46話:急ぎ集いし猛者達の強み。
この世界には呪いと呼ばれるものがいくつもある。
マルヤマの隣でローブを目深に羽織り並走する人物も、その呪いと呼ばれるものにかかっていた。
「マルヤマ、もっと早く走れ…」
「無茶を言うな!?これでも全速力じゃわい!」
老体のマルヤマに無理難題を言う人物。よく見るとローブの端々から出ているはずの手足が無い。
「あそこだ、先に行くぞ――」
「――な…まったく、キゼドも勝手じゃのぉ」
マットモンキーの群れを目視で確認したキゼドは、ローブをはためかせながら猿どもに突進していく。
襲撃を受けたマットモンキー達はすぐさまキゼドを取り囲み、反撃とばかりに一斉に襲いかかる。
ローブが細切れになり、キゼドは猿どもに殺られたかに思えたが…
「知能の低い猿に、俺が捕まるわけがない…消えろ」
声は聞こえるが姿は見えない。
キゼドが消えた辺りにいたマットモンキーが奇声とともに姿を消した。
「さあ、俺から逃げろ。捕まれば、死ぬだけだ…」
キゼドの言葉を皮切りに、次々とマットモンキーが消えていく。
彼の能力…いや呪いは、触れた物全てが消えてしまい、自身も実体が見えない透明な姿になりはて、そして、死ねないという呪いをかけられている。
遅れて到着したマルヤマが「…やれやれじゃ」と呟く。
「ここのは粗方消したぞ?」
「キゼド、ワシの分も残さんか…」
声だけを頼りにキゼドに不満を漏らすマルヤマ。
そんなマルヤマが「ワシのローブは?」とキゼドに訊ねる。キゼドが羽織っていたローブはマルヤマのローブだったようだ。
「…消えたな」
「何故じゃ!?体に触れんよう内側に風属性を付与したんじゃぞ!」
「猿に切り裂かれて効果が切れたんだろう。腐れザルが、生意気な…」
表情は読めないがなぜだか悔しそうな声だ。
その声にマルヤマは呆れてしまう。
「阿呆じゃな…まったく、孫に会うのにと思うて用意してやったのにのぉ」
「怖がられたら嫌だな…」
姿の見えないキゼドの声には哀愁がにじみ出ている。あのローブは孫に会うためのコスチュームだったようだ。
「…自業自得じゃわい。さて、まだ猿は沢山おるな、ワシは右、キゼドは左でよいかの?」
「ああ、左でいい…」
まだキゼドからは悔しさが残る声がする。
マルヤマは別れ際にキゼドへ言葉をかける。
「息子に会わんで孫には会いたいとは…お前さんも大概じゃのぅ」
「おじいちゃんとはそんなものだマルヤマ!」
自慢たらしい声が遠くから聞こえる。
すでにキゼドは左へと歩みを進めていたようだ。
マルヤマが「おじいちゃんのぅ」と、しみじみと言葉を噛み締める。
「カナは…いや、サクラの方が早いかもしれんな…」
そんな事を思いつつ、マルヤマは右へ体を向けて軽やかに駆け出した。
「これで魔石の破壊は終りね?」
「はい、終りですユリさん!」
ユリの問いに答えるのは弟子のセルビオだ。
ユリをリーダーとした冒険者達は、モニカとサクラが弱らせたSランク魔獣を、今しがた解体と魔石の破壊を終わらせたようだ。
「こっちも終わった。ヘクタ達と合流しよう…」
「大丈夫だって、ヘクタ達がザコい獣なんかに負けるわけないじゃん…」
ユリ達とは真逆から魔石を破壊していたナカジマとスーが報告に来る。
「こちらも破壊を終えたぞ…」
「スー、ナカジマが心配してんのはサクラの方だろ?」
ケイとベルトアも戻ってきた。ケイはここぞとばかりにナカジマをおちょくるが、ナカジマは真顔で「…当たり前だ」と答える。
その後ろを歩いている親子は言い争いの真っ最中だ。
「んだよ!?俺が悪いのかよ!」
「言い訳すんじゃないよ!このバカッ!!」
「いでっ!?」
ベスは頭をカンターナに殴られる。
カンターナの左手にはサクラの柄だけになったカルフレアが握られていた。
「どうしたのですか?カンターナさん…」
「ああ、ベスがねぇ魔獣の魔石と勘違いして、カルフレアの形状記憶結晶を壊しちまったのさ…あれほど言われたのに、まったく…」
「じ、事故だろ!?…いいか!頭部のデケェ魔石とごっちゃになってて、それと一緒に破壊したんだ!間違うもクソもねぇ!…な、事故だろ?」
「「「「……」」」」
