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55話:勇者を救うために…

 上空で確認した巨人兵に対し、ユリから状況の把握を仰せつかったセルビオとナカジマ。この冒険者の中で一番強いであろうカンターナさえも尻込みするデカさに、他のメンバーもなす統べなく巨人兵を見上げ、マルヤマからの指示もあってか、ただ立ち尽くすしかない状態である。


そんなセルビオ達を前に、数分遅れでやって来るはS級冒険者のロージェンヌ達だ。


「おうおう!捜索隊の者やな!」


ご苦労さんとばかりにヒラヒラと手を振るローヌ。

セルビオ達捜索隊の面々はローヌがいることに驚きを隠せない。カンターナだけは冷やかな目をローヌに向けている。


「ロ、ローヌさん!?」

「ん?……ぉお!?セル坊やないか〜!元気かぁ〜あははっ♪」

「いじっ!?た、叩かないでくださいよ!?」

「うっさいわクソ弟子が!黙って叩かれいっ!」


セルビオを頭をバシバシ叩くローヌ。

ローヌの弟子はリースだけだと思うだろうが、ローヌもマルヤマとともにユリの弟子達へ良いことも悪いことも色々教えていたのだ。


「痛っ!?…そ、それは今関係無い――」

「あはは♪でっかくなったなぁ!…うおっ!?」

「ローヌ、私もひさしぶりだねぇ?」

「カカカカカ、カッ!?」


機嫌良く叩き続けるローヌの襟をカンターナがつかんでセルビオから引き剥がす。

ローヌの驚き様から、カンターナとローヌは知り合いのようだ。


「街でよく見かけるけど、あんたはすぐに姿を眩ませるからね…たぶん、7年ぶりくらいかい?」

「せ、せやな〜!ひさしぶりやぁ……ちょ、ちょっと用事思い出したから降ろして〜や…」


ローヌは手足をばたつかせて逃げようとするがカンターナからは逃げられない。

実はこの二人、相当昔からの知り合いであり、カンターナは被害者、ローヌは加害者という間柄なのだが、今はそんな話をしている場合ではない。


「…まあいいさ、今はあの厄介なデカイのを何とかしないとね…」

「おふっ、優しく降ろしてや〜ウチはか弱いレディやで〜」

「あんたの減らず口は相変わらずだねぇ、ちょっとは落ち着けないのかい?」

「大きなお世話や!ネチネチ説教すんなや!それよりもハゲはどこやハゲはー!」

「ローヌ!?今は――まったく…」


カンターナの側に居たくないローヌは、マルヤマを探しに脱兎のごとく逃げていった。

一方、ローヌについてきたウェルディーとバグは、ここまでモブ化していたワードゥルファーと、結界を張るための打合せを始めてたところだ。


「しかし、ワドゥルがいるとはな…」

「…この、裏切り者」

「そんな顔をするな、騙された二人が悪いんだ。それよりも、ローヌさんから物理結界は緩衝と局部硬化でいけと言われたが――」

「…変態」

「年上が好みとは…」


打合せを仕切るワードゥルファーだが、ウェルディーとバグは聞く耳を持たない。

それどころか、ワードゥルファーの悪口を並べ立てる。


「変態、ここに極まる。ですね…」

「バグ。このモジャモジャが変態を助長しているんですよ。こんなものはさっさと燃やしてしまいましょう…トモエさん、お願いします」

「は〜い♪」

「ば、バカ!止めろー!?」


いつの間にか打合せをしているワードゥルファー達の側にいたトモエに、ウェルディーはワードゥルファーの立派な髭を引っ張りながら髭の処理を依頼する。

トモエがいるということは当然ハナコもいると思うだろうが、残念ながらハナコはナカジマとケイの所にいるので、冗談の通じない天然娘を止める者はここにはいない。

そんな天然娘なトモエは、素手で指パッチンをしてライターばりの火を出現させる。

そして、トモエが出した火はワードゥルファーの髭に燃え移る。


セルビオ、ベス、ベルトアの三名は、燃え盛る髭を何とか消そうと躍起になっているワードゥルファーを眺めている。


「こんな時に、なにを遊んでいるだ…」

「あの女、やべぇヤツだな…」

「ワードゥルファーが、燃えている…」


ハナコやナカジマ、ケイといった転移者達が話し合う中、ワードゥルファーを眺めるこの三人は何もしない訳ではない。


「つぅかよ〜、マルヤマさんだけで止められんのかよ、あれ…」

「分からない。僕ならあんなに巨大なものと戦うなんて考えられないが…マルヤマさんなら、何とか出来そうな気がする…」


ベスはいまだ不気味に佇む巨人兵を眺めてセルビオに訊ねるが、セルビオはどこか不安を拭えない歯切れの悪い言葉で答える。


「セルビオさんも他力だなぁ。なぁベルトア?」

