52話:ダメS級の教示…
「えっ!?タイガさんが死ぬってどうしてですか!」
驚くハナコがローヌに訊ねる。
他の者もハナコからの疑問に同調するようにローヌを見る。
「身体が死ぬんちゃうわ…人格が死んでしまうって言ったんや」
「いえ、ローヌさんは人格とは言ってませんでしたよ?」
盛大にぶちのめされたはずのロマウがローヌへ意見する。
その発言にキレたローヌが「ロマウのクセに揚げ足とんなや!」とロマウの腹に蹴りを入れる。ロマウは「ぶばっ!?」っと叫び膝をつく。
「ったく…んでな、人格改変術と一緒に"身操術"が掛けられとる。しかも、かなり高度な術式やから、まず、これをなんとかせんとなぁ〜」
右手で目頭を揉みながらローヌは険しい表情になる。
「なるほど、それは解りましたが、巨人兵となんの関係が――」
「――じゃかしわっ!なにが『解りましたが…』やっ!関係大有りや!!」
またまた復活したロマウが言葉足らずな発言をしてローヌに努やされる。
ローヌは隣にいるローレスへ「説明!」と一言発し、この中で唯一状況を理解したローレスが説明を代わる。
「憶測ですが…巨人兵を操る勇者は、術に抗い巨人兵の行動を遅延している。しかし、術は今も勇者の意識を蝕み、いつ身操術の術者に勇者の力の主導権が渡るか解らない。身操術を解くには魔力線の繋がり断つか、その術者よりも魔力が高い身操術を上書きするしか方法がない…で、よろしいでしょうか?」
「…やな。ガキどもは理解したか?」
ローレスの説明は合っていたようで、ローヌは頷き肯定した。
ローヌに問われたガキ…ハナコ達は、ローレスが説明してくれたのにと思ったが口には出さず、黙って頷いた。
「なら、ウェルディーがいたやろ?あとバグも?」
「なっ!?いや、ですが――」
ローヌが発した二人の名にローレスは驚き苦い顔をする。
そんなローレスの言葉を遮り、ローヌは「――防御結界の維持なんてペーペーに任せぃや、はよ呼んでこい…」と、結界維持中の彼らを指差し以降の反論を許さない。
「は、はい…伝令、サブステル班長とハリ黄尉を呼んできてくれ…」
「了解しました!」
ローレスはローヌの指示を聞き伝令を使いに出す。
「ローレスはゼトに"テイ・ラモータ"の準備をしとけと伝えとけ…」
「総力戦になると?」
「術の遮断が上手くいかんかったらな…あとはハゲしだいや…」
あまり自信が無いように言うローヌ。
あれだけ魔獣を狩りつくした彼女が、自信を持って大丈夫と言わないあたり、巨人兵や勇者に掛けられた術が厄介なのだと、会話を聞いていたハナコ達は思った。
「…了解しました。ロマウは連れていかれますか?」
「いらんわ、樹海の肥やしにしとけばえぇやないか?」
「…そうします」
ローヌの蹴りをくらい膝をついたまま動かないのロマウをローレスが担ぐ。
「ローヌ殿も素晴らしい身操術の使い手ですね…」
「誉めてもなんも出んわ。ウチらが結界から出たら術も解けるから、さっさと持ってきぃ〜。あとな――」
ローレスをしゃがませゴニョゴニョと何かを話すローヌ。
「解ったか?」
「解りました。では――」
ローレスはローヌに一礼し、時空魔法を使いその場から瞬間で転移した。
「よしゃ、邪魔くさいのは居なくなったな!」
「うぶしゃ!?」
ローレスが居なくなったとたん、ローヌがサクラが座る椅子にお尻からダイブして座る。
先ほどの続きか、と思ったハナコ達だが、ローヌは腕を前に組み、真剣な眼差しでタイガトラス達を見る。
「チチくりあいは仕舞いや…タイガなんちゃら等はロマウの指揮下に入れ…」
説明無しでリーダーのカシムを見ながら指示をするローヌ。
カシムは先ほどの事を蒸し返されると思っていた。不意をつかれたので「は、はい…」生返事をかえすが、ローヌは「まあ、がんばりやぁ〜」と、タイガなんちゃら達に声をかけ、ロマウがいるであろう天幕を指差しタイガトラス達をこの場から払う。
「ぐぐぐぅ…わ、私は?」
「サクラはエイジと一緒に留守番やなぁ〜、頼むでエイジ?」
「了解です」
「ぇえ〜留守番〜!?オネショ坊とかよ〜」
返事をするエイジと、ローヌの指示に不服なサクラは、動けないくせに文句だけを一丁前に言う。
