45話:マットモンキー、強襲。
ガルデア軍の支援に向かう、はずだった捜索隊と講習組はマットモンキーの猛攻を受ける。
その数1000体…匹などかわいい桁の単位など使わない、このマットモンキーは人族や獣人族の子供よりも大きく、そして気性は最悪なほど悪い害獣なのだ。
「ブルーム!?」
「ブルームー!」
「だ、大丈夫…少し張り切り過ぎたかな、はははっ」
数に対する戦いにおいて魔法士は貴重だ。この魔力磁場の樹海で魔法を使える者はガルデア捜索隊にはいない、けれどここにはには二人の魔法士がいた。
その一人で4つの基本属性を扱えるブルームは、土属性と火属性の聖級魔法を使えたのを講習組やその他大勢が見ていたので、あのお喋り状態のサクラが『ブルームは魔法使えたよね!』とヘクタに言ってしまい、今の状況が出来上がった。
「ブルームは少し休め!その他はブルームが作った壁を有効に活用し、猿どもを駆逐しろ!」
ヘクタが状況を読んで指示を飛ばす。休みなく襲ってくるマットモンキーを捜索隊の冒険者だけでなく講習組も次々と倒し屍の山を築いていく。
「多すぎー!切っても切っても沸いて出てくるよ〜!?」
「文句言わない…だけど、マリアの切りが浅いから…まだ、生きてる」
にゃーと言わなくなるほど休みなく剣を振り回すトット。側にはダイナがおり、マリアが切り損ねたマットモンキーに止めを刺している。
「ぁっぶな!?…マリア!周り見ろよー!!」
「動きが速いですー!仕方ないですー!」
「なら普通の剣に替えろよ!?すっぽ抜けてんじゃん!」
「これが一番しっくりくるです〜!」
マリアは大剣を振り回すが猿に当たらず、近くでブルームが作った壁に猿を打ち付けていたタマの横をマリアの大剣がブーメランのように飛んできたのだ。
しっくりと言っているが、手から放れた時点でしっくりもクソもない。
「シネラちゃんがいないとバラバラだね〜」
「ショット!…まあ、しょうがないよ。二人はシネラちゃんの事が心配で、猿に集中できてないのかも…」
ブルームをモニカ達傷病組に移送したヒーテとモビナが直ぐ様戻って講習組の後ろから支援に入る。
先ほど魔法を使える二人と言ったが、もう一人はこの二人ではない。
「水に宿りし精霊達よ、天を貫く柱となれ……イ・セヌーチュ!」
ヒーテの土魔法に代わり、ラテラの水魔法が冒険者達と猿の間に無数の水の柱を作り出す。
「内側の猿を蹴散らせー!ラテラの魔法も長くは持たんぞ!」
ヘクタが自ら猿を引き付け真っ二つにしていく、それに習い他の冒険者もヘクタに続く。
もうかれこれ半刻ほど猿を相手に戦っているのだが、周囲を取り囲むマットモンキーの数は減っているようには見えない。
「くっ…ダズルート、早く戻ってこい…」
「ヘクタよぉ、あまり期待すんなって…あちらさんは魔獣と戦ってんだ、こっちに来れたらその方がやべぇよ…」
ブルームとラテラの魔法でなんとかマットモンキーとの戦闘に区切りができ、壁の内側の猿どもを全て蹴散らしたヘクタ達は束の間の小休止とばかりに地面に腰をおろす。
ヘクタに声をかけたイリードは疲れていないのか、猿の死体を方付けている。
他の冒険者も地面や大樹の根などに座り、余力がある者だけが次の戦闘に備えマットモンキーの死体を方付ける。
「マリアも少し休みなさい…慣れない戦闘で疲れたでしょ?」
「大丈夫です。まだ疲れるほど戦ってないです〜」
ネミリが死体を片すマリアに声をかけるが、マリアは休まずに手を動かし素早く猿を解体してヒーテが作った廃棄炉に投げ捨てるを繰り返す。
その様子をネミリはタマと一緒に作業をしながら見守る。タマもネミリと同じくマリアの行動が心配なのだ、普段なら『疲れたです〜!』だの『ばっちいですー!』だのと文句を垂れるはずなのだが今はその逆で、マリアは誰よりも率先してその作業にあたっている。
だが疲れは顕著に現れ、タマがよろめくマリアに近づき背中を支える。
「マリア〜、ネミリさんの言うこと聞きなよ?休む時に休まないと〜」
タマが座るようにマリアを促すが、マリアは「だ、大丈夫です〜!」と言い作業を続けようとする。
言うことを聞かないマリアに痺れを切らしたネミリの拳が頭に落ちる。
「っでしゅ!?」
「いい加減にしなさい。まだ猿どもがいるのよ?ヒーテとラテラが稼いでくれた時間を有効に活用しなさい…」
「ぅうーですー」
「立たないの、座って休む!」
立ち上がろうとするマリアをタマが抑え込んでいる。
何を言っても言うことを聞かないマリアの隣にネミリが座り、無理矢理に顔を自分へ向けて話しかける。
「休めないならこのまま死ぬ?この状況下で足手まといは誰も助けないわよ?」
「あ、足手まといにならないですー!?助けなんていらないですー!」
ネミリの言葉にマリアは疲れた表情のまま強がって見せる。
「自分勝手に戦うのは足手まといと同じことよ。周りを見ずに仲間を危険に晒す…自分の命は自分で守るのは当然よ…だけど、他人を巻き込んだり傷付けたりするのは違うわよね?」
ネミリはマリアの強がりなど関係ないとばかりに言い聞かす。
他の冒険者達はその様子を遠巻きで見つつ壁の向こう側を警戒している。
なぜマリアはネミリに怒られて…いや、注意されているのか?
