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47話:強大なもの…

 ゴーレムの間を一人寂しくビクビクしながら歩いていたシネラは、各間に1体ずつ設置されているゴーレムが全て自分に似ていることに嫌気が差し始めていた。


「また居るし…こんなの、私じゃない…」


土色の自分に似たゴーレムを見て納得のいかない表情をする。

なにもこのシネラゴーレムは、シネラの機嫌を損なわせるためにいるのではない。

それは対麒麟戦に備え、ダグナマグナが改造を施してシネラに似せたゴーレムを、シネラが結界装置を取り付ける際に麒麟を攪乱(かくらん)させる目的で設置している。

ちなみに、7体目のシネラゴーレムは目と鼻がデカイ。


「バカにしやがってぇ…」


シネラはシネラゴーレムを睨み付ける。

ダグナマグナは『麒麟を騙すのに、背格好以外を似せてる暇はない…』などと言っていたのをシネラは思い出しつつも、これは些か手を抜きすぎだと思っている。

しかし、時間が無いのはシネラも承知しているので、ダグナマグナに直接文句を言いたいが我慢する。


「扉が開いたら、喋らずじっとしてる…」


結界装置を固く抱いて扉を見つめる。

シネラは今、ダグナマグナに掛けられた認識阻害の魔法で気配はおろか存在自体が希薄している状態だ。

原理は分かってないらしいが、あまり動かなければ相手は自分の存在を認識出来ないが、声など音を立てると姿は見えないまでも、麒麟に音の発生源を特定されてしまうのでシネラは静かに待つことになる。


(ヤバイ…震えが止まらない…)


武者震いなどではない、シネラの震えは麒麟に対する恐怖である。

麒麟を誘き寄せるためダグナマグナと別れて行動していたシネラだが、刻々と迫る今まで対峙したことのない敵に段々と体が固くなる。


(大丈夫…大丈夫…深呼吸、深呼吸…)


シネラは自分に言い聞かせるように深呼吸を繰り返す。

ダグナマグナが指定した時刻までは残りわずかだ。シネラは深呼吸を止め、扉が開くのを注視しながら佇む。


(……きた!)


二枚扉の真ん中が赤く光る。扉が開く前兆を捉えたシネラは、強張る体をなんとかその場に留め、ダグナマグナが入って来るのを待つ。

一枚目の鉄扉が完全に開き、二枚目の石でできた石扉が重厚そうな音を立て左右の壁に消える。


『この奥に、フォールの末裔を捕らえています』

「ふん…殺せと言ったが、まあよい。我が直接、手を下してやろう…」


ゴーレムの間に入ってきたダグナマグナは、ケイタの振りをして麒麟を誘導してきたようだ。

シネラは(やるじゃん、ダグナマグナ!)と、心の中でダグナマグナを褒める。


「何も無いのか…」

『はい。最深まで行きましたが、麒麟様の障害となる物は見当たりませんでした』

「ほぅ…」


ケイタに成りきるダグナマグナ。

麒麟はつまらなそうにダグナマグナの前を歩く。数十メール歩き、麒麟は立ち止まるとシネラの方へ顔を向ける。


「…いや、何かいるな…」

『なにか…ですか?』


ダグナマグナもシネラの方を見る。

今、ダグナマグナもシネラを認識出来ていない。認識阻害の魔法を掛けた張本人なので内心焦りまくる。


『な、何もいませんね。先を――』

「――まぁ待て、ひと振りすれば分かるはずだ…」


麒麟をシネラから遠ざけようとダグナマグナが声をかけるが、麒麟は右手に魔力を込めて横に腕を振った。


『クソッ!?』

(ひゃぅっ!?)


