滑稽な人形の罪
―? ?―
「――酷いな。流石は、巽」
「十六夜っ!」
痛みが引いて胸の圧迫感が消えて苦しみから解放され、僕は思わず目を閉じた。そして、そのまま眠ってしまったようだった。
(十六夜がいる……つまりは、夢だ)
こういうことが何度かあって、ついに僕は現実と夢の区別をつけられるようになった。上手く表現し難いが、全体的にフワッとしている感覚。周辺の景色と様子だけが認識出来る程度で、それ以外は分からない。
今分かったことだが、十六夜の夢を見る時はかなりの不快感がある。景色も灰色で濁って淀み、それを見るだけで吐き気がしてくる。
「……フフフ」
十六夜は、ニヤリと頬を歪ませた。それを見るだけで鳥肌が立ち、不愉快な感情が僕を埋め尽くす。
「消えろ……消えろ! 僕の夢に現れるな!」
しかし、僕がそう叫んでも目の前の十六夜は笑っているし、灰色の淀んだ空間も消えなかった。夢は覚めなかった。
「夢……? ハハハハ、少し前の私の話をちゃんと聞いていなかったか? それとも理解出来なかったか? まぁ、いいが。じゃあ、何故私が消えないかという話をしようか」
十六夜は鼻で一度笑った。突然、気持ちの悪い風景が姿を変えた。それは、見慣れた懐かしい城にある茶の間だった。
そこでは昔、家族全員で食卓を囲って談笑をしながら、料理を楽しんだものだ。もう今では、それすらも出来ない。七人いた家族は、五人になってしまった。僕を入れれば六人か。いずれ、僕は帰る。だけど、僕以外はもう、きっと――。
「どうした? 露骨に嬉しそうな表情を浮かべて? あぁ~、故郷を思うって奴か? まさか、お前にそんな感情があるとは。一度は国の為に国を滅ぼそうとした男が……面白い話だな」
「黙れ……お前に何が分かる!? それに、僕はずっと! 物心ついた時からずっと! 僕は国を愛している! お前とは違う! お前のものさしで、僕を判断するな!」
昔からずっと、僕は自国を愛している。国民として、王として。だからこそ、どうすればいいのか分からなかった。自分の体が人間でなくなって、それを誰にも言えなくて、目の前にいるゴミみたいな男に不安を利用されて騙され続けて。
一度は判断を間違えた。間違えて、沢山の人を巻き込み殺した。取り返しのつかないこと、それでも僕に未来を託してくれた人がいたから、僕は生きている。
「はて……本当にそうだろうか?」
十六夜はわざとらしく首を傾げると、ゆっくりとこちらに近付いて、僕の顎を持ち上げた。
「お前は、強さを求める欲望に忠実な男だったはずだ。国を愛している? 嗤わせるな。よーく分かっている。お前の父親よりも、ずっと長い間一緒にいたのだからね。お前は、自分の父親を打ち負かし屈服させる為だけに力を求めた」
「幼い頃の話だ……それに、子供の気持ちを利用したのはお前だ! 僕は悪くないっ!」
「ほら、すぐにボロが出た。確かに、私は子供抱くちょっとした純粋な願いにつけこんだ。だが、ずっとそれについてきたのもお前だ。私は純粋な水に、ちょっと油を注いだだけだ。それを取り除こうともせず、掻き混ぜ続け、それに油を注いだのはお前だ。そして、自分で火をつけた」
「違う違う違う違う!」
「違わないな。お前は結局、自分のことしか考えていない」
そう突き放すように言って、十六夜は僕の顎から手を離した。
(自分のこと……だけ? そんな訳ない! 僕は色んなことを考えている!)
「自分が愛おしくて堪らないんだろう。いい加減、自覚したらどうだ。お前が私のせいで、罪を犯した……それは認めてやろう。それが私の罪。その罪は私のものだ。だがな、まんまと利用され手のひらの上で踊り続けたお前の罪でもあるんだよ。滑稽な人形が、犯した罪だ」
「違う……僕は……」
しかし、それを否定する言葉が出てこなかった。むしろ、打ちのめされてしまっていた。
「私がずっとここにいる理由……それは、お前の中に私がいるから。ただ、それだけだ」




