もう一人の僕と電話
―自室 昼―
繋がるかどうか少しドキドキして、自然と受話器を握る力が強くなった。
(忙しいかな? 僕の代わりをやってくれているんだから、繋がる方が奇跡――)
「もしもし~あ、もしかしてだけど巽さんすか~? 自分から電話かけてくるとか、マジうける~。で、俺に何か用?」
意外にも、ワンコールですぐにゴンザレスは電話に出た。ひさびさに聞いた日本語、ひさびさに使う日本語。あまり使わないものだから、忘れてしまいそうになる。
「あ、あぁ……僕だ」
この電話番号は、ゴンザレスの部屋だけに繋がるものだ。元々は、ゴンザレスと内密にやりとりをする為に用意したものだ。いつの間にか、ゴンザレスと家族共有みたいな感じになってしまっていたが。
「美月ずっとキレてるからさ~マジで責任取れよな。無表情越しに伝わってくるんだよ、あれほど恐ろしいものはないぜ? なんなら、今電話を美月に代わって――」
「すまない……ただ、今はそれに時間を割いている暇はないんだ」
美月に謝罪をしていたら、多分明日が来てしまう。美月が今も引きずるくらいに怒らせてしまったのは僕だが、そんな余裕はないのだ。
「マジかよ。ずっと俺らにこれ耐えろって言ってんの? 馬鹿なん? それ以外の用とか、俺にとって何も利益ない気がするんだけど」
「どうか理解して欲しい。いずれは、どうにかするから」
「いずれっていつ? どうにかってどうやって?」
「……そろそろ、用件を話してもいいか」
「俺のペースに巻き込まれてるようじゃあ、まだまだだな」
(むかつく……目の前にいたら殴っていた所だ)
正直、僕はもう一人の自分であるはずのゴンザレスが得意ではない。何というか、全てにおいて正反対というか理解しきれない存在というか……とにかく、無理なのだ。本当にもう一人の自分であるのか、と疑いたくなる。
しかし、現実としてもう一人の僕がゴンザレスであるという事実がある。世話にもなっているし、あまり邪険に扱ってもいけない。ここは、あまり僕が得意ではない大人の対応を必死でやるしかない。怒りを電話のコードを指に巻きつけることで、気持ちを落ち着かせる。
「……魔法を使って、マイクのような効果を生み出すにはどうしたらいい」
ゴンザレスのペースから逃げ出すように、僕は無理やり用件を伝えた。
「え? 用件ってそれ? なんで?」
「どうしても必要なことだからだ。だけど、僕の頭では思いつかない。ゴンザレスなら、どうにか出来るかと思って」
「魔法の学校行ってるのは誰だったかなぁ……ったく」
悔しいが、何も言い返すことが出来ない。
「う~ん……俺、別に魔法の専門家じゃないんだけどなぁ。元々魔法の世界に住んでる訳でもないし。ちょっと待てよ~、ちょっとそこに昔の人々の暮らしっていう辞典があるから。そこにヒントみたいなんないか、探してみるわ」
「頼む」
受話器の向こうからは、ページをめくる音が聞こえてくる。少しして、その音がとまった。
「あったぞ! ほうほう……振動を大きく……反響……なるへそ!」
「あったのか? 教えてくれ」
「なんかねー音の波を大きくさせるんだって、そこに、さらに反響の魔法を使って昔の人は遠くにいる人に伝えてたらしいけど……これ、状況によっては難しい気もすんなぁ。多分、これは山から里にやるようなやり方だと思うんだけどなぁ。ま、音の波は、振動の魔法をやればいいんじゃね? もう、そっから先は自分で考えてや。じゃあ、俺、次は甲斐国と会談やっから。じゃーな!」
そして、電話は一方的に切られた。




