閑話:偉大なお祖母様・6
「さすがマリアだね…」と呟いたシネラ。
枢機卿は忙しい。そんじょそこらの司教や司祭、助祭どもと比べられないくらいだ。
「セスェラニさん、マリアに会っても何も言ってなかったね?」
「枢機卿になる人だから寛大なんだよ…」
タマがシネラに聞く。シネラはアリアに小言を言われ続けているマリアを見ながら、ため息混じりで答えた。
実はシネラ達、枢機卿のセスェラニに会ったことがある。とても気さくで優しい目をしたお祖父さんといった印象で、シネラがパーティー以外にお昼寝の揺り籠(シネラを抱っこする)を許した人物でもある。
「シネラちゃーん!!」
「ぅうっ!?」
階段から声がした。
シネラの耳がピクリと動き、マリアとタマを盾にして身構える。
「シネラちゃー!!!?――…えへっ♪」
「えへっ、ではありません。まずは遅れたことへの謝罪をしなさい」
「は〜い」
階段口から飛び出してきた少女をユリが捕まえ、盛大に床に叩きつけられ沈む。
それでも少女は無傷であり、ユリの言うことを聞く。
「遅くなりましたことを、太陽神ニハイ様に誓い、心より謝罪いたします。我、ウララ・ミドウの愚行をお許しください…」
カトリックの神父服に似た服を着た少女ウララは、神へ祈りを捧げるように目を瞑り謝罪する。
一見まともそうに見えるウララだが、先ほどシネラの名を呼ぶ狂気に満ちた叫び声をあげたことでお気づきになるだろう。
「クソ司祭ですー!シネラ姉に寄るなぁです〜!?」
「来るなぁウララー!!」
「ぜ、ぜったい来るなよー!?私にもさわるなよー!!」
ウララを威嚇するシネラをマリアと尻尾の毛が逆立つタマが守る。
「ニハイ様は全ての生を愛し、天から光を注ぎ、大地に力を与えます…なので私も、愛するシネラちゃんから力を貰います♪」
「意味わからんっ!!」
「キモいです〜!」
「シネラ姉!こいつ、マリアよりバカだっ!!」
ウララ・ミドウという少女は、シネラの可愛さに狂信している。
一応ウララは、マリアが汚い言葉で言った司祭という役職に就く聖職者なのだが…。
ただならぬ雰囲気になりつつある地下室。
アリア、スミル、トリスティアは、状況を理解出来ず困惑している。
「なんでここにいるのっ!!」
「愛のなせる技です♪」
「意味わからぁーーっん!!?」
シネラはウララが嫌いだ。マリアとタマも、シネラがウララを嫌っているのを知っている。
なぜ嫌いなのかはここでは語らないが、とりあえず嫌いなのだ。
「ウララ。貴女はシネラちゃんを怯えさせるために来たのですか?」
無表情で静に怒るユリ。
ウララは笑顔のまま踵を返し、ユリの前に立つ。
「…違います。シネラちゃんは私の女神となりました。近い将来、ニハイ教の主神となるお方を、私が怯えさせることなどあり得ません」
「…それは同…いえ、もういいです」
ユリは何かを言いかけるが、困惑ぎみのアリア達に気づいたのでやめた。
「ユリ、この子は?」
「はい、セスェラニ枢機卿の孫で――!?」
「――フィルーズニハイ光教会南西教区カナエ・ミドウ大司教の娘、ウララ・ミドウにございます。信仰するは女神シネラ。大好きな人は母。嫌いな物はユリさんです♪」
「「「……」」」
アリアが訊ねユリがウララの紹介を始めたが、ウララはユリを押し退け自分で自己紹介を始める。しかも、ほぼ最強の冒険者と名高いユリを物扱いしたあげく、嫌いと言うので場が凍りつく。
喧嘩を売られた当人はと言うと…
「執祭司をカナエにお願いしましたが…今朝方、手紙が届き『お腹壊した。代わりはウララに頼んだから!めんご〜』と、司祭ご・と・き、を派遣されました」
あからさまな殺気をウララに放つユリ。
