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閑話:偉大なお祖母様・5

魔力を注がれた絨毯は床へ沈むように消え、トリスティアが手をかざした場所には地下へと繋がる階段が現れた。


「階段?」


マリアとタマの間柄から覗いていたシネラが呟く。


「皆、側に――…トリスティア・メイ・バルボネ様、竜眼たる御身のお力添え痛み入ります。ここに集まりし者を、神聖なる"王の眼"へ御導きください…」


アリアは皆を階段側まで集め、トリスティアへ跪き口上を述べる。


「はい。皆さま、私の後にお続きください…」


階段を下りていくトリスティア。


「行って、いいの?」

「どうだろう…私とタマはここで待ってる?」


アリア、スミルと、トリスティアの後を追い階段へ進む中、シネラとタマはついて行っていいのか悩む。


「私はタマと待ってるから」

「えぇ〜です〜!シネラ姉は行けないですぅ〜?」

「いいえ、大丈夫です。シネラちゃんもタマもマリア様と同じパーティーですので――」


ユリの言葉を最後まで聞かず、マリアは「行くですー!」とシネラの手を引く。


「ちょっ!?――」

「待って〜シネラ姉――」


待つつもりだったシネラはマリアの強引さに戸惑う時間さえを与えられないまま階段へ消えていく。タマもシネラを追い階段下へ消えていった。


「…イノワ」

「はい…」


ユリはシネラがトリスティアに渡した手話の手引き書と、封が切られた封筒を渡す。

それをイノワが受け取り、ユリに会釈をして談話室から退室した。

最後まで残ったユリは、談話室の扉を内側から施錠し階段へ向かう。


「フェルティア様のご実家が"点"の一つだったのね…」

「ユリですー!」

「ユリさーん!」


階段下からマリアとシネラがユリを呼ぶ。

ユリは「いま向かっています」と返事を返し階段をゆっくりと下りていく。


昔、ユリはこの邸に来たことがある。

この邸、元々は取り潰されたバルボネ子爵の邸であったが、ユリが新人の使用人だった頃はスティフォール伯爵家の公都御用邸として使われていた。

半世紀の間お取り潰しとなっていたバルボネ家が再興されるとなり、この邸の清掃・修繕をユリ達スティフォール伯爵家の使用人が行った。

そして、ユリが先程呟いた言葉、マリアの祖母で6年前に亡くなったフェルティア・メイス・スティフォールは、旧名をフェルティア・メイ・バルボネという。


「来たです〜!」

「…遅くなりました」

「ですー!トリスは親戚でしたですー!!」


ビックリした表情でユリに駆け寄るマリア。シネラとタマはトリスティアへ質問攻めをしている。


「お祖母さんが貴族だったの?」

「はい、お祖父さん…お祖父様と駆け落ちして勘当されたと聞いてます」

「へぇ〜」


どの時代でもそういったことは乙女達の興味を引く。

しかし、ユリも昨日アリアから聞かされたのだが驚くことはなかった。


「そうらしいですねマリア様。私が知ったのは昨日ですので――」

「うそ〜、ユリは全然驚いてなかったでしょ?前々から知ってたんじゃないのぉ?」

「…フェルティア様の旧名はバルボネ。現バルボネを名乗るには血族が居なければなりません。ボルは元々平民、トリスティアが血族というのは依頼書に(うじ)"メイ"が記入されていたいたのですぐにわかりました」

「…あっそうですか」


アリアはつまらなそうにユリを見る。

(うじ)とは家系を表す名だ。"メイ"はフォール王家の血族を表し、またメイを名乗れるのは旧七柱(ななばしら)本家の者と、旧守護十八星(しゅごじゅうはっせい)と呼ばれていた旧七柱分家筆頭しか名乗れない。

現在、インデステリア王国で氏の"メイ"を名乗れる貴族は、旧七柱のガルフォール公爵家、ロロフォール侯爵家、スティフォール伯爵家の三家。旧守護十八星のダギュイ伯爵家、アガルダルタ伯爵家、モドリス子爵家、マニシエ子爵家、カディアローデ子爵家、そしてバルボネ男爵家。