その理由など捜索隊の面々は分かっている。今はヒーテとラテラの魔法を交互に使い、なんとかマットモンキーの大群をやり過ごしているが、先ほどの疲弊したヒーテのように、ラテラもまた疲れが見え始めている。
二人がいつ魔力枯渇に陥るかは本人しか解らない。勿論その前に隊長のヘクタが戦闘体系を変更するのだが…
先ほどからマリアの戦い方が独りよがりで、マットモンキーがそちらに集まりだしたのを指揮を取るヘクタが気づき、ネミリにマリアの行動を改めるようにと頼んだらいし。
サザクやコリスに言えばいいのでは?と思うが、ヘクタの意図を寸分狂わず理解した者で、あのスティーフォール氏のご息女マリアに物怖じしない人物がネミリしかいなかったということもある。
「納得できないならモニカ達の元へ下がりなさい。ラテラの魔法が解ければ、貴女の事を見てあげれる余裕は無いわ…」
「……」
納得していないと顔に出ていたのをネミリは見逃さないかった。
それでもマリアはその場に留まり続けようと口を閉ざして目を合わせないように下を向く。
「歩けないならいいわ。私が連れてってあげる…」
「うっ!?」
「マリア…」
ネミリは指示に従わないマリアの腕を掴み、引っ張りながら無理矢理歩かせる。
マリアが抵抗するもネミリの力には敵わない。側にいたタマが心配そうに見つめている。
「預かっててモニカ…」
「…いいわよ?バカ弟子が迷惑をかけたわね…座りなさい」
「…です…」
右腕を首から下げたモニカが左手でマリアの頭を掴んで地面に座らせる。
マリアを渡したネミリは「あとはよろしく」と言い、右手をひらひらさせながらヘクタの元へ去っていく。
ネミリに付いてきたタマも持ち場に戻ると、モニカがマリアにデコピンをしてから話しかける。
「熱くなるな、周りを見ろ、敵を見て型を替えろ、いつも言っていたはずよ…」
「はい…です…」
「なにが解ったか言ってみなさい?」
「……」
モニカの問いに黙り込むマリア。モニカはため息をついて二度目のデコピンを食らわせる。
「いっ!?」
「バカ弟子が…マリアはただ剣を振り回しただけで、ほとんどの猿を仕留め切れてなかったのよ。まだ生きてる猿どもがタマと近場にいたダイナとトットに流れて陣形が崩壊寸前だった…ラテラが機転を利かせて貴女達の方から魔法を使ってくれたからなんとかなったけど、それが無かったらマリア…タマ、ダイナ、トットの誰かが死んでいてもおかしくなかったわよ?」
「そ、そんなことないです〜!?」
「そんなことあるのよっ!見なさい――」
モニカの指差す先にはモビナから治療を受けつつ、使い慣れない長剣にこびりついたマットモンキーの血を拭いているダイナだった。
ダイナの右膨ら脛がかなり抉れているが、血はモビナのお陰で止まっている。
「――逃した猿どもはダイナ達に流れて行ったのね…ダイナは竜人で筋肉の仕組みが人族とは違うからあの程度なら大丈夫…でも、それ以外なら行動不能よね?」
「ダイナ…です…」
マリアの自分勝手な行動でダイナが怪我をした。それを知ったマリアは塞ぎ込む。
しかし、モニカは塞ぎ込むマリアの心に突き刺さるようなことを言い放つ。
「シネラちゃんはもっと早く死んじゃうかもね…貴女の勝手な行動で…」
「っな!?……し、死なないです!」
シネラの名に反応するマリア。そして始めてモニカに殺気を込めた怒りをぶつける。
それをモニカは正面から受け止め、マリアの胸ぐらを掴んでから皆に聞こえるように言った。
「だったらいつも通りの動きをしろよ!てめぇだけがシネラを心配してんじゃねぇんだよ!皆だよ!…それで今死んだらなぁ、シネラに会えなくなるんだぞ!?てめぇら皆で助けに行くんだろが!?…そうだろ、マリア!?」