互いに嫌悪する仲だということが分かったアリアが止めに入る。
「ユリ、下がりなさい…」
「…はい」
アリアはユリを自分の元へ来させ、二人で部屋の隅へ移動する。
「あの子が司祭?執祭司をしたことは?」
「一応は、問題なく…」
「大丈夫なの?秘匿出来る保証は?」
「洩れた場合、カナエが全責任を負います。祭司としての儀技は修得済みです…」
「シネラちゃんが怯えてるけど…、マリアも嫌いなようね?」
「ネリア様と同類と見ていただければ分かりやすいかと…」
「…なるほどねぇ」
アリアとユリは、ウララに聞こえないよう小声で話しをする。
二人は話し終えるとユリはシネラの元へ、アリアはウララの元へ別れる。
「…まあ、司祭なら執祭司を勤められるからいいわ。ミドウ大司教が来られないのは残念ね…アリアよ。来てくれてありがたいわ」
「こちらこそ、リューゼン子爵夫人のアリアにお会いでき光栄にごさいます。母も残念がっておりました…。ミドウ大司教に代わり、女神シネラ様につき従う虫…マリア様の"氏入れの儀"の執祭司を、全身全霊をもって勤めさせていただきま――」
「え、えぇ…エリー!祭儀の準備をしなさい…」
「かしこまりました」
目をギラギラさせたウララにたじろぐアリア。たまらずエリーに声をかける。
エリーは儀式の準備に取り掛かり、階段側の扉を開け中から儀式に必要な物を取り出してゆく。
「今は我慢です。儀式が終わればすぐに追い出しますので…」
「う〜、わかった…」
「です〜」
敵意剥き出しだったシネラとマリアにいい聞かせるユリ。シネラが我慢すると言えば、自ずとマリアも同意する。
「タマちゃんは、親巫証人をお願いするわね」
「えっ、私も儀式に参加するの!?」
シネラを抱っこして部外者面をしていたタマがアリアに告げられる。
「ガンバッ!タマ!」
「シネラちゃんも」
「うっ、そうだった…迷い人役ですかぁ」
ものすごく嫌そうな顔をするタマに、これまた他人事のように応援するシネラも、あれだけ素晴らしい推理を披露したことを忘れているが、儀式には強制参加させられる。
「そうよー。タマちゃんも親巫証人役、パーティー仲間なんだからできるでしょ?」
「あ、あぁ…仲間だからかぁ〜」
アリアの言葉に少しホッとした様子のタマは「バレてない、バレてない…」と呟いた。
そんなタマの腕の中に丸々と収まるシネラがモゾモゾと動き、タマの服を掴みながら床に下りる。
「…みぶしょうにんて、なぁに?」
「です〜?商人は商人ですー」
「…」
ユリと話していたマリアに声をかけたが、訊く相手を間違えたと気づくシネラ。
「間違えた…アリアさん、親巫証人〜」
「ん?シネラちゃん知らなかったの?親巫はね、親しい未婚の成人した女性か、近しい未婚の成人した女性に"氏入れの儀"の見届け人になってもらうの」
「ふ〜ん…」
話を聞きながらタマを見つめるシネラ。タマは「どうかした?」とシネラに訊ねるが、シネラは「なんでもないよ…」と答えトリスティアの元へ向かう。
「トリスティアさん!」
「はい、どうされましたシネラさん?――」
白い法衣にスミルの手を借り着替え中のトリスティア。中途半端な着衣の格好だが、シネラの目線を下げるためにしゃがんでくれる。
「その右目は、代々受け継がれるものなの?」
「――!?」
「…いつから」
「え、前々からだけど…?」
トリスティアとスミルがシネラの質問に絶句する。
何気ない質問をしたと思っているシネラは、言葉を失った二人の反応を不思議に思う。
「トリスティアさんって何の魔眼なのかなぁって…、外を眺めるときに右目のぉ、表情かな?それがいつもと違うの…」




