54話:神の名を持つ者。
「!?色が…」
「キレイです〜」
鱗を当てた瞬間、黒々とした動物は虹が降り注いだように色づき、硬質化が溶けて球体状だったものが崩れて行く。
「シネラちゃん!」
「「シネラ姉!?」」
球体の中には仰向けで気を失っているシネラがいた。
「シネラちゃ!?――な、何が!?」
「進まにゃいぃー!?」
「ですー!?」
駆け寄ったユリが見えない壁にぶつかる。
マリアてタマも途中で壁にぶつかりもがいている。
「物理結界だな。かなり高出魔力だ…」
「なんでです〜?シネラ姉は結界魔法を使えない無いですー」
キゼドの説明にマリアが疑問を投げ掛ける。
キゼドは「あの魔道具だ…」と、シネラの右脇に転がるのは結界装置だとマリアに教える。
ユリも結界装置だと確認でき、剣を仕舞いキゼドに訊ねる。
「あの魔道具なら、この世界のものなので消せますよね?キゼド様?」
「消せるな、少し下がっていろ…」
ユリの問いに頷き肯定したキゼド。
見えない手を物理結界へと近づける。
『…止めろ』
「「「「!?」」」」
「っ体が!?」
低い男性の声とともにキゼドの体に無数の影がまとわりつく。
何が起きたのかが分からないユリ達は、その声のした方に体を向けて各々の武器を構える。
全身が血に染まり、全ての装具を破壊された男性の冒険者がユリ達に近づいてくる。
『げふっ…装置とシネラは対になってる…げふぁっ!げふぁっ!?……はぁはぁ…間の力は、シネラごと消しちまうぞ…はぁはぁ…』
男性は吐血を繰り返しながら言葉を発し、結界に近づいてもたれ掛かる。
結界に大量の血を付けた男性の顔を見るユリ。
「…ダグナ、マグナ!?」
「魔獣!?」
「ダグラマナですー!?」
ユリの言葉にタマとマリアが反応して武器を向ける。
向けられたダグナマグナは吐血した口を拭い、不敵に笑いユリを見る。
『ぁあ、昨日のババァか…シネラの約束、守れないかもなぁ…ぐぶぁっ!?』
「ダグナマグナ!シネラちゃんに何をしたのです!」
『はぁはぁ…負け犬の、遠吠えってやつか…げふっ!…ダチには何もしてねぇよ』
「何を――!?」
熱り立つユリは、ダグナマグナの顔すれすれに剣を突き刺さす。しかし、全身血まみれで虫の息のダグナマグナは、人指し指と親指だけで剣先を掴み止める。
『これが神と現し世の差よ…』
「くっ!抜け――きゃ!?」
『ユリよ、暫し待て…今はシネラを出すのは危険だ…』
ユリの剣を奪い、急に立ち上がるダグナマグナ。
先ほど声色が威厳がかり、容姿とは不相応な雰囲気に変わる。
「むっ?体の自由が――」
『――手伝え、間の力を持つフォールの血族よ…』
「戯れ言――!?」
影から解放されたキゼドはダグナマグナの言葉に耳を貸さず、ダグナマグナの前へ瞬時に時空魔法で移動して体に触れる。
しかし、キゼドに触れられ消えるはずのダグナマグナは消えない。
「…やはり」
『気付いたか麒人の娘よ…貴様等の祖霊獣は現し世の者ごときに操られているぞ?』
「このっ!」
「返すですー!」
ダグナマグナはキゼドに触れられたまま、何かに気付いたナナイの呟きに答える。
ギルドの次にマリアとタマもダグナマグナに攻撃を加える。
「麒麟様が、そんな…」
『悲観している場合か?麒麟が来るぞ、こいつらを連れて離れ――』
「何故だ!手が離れんっ!?」
「無視するなぁー!」
「ユリの剣を返すですー!?」
キゼドのみを拘束し、マリアとタマの攻撃を無視してナナイに指示をする。
『――ノルンの御加護もだ…ユリよ、敵を見誤るな…』
「ノルン!どこでその名を!?」
魔剣雷華を抜いたユリに、ダグナマグナはユリから奪った剣を投げ返す。
ノルンの名を聞いたユリは驚きながらも、憎きその名を聞いて一気に殺気立つ。
『……その殺気、御加護も人の理を外れた者の様だな…!?来るぞ!!』
「私はミカゴでは――!?マリア様!?」
「ユリ!タマも気を失った!」
神殿の下から邪悪な気を纏う何かが地上に這い出てくる。
気に当てられたタマとマリアは気を失い、ユリとナナイに抱えられる。
「ガフッ…」
『ウルフナーバか……そうしろ、シネラは我輩が守り抜く…』
「ワフッ!」
『ふん、余計なお世話だ…人の治癒力を上げる事など容易い。既に、迎えの準備は出来ている…」
