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53話:霊界の王

「――エミリー、足の感覚は戻ってきたか?」


ここまで何もせずにいたマサアキがエミリーに話しかける。


「戻ってないですよ、ビビリさん?」

「ビ、ビ……そ、そうか…感覚が戻ったら教えてくれ、組織が完全に壊死する前に処置をしたい…」

「…分かったわ」


エミリーからビビリと言われたマサアキ。

彼は冒険者ではない。マサアキはS級治療薬士だが、戦闘中は物陰に隠れ、猛獣が近くに来れば気絶するを繰り返し、マサアキのことを知らない者が多いこの捜索隊での信頼など底辺に近い。エミリーに声をかけたのも、捜索隊の面々から白い目で見られていたため、黙々と歩き続ける雰囲気に耐えきれず助けを求めたようだ。


「なんでここにいるだマサアキさん…戦えない者が来るところじゃないぞ?」

「そんなこと俺だって分かってる。ユリさんに無理矢理連れて来られたんだよ…」

「断ればいいじゃない、私でさえこの有り様よ?」

「…断れたら断ってたが…あの人には逆らえん!」

「「……」」


悲壮感を漂わせながら言い切るマサアキ。

ユリを知らないエミリーとマチコフはマサアキが言い切る意味を理解できない。


「あらら〜?マサアキ様が元気になられましたね〜♪」

「ラ、ラテラ!?」


モビナとともに負傷者の看護を任されいるラテラがマサアキの横を歩く。

マサアキはラテラが居たことに気づいていなかったらしく、素晴らしいリアクションで驚いている。

ラテラはマサアキに用があると思いきや、マチコフとエミリーの横にいき、微笑みながら訊ねる。


「ふふっ♪メルートス家の姫君を射止めたマサアキ様がいつ戦えないと?」

「え、それは…治療士ですし――」

「――マサアキさんが戦っているのを、私は見たことがない…」


問われたマチコフとエミリーは正直に答える。それに対しラテラが「あらあら〜」と口の前に手を当てて露骨に驚く。


「転移者同士でも知らないことがあるのですねぇ?あのですね〜マサアキ様は――!?」

「うっ!?」

「!?」


マサアキがラテラに向けて殺気を放つ。ラテラは膝を震わせ涙目になり、隣を歩くエミリー達も、マサアキが放つ禍々しい殺気に当てられ歩みを止める。


「ラテラ、それ以上の口外は許されていないはずだ…」

「す、すみま…も、申し訳ございません、マサアキ様…」

「わかってくれればいい…メルも知らないことだ。知る者が増えればメルの耳に入りかねないからな…」

「…は、はい、差し出がましいことに、ご、ごさいました…し、失礼します」


ラテラは持ち場へと戻って行く。

エミリー達がマサアキの顔を覗くが、もう殺気を出すほどの険しい表情はしていない。


「マサアキさんて…」

「…何者なんだ?」


二人だけに聞こえる声で呟くエミリーとマチコフ。


そして、戦えない治療薬士のマサアキが何者かわからないまま、捜索隊と講習組はガルデア軍と合流するため歩みを進める。





 インデステリア王国と神聖ミナルディ皇国の国境線、二国はハルマプレ山脈を挟み、インデステリア王国側にはメルニシア大陸最大のアツァマナ大森林、神聖ミナルディ皇国側には同じくメルニシア大陸最大のラツァマサ大雪原が広がり、互いは領有権を主張している。

しかし、実際には二国ともアツァマナ大森林やラツァマサ大雪原に踏みいることはない。


『行きとうないっ!あやつが居るのは嫌じゃ!?』

『嫌と言われましても、同族との争いは御法度でございませぬか!何かしら王の裁きを下さねば、また四精霊が騒ぎ立てますぞ!?』


白銀の女性は目に涙を浮かべながら駄々をこね、純白のローブに身を包んだ男性と思わしき人物が強く具申する。


『島に籠もる獣がなんじゃ!?樹海にはユリがいるのじゃぞ!ユリじゃぞ!?』

『ですが、御加護(みかご)のユリには関係のない――』

『――フーローティが手を貸した魔眼の小娘は、ユリの弟子じゃ!失念じゃった…久方ぶりに鎖を放ったが、こんなことになろうとはのぉ…ぐすん……』


目を擦り『嫌じゃ…鬼畜じゃ…』と、ユリのいる樹海に行きたくない様子の女性。

純白のローブの男性は困り果て、ため息を漏らす。


『…妾はいかんぞ…ユリなんぞに捕まれでもしたら、もう!もうっ!?』

『心中御察しします…』


興奮しだした女性は急に立ち上がって9本あるモフモフした尻尾の二本を体の前に被せる。


『何を察するかっ!あやつは念話を使い「弟子に変な物をつけないでください、またモフモフされたいのですか?それか、残りの尻尾で新な弟子達のコートを作りたいので毛を刈り取りますよ?」とフーローティを通して脅してきたのじゃぞ!?』

