51話:常に幼く、時に年嵩らしく
「返事は短折に!」
「は、はいぃ!?」
案の定、イオリに怒られたオリバを見て、皆の顔に少しばかり笑顔が浮かび、イオリは面を着けているが、その雰囲気から皆と同じように笑っている。
何も、この状況でふざけているのではない。S級冒険者でガルデア軍にも所属するイオリは、仲間同士の戦いを数え切れないほど見ている。
アドラスやオリバは別としても、裏事であるカズキや、マーニ、ハルナ、クレナといった若い者が、同士討ちなどと感情を揺らめく経験が少ないのが目に見えて分かっており、普段ならやらない茶番をチャラ男なオリバを使い、四人の緊張を解したのだ。
「…ありがとうございます。イオリさん…」
イオリの意図を理解したカズキが礼を言うが、イオリは「私は、何かしたか?」とカズキに背を向けて惚ける。
「あの――、……いえ、行きましょう」
「そうしてくれ…、あまり勘が良いと、近しい女性に嫌われるぞ?」
イオリの面を覗いたカズキはすぐさま見るのを止める。
止めた理由は二人以外には分からないが、イオリは言葉を濁し、カズキに注意して歩き出し、カズキは「…善処します」と一言だけ言い、ハルナを呼んでからその後ろ姿を追った。
ガルデア軍魔獣討伐混成団、臨時混成騎士団の天幕では、白熱した議論がなされていた。
「私も冒険者上がりです!ですので彼らは我が赤虎が預かります!」
臨時混成騎士団のロマウ団長は、自身の過去と照らし発言する。
「それは何とも横暴過ぎですなロマウ騎士団長。私が先に声をかけたのですから、我がロロ領軍に入団するのが道理ではないですかな?」
ロロ領軍騎士団団長、現在はロマウの副官に任命されているサリバス子爵は、自分が先だと訴えロマウを牽制する。
「それはスティ領軍も同じです!こちらは次期領主たるネリア様が直々にお声をかけられたのですから、サリバス子爵と言えど、食い下がる事をお止め頂きたい!」
ネリアに騙され、ダリシアから全隊を率いてやって来ていたエマ聖騎士長は、次期領主のネリアの名を上げ、貴族相手にも負けまいと発言する。
そのエマの隣では、名を呼ばれたスティフォール家次女のネリアが「ずずぅ…ずずっ…」と、伝説のS級冒険者マルヤマから頂いた熱々のお茶をすすっている。
「ふぅ〜、ロマウ様もサリバス様も、何故、5人に固執するのですか?」
「あの連係を、赤虎の騎士達にも教練させたいのです!」
「ロロ領軍の士気向上、個人技では無く連帯での戦い方を学び、騎士や兵達の無駄を削ぐため…」
ネリアの問いにロマウとサリバス子爵は各々の理由を述べる。
それを聞いたネリアは「ですか…」と呟き、先ほどから静観を決め込んでいるローレスこと、魔獣討伐混成団副団長のローレス・メイ・スティフォールを見る。
「副団長…」
「…何だね、スティフォール騎士団長補佐殿…」
娘のネリアに副団長と呼ばれたローレスは、ネリアに対して娘としてでは無く、混成騎士団のロマウ団長の補佐としての役職名を口ににする。
「魔法騎士大隊に組み込むのはどうでしょうか?」
「魔法…」
「騎士…」
「…大隊、ですか?」
ネリアの発言にロマウ、サリバス、エマの三名の頭には疑問符が浮かぶ。
ローレスはというと、手を額に乗せて天幕の天井を仰いでいた。
「…ネリア、その情報はどこから――」
「――アリア姉様から近々、魔法と剣技の両方に秀でた者で構成された魔法騎士大隊を、魔法師団と聖騎士師団の合同で創設すると聞きました!」
「……そ、そうか、話が早いな…」
「はい、情報を集めるのは得意ですから♪」
得意気にいい放つネリアに、ローレスは窶れそうになる表情をなんとか保つ。
魔法騎士大隊の件は軍の極秘事項なのだが、娘であるアリアとネリアのお陰で、いま天幕にいるロマウとサリバスとエマに知られてしまった。
「大隊ですか…、ローヌさんに新しい魔法を習わないと…」
「魔法と剣技の融合…冒険者には数多くいるが、ガルデア軍には…」
「大隊に入れればアリア様と一緒に…」
三者三様な呟きが狭い天幕に木霊する。エマだけは私欲マルだしな呟きだが…。
そもそも何故、彼らがこのような議論を始めたのか気になるだろうが、あまり重要な事ではないので、掻い摘まんで説明する。
1、S級冒険者・マルヤマの娘サクラが現れる。
2、カシム以下、タイガトラスのメンバーは、サクラが居ることを知りやる気をだす。
3、元々、サクラをサポートするために編み出した攻撃陣形を出し惜しみすること無く、全力で魔獣を駆逐し始める。
4、サクラが『ガンバレー♪』と応援したためタイガトラス達が調子にのり、サクラの魔剣カルフレアに似た魔剣を使用して、大型魔獣を討伐する。
5、それを見たサリバス子爵が、タイガトラスに声をかける。
6、ロマウとエマも声をかける。
7、ガルデア軍の三者が口論となり、そこにネリアも交ざり、騒ぎを聞き付けたローレスに呼び出しをくらう。
と、いった感じだが、当の議論の当事者であるタイガトラス達はというと……
「違うんだって!?」
「なにが違うのさ!?トモエちゃんに聞いてみるから!」
リクライニグ付の椅子に寝そべるサクラ。