ダグナマグナが現れてから唯一攻撃しなかったマルが、ダグナマグナに近づいて吠える。犬のような鳴き声に返事を返すダグナマグナは、マルの言葉が解るらしい。
マリア達を支えるユリとナナイが、その光景に目を奪われる。
「…グフッ」
『くくくっ…つまらん、か……行け』
「ガフッ!」
任せろと言わんばかりに吠えたマルはダグナマグナから離れ、大きな口でユリ達を銜える
「マル!?放しなさいっ!まだシネラちゃんが!?――」
ユリの抵抗虚しく、マルはユリ達を銜えたまま神殿を後にする。
『貴様も残るか…麒麟の血族――』
「――祖霊の不始末、一族の弔いだ…邪魔なら私ごと斬ればいい…」
ダグナマグナに背を向けて前に立つナナイ。
ダグナマグナに問われるも、然も当たり前のように答え槍を構える。
『くくっ、ご立派なことだな…おい、間の者よ…」
「黙れ魔獣!貴様に手を貸すなど出来ん!」
『熱り立つな…どれ――』
「がっ!?――」
キゼドの頭を掴んだダグナマグナは、キゼドに自身の記憶の断片を見せる。
「――な、まさか…ダグナマグナというのは…」
『我輩は約定を守る。貴様も、フォールの血族なら責務を果たせ…』
ダグナマグナの記憶を見たキゼドは、フォール一族に伝わる伝承そのものが事実であると理解する。
「……微力ながら、応竜様の御力になりましょう」
『利口だな今代の防人よ。貴様の役割は――』
「――多次元転送陣の構築で、ございますね?」
「そうだ。我輩だけでは麒麟を異界へ送り込むことは敵わん…面倒な異界門の構築をしなくて良いと思うと、貴様が居たことに感謝せねばな、くくくっ♪」
凶悪な笑顔を張り付けて笑うダグナマグナ。何が可笑しいのかは分からないが、その目は一点を凝視している。
隣ではいつの間にか覚醒したナナイが我先にと飛び出す。
「見つけたぞ、ダグナ…マグナァアー!!」
「燃え貫け…」
「がぁああああーーー!?」
瓦礫から這い出てきた麒麟にナナイの槍が突き刺さる。
不意を突かれた麒麟は右肩を貫かれ、燃え盛る炎に包まれる。
「同種の拒絶か…やはり、ヤツは麒麟なのですね?」
『紛い無い…麒麟が一番恐れるもの、それが同族の麒人族だ。我輩よりも戦いづらいだろうな…』
ナナイと麒麟の戦闘を見ていないダグナマグナは、なにやら床に文字を書いている。
「応竜様は何を?」
『…気にするな。貴様は転送の準備に集中しろ…』
「…わかりました」
気になるキゼドだが、ダグナマグナの命令には逆らう気になれず、転送陣構築のため抗魔布を外し、四周に魔法陣を設置し始める。
「おのれぇ!祖である我にそれを向けるかっ!!」
「我々の祖は人はおろか、草木、虫さえ殺さぬ御方だ。貴様のような愚か者に、従う者などいない!」
炎に包まれた麒麟が激昂する。
槍を構えるナナイは、次なる一槍を繰り出す。
「!?な、何故だ!何故貴様のような小娘が――」
「穿て…麟槍、蜂千華」
「ぐぁあああーーー!!」
幾千もの穂先が麒麟が憑依するカヌイの体を貫き、無数の穴が空いた麒麟は、まるで蜂の巣ような姿に変わる。
「…仇は、取ったぞ――」
『――感傷に浸るな!麒麟の再生力は桁違いだぞ!』
「!?炎槍――ぐぅっ!?」
ダグナマグナの怒号がナナイへと飛ぶが、それよりも速く麒麟の憑依する肉体が再生し、燃え盛る炎を纏ったまま、ナナイの顔を鷲掴む。
「ぐあ゛あ゛ぁぁあーー!?」
「素晴らしい力だったぞ…だが、それでは我を殺さぬ。我の骨から出来た、この槍をもってしてもな…」
「ぎ、ぎざまの…指図な、ど――だっ!?」
「なんだっ!?」
二人の間に突如として光の壁が立ち上がる。
その光の壁の前には、今にも霞み消えそうな姿の女性が佇んでいる。
『……遅いぞ、アーテラ…』
『煩いです!?何回も呼ぶな!トカゲめ、です!!』
ナナイに燃え移った火を払いつつ、本日二度目の召喚をしたダグナマグナにご立腹のミリファナス(アーテラ)。
『そもそもここは、記憶の間じゃないです!何故、呼べたんですかです!?』
『簡単だ。貴様の石像から――』
何処から取り出したのかは分からないが、ダグナマグナは人の手の形をした石像の断片をミリファナスに見せる。
『わ、わた、わた、私の腕ですっ!?こ、この畜生がです!!』
フォールに作らせた自慢の石像を壊され怒り狂うミリファナス。