『そ、それは、何とも……』

『脅迫じゃっ!なにが御加護じゃぁ〜、妾と同列なぞ嘘じゃ嘘じゃっ!!』


9本の尾を激しく振り回して狂乱しだす女性。

ローブの男性は巻き込まれないよう距離をとる。


『な、何卒お気を静まれますよう!他の精霊達に気づかれてしまいますぞ!?』

『妾が気疲れじゃ!?この尾を守るために、そなたも何かしら考えよ!』

『つ、疲れ?…いえ、では私が――』


興奮しているためか会話が噛み合わない。

ローブの男性が考えを述べようとした時、窓や扉が1つも存在しないこの部屋に、2つの気配が姿を現した。


『『お母様ー!お母様〜!お使い終わりました〜!』』


モフモフで可愛らしい二匹の子狐が二足歩行で女性に近づいて行く。しかし、極度の興奮状態にある女性に近づくことは危険だ。


『待て!?ツキメ!ヨウメ!』

『『ぅう?ラカイ?ラカイだ〜♪』』


ローブの男性が二匹の名を叫ぶ。

月萌(ツキメ)陽萌(ヨウメ)はローブの男性を羅灰(ラカイ)と呼びながら呑気に前足を振っている。そして女性に捕まった。


『良い時に戻ったのじゃ、ツキ、ヨウ…』

『『いいの〜?いいのがいいの〜♪』』


何も知らないツキメとヨウメは、お母様と呼んでいた女性に誉められたと勘違いして、蔓延の笑みを浮かべている。

これから待ち受ける試練を知るラカイは、それを静観する。


『これを、魔眼を持つ人族へ届けるのじゃ』

『『紙〜?丸い紙〜。何処にいますか〜?』』

『樹海じゃ、モニカという青い髪をした人族の大人じゃがフーローティがついておる。周りには沢山の人族がおるが、姿を見られぬよう精進するのじゃぞ?』


何を精進すれば良いのかは、いまいち分からなかったツキメとヨウメだが、確実な『『青髪〜!青い髪のフーローティ〜♪』』と要点だけを口ずさみ、ラカイに『『行くの〜?行くのですよ〜♪』』と元気よく前足を振ってアピールする。


『…はぁ〜、行ってこい…』

『『行ってきまーす♪』』


呑気なアピールに先が思いやられるが、ラカイはツキメとヨウメの前に虹色に光る空間を作り出し、二人仲良く手を繋いで入って行くのを見送った。


『行ったわ、行った♪ふふふっ♪誰が好き好んでユリの元へ――』

『――生け贄にツキメとヨウメを送り…後日、御加護のユリがやって来る…と、いうわけですね御鼎(ミカナエ)様?』


上機嫌さが伺えるほど尾を揺らすミカナエ。ラカイは思い出せと言わんばかりにミカナエの尾を見ながら進言する。

その言葉で我に返ったミカナエは『ぁあ…あわわ!?よ、呼び戻すのじゃ!』と、また慌ててふためくが、ラカイは首を横に振るう。


『無理です』

『何故じゃ!?』

『…これを――』


ラカイは空間を裂いて樹海を映し出す。

ミカナエは食い入るように見入り『…阿呆共がっ』と呟く。


『残念ながら、ツキメとヨウメは捕まってしまいました。御加護のユリに知られるのも時間の問題かと…』

『……もうよい、妾は籠もる。ユリが来ても呼ぶ出ないぞ…』

『…御意』


ラカイの返事を待たず、目映い光とともにミナカエは姿を晦ます。

この場に残るのはラカイのみで、自ら作り出した樹海が映し出された空間を見つめる。


『とうとう始まったか…どちらにせよ、擬星の寿命が尽きるのが先だが……』


ラカイは裂け目を閉じ、独り言を呟きながら部屋の隅へ移動する。


『ミリファナス様の御加護に伝えねばな…日本(ヤマト)の皇統と会うのは何千年ぶりか…今上は誰だったか…皇極か?…まあ、よいか……』


独り言を終えると、ラカイの姿は霞み始め部屋も歪み、光の無い暗闇へと変わる。


『序でだ、(こく)(はく)の子孫も帰還させよう…』


ラカイの霞み行く姿は暗闇に吸い込まれるように消えて行く。


ここは、神界と下界を繋ぐ無なる界で、死者の魂が輪廻を待つ霊界でもあり、精霊と死者の魂は異なるようで同じ精神体という言わば霊魂になる。

無なる界を治める者は精霊王・仏羅(ぶつら)と呼ばれ、ミナカエは精霊を束ねる王であり、ラカイは死者の魂を導く仏羅である。


そしてラトゥールには、無なる界と繋がる聖域が存在する。

インデステリア王国と神聖ミナルディ皇国の国境線、ハルマプレ山脈の山々と異なり、柱のように天高く聳える岩山ハルマ……

またの名を"神罰の塔"といい、神が人々の争いに嘆き、神槍(ハルマ)を大地に刺して地面が隆起し山脈を作り出した。神槍は地面深くまで突き刺さっさり、柄だけが地表に残ったとされている。





 外から伝わる震動。いつ崩壊してもおかしくはない古代に造られた神殿内にはシネラがうずくまり、その周りを蜥蜴のような虹色の魔獣が囲む。


(助けて!誰か、誰かっ!?)