カシムが理解を求めようと何かを訴えているが、サクラは断固として訴えを退ける。
サクラが「トモエちゃーん!」と、どこか青いタヌキロボットの妹風にトモエを呼びつけ、呼ばれたトモエはニコニコしながらやって来る。
「説明しちゃってよ!」
「はいは〜い♪」
トモエは何を説明するのか…。
釣られてやって来たハナコは「盛っちゃダメだよ?」と、トモエに優しく声をかけたが、その効果はいかほどなのか…。
「まずは〜、たまに依頼に誘っても〜『サクラがいなかいからいい…』と言って断られて〜、今回の依頼に誘うまでは、毎日お酒を飲んでいまいたね〜――」
「「「「「……」」」」」
事実なので何も言えないタイガトラス達。
サクラは睨みを効かせて元メンバー達を見ている。たぶん、言い訳を言おうしたら一喝するつもりだ。
「――飛空挺では〜二日酔いで汚しましたし〜、発熱器を使いすぎて飛空挺が飛ばなくなって〜、さっきもサクラさんが来るまでやる気0でしたしね〜♪」
「…トモエ〜」
盛るなと言われたのに特盛の丼並みに話を盛ったトモエ。ハナコは呆れてタイガトラス達の方をチラリと見る。
「やっぱり…めっちゃくちゃ迷惑かけてんじゃん?」
「いや!?その、違うんだっ!なっ!?」
「そ、そうさっ!?ト、トモエさんも、人が悪いなぁー!?ははは…」
「勘弁してくださいよぉ〜トモエさ〜ん!?」
トモエの話を鵜呑みにされたタイガトラスはサクラに睨まれる。
本当に勘弁して欲しそうなタイガトラス。
事実、半分は本当の事なので言い訳が思い付かないタイガトラス達は、この場をややこしくしたトモエにすがる。
「冗談はヨシ子さんですねぇ〜♪」
「トモエ、それじゃ意味わかんないよ…」
意味不明な言葉にハナコでさえお手上げの状態だ。タイガトラス達にはすがる人を間違えたと思って諦めてもらうしかない。
ちなみに、飛空挺を汚したのは極度の乗り物酔いをするエイジで、発熱器を使いすぎたのは寒いと駄々をこねたトモエである。
「頼んますよハナコさ〜ん?!」
諦めの悪い現タイガトラスのリーダーなカシムが、今度は両手を合わせてハナコに懇願する。
タイガトラスの後方見ていたハナコは「わ、わたしっ!?」と、急にすがられ戸惑いながらサクラとタイガトラス達を交互に見る。
見終わったハナコは、右手を顎に当てて何かを考えている。だが、いくら考えてもタイガトラス達が何をそんなに焦るのかが分からない。
しかし、タイガトラス達の後方にいる人物が、この状況を終わらせてくれるとハナコは考えた。
「なんだろ?……たぶん――」
「「「「「たぶん?」」」」」
"たぶん"を復唱するタイガトラス達。頼みの綱はハナコしかいない…。
「――おもしろいことが起きそうな気がします!」
「「「「「おきゃたぁわあー!?(終わったー!?)」」」」」
タイガトラス達の頼みの綱は、今、ここで千切れた…。そして、絶望感を盛大に乗せたタイガトラス達の叫びが、そのおもしろいことに繋がる。
「なんやなんや〜?やけに楽しそうな叫び声やなぁー♪
魔獣討伐数、大中小会わせ約600体もの魔獣を倒したローヌが、タイガトラス達の叫び声に釣られてやって来た…いや、先ほどからタイガトラス達の後方に待機していたので、ちょうどいいタイミングで出てきた。
「どうしたん?いま話題の冒険者達が、なに叫んどるんや?」
「あ、あの…えと…」
白々しくハナコに訊ねるローヌ。ローヌが何故、ここにいるのかは分からないが、『おもしろいことが起きそうな気がします!』と言ったハナコが、タイガトラス達の心の叫びを具現化させて、ローヌを召喚させたのは間違いない。
「う〜ん……分かりません…」
「なんや、分からんのかぁ。なら、ウチが何とかしたるわ♪」
ニヤニヤしながらな自信満々に言うローヌ。その顔は間違いなく、何か企んでいるいる顔だ。
サクラとトモエ以外の者が(うわぁ〜、伯爵様と一緒のパターンだ…)と、思ったかは定かではないが、まぁ、強ち間違いではない。
「ほれ、ウチに言うてみいや?力になるでぇ♪」
「「「「……」」」」
「ほれぇ♪ほれぇ♪」と、幼女なローヌが憎たらしほどの満面の笑顔で催促をしてくるが、ローヌに話すと面倒なので誰も口を開かない…。
しかし、サクラとトモエには関係のないことだ。
「サクラさんに嫌われたくないようで〜」
「カシム達がハナちゃん達に迷惑かけたんだよ!…えっ?」
二人が同時に話す。サクラの近くにいたハナコ達には呟くようにローヌに話したトモエの声は聞こえなかったが、椅子から動けないサクラは聞こえていたようだ。
勿論、ローヌもトモエの声が聞こえおり、その憎たらし笑顔は、獲物を見つけた猛獣並みの凶悪さを感じる。
「うひひっ♪ほぅか、ほぅかぁ〜♪…なるほどなぁ〜うひひっ」
「「……」」
下品な笑い声に一同はドン引きである。
こうなってしまえば、もうローヌは止められない。
天下のヤマト氏伯爵様の妻で、趣味のために家出をする、ミュア族史上最高齢な、超弩級お節介ロリババァの終わりが見えない、サクラとタイガトラス達への質問責めが、今、始まろうとしている!