旧守護十八星のうちスティフォール伯爵家の分家は、カディアローデ子爵家とバルボネ男爵家である。


「リヴェルティアという方がトリスティアの祖母、フェルティア様の妹になります」

「お祖母様の妹です〜!?」


ユリの説明にいちいちリアクションするマリア。マリアの声はあまりにも騒がしく、考え事をしているシネラの耳に入る。


「…マリア」

「はいですー!」

「うるさい」

「はい、ですぅ〜…」


シネラに怒られるマリア。シネラはアリアに近づき話しかける。


「バルボネ男爵の当主はボルドーさんですけど…"メイ"がつくのはトリスティアさんだけですか?ティーナちゃんとマルスくんは?」

「?…マルスとティーナは名乗れないわよ」


アリアの返答を聞き、今度はマリアに訊ねる。


「マリアも"メイ"を名乗れるの?」

「マリアはまだ名乗れないです〜」


二人から話を聞いたシネラは、どこから出したのか紙と万年筆に何かを書き始めた。


「なに書いてるの?」


タマが気になりシネラに訊ねる。

シネラはトリスティアの背後の壁に描かれた紋章を指差す。


「盾、横に一本の剣…左に星、右に白い竜――」


マリアとスミル、アリアとエリーを順に指差し、次にユリを差す。


「――黒い雲に、上は白い雲…盾に描かれている青眼はバルボネ家の役割を示すもの…」


シネラは自身を雲、青眼をトリスティアと見立て、壁に描かれた紋章を書き写して回りを方陣で囲む。


「盾、剣、星、白竜、黒雲、白雲、青眼…ニハイ光教の"神候の儀"ですよね、これ?」


シネラが紙をアリアに渡す。アリアはもちろんのこと、トリスティア、スミル、ユリ、エリーはシネラの発した言葉に驚きを隠せない。何故かタマも驚いている。


「どうしてそう思ったの?」

「…盾は旧フォール王家の紋章。剣は騎士、星は旧フォール王家の分家を表し、白竜は侍従…その一族に仕える者、黒い雲は異界人、白い雲は迷い人――」


シネラは一人一人を方陣の立ち位置へ立ってもらう。最後にシネラとユリがトリスティアを挟むように立つ。


「本来の神候の儀なら、その季節ごと神に祈り感謝の意を捧げるだけだけど…青眼が描かれてるのは見たことない。たぶん、バルボネ家の力、アリアさんが"王の眼"って言ってたから、分家の役割があるんじゃないかって…この儀式はそのため、でしょ?」

「「……」」


アリアの問いに答えたシネラ。皆が黙りとしているが、マリアだけはシネラへ抱きつきにいく。


「すごいですー!シネラ姉は頭いいです〜♪」

「うぅ〜!ウザいよマリアぁー!」

「です〜♪うべっ!?」


マリアがシネラに抱きつき喜んでいる。

黙り込んでいたアリアがマリアをシネラから引き剥がし床に座らせる。


「まったく、何がすごいです〜っよ!」

「うぅです〜…」

「元々休暇で帰ってするはずだった"氏入れ儀"を、あんたが家出したからズレこんだのよ!多方の方々に迷惑かけて、騎士役に選ばれたエマなんて泣いて喜んでいたのに、中止と聞いたら気絶したわよ!」

「…ごめんなさいですぅ〜」


ガミガミと小言を浴びせるアリア。

ぽかーんっと見ていたシネラにユリが説明してくれる。


元々、マリアが家出した日の2日後に"氏入りの儀(神候の儀)"を行うはずだった。しかし、主役であるマリアが家出したので中止となる。もちろんユリも白竜役(侍従役)として参加予定だったが、それ以外の役がすごい人物だった。


「――異界人は元S級冒険者の方で、迷い人役はガルデア行政環境大臣、分家星役はアリア様の旦那様でリューゼン子爵様が務める予定でした」

「ほぇ〜」

「執祭司はセスェラニ枢機卿でした…」

「あちゃぁ〜」


シネラでもセスェラニ枢機卿を知っている。

フィルーズニハイ光教会の事実上のナンバー2であり、インデステリア王国内での発言力がとんでもなくデカイ大物なのだ。





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