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閑話:偉大なお祖母様・4

お風呂上がりは牛乳を飲むのがシネラの日課になりつつある夕食後の一時。ついでとばかりにタマもシネラの牛乳を飲むのは、乙女の心理なので大目に見てあげてほしい。


「ティーナとマルスは、カユハが寝かしつけていますのでご安心ください」


トリスティアが寝間着に着替えて談話室にやって来る。

談話室にいるのは白猫の守護者とトリスティア、エリー、アリア、スミルで、それとバルボネ家で執事として仕えるイノワが給仕として控えている。


「さて、ユリのせいで中断した話の続きを――」

「――食事を中断したアリア様に言われたくありません。会話をするなとは言いませんが、トリスティアの手料理が冷めるのが不憫でならなかっただけです」

「すみませんでした」


アリアにも平然と意見するユリ。

すぐさま謝るアリアは目がダンシングしている。


シネラがエリーに抱きしられた後、アリアが『では、何故にこの問題をシネラちゃんに質問したのでしょう、か!』と、まだクイズの続きを言い出した。するとユリが『食事をしなさい。話しの続きは入浴後です』と言いながら、もの言わぬ眼力をアリアに浴びせたのだ。


そんなわけで今は各々で談話室でくつろぎ中である。


「エリーは本当に38才ですぅ〜?」

「はい本当ですよ」

「若く見えるですー。イノワにも騙されたですー」

「ふふ♪ありがとうございます。弟もミュア族の血を色濃く受け継いでいますので、本人から言われなければわかりませんよね…実年齢は33才になります」

「おじさんです〜!」


マリアはエリーと談笑中。

部屋の隅に控えるイノワはエリーの弟であり、見た目が16才と言われても誰もが納得する容姿だが、実のところ33才のおっさんだった。

そして、ティーナとマルスの世話をしているカユハがエリーの実の娘であり、シネラと同い年の16才。


「エリーさん、これ持ってきました!」

「あらあら牛乳が…」

「むぅう?」


マリアとエリーのところに白い髭をつけたシネラがやって来る。

口元を拭かれているシネラが抱えている物は、ユリと作成した視覚言語(手話)の手引き書だ。


「ありがとうございます♪えと、これが人語32音の速見表で、こっちがユリさんがいた日本で使われてた主要言語で…これはカユハさんの仕事に関わる言語です!」

「まあ、たくさんありますね?」

「最初は覚えるの大変だけど、日常的に使っていけば、一月半でマスターできます!」

「そうですね…がんばります。ありがとうございます、シネラさん…」


引き書を受けとったエリーは感極まり涙を流す。エリーの娘カユハは生まれつき聴覚がない。

ラトゥールでは聴力を持たない人、言葉を発することが出来ない人を"クヅリ(夜行性で目が大きく耳・口を持たない動物)"と呼び差別する。

何故ラトゥールではなのか?それは、言葉を発することができる人種・獣人種は皆が国や種族の隔たりなく会話ができるためだ。唯一の違いはそれぞれの国で使われる文字だけ。文字の違いはあれど、読みや発音は全て同じなのだ。

そのため、会話が出来ない者は差別され、文字が書けても識字率の低い国では、ほとんどの人に厄介払いされ相手にされない。ここインデステリア王国でも、識字率は4割ほどしかない。


「みんなで、たくさんお話しできるように私もお手伝いします!マギルスさんも、学園で履修できるよう口添えしてくれるって…クヅリと差別化された人を無くすって――」

「それは、叶えば素晴らしいことですね…」


この視覚言語(手話)はカユハのため作ったものではない。


調薬局とサフラ治療院で助け出され命を取り止めた子供達の中に、グリーンベリオットの後遺症なのか、聴覚障害と視覚障害の症状が現れた子供が数人いた。

中でも、バルザラス家護衛騎士ケインの双子の息子アルフが重度の聴覚障害。他3人の子供もアルフと同程度の聴覚障害を発症した。

シネラがそれを知ったのは三日前、換金商のモットーとバルザラス家を訪れた時。ケインが息子二人を連れて屋敷に戻った時だ。


『アルフのことはまだ公にしない…他の子供達もだ…』

『…ご迷惑を、おかけ――』

『――言うな、まだ治らんとは決まってない。学園には引き続き休学としとおくのだ…』

『はい…』


二人の会話はシネラの耳に入り、シネラは治療薬士ギルドのマサアキに詳細を聞いた。その時ユリも同行し、後遺症の件とクヅリ差別の詳細を教えてもらった。


『――治療方は無い。地球の医学でも何故治せないんだ…治療魔法も万能とは言えない……。ラトゥールではな、文字は二の次だ。会話が出来ない者は居ないものされ、声なき主張者…クヅリは、皆が嫌悪の対照となる。まるで死人には口無しと言わんばかり、ひどい者は奴隷にまで落とされる』


治療魔法士でもあるマサアキの言葉。それがクヅリ差別の現状なのだとシネラは聡い、自分は何か出来ないかと考え、思い立ったものが手話を広めることだった。


「私も出来るですー♪えっとーです〜――」


マリアが右手を使って『マリア』と自分の名前を、エリーに覚えたての手話を披露する。


「まあ、マリア様お上手です!」

「ですー♪」


エリーに褒められ上機嫌なマリアは、これまた覚えたての手話をエリーに見せる。


「右手を〜頭に…左手も、だったですぅ〜」

「?…」

「あちゃぁ〜」

「あはははっ♪うける〜!!」


ユリに教えてもらった手話を一生懸命再現するマリア。

シネラが額に手を当てて困った顔をする。牛乳髭をつけたタマは腹を抱えて大爆笑する。


「…シネラさん。いまの視覚言語はどれなのでしょうか?」

「あ、えっとぉ…――」

「ぶふっ♪ドヤ顔?!まだドヤ顔してるよっ!!♪」

「何が可笑しいですー!!?」


エリーは手引き書をめくりながら今の手話を探している。シネラはマリアに聞こえないようエリーの耳元で説明するため椅子を近づける。

たぶん、タマの笑う声とマリアの癇癪じみた声でシネラの声など届かないと思う。

ちなみに、マリアがやっていた手話は両手人差し指を両方のこめかみの横で数回ほど回した後、その手を頭の横で開くだけのシンプルな視覚言語だ。

しかし、シネラが渡した手引き書には載っていない。それもそのはず、これはユリが日頃からのマリアを表現するために、ユリの祖国である日本の伝承を教えたものなのだ。


「…クルクル?」

「うん。クルクルパー…意味は――」

「――おつむが弱いと言う意味です…直訳すると『バカ』です」


キレイな姿勢で椅子に座るユリが真顔で発言する。

談話室に沈黙が訪れ、まるで時が止まってしまったかのように皆が黙り込み、マリアだけは口を大きく開け目を限界まで見開き驚いた表情で固まっている。


「うう゛んんっ…、ユリも相変わらずと言ったところで、そろそろ本題にいこうと思うのだけど?」


咳払いをするアリア。

アリアの言葉に皆が肯定するよう首を縦に振る。

皆の意思を確認したアリアは「トリスティア…」と、トリスティアに何かを促す。

頷き立ち上がるトリスティア。談話室の絨毯に手をかざし、無言のまま魔力を注ぐ。


「何してるですぅ〜?」

「分かんない…浮かばせるのかなぁ?」

「…何か、モゾモゾ動いてる?」


マリアとタマが興味津々な様子で絨毯に近づいていく。シネラもタマの後ろから絨毯の様子を恐る恐る覗き見る。





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