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43話:朝日が昇る前に

「数は?まさか1000じゃ…」

「そのまさかだ…」


カズキの問いに答えるダズルートは、捜索隊の今の状況を伝える。


「どこから湧いて出たのかわからんが、この樹海の中だ…なんとか逃げながら要撃してやりすごしている」

「モニカやセルビオがいるのにですか?」


ダリシアを出発する前にガルデアのアルバードから聞いていた情報をカズキは訊ね、ダズルートは「そうなのだが…」と言い少し疲れた様な表情をして話しを続ける。


「Sランク魔獣が現れモニカとサクラがボロボロになりながらなんとかしたが魔獣はまだ生きている。それを主要メンバーでバラしているとことだ」

「そうなんですか…なら、数だけの猿は今の捜索隊には荷が重いですね」


マットモンキーは1体のみの危険度は並の冒険者であれば一撃で倒せるほどでさほど強くない。しかしこのマットモンキーは1体でいることはまれで、常に100体以上の群れで行動する猛獣なのだ。

なぜカズキは先ほど1000と言ったのか?

それはマットモンキーが自分達の縄張りを変えるとき、その周辺に同じく縄張りを持つ別のマットモンキーの数群れと合流して移動する習性がある。

樹海ではまず見かけないマットモンキーが群れをなして移動しているとなれば、最低でも300最大で1000体の群れになり、なおかつ食糧を求めて街や村を襲うことがあるのだ。


「それで、ダズルートさんがここに来た理由は兵と捜索隊の変換が目的で?」

「さすがカズキだな…そうだ、マットモンキーは数だけだ、ガルデア兵でも余裕で倒せる。そして捜索隊は魔獣の相手をする…と、言われたが…」


そこまで言うとダズルートは周囲を見渡して何かを見定めているようだ。そしてカズキに向き直り真顔で言う。


「セブ殿とタイガトラス、出来ればマルヤマ殿がいればなんとかなるが…どうだ?」

「いやぁ…」


ダズルートからどうだ?と言われたが、カズキは心底戸惑ってしまう。

マルヤマは大丈夫だとしても、ローヌに対抗して魔獣を狩り続けるイオリの邪魔をすれば自分の身が危険に晒され、またやる気の無いカシム達を連れて行ってもさほど使えないし、むしろ邪魔になるだろうと…

だが今は緊急事態だ、同じ捜索隊の仲間が助けを求めているのをカズキは見捨てたりしない。


「なら僕も行きます。マルヤマさんとカシム達には僕が声をかけるので、ダズルートさんはイオリさんを呼んできてください…」

「カズキも来てくれるか…うむ、助かる。ではセブ殿を呼んでくるぞ!」


ちゃっかり危機を回避したカズキはイオリの方へと向かうダズルートを見送る。

そして自分は安全なマルヤマとやる気の無いカシム達を呼びに行くのであった。





 「いまのって竜かな?」

「ほふぅ…え?見てなかったー」


ユキューノから離陸し、低速で飛行中の黄竜三式飛空挺。

魔力結晶の型式に合う魔石は無かったが、なんとか初期起動に無理矢理成功し、アズサはマニュアルを読んでいてメグミはお茶を飲みながら操縦席でのんびりとしている。


「前見ててよ…わたしが操縦するって言ったくせに、なに呑気にお茶入れてんのさ…」

「ええー、だってだって自動操縦にしたからよくなーい?お茶くらい飲むでしょ普通〜」


メグミは結晶パネルをトントンとつつきながら答える。

アズサは「勝手すぎ…」とちょっとだけイラついているようだ。


「アズサもどうぞ〜♪」


メグミがアズサの分を差し出しアズサは「い、いらない…」と言い前を向く。

断られたメグミは「はやく〜」とコップを受けとるよう急かすが、熱々のコップに耐えきれずに手を放してしまう。


「な、なにしてのよメグミ!?」

「アズサが取ってくれないから〜」

「いらないって言ったじゃん!」

「えー、わたしが悪いの〜?」


アズサに怒られるメグミだが悪い事をしたと思っていないのか、後始末はアズサに任せて自身は操縦席でお茶をすすっている。

根っからの自由人たるメグミが謝ることはまれだ。それはアズサもわかっており、ブツブツと文句を言いながらも濡れた操縦室の床を拭きあげる。


「ったく…それで、あと3刻で着くけど?」

「う〜ん…カズキンからの連絡ないしー、神殿に直行でいんじゃないかなぁ〜」


操縦席に座り直し、アズサはマニュアルを見ながら操作を始める。


「予定通り…か…、敵に見つからないようにしないと…」

「光化学魔法迷彩使っちゃう♪」


隣の操縦席でウキウキしながらメグミが訊ね、アズサは「一応ね…」と言いながらパネルの赤い部分を押した。

その瞬間、飛空挺内の明かりが赤色に染まり、操縦室も主要計器類を除いた明かりが赤色に変わった。


「なんかワクワクするね〜♪」

「静進灯だってさ」


子供のようにはしゃぎだすメグミとは正反対なアズサはマニュアルに書いてある説明を読み上げる。


「光化学魔法迷彩中は動力装置が最低速までさがり振動を抑える。

最低飛行速度に合わせ光化学魔法を常時発動するため、加減速時、上降時は効果が薄れる。

まあ、どうせ速度とか上げられないから丁度いいかもね…」

「丁度いいー♪」


能天気に同意するメグミにアズサが大きくため息を漏らす。

本当なら最速でカズキ達の元へ向かうはずだったが、魔力結晶に合う魔石が無かったのでそれはそれでしょうがない。

しかし初期起動のやり方が不味かった。今は動いているが、実はメグミが『これ外してさ、直接つなげよ?』と言い出して動力装置と魔力結晶の接続を切り放し、動力装置へメグミ特製の適当に繋げただけの魔石を取り付けて運よく作動したのだ。

