った程度だ。振動の魔法単体では、あまり効果がないと言われたことがある。何かと一緒に使うことで、戦闘において有効となるらしい。
(これで、声を発せば……)
「あー」
すると、普通に声を発しただけなのに、僕の声は空気を思いっ切り吸い込んだ時のように大きく廊下に響き渡った。
「凄い……」
独り言のように呟いたこの声も、大きくなった。これを、外で使う時に反響の魔法を使えば完璧だ。
(昔の人の知恵か。便利な魔法も魔術も道具もなかった頃は、これが当たり前だったんだろうね。そういうのに頼るっていう発想がなかったなぁ。悔しいけど、ゴンザレスは凄いな。まるで敵わない)
ゴンザレスと比べて自分が劣っている……そう考えてしまうと、ふと自分が元の立場に戻ることが必要なのかと思ってしまうことがある。ゴンザレスは元々魔力の概念がない世界から来ておきながら、あっという間に魔法を取得した。その為の鍛錬もしていた。今もしているだろう。もう、魔法などの使い方も元々この世界にいた僕と引けを取らないだろう。
加えて、ゴンザレスには学力がある。機転も利くし、アイデアもある。何が分からないのか、それを自分で理解して行動出来る。僕にはないものを持っている。
(僕は……必要なのか?)
もしも、このままずっとゴンザレスが本当の僕として王の職務を全うし続ければ、それが国の為になるのではないか。僕がこのままこっそり姿を消しても、ほとんどの人は困らないのではないか。
(どうせ、異世界に帰る方法を握っているのは僕なんだ。扉も鍵も……行き来することの出来る人はいないけど。ゴンザレスも、小鳥が生きていると思っている限りではこの世界から逃げ出そうとなんてしないはずだ……)
ゴンザレスには、人格が全く違う僕を装う演技力がある。僕とゴンザレスが入れ替わっている事実を知らない人達なら、平然と騙すことが出来るだろう。今までもそうだった。だとすれば、これからもその先もずっと大丈夫だ。
(忌まわしき技術のことを明らかにして……その後、僕は……僕はどうすればいい? 本当に、僕が僕に戻る必要があるのか?)
「僕が……もっと……!」
情けなく悔しい。僕は、目の前にある姿見に両手を叩きつけた。
「強くて賢い存在だったなら……人間だったなら……!」
自然と涙が溢れた。そして、僕はその姿見にすがりつくようにしながら、その場に崩れ落ちた。




