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49話:二人のマリ。

「"アリマの誓い"は、初代フォール王と応竜が戦った場所にちなんでそう呼ばれている。戦いの結果が伝承の通りなら、死の間際に二者が交わした誓いはまだ効力を失っていない…」

「ならば、"源竜の防人"に選ばれた歴代のフォール王と、竜王"白竜"と呼ばれる上位生体へ進化した竜種に、それぞれの聖域を互いに監視させるため、初代と応竜の魂の欠片を使用した"精霊(しょうりょう)の契り"を交わしたのは事実ですね?」

「事実だ…現竜王様から聞いている」


ユリの問いにナナイは頷きながら答える。

ユリは「やはり、呪いは…」と、マリア達に沢山の魔抗布を付けられているキゼドの方をを見る。


「ノーマン様は"時壁の呪い"を発現されたみたいですね…」

「間違いない…6代防人"コーレイム"と37代"カラマ"と同じだ…」

「…なるほど。カラマ以降、約1200年もの間、誰一人として発現しなかった最悪の呪いにして最強の呪い…。自身の姿は見えなくなり、その者が触れたものは、全てが消え去る力ですか…」

「…対策は出来ている様だな。流石だ…」


魔抗布だらけのキゼドを見てナナイが感心する。

ユリは、元スティフォール家の侍女だけあって、時壁の呪いへの対処法を知っている。

呪いと言えど、呪いの効力の元となるものは魔力だ。この呪いの魔力をどうにかすれば…。

ユリは、魔抗系の魔道具である魔抗布を使用し、視認出来ない魔力を局部のみ抑え、キゼドを認識出来るようにする。


「でけたです〜♪」

「マリアが全部使っちゃったけど、良いよねユリさん?」

「バカなの?全部使っちゃったら予備の意味がないでしょ?」


魔抗布の取り付け作業を終えたマリアとタマ。呆れているモニカが、タマの"良いよね?"を否定する。

全部と言ったらロール状に成っていた魔抗布を丸々二本使用したと言うことだが、ユリは叱るわけでもなく、マリアと魔抗布だらけのキゼドに顔を向けて答える。


「構いません。その魔道具自体は、マリア様のご実家から拝借したものですから…」

「知ってたですー」

「ウソつけぇ〜、さっき『ユリの物はマリアの物ですー♪』って、言ってたくせに〜」


キゼドについている魔抗布は、マリアの実家の物だった。

従って、マリアとタマを注意したモニカは「…ちっ」と舌打ちをして、マリアの背後に回ると左手でマリアの背中を叩いた。


「いったーいっですー!!?」

「うるさい。私達はもう行くけど……シネラちゃんのことは頼んだわよ、タマ!」

「任せて!」

「私には頼まないですー!?」


タマだけモニカに頼まれ、叩かれ損なマリア。

そんなマリアに背を向けたままのモニカが、ボソボソと「…ボソッ……ら、マリアも……もね…」と呟く。

タマに背中を擦られているマリアがモニカに絡む。


「なんです〜?ハッキリ言うですー!」

「う、うるさい!?独り言よ、独り言!」


怒ったように言うモニカ。そのまま講習組と負傷者の元へと行ってしまう。


「なんて言ったです〜?」

「絶対に言わないよ。どうせモニカさんに怒られるんだから…」

「ケチですー」

「はいはい、ケチでいいよ…」


モニカが何を言ったのか気になるマリア。全部聞こえていたタマだが、昨日、シネラが良かれと思ってマリアに教えた件を思いだし、面倒な事を回避する。

そんな二人のすぐ横で、ユリとキゼドとナナイは、今後の方針を固めるため話し合っている。