気絶したナナイを雑に退け、女神でありながらダグナマグナを罵り、投げやすそうな神殿の瓦礫を投げつける。
『ふん、当たらんな…』
『死ねです!?トカゲです!?返せですー!!』
数個ほど投げるが、ダグナマグナには1つも当たらない。その代わりに、魔法陣を書いているキゼドに瓦礫が飛んで行くが、キゼドは「?…なんだ、消えろ…」と手をかざして瓦礫を消し去る。
『喚くな。また麒麟を逃すつもりか?』
『バカにするなです!麒麟はもう袋の鼠ですです!!』
ミリファナスは光の壁を指さしドヤ顔で言う。
目を凝らさなければ確認出来ないが、四方を光の壁に囲まれた麒麟は、何をするわけでもなく、ただただその中で立ち尽くす。
『腕は鈍っていない様だな…』
『当たり前です!異界で遊んでいたトカゲとは違うです!』
終始ダグナマグナを敵視するミリファナス。
ダグナマグナは呆れながも次の段階へと状況を進める。
『いちいち突っ掛かるな。さて…防人!準備は出来たか!』
ダグナマグナはキゼドを呼ぶ。
キゼドの気配はダグナマグナの直ぐに側に現れ「何時でも大丈夫です」と答える。
『ん?…貴様は誰だ!』
『なななっ!なんです!?声だけ聞こえるのです!?』
『…アーテラだ』
『アーテラ…』
ミリファナスに見えない剣を向けるキゼド。ダグナマグナが言った名を復唱するが、キゼドはアーテラという名を知らないようだ。
『知らんならいい…それよりも、あの結界が解けると同時に発動しろ…』
「お任せください」
皆まで教えるつもりの無いダグナマグナはキゼドに指示を出す。
ギルドが発動用魔法陣へ向かう中、ミリファナスは『ちゃんと教えろー!です!?』と騒ぎ立てる。
『お前も準備しろ。一瞬で方がつく…』
『命令するなです!?言わなくても分かってるです!』
『…そうか、では――』
文句を言いつつもミリファナスは両手を光の壁の前にかざす。
ダグナマグナが『今だ!!』と叫び、ミリファナスが光の壁を解き、キゼドが多次元転送陣を発動させる。
麒麟の頭上には何重にも折り重なった魔法陣が現れ、瞬く間に麒麟を拘束する。
『異界で頭を冷やせ、麒麟…』
「ダ…グナァ、マ…グナァアアーー!?――」
麒麟の叫び声と同時に魔法陣が収縮し、一本の光となって消えた。
『よくやった防人よ!』
『何が『よくやった!』です!?最初から私を頼れ!シネラちゃんを危険にさらすなです!?』
霞む姿のミリファナスが偉そうな態度でダグナマグナに詰め寄る。
キゼドは魔力を使いすぎたのか。肉眼では見えないが荒い息づかいが聞こえ、魔力枯渇状態のため動けないでいる。
『ふん…自身で神界を出られんヤツに頼れるものか――』
『――たった今、頼ったです!』
『これはついでだ、シネラの結界を解くためのな…』
『結界、ですか…です?』
シネラを包む結界を小突くダグナマグナ。
『お前、この結界装置に細工しただろ?』
『さささ、細工なんてててっ!?』
ダグナマグナの言葉に動揺するミリファナス。たぶん、記憶の間でシネラから渡された時に細工をしたのだろう、ダグナマグナが『したろ?惚けても無駄だ…』と、再度結界を小突く。
『まあ、そのお陰で瓦礫からシネラを守れたがな…』
『け、結果良ければ何とかです!』
『……お前が言うな、さっさと結界を解け…』
『わ、わかってるです!?』
憎きダグナマグナに指図されるミリファナスはシネラを包む結界に触れて結界を解く。
ミリファナスはシネラを抱き、頬をなでる。
『装置…弄って良かったです…』
『そうだな…それと、もう片方も…』
『……ですね。まだ意識は戻らないですが…きっと――必ず―です――』
ダグナマグナの言葉に、ミリファナスは不安な表情を見せる。
ミリファナスの声が所々途切れ始め、シネラを抱く腕が薄れていく。
『ダグ――グ!?――まさか!―早――治療――』
『我輩は死なん…助かったぞ、流石はアーテラだ。またいつの日か、相まみえようぞ…』
『!?――』
消え行くミリファナスに、最後だけは礼を言うダグナマグナ。消えたミリファナスに代わりシネラを抱き抱える。
『…あとは、現し世の者の戦いだな…』
呟きざまにシネラを抱いたまま仰向けに倒れるダグナマグナ。
太陽がフォール山脈の岩肌を麓まで照らす。
朝焼けが完全に青く染まる時刻。人ならざぬ霊獣、浅からざる因縁の戦いは、今ここに終結した。