「致し方無い。マルヤマ殿が来るなと言うのだ、我々が出来る事は、ただこの状況を見守ることのみ…」

「…堅物かよ」

「何も考えていないベスよりはましだ」

「ぁん?やんのか――」


聞いたベスが悪いのか、聞かれたベルトアが悪いのか、二人は険悪な雰囲気なる。

この二人、実は性格上の問題で水と油な関係なのだ。


「――やめろ。何もしていないのはどちらも同じだ…」

「なっ!?」

「貴女は…!」


睨み合うベスとベルトアの間に割って入る人物。顔には表情の読めない面をつけ、手には朱色の槍を携える人物は…。


槍血嵐舞(そうけつらんぶ)のイオリ・セブ、殿…」

「インデステリア最強のS級が、なんで…」

「マジかよ…」

「いちいち驚くな。マルヤマ殿に比べたらまだまだ未熟者だ…」


驚くなと言われても三人はイオリが現れたことに驚くことしか出来ない。


「何がどうなってんだ!?」

「僕にもさっぱりだ…」

「……」


混乱するベスとセルビオ。ベルトアは手を合わせてイオリを拝んでいる。


ベス達が混乱する理由はS級授受者の制約があるからだ。

・S級を付与された者が所属する国家ないし組織・団体の意思に反する行動は出来ない。

・各国枠内のS級授受者は、同者同士での組織的行動又は会合は慎み、突発的な状況以外の平時は"円卓招集"のみ会する事とする。

・平時、S級授受者二名以上での行動は、その両名が所属する国家から前以て"円卓同盟国"に通知しなければならい。緊急時、突発時は事後通知。


と、マルヤマは元S級だが、ここにいるイオリと捜索隊に帯同しているマサアキはS級授受者だ。S級の者が一同に会するという事は、この条件を満たした事態なのだとわかる。


「巨人兵を操っているのは勇者セラなんだ…」

「巨人兵の脅威ランクはSSランク…22年前、アラカバ王国を滅ぼした天災級魔獣災害以上です」

「ぅお!?マーニ!…兄弟!?」

「兄弟じゃないよベス…」


イオリから遅れて到着したカズキとマーニ。その後ろにはハルナとアドラス達三日月のメンバーもいる。


「なんでもいいじゃねぇかカズキさんよ〜。てか、なに講習サボってんだマーニ、サザクがボロクソ文句言ってたぞ?」

「あ…えと、その…ユリさんに――」


ベスに絡まれ、しどろもどろで弁解するマーニ。


「――その話は後だ。今すぐこの場にいる者を集めてくれ」

「集めろって、アドラス…お前もなんでいんだよ、マリ達と一緒じゃねぇのか?」

「…それも後で話す」

「早く呼んできて、ベス」

「なんで俺なん――」

「早くしろ、ベス」

「――はい…」


ベスはカズキの願いに嫌がるが、S級冒険者のイオリに言われて断ることもできず、その言葉に従う。


「オリバに似たやつだな…」

「どこがだ?」

「チャラチャラしたところだ…」

「…なんか、嬉しくねぇな」


トボトボと歩いて行くベス。チャラ男嫌いなクレナと、ベスと性格が似ているチャラ男なオリバの会話は聞こえてはいない。

ワードゥルファーを燃やしたトモエ達、転移者同士で話しているナカジマ達、ローヌを捕まえて戻ってきたカンターナの順に声をかけてカズキの元に戻ってくる。


「集めたぞー」

「ありがとうベス。皆さんもありがとうございま――」

「うだうだ言うとらんではよ話ぃや〜!」

「ロージェンヌ、静かにしな…」

「うい…」


全員がカズキの前に集まり、カズキと行動を供にしていた者達以外の者に、カズキは今後の行動方針を説明する。

ローヌが何やら騒いでいるが、カンターナに頭を掴まれ黙る。


「――まず、ここにいる全員がこの状況を理解している訳ではないと思いますが、転移者の冒険者は"特別法"に基づく行動を求めます」

「特別法ですか〜?」

「特別法…?」

「裏条委員会の特別権の内容だ。今からカズキ裏議の指揮下に入るんだ…」


カズキの言葉をトモエとハナコは理解できていない。側にいたナカジマが小声で補足説明する。


「なんやぁウチには関係無いな!転移者同士でがんばりやぁー」

「あんたはS級冒険者だって自覚はないのかい…」

「転移者や無いから知らんわ〜」


自分は関係無いとばかりに鼻をほじるローヌ。カンターナに諭されるがカズキの話を聞くきにはならないようだ。

しかし、次にイオリが発言したことにより、やる気なしの表情だったローヌの顔は怒りと混乱が入り混じった表情になる。


「それは違うローヌ殿、グランドマスターからの返信で『現地いる冒険者達の指揮を、B級冒険者のカズキに取らせよ』と言明されている。本部命令に我々は従わなければならない…」