方針は、ナナイが呼び寄せているマールウルフで神殿へ行くのみだが、その前に……。


「双剣の美少女ユリよ――」

「――ノーマン様、美少女はお止めください…」

「……ならば私も、ノーマンでなくキゼドと呼んでもうおう。これで公平だ…」

「左様で……では、キゼド様。何故、あの時から今までの間、お姿を隠していらっしゃったのですか?」


毅然した態度なキゼドに凄むユリ。

キゼドは「今は話せん…」の一点張りで、ユリの問いに答えようとしない。


「貴方は防人(さきもり)だろ?今は血族とその侍女がいるんだ。訳を話さないとこの者達も理解出来ないぞ。何を秘密にする必要があるんだ?」

「…簡単なものを理解するだけなら誰でも出来る。しかし、私の件を含め、このような事態は君達の理解の範疇を越える。したがって今は話せんのだ……」


ナナイの問いにも答えないキゼド。ユリ達へ遠回しに「理解出来ないから話しても無駄だ」と言っているのだろう。

だが、そんな事でユリが納得するわけがない。


「私の範疇を決めるのはキゼド様ではありません…」

「ほぅ…、なら、フォール王の器たる防人が受ける四つの呪いが、何か分かるか?」

「それなら――」


キゼドの問いにナナイが答えようとするがユリに止められる。

ユリは「大丈夫です」とだけ言い、手始めとばかりにキゼドの呪いを説明する。


「"時壁"は、ありとあらゆる物を消し去る呪いです。"時"はこの世界を表し、"壁"は時空間とラトゥールの間を指します。(かべ)とは時空の歪みのことで、本来、見ることも触ることも出来ない…。キゼド様は、その歪み自体が身体になっています」

「…その通りだ……では、次の呪いを説明してもらおう」


澄まし顔のユリにキゼドは二つ目の説明を促す。


「はい…。次は"時波(じは)の呪い"です。"時"は時壁と一緒の意味ですので省きます。波は全てを振動させるもので、物は勿論、音、空気、時空を、波のように振動させて歪ませます。しかし、呪いを授かった者はは常に振動しているので、極力、人や建物のない場所で過ごさなければならない…」


隣で聞いているナナイは「そうだったのか…」と呟く。ユリの説明内容には、ナナイの知らない物もあるらしい。

ユリの説明を聞いているキゼドは腕を組んでいるのか、腕につけられた魔抗布が、横から縦に変わっている。


「三つ目は"時静(じじょう)の呪い"ですが、これが一番厄介な呪いです。静は時を止められる…いえ、自分以外の物や生き物は動かない状態になり、自身が老いて死ぬか、自害しなければその静止した世界から抜け出せない呪い。歴代の防人の中で最多の発現率、各王達の遺した文献が数多くあるため、静止した世界の我々でもその呪い存在を確認できます…」


そこで言葉が切れ、キゼドが「…それだけか?」と訊ね、ユリは「…まだ続きます」と言葉を紡ぐ。


「時間魔法と高次元魔法の両方を持つ血族のみ、その静止した世界と、私達が歩む世界を行き来できます。現在では、ご子息のローレス様が該当しますね…」

「あやつは王の器ではない…。それよりも説明の続きだ…最後のひとつは今の三つの呪いとは違い発現者は居ないが、その呪いは存在する可能性が有ると言われているものだ…」


息子に過度な期待などしていないキゼドは最後のひとつ、ユリの説明を求める。


「…"時超(じっちょう)の呪い"ですね。無差別に過去と未来を行き来できる呪いで、自らの意思では制御出来ないものだと…存在の確認は出来ないですが、ある人物の名が、各年代のフォール王朝史に記載されていますね…」

