ペットと獰猛な獣
―クロエ ? 夜中―
「――へぇ、それで逃げて来たって訳か」
「それは……」
ボスに顔を向けられなかった。ボスは床に寝転がって、漫画を見ているだけ。最初に見た場面がそれだったので、多分今も変わっていないだろう。真剣にボスが話を聞くことなんて、ほとんどない。
どうでもいい、興味ない……それが伝わってくる。一応、巽君にも関わってくることなのに。
「ま、前に戻ったってことでしょ~。別にどっちでもいいんだよね。近くだろうが、遠くからだろうが。記憶を捏造したせいで不安定になってないか、ちょっと様子を近くを見て欲しかっただけで~」
「え……」
「クロエが出来ないってことは、よ~く分かったから。いや、分かってたから」
「分かって……た?」
重い顔が、自然とボスに向いた。予想通り、ボスはまだ漫画を読んでいた。こちらに顔なんて向けてもいない。ニヤニヤしながら、ページをめくっている。
「うんうん、分かってた分かってた。クロエと巽君に大きな差があることくらい。どうせ、いつかこうなるだろうな~と思ってた」
「は……?」
「力の差くらい明らかでしょ。クロエが巽君をいいようにコントロール出来るとは思えないなぁと思って。ま、仕方ないよね。それぞれ力量というのがあるからさ。へぇ? ここで終わり? やだなー、来月まで見れないとか心がしんどいよ~」
私と話しているのか、漫画を読んでいるのかよく分からない。ただ、たった今後者は終わった。凄く残念そうな表情で、そしてつまらなそうに私を見る。
「じゃあ……どうしてっ! 私に――」
「それが、クロエの為になると思ったんだよ。だってさ、よく考えてみなよ。クロエがより高みを目指す為に必要なことって何? それって強さだよね。でも、強さって弱い奴と一緒にいても身につかないでしょ。例えばさ、クロエの大好きな子猫のミューちゃんよりも、獰猛で命令も聞かない獣のような巽君の方が鍛えて貰えるでしょ」
(ミューちゃんを知ってる!? ボスに見せたことないのに……まさか、イザベラ?)
すると、ボスは何で気付かないんだよとでも言いたげな表情で私を見る。
「ミューちゃんは、撫で撫でしたら気持ち良さそうに目を細めるし、もっとしてくれって甘えてくる。どうやって甘えれば、自分の望むものが得られるかを考えている。だけど、彼は違う。他者との関わりを最低限避けようとしている。きっと、彼の望むものは他者と関わることで手に入らないんだろうね。だから、君にも反抗する、その反抗する彼を、いつか君が飼い慣らせるようになれば……なんて思ってたけど。ま、無理なもんは無理だよね。はい、じゃあ前みたいに頑張ってね。十六番のトゥッリスちゃん」
ボスは一度にやりと笑うと、私に軽蔑的な眼差しを向けた。そして、再び漫画を手に取ってページをめくり始めた。




