閑話:偉大なお祖母様・1
ガルデアから馬車で半日ほどのタスチという街へ護衛依頼を終えた白猫の守護者は、ガルデアへ帰る前に冒険者ギルドガルデア支部・タスチ出張所に立ち寄り、ユリが受付で護衛依頼完了の報告を行っている。
「…ねぇ、なんでマリアは『ですー』とか『ですぅー』とか『です〜』って語尾につけてるの?」
「それ、私も気になってたですー!?なんでなんで〜です〜?」
「いや…なんでって、私が聞きたいよ……」
ユリの報告待ちなタマとマリア。
タマの質問を疑問で返すマリアの腕の中には、すやすやと眠るシネラがいる。
「声が大きいですよマリア様、シネラちゃんが起きてしまいます…」
依頼完了書をバッグに仕舞いながら受付から戻ってきたユリ。
注意されたマリアは慌ててシネラを見るが、いまだシネラは「すぴーすぴー」と寝息をたてている。
「ですぅ〜」と安心したように声をこぼすマリアに、「でた、ですぅー♪」とタマがからう。
「ですー、だけを真似するなぁですー!?」
「ですです〜♪」
からかわれたマリアはユリに注意されたにも関わらず、タマに対して大声で怒る。
「……ですですうるさいよ!?てか、最初の方からマリアの声で起きてたよっ!」
マリアに抱かれたままのシネラが目覚めバッチリで二人にツッコミ、ユリは「またですか…」と溜め息をつく。
「もうっ!今日も半分くらいしかお昼寝できなかったじゃん…」
シネラはブツブツと愚痴をこぼしながらマリアの膝から降りる。
シネラの身体は幼児であり、一日の睡眠サイクルが決まっていて、昼食後の睡魔は体内時計としてキチンとやって来る。
しかし、このお昼寝は長すぎても短すぎてもいけない。ちょうどいい時間(半刻)でない場合、長すぎれは夜に眠れなくなり、短すぎれば夕食前に睡魔が襲い、そのまま朝まで起きない。
「ごめぇん…」
「ごめんなさいですぅ〜」
シネラに謝るマリアとタマ。
成長期のシネラには、長いのも短いのも体の成長に悪影響なので、毎日のお昼寝タイムは重要なものだとユリにきつく言われていたのを忘れてはいないようだ。
「で、マリアはなんで『です〜』なの?やっぱりバカだから?」
「バ、バカじゃないですぅー!?ひどいです〜!」
お昼寝を邪魔されたシネラが仕返しとばかりに嫌味を言う。
まさか、いつも優しくあまり悪口を言わないシネラにまでバカ呼ばわりされるとは思ってもいなかったマリアが、涙目になりながらショックを受けシネラの袖口にしがみつく。
「ねえ、ユリさんはマリアの侍女でしょ?ぜったい何か知ってるよね!ねっ!教えて教えてー♪」
「ひどいですー!ひどいですぅ〜!?」
「はなれてよー!服伸びちゃうでしょー!?」
かしましい少女達(一人は幼女)。
ここは公共の場であって自室ではない。ユリはニヤニヤしながら教えてくれとはしゃぐタマと、シネラの袖口を半泣きで引っ張り続けるマリアに平手打ちを一発ずついれる。
「おしべっ!!?」
「ですぅぶっ!?」
「うるさいですよ。他の冒険者の迷惑になります。次に騒ぎ立てたならば、土でできた猿轡を噛ませます」
「ご、ごめんなさ〜い!?」
白目を剥いて倒れているマリアとタマにユリが注意を与える。
二人の返事は無い。代わりにシネラがびびりまくりながら謝るが、ユリは「シネラちゃんは悪く無いのよ?」とシネラの頭を撫でる。
「さあ、そろそろ行きますよ。今夜はボル家に行かなければなりません…また帰宅が遅いとティーナが怒りますよ?」
シネラを撫でながら事後の予定を伝えるユリ。
しかし、マリアとタマはピクピクと痙攣するだけで起き上がろうとしない。
仕方なくユリが叩き起こそうとしたが、シネラがユリより先にマリア達に近寄り、可愛いお手てで交互に頬を叩き始める。
「ティーナちゃんに尻尾モフちぎられちゃう〜!!マリア!タマ!?早く帰るよ、起きれー!――」