「そ、そうです〜」
普段からマリアへの当たりが強いモニカだが、今のモニカは別人のようでマリアとその他受講者達に言っている。
「てめぇの持ち場は責任もっててめぇで片付けろ。それが出来ねぇんならそこらに座っとけ…」
「「「「……」」」」
モニカの声が聞こえている講習組の面々もまた塞ぎ込むマリアと同じように下を向く。
モニカがマリアだけに怒らないのは仲間という意識を再確認させるためだ。
「生きる事を第一に考えろ!無駄な行動をすればすぐに死が待ってると思え!剣の振りひとつひとつを自分のため仲間のために振れ!」
こんなに熱いモニカは始めだと思う。なにせモニカもシネラの事が心配なのだ、それを隠してマリアと講習組に叱咤するのは自身の不甲斐なさにも向けた怒りかも知れない。
「…私も殺るわ」
何をやるのか…モニカは左手一本でマリアの大剣を掴み振り回す。
その行動と同時にヘクタから号令が飛んだ。
「みんな配置に付け!ラテラ、20だ!」
「りょ、了解…」
苦しそうに返答するラテラ。20とは20秒後の略で配置完了まで20秒、あと20秒で猿どもとの戦闘体勢をラテラ以外の者に取れと言っているのだ。
「何をぼさっとしてるの!?さっさと配置に付きなさい!」
「えっ!?は、はいですー!!」
呆気取られるマリアにモニカが剣先をタマの方に向けて言う。
「あと10よ!ダイナも行けるでしょ!」
「わ、あ、はい!?」
慌ててダイナも立ち上がりモビナと一緒に配置につく。
ヘクタとネミリがモニカに目線を送り、目が合うと三人はただ頷くだけだで意思疏通が交わされる。
「解!」
ヘクタの短い言葉でラテラの魔法が消える。
同時に猿どもが隙間という隙間から捜索隊と講習組になだれ込んでくる。
「体勢を崩すなよ、新米ども!」
「モニカも言ったが、気持ちで負けんなよー!」
先輩冒険者達から講習組へ檄が飛ぶ。
講習組の面々はその言葉に鼓舞されたようで、向かい来る猿どもを1体また1体と倒してゆく。
「うらっ!マリアッ左!」
「もう倒したです!上ですー!」
先ほどの叱咤でマリアも調子が戻った様にも見える。
タマとの連係もスムーズになり、周囲の仲間達との距離もしっかり取れて切り漏らしが少なくなった。
それでも数体ほど逃してしまうが、マリアから大剣を奪ったモニカが始末してくれる。
「後ろを見るな!前に集中しろ!」
「「は、はい!?」」
左手一本で大剣を振り回すモニカを見ていたヒーテとトットが注意を受ける。
モニカは手負いなのにもかかわらず平然と片腕だけで猿どもを蹴散らす様に、講習組だけではなく捜索隊の冒険者達もモニカの気迫が伝播する。
「いくぞごらぁー!」
「くそザルどもがー!」
「皮剥いでやらぁー!」
自身の持ち場で奮闘する講習組には負けられないとばかりに、先輩冒険者達は叫び声とともに気合いを入れ直す。
指揮を取るヘクタもその様子を戦いなが感じ取り、(これならいける…)と思った。
しかし、その思いは無情にも崩れさる。
「うっあぁあーー!?」
「ナッツ!?」
ナッツと呼ばれる冒険者が数十体のマットモンキー囲まれた。
近くにいたシードが気づき助けに入ろうとするが…
「ナッツ!?…メラトバ!ヤクト!」
「了解!」
「くそザル!」
ヘクタは他の二人をナッツの救出へ行かせる。すでにシードもマットモンキーに捕まり姿が隠れてしまった。
「ナッツ!」
「シード!?」
メラトバとヤクトが二人の名を叫びながらマットモンキーを駆逐する。だが遅かった…ナッツとシードは猿どもに食いちぎられ、体は数部位ごとにバラバラにされていた。