「…よく知っている様だな。全ての呪いを何処で知ったのかは、大方、息子夫婦にでも聞いたのだろう。それに――」


全ての呪いを答えたユリ。キゼドは驚きもせず、逆にユリの事を試していたかの口振りで話を続ける。


「爆雷の双魔剣士として名を馳せた者が、その名を持つ者の侍女に成るとはな…」

「ただの成り行きです。…祖父であるキゼド様の前ではありますが、彼女が、その名と同じだと知ったのは5日前です。私は未だに疑念が拭えません…」


不安を漏らすユリに「私もだ…」とキゼドも同意する。


「途中だがユリ、マール達の到着が遅れている。迎えに行ってくる…」


ナナイがマールウルフの気配を察知してユリへ告げる。

ユリは「わかりました」と一言だけ返事をし、先ほどから大人しいマリアとタマに声をかける。


「優秀な耳を持つタマからの話は理解出来ましたか?」

「うげっ!?バレてるし…」

「り、理解なんて不要ですー!意味不明ですー!?」


二人は、ユリとキゼドの会話を盗み聞きをしていたが、話の半分どころか、微塵も理解していなかった。


「先が思いやられますね…。いいですか?――」


マリアだけではなく、タマにも説明をするユリ。

なぜ、タマにも理解させるのか…それは、タマ本来の名が関係する。


「――と言うことで、マリと名のる者が誰かはまだ分からないのです。…不本意ですが二人のどちらかが、そのマリだと…」

「ぇえーですー!?」

「なんで私まで!?マリアの家と関係ないじゃん!」


ユリの丁寧な説明の後に、マリアとタマが驚く事を予想したキゼドが「焔猫、三尾のメリ――」と、タマに向けて口を開く。


「なななっ、なんの事か分からないかなぁ〜!?」

「なんでタマが焦るです〜?」


キゼドの言葉に動揺を隠せないタマ。どうしてタマが焦っているのか分からないマリアに、タマが焦る理由をユリが説明する。


「タマは、獣王共和国"十王"の一つ、猫人族の王である"焔猫、メリシャ・メイ・ヴェラフォール"の孫です」

「えーー!ですぅー!?ううう…ウソですー!?」


今度はマリアが動揺する。

マリアは冷や汗をかいているタマを見るが、タマは目を反らして黙りを決め込む。


「タ、タマは…わ、私の……です……」


わなわなと震えだすマリアにユリは「…そうなりますね」と言葉をかける。


「タマと私は親戚ですー!?」

「耳元でうるさいよマリア!」

「うるさくないですー!初耳ですー!?」

「隠してないとバレちゃうじゃん!」


マリアとタマの境遇は似ている。マリアは氏族のご令嬢、タマは現・猫人族の王の孫、そして…


「ホールドの業も、廻れば運命も霞むな…」

「流石はナナイさんですね、的を得る言葉です…」

「多妻など、女性観を軽視した様なものだ。世が世なら、断罪ものだな…」


マールウルフを引き連れて戻ってきたナナイが語りだす。

ナナイが語る人物は、旧フォール王朝の祖にして、剣神フォールの血を引く各フォール家の祖先の礎を築いた"ホールド・メイ・フォール"のことである。


「遥か昔の事だ…あまり私達の先祖を蔑むのは止めよ…」

「蔑んでいないぞ?史実は事実のはずだ…。旧フォール王朝氏族、ヴェラ、ガル、スティ、ナファ、ぺリス、ロロ、ワム、全ての氏族は、ホールドの妻が初代の長で、その子供等が今現在の各国の王、又は氏貴族…7人の妻を迎えたとは、流石は七神様だと褒めているのだ」


澄まし顔のナナイがそう答えたが、タマが怖ず怖ずと手を上げ「…あの〜」と口を開くき、何か質問があるようだ。


「ナナイさんの先祖も、もしかして――」

「――違う。我らのフォールは"護り人"の証だ、剣神フォールとは何等関係ない…と言いたいいところだが――」

「――その、剣神フォールも護り人だと言うことです。思い出しましたか?マリシャ・メイ・ヴェラフォール様…」

「思い出し…って!がっつり本名言わないでよユリさーん!?」


たいした質問ではないと思うだろうが、ユリやナナイの言う"護り人"は、皆"フォール"の姓を持つ。

余談だが、今やフォールと聞けば恐れ戦くのが常な時代だが、遥か昔は、罪人や没落した貴族、人族と敵対していた種族などを、差別的に呼んでいた呼称が"フォール"(堕ち人)といい。

光聖戦記によると、剣神フォールの台頭によりフォール(堕ち人)と蔑まれた者達は、皆で剣神を支え、自らも命を賭して邪神竜と戦い、何時しかフォール(護り人)と呼ばれるようになる。

そして、その史実はごく限られた者しか知らない。


「ちゃんと、お勉強はしていたようですね」

「してましたー。私だってマリアと同じように、シオリって言う転移者の侍女がいるんだから!」


実名がバレてしまい、いつものおバカを装ったタマは、まぁいつものおバカらしさでユリの嫌味に返答する。


「シオリは、ユリさんと比べればポンコツだけど、一緒に勉強してくれたんだから!あと、毎日ベタベタしてくるから、正直ウザい!」


少し興奮気味のタマは「でも…」と、耳をペタンと垂らし話を続ける。


「急に私の侍女じゃなくなって、お婆様付になっちゃった……。シオリを帰してなんて言えない……だから私、家出したんだぁ…」

「です〜…」


タマの話しに感慨深くなるマリア。

ユリとキゼドはその逆の反応をした。


「シオリさんは苦労なさいましたね…」

「うむ、大したものだな…」

「ちょ、ちょっ!?そこは『かわいそう』とか『ツラいよね?』とかじゃないの!?」


ユリとキゼドの反応に実名をバラされたことも相まって不満爆発のタマが言った。

しかしユリは「だからタマなのね…」と、何故か納得しながら頷いている。


「タマよ…」

「名バレしてもタマかよ…。なんですかキゼドさん?」


キゼドに呼ばれ、小声で文句を言いつつも魔抗布だらけのキゼドに顔を向けるタマ。

「言いやすいんでな…」と、タマの文句が聞こえていたキゼドは、タマの不満のもとを説明する。






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