ローヌは「これはなんやろなぁ〜?」と言いながら、ゴールドのプレートを懐から取り出した。
「うげっ!?」
「うそっ…」
「すごいですねぇ〜♪」
プレートを見たサクラ、ハナコ、トモエが驚くのも無理はない。
冒険者を表すエンブレムに、プレートの色がゴールドということは、ローヌはA級冒険者である事を示している。
「よーく見れよぉ、ここはAやないで〜♪」
「S、きゅ、級!?お父さんと同じ、S級ーー!?」
文字通りローヌの尻に敷かれているサクラは、目が飛び出すのではないと思うほどの驚きの叫び声をあげる。
ハナコ達も再度プレートを確認する。
「ほんとだ、Sってなってる…インデステリアにS級冒険者は二人しかいないって聞いてたけど、いつのまに…」
「本当は三人だったのですかねぇ〜?それか、シールとか〜?」
「なんでローヌさんが……ルーお婆様でさえA級止まりなのに…」
ハナコ以外のトモエとエイジが遠回しにローヌをディスる。
「なんやねん!?ウチを疑いぶんなや!」
「え、いや…」
「でもですねぇ〜?」
「でもないやろ!?ハゲは冒険者証を返しとるし!『冒険者ギルドのインデステリア枠が空いたら、"真なる円卓"の椅子に座るのはローヌだ!』って、言っとったし!サクラは知っとるやろ!?」
金切り声を張上げ怒りだすローヌ。サクラが「あっ!」と何かを思い出したように声をだし、ローヌが「おお!思い出したか!?」とサクラを揺する。
「あがが…お父さん、ローヌさんが『返すんなら椅子くれ!なんでも好きにできるんやろ?』って、冒険者証返す前に聞かれたって…」
「「「……」」」
サクラの発言に、ハナコ達はローヌに疑いの目を向ける。
ローヌは「な、なんやねん!?」と額に汗が滲み、目の焦点が合っていない。
間違いなくサクラが言った方が正しいのだとバレバレである。
「え、S級はS級や!?言うこと聞けーぃ!」
「ぐぇっ!?ぐぇっ!?――」
何もS級を疑われた訳ではないのだが、違う意味でイラついたローヌは、わざわざサクラのお腹の上で地団駄を踏む。
にげようにも動くことが叶わないサクラは「――り、理不尽だ…」と呟き、魂が抜けかけながらローヌに踏まれ続ける。
「ウチが一番偉いん――」
「「「……」」」
年甲斐もなく駄駄っ子なローヌを眺めるハナコ達。
すると遠くから女性の声が近づいてくる。
「――会頭ーー!ヤマトゥ会頭ぅ〜〜♪」
大きく手を振りながらやって来るの女性は、隊長格の者しか羽織ることが許されないガルデア方面軍の紋章を刺繍されたローブをはためかせ、会頭と呼ぶ人物に猛烈な勢いで迫り、そして――
「おお!早いなぁウェルディーイギギャアァアー!?」
待ってたとばかりに声かけたローヌだが、豊満な胸を持つウェルディーにヘッドロックをかまされる。
「早いなじゃないですよ会頭!?またウソついて協会から抜け出したって聞きましたよ!」
「ウソはいけません。カーティさんの優しさに漬け込み過ぎです…」
ウェルディーと、いつの間にかこの場にいたバグ呼ばれる真面目そうな男性がローヌを糾弾する。
「ウ、ウちゅちゅっふぇふぁぃっ!?」
「それもウソですよねっ!」
「いい加減、会頭らしい仕事をしてください。見逃すのは今回のみです…」
「戻ったら協会に強制連行ですからね!?」
「グ、グギギゅふぃ〜……」
痛みと胸を押し付けられた息苦しさでローヌは息絶える。
「お二人は、ローヌさんとお知り合いですか〜?」
それを今聞くことか?と、発言したトモエ以外が思ったが、そこはお嬢様育ちなのでご愛嬌な感じでスルーする。
「いえ、詐欺に遭った被害者です…」
「右に同じです」
ウェルディーとバグはゴミを見るような目で、ぐったりしているローヌを見つめる。
「うぅ〜、かんにんしてやぁ〜」と、弱々しく訴えるローヌ。
そこに、ローヌの足踏みから解放されたサクラが訊ねる。
「ローヌさんは、何を騙したの?」
「…まぁ色々ね、バグさん手短に――」
ウェルディーが苦笑いを浮かべ、バグに説明を促す。
「――分かった。ヤマト会頭は9年前にガルデア方面軍の――」
バグの説明はこうだ。
9年前、ローヌはガルデア方面軍の魔法師団魔法技術顧問として着任。