「はぁ!あのクソ犬、なに考えとんのや!?他国干渉もいいところや!」

「すでに国際転移者協会理事長と王都騎士団団長の許諾は下り、ヤマト氏にも勇者を異界追放する事をご理解頂いている」

「そ、そんなバカな…セラが居なくなったら、またヤマトが――」


ローヌは言葉を失い地面を見つめ項垂れる。ここにいる者達の大半がローヌが何を言いたいかが分かる。

それをローヌを抱き抱えていたカンターナが言葉に表す。


「魔族が怖れる聖剣…いや、魔力を持つもの全てが恐れ、光属性と同等の力を持ち、魔力そのものを祓う"絶魔の(つるぎ)クラウ・ソラス"。もしも現今の勇者がこの世界から消えれば、主を失った剣をめぐり再び魔族との戦が始まるな…」

「全く魔力を持たない、セラだけにしか扱えない聖剣クラウ・ソラス…」

「剣に宿る力を受け入れられる器は魔王国にもいると言われてますからね…あの時は先代の勇者が亡くなり、獣王国での葬儀当日、魔王国から一方的に宣戦布告でしたからね…」


カンターナの言葉にナカジマとセルビオが続けて発言する。


12年前の第三次人魔大戦の引き金になったのはセラの前、先代勇者が亡くなり"絶魔の剣クラウ・ソラス"の所有権が消滅したためであり、その絶大な力を持つ剣をめぐり魔王軍が旧獣王国を蹂躙、剣の所在が"ヤマト宗武連"にあると分かると次はローヌの夫であるヤマト伯爵が治めるヤマト伯爵領へ侵攻。約500年もの人族と魔族の均衡を破り大戦へと発展した。

その戦争の終わりを告げたのが現勇者のタイガ・セラだ。

当時、14才という若さでラトゥールに転移してまだ2日と経たない地球からの転移者だった彼は、あの大戦初期に起きた大規模転移事件で唯一発見された生き残りで、魔法はおろかインデステリア王国で使われる人族語すら話せないない"ギフト無し"の転移者だった。

タイガ・セラは二月ほどヤマト伯爵領で保護されているなか、ヤマト宗武連本家が保管していた"クラウ・ソラス"が突如として輝きを放ち、タイガ・セラの元にその姿を現した。

"クラウ・ソラス"の所有者となったセラは一夜にして魔王軍15万の兵を再起不能(魔力枯渇状態)にさせ、聖剣を持つ勇者の出現を世に知らしめた。

当然、魔王軍は聖剣を奪取するため兵力を勇者セラに集中させるが、絶魔の異名を持つ聖剣クラウ・ソラスを振るう勇者には無意味であり、再起不能の魔王軍に追い討ちをかけるよう再編されたガルデア方面軍により駆逐され魔王軍は撤退。インデステリア王国は魔王国側の停戦宣告を受け人種族主体の賠償を要求し、魔王国はそれを受諾し停戦する。

だが、約一年もの戦争の間にイ王国軍と魔王軍の戦闘での両軍の戦死者や行方不明者の数は百万を越え、ヤマト伯爵領・リウ伯爵領の領民は犠牲者は数十万人に及ぶも死者数に上ったという。


今勇者セラをラトゥールから追放すれば聖剣クラウ・ソラスの所有者がいなくなり、再度、先の大戦へと発展するのは明白だ。

賠償要求を受諾したといえど魔王国とは終戦ではなく停戦なのだ、間違いなくイ王国が現勇者を消失したとなれば魔王国は軍を聖剣が戻るであろうヤマト宗武連に向けるだろう。そして12年前とは比べられない程の戦争になり、ヤマト伯爵領は戦火にのまれ跡形もなく消滅してしまうかも知れない。


「事後のことも考えないと、と思いました…先の大戦でのヤマト夫人のご活躍と、停戦後の談話は知っています」

「……」


カズキが項垂れたままのローヌに言葉をかけるが返事はない。


「…私たちもローヌさんと同じ気持ちです。今すぐにタイガを異界追放にするつもりはないんです」

「すでに訝の亜空間転移班が此方に向かっているが、それまでに勇者を正気に戻せれば異界追放はされない。到着予定時刻は5の刻前後となる見通しだ、日の入りまでが勝負だろう…」

「同じ、気持ち…正気に、戻す…?」


カズキの考える作戦を知るハルナとアドラスの言葉に、その言葉の意味がいまいち飲み込めないローヌは聞き返す。






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