結界装置にしがみつき涙ながらに声なき声を叫ぶ。しかし、ここにはシネラ以外誰もいない。


「「「ヴァアアー!」」」

「!?…うぅ〜」


先ほどから魔獣に威嚇されるシネラだが、魔獣はシネラに襲いかからない。


(嫌、死にたくない!?…この世界で、生まれ変わるんだって決めたのに…)


手足を震えさせ、この世界で生きようと決めた時のことを思い出すシネラ。

ユリとマリアに出合い、タマも一緒に冒険者になった。ユリはあの時一緒に津波に飲まれた看護士で細谷友里だった。

他にも沢山の人に出会って、沢山の経験をした。津波に飲まれる前の地球にいた頃の小咲(シネラ)には、比べられないくらいの笑顔があった。


(死にたくない!…死にたくないっ!……みんなが魔獣になっちゃう!)


みんなのことを思い出し、シネラは震える手足を歯を食い縛りながら動かす。

結界装置を床に置き、腰から下げた二振りの短剣を抜く。


「わ、私は冒険者…ラトゥールで生きるって決めたんだ!黙って死んでやるものかー!?」


シネラが目の前にいる魔獣に剣を振るう。

しかし魔獣はシネラから遠ざかるだけで反撃しない。

次は右にいる魔獣に近づくが、この魔獣もシネラの剣をかわして距離を取る。


「私が弱いから…殺す価値もないから…」


反撃をしてこない魔獣にシネラは困惑する。


「「「ブァアアー!ヴァアアー!」」」

「うっ!な、なに!?なにが――」


急に呻きだす魔獣にシネラは後退り、先ほどから続いていた揺れが大きくなっていることに気付き狼狽する。


「…うそ、私、まだ――」


轟音とともに崩れ落ちる天井、シネラはその場から動けずに瓦礫の下敷きなる。





 「神殿が…ですぅ〜」

「なんで、じぃの剣技が飛んでくるの?」

「それだけ、巨人兵の装甲が固いのでしょう…」


神殿が崩壊してから数分後に到着したユリ達。今はキゼド自らの呪いの力で神殿の瓦礫を排除しているところだ。

手が触れただけで瓦礫を消し去るキゼドを眺めるマリアとタマ。


「パッパ消えてくね…」

「怖いです〜」


いまだに呪いの力を理解していないタマと、肉親であるマリアはキゼドを怖がる。

ナナイとマルはキゼドが瓦礫を排除するのを待てず、ナナイは同族を、マルはシネラの気配を探す。

神殿の中央付近でマルが唸りをあげた。


「グウゥー!」

「マル?ここに何かいるのか!?」

「グゥァグッ!グァグゥー!」

「シネラなのか!?キゼド殿!キゼド殿!?」

「いま行く、犬を退かせ…」


マルが瓦礫の隙間に頭を突っ込み無理矢理入ろうとする。

ナナイはキゼドを呼び、指示通りにマルを隙間から引き剥がしその場を離れる。


「シネラ姉ですー!?」

「下敷きになってるの!?」


ユリ達も駆けつけ作業を見守る。

キゼドが一つ一つ瓦礫を消すが、神殿の中心だけあって瓦礫の量が多く、下まで到達するのにはかなりの時間を要した。


「なんだ、この球体は…」

「デコボコで、なんか…」

「…生き物が連なっているな」

「キモいですぅ〜!」


マルの示した場所の瓦礫を取り除くと、黒々と硬質化した数体の動物が、折り重なるようにして見つかった。


「…見たことのない生き物です。キゼド様、消せますか?」

「……」


ユリは硬質化した動物に触れながら訊ねる。しかし、キゼドからの返答は無い。


「…キゼド様、シネラちゃんがいるかもしれません。直ぐにでもこの――」

「――消えん」

「消…いま、なんと?」

「消えん…この物体にはすでに触れている。私が消せるのは、この世界で生まれたものだけだ…」

「くっ…」


キゼドの言葉に唇を噛みしめるユリ。

すぐそこにシネラがいるかもしれないのに、助け出す事が出来ない。


「ヴゥー!グゥー!」


マルが爪を立てて硬質化した動物を引っ掻いている。

ユリも剣を抜き球体へ斬撃をいれるがびくともしない。


「私もやるですー!」

「シネラ姉を返せぇー!」


反対側からマリアとタマも攻撃を加える。それでも硬質化した動物に一つも傷を付ける事が出来ない。

「もう一度!」とユリが剣を振り上げるが、球体を観察していたナナイがユリの腕を掴む。


「ナナイ!」

「待て、攻撃を加えるのを止めてほしい…」

「止めてどうするのです!キゼド様でも消せない異物なのですよ!?」

「……」


いままでの平静さがウソのように焦りの表情をするユリ。

ナナイはユリへ返答はせず、自身の腕から鱗を剥がし、黒々と硬質化した動物の球体に当てる。






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