教えるのが面倒になり、魔法士学会からウェルディー達を『軍の予算で研究できるでぇ〜♪』と誘い込み、ウェルディーをふくむ数十名の学会員を無理矢理に出向。しかし出向組の中でウェルディーとバグだけは、研究はおろか、逆に軍人としての教育を叩き込まれる。
5年前にS級冒険者の枠が空き、自分だけ魔法士学会に戻り会頭に着任(S級資格の条件を満たすため)。この時、技術顧問の後任にカーティが就き、各魔法隊の教官に就いていた出向者は協会に復帰。上級下士官教育でガルデアを離れていたウェルディーとバグには知らされず、気づいた時には先任長へと昇任してしまったため、その場の流れで軍に残留。
現在はガルデア方面軍の正規の軍人のまま、さらにイン軍将校として馬車馬の如く働かされ、いまだに学会に戻れない…。
と、簡潔に説明してくれた。
「詐欺だわ〜」
「かわいそぅ…」
「酷い話しですね…」
「私のお父様みたいですね〜♪」
各々がウェルディー達に同情する。トモエだけはズレたことを言っているが、これもご愛嬌ということで。
当の詐欺師ローヌはというと、バグが説明している傍らで、ウェルディーから細々としたお叱りを受けており、言い返そうとする表情からすると、ウェルディーのいい放つ言葉にぐうの音も出ない様子だ。
この説明で、ローヌがS級冒険者だと確証できたが、色々と問題だらけなS級冒険者だと今更ながら気づいたハナコ。
「私…留守番で良かったかも…」
「僕も…」
留守番組のサクラとエイジは良いが、ハナコはこれからの行動が間違いなく、このローヌに振り回されると悟り、浮かない顔をしている。
トモエは「ローヌさんは頼もしい方ですね〜♪」と、若干どころか意味不明だ。
「はぁ〜…お腹痛い、いきたいくない…熱もあるかも…」
「諦めろハナコ…すでに我々はS級であるローヌ殿に従うよう、ギルド規則で定められている…冒険者でも、定められたことを守らなけばいかんぞ?」
「…はぃ」
仮病を訴えるハナコが行きたくないと演技を始めるが、いままで静観を決め込んでいたダズルートに軽く注意される。
「ウチもお腹痛いわぁ〜、行くのやめよかぁ〜」
一通り叱られたローヌは、縄で括られウェルディーの豊満な胸の前で抱えられている。
あれだけ叱られても減らず口は無くならないようで、軽くウェルディーから「私達は心を痛めましたがね?」と嫌味を言われる。
「さて、お待たせしました。結界の縁へ行きましょう!」
「お腹が――」
「――諦めろ…」
「お仕事ですね〜♪」
ウェルディーに促され移動を開始する。
無駄な抵抗をするハナコの手を引くトモエ。その後をついていくダズルート。
いつの間にか首が動くようになったサクラが「いってら〜」と声をかけ、「ご武運を」と心配な表情でハナコ達を見送るエイジ。
この後、ローヌがサクラを置いて行ったことで、ガルデア軍に迫る脅威を打開することが出来たことを、今は誰も知らない。
そしてサクラは、巨人兵の元へ行けなかった事が、後に後悔することになるなど、この時はまだ知るよしもなかった。
ガルデア軍と合流を図るため移動している捜索隊の面々。その隊の中央をモビナの治療魔法により一命をとりとめ意識を取り戻したエミリーがマチコフに背負われ、暗い表情で歩く講習組の受講者達と一緒に行動している。
「…ありがとう、妖精さん」
「えっ、あ…うん…」
エミリーに声をかけられるモビナだが、どこか上の空な感じだ。
「あまりお節介はするなよ…」
「なによ、マチコフは冷たいのね?」
「彼らは若い、感情起伏が激しいのは仕方のないことだろう。今はそっとしておけ…」
小声で話す二人。すでにエミリーはマチコフから意識が戻るまで出来事を聞かされている。
モビナ達は、シネラが魔獣に拐われ助けに行きたいのだが、D級冒険者には到底敵わない相手だとモニカに言われ、弱い自分達は何も敵わないのだと思い塞ぎ込んでいる。
「…ドライね」
「俺達も彼らとそんなに変わらん…同じD級冒険者なんだ、慰めにもならんだろう…」
「そうだけど、一応は先輩として――」
三日月に所属する協会機関員はみな冒険者の資格を有している。エミリーとマチコフも冒険者だ。
受講者達よりも2年先輩だが、ランクが低いままなのは三日月での活動を優先しているため、C級試験受験に必要な条件をまだ満たせないからだ。