ペチペチと叩かれる二人。シネラが必死に体を揺さぶるが起きる気配がない。
焦るシネラは、仕方なくタマの尻尾とマリアの鼻先を握る。
「――っぎゃーいっ!?」
「――ぶぎゃぁでずぅー!?」
「早く!帰る!!行くよ!」
飛び起きた二人に短い言葉で伝えるシネラ。鼻を押さえるマリアと尻尾を擦るタマが涙目でシネラに抗議する。
「起ほひかふぁでふぅ〜!?」
「握るのやめてよー!シネラ姉!!」
当のシネラは、出入り口のドアを開けて「早く!早くー!!」と痛みに苦しむ二人を急かす。
「早く〜、じゃないです〜。もげそうですぅ〜」
「シネラ姉もティーナちゃんにモフ千切られちゃえばいいよ…」
ブツブツと文句を言いつつも、お姉さんであるシネラに促されるままギルドを出ていくマリアとタマ。
そしてユリは、何事もなかったかのように三人の後をついて行くが、ドアの前まで来るとギルド内へ振り返り、居合わせた冒険者達とギルド職員に、騒いだ事に対しての謝罪こめて深々と頭を下げた。
皆、苦笑いや手をヒラヒラさせて"気にするな"と言っている。
ここタスチ出張所には若手の冒険者はいない。皆がC級以上の猛者であり、シネラ達からしたら大先輩の冒険者だ。
一応、冒険者でもギルド内での暗黙のルールがある。その一つに"後達、先達より騒謹せよ(下の者は、上の者より先に騒ぐな。)"というもので、言わば、下級冒険者だけで騒いじゃダメだよ。怒られちゃうから静かにしましょうね?と、公共ルールみたいな感じだ。
これが普段なら居合わせた上級冒険者にシネラ達はお叱りを受けることになる。
しかし、今、冒険者ギルド出張所いる最上級者は元B級冒険者のタッカという男性だが…実はこのタッカ、ユリとはB級昇格同期であり、当時、ユリが最速記録、タッカが人族最年長記録(当時62才、現在74才)でB級昇格という記録を打ち立てた間柄である。
「ユリも前を向いた、か…」
ギルドから出て行くユリを見送るタッカ。呟いた言葉に、居合わせた冒険者達が「何が前をだ…」「娘達にデレてただけだろ」などと言われている。
孫、ひ孫世代の冒険者に甘いタッカだが、なにも甘いだけではなくユリと同期で、ユリには色々と助けられたからか多少のことは目をつむる。
その他の冒険者達には厳しいが…。
「整列…」
「「「ひぃー!?」」」
ギルド出張所のタッカが冒険者達の指導を始めたころ、ユリ達は"都市間ゴーレム馬車"の停留所にいた。
「――わかりましたか?」
「…はい」
「ですぅ〜」
「…です〜」
ユリに注意されている3人の少女。
またタマがマリアの口癖を真似るのでマリアが「ですー!!」と言いながらキレた。
ちなみにシネラはティーナの件を、マリアはいつものことを注意され、タマは…。
「マリア様の真似をしている場合ではないですよ?タマが私へ"マリアの侍女"と言えば、あそこにいた冒険者達はすぐに気づいてしまいます。軽率な発言には気を付けるように…」
「はい…」
いつもはマリアが一番怒られるのだが今日はタマだった。
ショボくれるタマにシネラが「ドンマイ…」と優しく腰を叩き、マリアが「ざまぁです〜♪」と喜びながらタマの回りを回っている。
「です〜♪でてっ、できゅっ!!?」
ユリに襟首を掴まれシネラに腕をつねられるマリア。
いつもタマにやられてばかりいるので自制が効かなかったようだ。
「人の不幸をからかうものではありません――」
「――元はマリアの『ですー』のせいでしょ!今回はたまたまタマが一番注意されたけど、ひとりが注意されたらみんなで気を付けようねって、この前言ったばかりでしょ?!」
「いたいですー!ごめんなさいです〜!?」
「やっぱり、マリアはマリアだなぁ〜」
シネラ達は馬車を待つ。
待つ間の会話。マリアはユリにお叱りの続きを、シネラとタマは『ですー』についてを、もちろん『ですー♪』多用しながら…。




