閑話:偉大なお祖母様・3
トリスティアの手料理をいただくシネラ達と3人の使用人。
バルボネ家には使用人が3名しかいない。なので、食事の時はみんなで食卓を囲むのがバルボネ家のルールである。
しかし、お客様であるのはずのアリアは気にした様子もなく、さもそれが当たり前のようにバルボネ家の使用人と会話をしながら食事をしている。
「あの〜、アリアお姉様…」
「?ちょっと待っててねエリー…どうしたのマリア?」
長いブロンドの髪を右肩で束ねた髪型のエリーという使用人からマリアに向き直るアリア。
マリアが気になったのはエリーのことで、バルボネ家の使用人のエリーは、白猫の守護者がバルボネ家に泊まり始めた初日からだが、何故かマリアにだけすごく優しいのだ。
「あ、あので…あの、エリーさんとはお知り合いで――」
軽いやきもちだがマリアはアリアに訊ねる。
アリアは少し驚いた顔をしてからユリの顔を見る。ユリは眉ひとつ動かさず黙々と食事をするだけでアリアと目線を合わせようとしない。
「…ユリも薄情ね。はぁ、知り合いもなにも、マリアも小さい時から知ってるでしょ?」
「「「えっ!?」」」
アリアの発言にマリアだけでなくシネラとタマも驚く。もちろんユリは何事もなかったかのようにスプーンでスープをすする。
話題のエリーはニコニコと可愛らしい笑顔をマリアに送っていて、会話に交ざらずのトリスティアもニコニコとマリアを見つめている。
「もう、なんで教えてあげないのよ!いくらバカでも可愛そうじゃない!」
「ですぅ〜」
「実の…」
「お姉さんにまで…」
アリアはマリアと同じ顔なのに賢く見え、マリアはやはりおバカに見えるシネラとタマ。もうひとりいる姉も気になるところだが、今はエリーについて聞こうと思ったシネラが、マリアとアリアの会話に交ざる。
「エリーさんとマリアは、いつ頃からお知り合いなんですか?」
「いい質問ねシネラちゃん。ヒントはユリも付けてたもの♪」
「ユリさんの…」
質問をしたのにクイズを出されてしまうシネラ。眉間にシワをよせて考える。
アリアはシネラを見ている。どこか期待した表情なのが気になるところだが…。
シネラはエリーを隅々まで観察し、左耳についているイヤリングに着目する。
「鱗?竜の鱗に似てる…白いから…あっ、ユリさん!」
「はい」
ブツブツと呟いていたシネラがユリの元へ駆け寄る。
「ガルデアに来た時に付けてたピアス、あれも竜の鱗だよね!」
「!?…そうです、よく覚えていましたね。答えは出ましたか?」
ユリが驚いた表情でシネラの問いに答える。
シネラは少しどや顔をしつつアリアの隣に座るエリーに近づき、エリーの左耳に付いているイヤリングを指差し答えを言う。
「このイヤリングは白竜種の鱗の欠片。ユリさんも付けてたし、エリーさんのも同じ。左耳のピアスは夫又は主のいる女性が身に付けてる。エリーさんは元スティフォール家の侍女だった女性の娘で、エリーさんアリアさんと同い年で、私と同い年の弟がいるから…たぶん、母親は住み込みで働いてた乳母。アリアさんとエリーさんが覚えててマリアが覚えてないのは、マリアが幼かったからなのと、ユリさんが侍女になってから色々叩き込まれて知識が増えて古い記憶が脳内の深層部に追いやられたから…かな?」
シネラがユリとエリーを見る。
ユリは頷き、エリーは笑顔を返す。だがアリアはまだ何かを探る様な目でシネラをみている。
「脳内の…う〜ん、半分…3分の1正解。じゃぁ、なんでエリーとユリはマリアに教えなかったでしょうか?」
「アリア様!?」
「アリー!」
アリアの発言にユリが椅子から立ち上がる。同じくエリーもだが、アリアを愛称でよぶのでシネラの答えは正解である。