その場から一歩も動けないシネラの頭上を何かが通過する。

一瞬の出来事にダグナマグナは反応することが出来ない。

麒麟は「外したか…」とぼやいている。


「茶番は終いだダグナマグナ…もう一匹、居るのはわかっているぞ?」


その言葉にダグナマグナは距離を取り剣を構える。


『最高の演技をしてやったのによっ!気づくのが早いんじゃねぇのか!?』

「ふん、知れたことよ…」


麒麟がシネラの居る方へ手のひらを向けて魔力を練り出す。

透かさずダグナマグナが麒麟へ攻撃を加える。


『うぜぇやつだ、なっ!!シネラ、今は逃げろ!』

「わかった!」


シネラの気配を感じ取れる麒麟に、もう認識阻害の魔法は無意味だ。ダグナマグナの指示に、シネラはゴーレムの間の際深部まで戻る事を選択する。


「猫族?それも子供か…」

『余所見してんじゃねぇよっ!うらぁー!』


認識阻害の魔法が解けたシネラの姿に気を取られる麒麟。

ダグナマグナは麒麟をシネラから遠ざけるため、風属性を圧縮した右足で渾身の回し蹴りをお見舞いする。


「うぐっ!?小癪な…」

『相手の攻撃はちゃんと見てた方がいいぜぇ』

「…貴様もな」


麒麟は入口近くまで蹴り飛ばされた。

ダグナマグナが余裕の表情で言うが、それを見た麒麟が、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。


『あぁん?なに言ってや――うおっ!?』


急に手に持った剣が重くなり、床に剣先が付いてしまう。


『――っなんだこれ!?体が!』


ケイタの体は小さくなっていて服や装具がずれ落ちる。


『クソ野郎っ!ケイタの体になにしてんだ!?』

「貴様にはまだ使いようがあると思っていたが、興醒めだ…我の魔法で、貴様が憑依している虫の生気(生命力)を逆行した…」

『生与奪、陰険野郎と同じ魔法か…』


ダグナマグナは麒麟が使った魔法を知っているようだ。

この小さな体では麒麟に対抗するための魔力を使えない、麒麟にバレないようにダグナマグナは魔力の上限を探る。


『使えねぇか…』

「無駄な足掻きよ…さぁ、その虫とともに消え去れ――」


ボソリと呟いたダグナマグナに、麒麟が剣を振り上げ襲いかかる。

しかし、ダグナマグナへ振り下ろされた剣はケイタの体に届くことはない。


烈風(バイオレット・ウィンド)!』

「――こやつ!?」


自分と麒麟の間に風属性の魔法を使う。

強烈な風が吹き荒れ、ダグナマグナはシネラが逃げた方へ、麒麟は入口付近まで吹き飛された。


「まだこれだけの魔法を…だが、もう使えまい…」


麒麟は立ち上がると軽く埃を払い、先へと続く扉に向かい歩きだす。


逆方向、7つ在るゴーレムの間の3つ目まで飛ばされたダグナマグナ。体が軽くなりすぎたのが原因ではあるが、麒麟からの距離は稼げた。


『いでっ!?マジかぁ…』


受身は取れていたはずだが魔法を使った右腕は肘から先が火傷を負ったように爛れ、たぶん骨も粉々になっているのだろう、どの指も動かす事が出来ない。


『悪いなケイタ…くっ!?』


苦悶の表情を浮かべるダグナマグナ。

こんな体になってしまっては、いくらシネラが結界装置の取り付けに成功しても麒麟を異界に送る事ができない。


『アイツだけでも、逃がさねぇぐっ!?…うぜぇ!痛くねぇんだよっ!?』


ダグナマグナは痛みをこらえてシネラの下へ走る。

だぼつく服と靴で走りづらかったが、5つ目のゴーレムの間の入口を入ると、すぐにシネラに追い付いた。


『シネラ!』

「ダグナマ!?…グナ?」


頑張って走っていたのが分かるくらい汗だくなシネラがダグナマグナに呼び止められて振り返る。

しかしシネラはダグナマグナを見て警戒する。


「だ、誰ですか?」

『俺様だ。そんなやり取りをしてる場合じゃねぇんだよ…くっ…』


俺様と言うのがダグナマグナの一人称だと分かっている。

だが、今のダグナマグナはシネラより頭ひとつ分ほどしか背が無い。


「でも見た目が…怪我してるじゃん!大丈夫なの!?――」

『大丈夫じゃねぇよー!?これじゃ異界の門を出せねぇ。シネラは外に逃げろ……おい!聞いてんのか!?』


シネラはローブを裂いてダグナマグナの右手に巻き始める。


「いまさら逃げろとか言わないでよ…このままじゃ、みんな生け贄にされちゃう…」

『……バカ野郎が…』


やるしかない。そう、ダグナマグナが思ったと同時に天井から7体のシネラゴーレムが降ってくる。

シネラゴーレムはダグナマグナ達を囲むと、腕を前に出して魔力をシネラの頭上に集めだした。


「何してるの!?止めてダグナマグナ!」

『このまま殺っても俺様は死なん…ケイタの体が死ぬだけだ。シネラ、お前は外に伝えろ…"アリマの誓いを、今こそ果たす"と――』

「――まって!ダグナマグナ!ダグ――」


言いたい事を伝えたダグナマグナは、シネラゴーレムに一回きりの緊急脱出用の転移魔法を組み込んでいた。

シネラが消え、ダグナマグナとシネラゴーレムがその場に残る。


『…約束を違える事は無い…それがフォールとの誓いだからな…』





 マットモンキーが退いていく。