「助けてくださいハナコさん!?」
「俺ら、公開処刑だぁ〜!?」
「えっ?…やややっ!ムリムリムリムリ!?わたしじゃ絶対無理ですよー!?」
ハナコに泣きつくタイガトラス達。
ローヌ自身が飽きるか、ローヌを止められる誰かが来ない限り、このお節介ロリババァは止まらない。
「ほれぇ〜♪誰が誰を好いとるんやぁ〜?」
何とも可愛らしい笑顔なのだが、ローヌの本性を知る者からしたら凶悪な笑顔でしかない。
そんなローヌにトモエが「カシムさんは〜♪」と、勝手に話を進めようとする。
名をあげられたカシムは「勘弁してくださ〜い!?」と言いながらトモエに突進するが、突然出てきた人影に吹き飛ばされる。
「ペプシュッ!?」
「なんや、お前か…」
「あらら〜どうも〜♪」
どこまでもモブらしさが板に付くカシム。
ローヌとトモエはカシムを吹き飛ばした人物に目を向け声をこぼす。
「ローヌさん!新しい魔法を教えてください!」
カシムを吹き飛ばしたのはロマウだった。
ロマウはダイビング土下座をしながらローヌの前に現れたようで、ほぼ無意識でカシムを吹き飛ばしたようだ。
カシム以外のタイガトラス達は「助かった!」とばかりにロマウに熱い視線を送る。
「なんや急に、今いいところやったんやぞボケが…」
「そうなんですか!?すみませんでした!魔法を教えてください!」
「やかましわっ!」
「へぼぶっ!?」
ものの数十秒でのされたロマウ。タイガトラス達の頼みの綱がまた千切れた…。
ロマウのせいで機嫌が悪くなったローヌは「己れは壊れたゴーレムか…」と、土下座したまま地面に潰れたロマウに吐き捨てる。
「ここにおりましたかローヌ殿…」
「うげぇっ!次はローレスか!?」
ロマウに続き、ローレスがローヌの前に現れる。三人とも"ロ"繋がりだが、なんの関係もない…。
そのローレスの後ろにはダズルートもいてただならぬ雰囲気である。
「おふざけはそこまでにして指揮所へ来てください。捜索隊のダズルート殿から『巨人兵と呼ばれる兵器が現れた』との情報が入りました…」
「巨人兵…その兵器はヤバいんか?ハゲは何しとるんや…」
ローレスの報告を聞いたローヌは、横に立つダズルートに訊ねる。
「マルヤマ殿が単独で巨人兵の対処に当たると…ガルデア軍の即時撤退をとも…」
「ハゲが言うなら間違いないなぁ…」
マルヤマから言付かったことをローヌに伝えるダズルート。
ローヌは頷きながらそれを聞き「ほなら、イオリとカズキ達は?」と訊ねる。
「勇者のタイガ・セラを――」
「――なんで勇者が出てくるんや…ん?…勇者やと…」
勇者と聞いてローヌの顔が険しくなる。
ローヌは右目を押さえ、左目に魔力を注ぐ。
「…アイツはヤマト方面軍付のハズや、なんで樹海にいんねん…しかもデカイのの隣で…なんやキナ臭くなっとるなぁ〜」
魔眼でタイガを見つけたローヌは異様な光景を目の当たりにする。
ローレスが「なにか見えたのですか?」と訊ねると、ローヌは右手を下げてふてぶてしい表情をする。
「バカ勇者が、幻術に掛かっとるわ!よぉ〜あれだけの術式をぶち込められたなぁ〜♪あのままじゃ、勇者セラは――」
ふてぶてしい表情から一転、ローヌの可愛らしい顔は怒りに満ちた表情に変わり、普段より低い声で言い放つ。
「――巨人兵に取り込まれて、死ぬ…」