しかしアリアは「いいからいいから〜♪」と二人を宥めてシネラに向き直る。
「続き、聞かせて?」
「えっ!?…んと、あれじゃなくて…エリーさんとユリさんがマリアに教えなかった理由は――」
アリアに促され、シネラの説明が続く。
皆がシネラの言葉に耳を傾ける。
「本来貴族の家に生まれた子は乳母が育て、その子が成人するまで仕えるのが通例。また、乳母自身の子が女性であれば、その子が侍女になれる。でもエリーさんはマリアの侍女になれなかった。ユリさんがマリアの侍女になったのは有名な冒険者だったから。インデステリアでの氏族の侍女・侍従とは私兵の要であり、より強く勇ましい者が侍女・侍従として仕えることができる。…でも、エリーさんが侍女になれなかった理由が分からない…何でだろう…」
シネラはまた考え込んでしまう。
そう、エリーはユリほどではないが、騎士団長のボルドーが太鼓判を押すほどの実力の持ち主である。
「もう一つヒントあげる♪エリーの年齢は?」
「エリーさんの年齢…?――」
エリーの年齢は27才だと知っているシネラはアリアのヒントに首を捻る。何故今さら年齢なのかを考えながらエリーを見ていると…
「ああ!そっかー!?」
「さすがですねシネラさん。ふふふ♪」
「さすがシネラちゃんですね…」
何かに気付いたシネラが再度エリーに駆け寄る。
それを見ていたトリスティアとユリが微笑ましそうに声をこぼす。
「どうしました?」
笑顔のエリーがシネラに訊ねる。
「もう変装はしなくてもいいよ?マリアの乳母はエリーさんでしょ?」
「エリーさんが…!」
「ぇえ〜!ですー!?」
シネラの言葉にタマとマリアは驚いて目を丸くする。
「すごいですね、何処でわかりましたか?」
「しゃべり方。必要以上に言葉を言わず、適当な言葉で分かりやすく要件を伝えてくるから。あと、マリアにだけは――」
エリーの問いにシネラはニコニコと答える。そして一度マリアを見てからエリーに向き直る。
「――お母さんみたいな優しい目で見てたから♪」
「…優しい、目、ですか?」
「うん!目はね、口よりものを言うんだよ♪」
「…そうですね。シネラちゃん、正解です。…セフェ――」
エリーは魔法を唱える。ブロンドの髪が白髪に変わり、黒眼は赤く染まる。
「ですー!」
「…白い髪、赤眼」
「エリーの髪が戻ったー!」
「白髪染めじゃなかったの?」
マリアとタマは先程よりもさらに目を見開き、会話に交ざることのなかったティーナとマルスは各々の感想を口にする。
「エリーさん」
「はい」
「分かった理由、もう一つあるんです…」
「?…」
シネラはティーナとマルスに目を向けてニコリと笑う。二人もニコリと笑顔を返す。
それを見たエリーは「そうでしたか…」と声をこぼしシネラの前にしゃがむ。
「…ふふ♪ティーナ様とマルス様はシネラちゃんが大好きですからね、気を引くのには色々と情報を渡さないといけなかったようで――」
「――それはそれです…ティーナちゃんがエリーも白だったから私とお揃いだったって言ってたのを覚えてただけです。マルスくんは『エリーはお祖母ちゃんみたいな髪だったのに〜』ってぼやいてましたよ?歳を考えた方がいいです」
シネラは嫌みを嫌みで返すことを覚えた。
シネラの返しにますます笑みが深くなるエリー。
(――は、本当だったのね…)
「?…エリーさん?」
「…ありがとう。シネラさん…」
「え?あ、はい…」
エリーはシネラを抱きしめる。
シネラは"ありがとう"と言われた意味が今は分からないが、このあとその意味を知ることになる。