捜索隊の面面は憔悴しきる目前での出来事に、皆が地面へ体を投げだし呼吸が荒いまま声をかけあう。


「だ、大丈夫か!?…」

「…なんとかな」

「グランがやられた…あと、ヅッカも…」


マットモンキーの餌食になってしまった冒険者は9名。全て捜索隊の隊員でB級冒険者の猛者達だった者だ。


「モニカ!講習組は生きてるか!?」


ヘクタがモニカに叫び訊ねる。本来、筆頭代理のサザクに確認するが、いまサザクは負傷によりモビナの治療を受けている。


「全員無事よ!怪我はサザクとダイナの二名のみ」

「…了解だ!」


確認が終わり、ヘクタは猿どもの処理をしているミネリに話しかける。


「急に退いたが、また来るかもしれない…」

「それはそうだけど…これ以上、陣形を埋めるのはキツいわよ?」

「いや、ここから移動を開始する。かなり危険だが、ダズルート達の援軍を待つ余裕が無くなった。」

「…わかった――」

「――なんだ!?」


ヘクタの意志を理解したミネリが、隊の移動を始めようとした時それは現れた。


「…何あれ!?」

「デカッ…」


他の者も気づいた。

大樹より高く金色に輝く巨大な物体。見る者全てが恐怖するその姿は、巨人族の10倍は有ろうかと謂うほど大きく、両手に持つ巨大な剣は、片方が今にも捜索隊へ振り下ろされるところだ。


「退避だーー!!」


ヘクタの怒号が飛ぶ。

差し迫る炎を纏った巨大な剣は、捜索隊へ一直線に向かってきた。


「もう無理ですー!?」

「シネラ姉〜!?」


マリアとタマが恐怖で動けない。二人だけではなく、講習組はおろか、捜索隊の面面もただ立ち尽くすしかなかった。


「千刃!」


数えきれない斬撃が巨大な剣を粉砕する。

捜索隊、講習組はその様子を眺めるだけで動かない。いや、何が起きたのか解らず、思考が追いついていないのだ。


「ボサっとしてるでない!破片は自分等で対処せんかっ!」

「「「マルヤマさん!?」」」

「「「グランドマスター!?」」」


今の斬撃は応援に駆けつけたマルヤマによるものだった。

半分が名前呼びに対してもう半分がグランドマスターとマルヤマを呼のは、マルヤマが冒険者ギルド本部の元ギルドマスターだからだ。

他の冒険者ギルド支部のギルドマスターとの違いを出すため、本部のギルドマスターはグランドマスターと呼ばれている。

10年前にダリシア支部のギルドマスターを娘のカナメロに任せて本部のグランドマスターになったが、在任は1任期(3年)のみで、実質的な職務にはあまり就いていなかったらしい。

しかし、それ以外にもマルヤマを違った呼び方をする者がいる。


「じぃですー!?」

「なんでじぃが!?」


マリアとタマが、誰よりも一番驚いて叫んでいる。

その馴れ馴れしい呼び方に気づいたマルヤマは「…なんと!?」と言いながらマリアとタマに駆け寄る。


新兵(しんぺい)のお嬢ちゃん達が、――せやっ!――何故ここにおるのじゃ!?」

「よいしょ!――じぃも何でいるですー!?」

「えいっ!――ただの老いぼれじゃなかったの!?」


マルヤマの問いに二人は失礼極まりない言葉で答える。

モニカが「こらっ!?」とマリアに拳骨を入れ、巨大な剣の破片を風魔法で吹き飛ばす。


「痛いですー!?」

「失礼過ぎるのにもほどがあるわよっ!?タマも!」

「いでっ!?だってぇじぃだし〜――」

「――じぃはじぃですー!」


安全を確保した上でモニカは二人を叱る。

二人は拳骨されたのが不服なので文句を言い始め、そこにマルヤマが止めに入る


「ええんじゃよモニカ。二人は知り合いじゃ、のぅ?」

「知り合いっ!?このバカ共とですか?」

「バカじゃないですー!」

「マリアと一緒は嫌だー!」


知り合いと聞いて驚愕するモニカ。バカ二人はマルヤマの横で猛抗議するが、タマの一言にマリアが反応する。


「タマの方がバカですー!」

「っんだとー!この豚の飯マリアがー!?」

「これこれ、互いに罵るでない…二人がいると言うことは――」

「はい、バカ二人は講習受講者です――」


この状況下でも騒ぎ立てる二人を余所に、マルヤマとモニカは情報を交換しあう。


マルヤマは、マリア達が新米冒険者(F級)の時に、たまたま道に迷っていたシネラを保護して、外の依頼をしていたマリア達と出会っていたそうだ。その時に畑仕事の依頼をしていたマリア達だが、見兼ねたマルヤマが手取り足取り教えてあげたらしい。

一方モニカは、マリア達(主にシネラ)が講習に参加出来るほどの成長をした理由を教えた。


「――なるほどのぉ、近頃の若い衆は優秀なんじゃなぁ〜」

「この二人は別です。シネラちゃんがしっかりしてるので…まあ、金魚のフンの様なものですね…」


いまだに騒々しく言い争う二人を見ながらモニカはマルヤマに話す。それをマルヤマは、落ち着いた感じで話すモニカを優しい眼差しで見ている。


「何か、顔に付いてますか?」


線に気づいたモニカはマルヤマに向き直り訊ねる。

マルヤマは「…そうじゃのぉ」と言って、マリア達に顔を向けてから口を開く。






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