必死に弁明するベスに皆の冷たい眼差しが刺さる。ナカジマだけは「サクラに殺されるな…」と言葉に出してベスを哀れんでいた。
魔剣カルフレアは特殊な部類の魔剣になる。
通常、壊された魔剣が直る事はないが、魔剣カルフレアは"カルフレイム"という火属性の精霊が結晶化して、その結晶に宿る魔力を媒体として刀身が形成された魔剣だ。
分類的には"非魔力吸収型"の"各精霊結晶使用媒体"と貴重な部類になり、現存する各精霊結晶のなかでもずば抜けた魔力を秘める火属性精霊結晶だ。
その刀身が溶けたカルフレアを直すには形状記憶結晶が必要な事を、ここにいる誰もが知っている。
「これ…何とかならねぇかな?」
ベスは布に集めた結晶をナカジマに見せながら訊ねるが、ナカジマは「ムリだ」とキッパリ言い切る。
諦めの悪いベスは「そこをなんとか!ねっ、旦那!?」とナカジマにすがり付く。
その光景をゴミでも見るような目で見ていたユリがベスから視線を外し、木の上を見ながら口を開く。
「あー、…諦めなさい。冒険者は死と隣り合わせ…今日がベスの命日よ…」
「冷たー!ユリさん冷たすぎじゃなぁベスーーブッチュベス!?」
うるさいベスの頭上にモフモフとした物体が落ちてきた。
モフモフの直撃を受けたベスは、自分の名を叫びながら地面と接吻をした。
「ワフッ!」
「お疲れ様ですマルちゃん」
ベスの上に乗るモフモフの物体はマールウルフのマルだった。
「どうしてマルがここに?」
「そう言えばさ、ケイタの襲撃以降から姿が見えなかったよね?」
ケイとスーがマルがここに居ることを不思議がる。他の者もベスの上に乗るマルが今までどこにいたのかは不明なようだが。
「マルちゃんにはシネラちゃんの捜索をお願いしてました。マルちゃん、シネラちゃんの気配は何処にありましたか?」
「…グワフッ」
「神殿、ですね。ありがとうございま――」
在を知っていたユリはマルの頭を撫で、マルの一声からシネラの情報を得る。
その光景を見ていたベルトアとスーが急に口を挟んできた。
「――ま、まてくだされユリ殿!?今の鳴き声だけで分かるのか!?」
「グフしか言ってないよ!?神殿とか言ってるの、冗談でしょ?」
「…冗談ではありません。普通に分かりますが、それがなにか?」
然も分かって当然と言わんばかりの表情をするユリ。
ユリは普通にと言うが、普通は猛獣の声を理解することなど出来ない。しかし、ベルトアとスーの疑問にセルビオが答え、こちらも平然とした表情をしている。
「ベルトアは知らんだろうが、スーだったか…転移者は各言語を理解しているのは転移者である君達も分かっていると思う。だが、ユリさんは聴覚からではなく、自身で念話を使う事ができるんだ。まっ、ユリさんには普通の事なのさ…」
「念話を…」
「まるで精霊みたいじゃん…」
セルビオの説明に二人は納得してない顔をする。
「その話しはまた今度だ…まずは本隊と合流しよう。ユリさんはシネラのところへ行かれるのか?」
ナカジマがユリに訊ねる。
ユリは「…いいえ」と答え、マルにベスから降りるよう頼むと、皆に向き直り指示を出す。
「私達は本隊へ合流後、ガルデア軍の行動域へ行きます。そこでこの編成のまま、スティフォール氏とマリア様を伴ってから神殿へ向かうことになるでしょう」
「バ…マリアも神殿へ?」
「今はマリアを連れてくのは危険なのでは?あと、スティフォール伯爵様まで連れていくのは何故ですか?」
スーとケイがユリの話しを疑問に思う。
マリアをバカと言いそうになったスーはスティフォールとマリアの間柄を知らないようだ。
問われたユリはナカジマを見る。
「すみません、伝えるのを忘れていたようで…スーとケイには移動をしながら説明しておきます…」
ナカジマはユリの視線にすぐさま反応し謝罪する。事後の判断もさすがである。
「…そうしてください。カンターナさん――」
「――あいよ…ベスの御守りなら任しときな。なんたってこんくらい時から世話してたからね♪」
ユリは、右手の親指と人指し指が付くか付かないかくらい大きさの時は、ベスはまだ生まれてないと思うが、カンターナは「今はこんくらいさね♪」と少しだけ指の隙間を空け、ユリを笑わせる。
「ふふっ、小さすぎね♪」
「私から見たら青臭いチビすけのガキさ…よいしょっと…」
「ワゥ〜?」
軽々とベスを担ぐカンターナ。ついでにマルも担がれた。
ユリは「では…」と言い、全身に気を送る。
「少しでも早く神殿へ向かうため、全力で跳びます。私が一列前頭で排除、ナカジマさんは二人の補助、セルビオが一列後尾で推進…右上手上方0.4秒21度、左下手下方0.3秒17度、事後300秒間は高水圧の維持をお願いね…」
「了解した…」
「よしっ!」
気合いを入れたセルビオが後ろに下がりナカジマ対し背を向ける。
ユリを先頭にしてスーとケイ以外が一列に並び出す。
「早く列に入れ、俺の前だ…」
セルビオの前に並んだナカジマがスーとケイを並ばせる。
「なんなんだいったい…」
「何が始まるのよ…」
並んだはいいが、二人は状況を読めないでいた。
しかもセルビオが「いつでも行けます、ユリさん!」と言うものだから、ユリが「カウント10から…」とカウントが始まる。
ユリのカウントで皆が密集してその時を待つ。勿論、スーとケイはまだ状況を理解できていない。
「7…6…」
「えっ、えっ?」
「なにをするんだ!?」
「口を閉じとけ、舌が無くなるぞ…」
ナカジマは二人に注意を促しただけで説明は無い。
いつの間にか両手に魔導グローブをはめたセルビオは、皆に背を向けたまま両手に魔力を集中させる。
「…3…2…1、今っ!」
「ハイジェットウォータァアーー!」
「うがっ!?」
「ぐべっ!?」
ユリの合図でセルビオの両手から高水圧の水が吹き出す。
一列の一団を一瞬で加速させ、地面と水平を保ち勢いを殺さずに水の力だけで推進させる。
先頭のユリは空気の抵抗を受けながら障害となる物を破壊しなくてはならないが、強すぎる力は推進力の低下につながるので、速度が落ちないように最小限の反動で障害物を排除する。
「あばばばぁ!?――」
「ぎぐぐ!?――」
そんなユリの事など知るよしもないケイとスーは、あまりの速度に苦悶の表情を浮かべている。
二人以外は風圧で顔が歪んでいるだけで平然としており、なぜかマルは「ワオォーン!」と雄叫びをあげている。
「始めてなのに元気じゃないか!」
「ワンッ♪」
「いい返事だねぇ!後ろの二人もマルちゃんを見習いなっ!」
「「……」」
何を見習えば良いのか、仲良く気絶した二人にはカンターナの声など聞こえていない。ナカジマが「ケイも気絶か…」とボソリと呟く。
先頭のユリが「上方25!!」と後ろへ指示を飛ばし、セルビオが放水角度を変える。
地面すれすれから樹海上空に到達するとセルビオは放水を止める。
西側に見えるフォール山脈の稜線が少し赤みがかり日の出が近いことが分かる。
「減速後、自由落下」
「「「了解!!」」」
「あいよ!しっかり掴まってなマルちゃん!」
「ガフッ!」
徐々に上昇した勢いが無くなりユリ達は空中でバラバラになる。
そんな中ナカジマは、気絶したスーを抱き寄せるがケイを捕まえる事ができなかった。
「ケイを頼むベルトア!?」
「了解した!」
頭から落ちるケイの落下速度にベルトアが追いつきケイを捕まえる。
この高さから落ちればひとたまりもないが、それはユリがちゃんと考えている。
ユリは眼下に見える泉へ誰よりも早く急降下し、頭くらいの火の玉を放り水を蒸発させ、続けざまに風属性の魔法を圧縮した風の玉を投げ込む。
「上昇気流を、作れるのか…」
「さすがユリ殿…」
瞬時に状況を把握し、ユリが作り出した上昇気流に身を任せる。
「各自、着地後北西監視点Aに集合!」
「「「了解!」」」
緩やかに落下しながらユリは上方に向けて指示をする。セルビオ達が頷き答える。
ユリが華麗に地面に着地した後、各々もバラバラに泉周辺に着地した。
体重の重いベルトア達の所だけが大きな衝撃音とともに砂ぼこりが巻き上がる。
「はっ!?すまんケイ!」
ベルトアは着地に失敗したようで、気絶していたケイもろとも地面に叩きつけられてしまい、痛みで目を覚ましたケイが「あ、あとで……殺、す……」と言い捨て、再度気絶した。