なので、いつ停止してもおかしくない飛空挺に乗っていると思うと、アズサのため息も大きくなってしまうのは仕方がないことだろう。


「いけいけー♪」


アズサのため息など露知らず、操縦桿を左右に傾けるメグミはハイテンションだ。あと自動操縦なのでいくら操縦桿をいじっても飛空挺は揺れない。

隣で呆れるアズサはまたため息を漏らす。

なにせメグミを止める役目はハナコの役目なのだ。メグミはハナコの言うことだけはよく聞くのだが、アズサが言うとほぼ会話にならないうえにすぐにどこかへ行ってしまう。

二人きりにならないことはないが、この面子の時は大抵の事をアズサが引く受けないといけなくなるので、メグミの面倒を見るのは凄く大変なことみたいだ。


「ほんと、大丈夫かなぁ…」

「大丈夫!自動操縦だから♪」


笑いながいまだに操縦桿を傾けるメグミ。アズサは小声で「そっちじゃないよ…」と天井を仰ぎながら言った。


今二人を乗せた黄竜三式は最低速飛行で緩やかに上昇し、フォール山脈をやっと越えたところだ。





 二人乗り小型飛空挺"亜号"からユキューノの広場に降り立つ二人の男女。男性は降り立つやいなや口から大量のお戻りを雪の上に撒き散らす。


「うぼぼぇばぁ〜!?」

「だらしないぞ〜、ユージ班長代理〜」


ユウジの隣で凝った体をほぐすため背伸びをしているカナメロが平気な顔をしながら言う。


「うぷっ…こんなに、う゛っ…速いとは、聞いてなかったもので…おろろぉ〜」

「あらら」


二度目のお戻しをするユウジの背中を擦るカナメロ。

通常の飛空挺なら交易都市ダリシアから山岳の街ユキューノまで丸一日かかるのだが、この亜号はたったの2刻で着いてしまうほど異常なまでに速かった。

そして、その亜号を操縦するカナメロも異常なまでにテンションが高かったので、途中途中で操縦曲技をいれるなど機体の性能を確かめたりしたため、後部に座るユウジは絶叫しては気絶をし、また絶叫しては気絶をするということを数十回ほど繰返し今に至る。


「転移者なのに酔いすぎだよ〜」

「うぷ…大抵の転移者でもキツいです。たぶんマルヤマ理事くらいしか平気な人はいないですよ…」


戻した物を雪で隠しながらユウジは立ち上がる。カナメロは「うちのお父さんは平気だよ?」と比較対照があまりにも違いすぎる人物とユウジを比べた。


「ヨシオさんは人じゃないですよ…」

「う〜ん、そうかも…」


ユウジに指摘されカナメロも違うと気づいたようだ。

入念に雪で踏みかためたユウジは広場を見渡す。

ここに来た目的は黄竜三式の現状の把握であり、なにも休むために着陸した訳ではない。


「…黄竜は直ったのでしょうか?」


小型飛空挺といえど民家5軒分の大きさであるため、このユキューノの街に隠せる大きさではない。

カナメロも唸りながらどうしたものかと悩んでいる。


「…とりあえず班長がいた形跡を作りましょう。宿は〜、あっちね――」


宿へと向かうカナメロにユウジも後ろを着いて行く。

班長の形跡とはルーのお使いの件である。

『コナー班長が黄竜三式を直すため機関幹部用転移陣を使用してユキューノに向かった。そのバックアップでカナメロとユウジを向かわせる。』と、理事長のルーが適当に理由を付けて、理事会を通さずに自己裁決にて指示をしたのだ。

勿論、コナー班長はルーから隠れておくようにと指示が出ているのでここには来ていない。二人は班長がいた形跡と滞在偽装を施しておかなければならず、後々に班長が虚偽で処罰されないための工作をするのだ。


「――マルヤマ理事、黄竜はいないので出発しますか?」

「ですね、そうします。元々ここには偽装のために寄っただけですから、先を急いでカズキ君達と合流しましょう」


宿主を叩き起こして偽装工作を済ませた二人は宿を出て亜号の元へ戻る。カナメロが先に乗り込み亜号を起動させる。


「うひょー♪いい音だーー!」

「またですか…」


ユウジは後部に乗り込みながらため息を漏らす。

またとはカナメロの発作のことで、こういった飛空挺の操縦席にのると人が変わったようにハイになってしまうのだ。


「いいぞーメロディアン!お前とならどこへでも行けるぜー!」

「行くのは神殿までにしてください…あと、安全な速度で――」


興奮冷めやらぬカナメロにユウジの声など聞こえない。

カナメロは操縦桿を握りながら「超全速力ー!」と叫び、足下のペダルをおもいっきり踏むつける。

後ろでユウジが「ま、まってくださーい!?」と慌てているが時すでに遅し、亜号…カナメロがメロディアンと呼ぶ小型飛空挺は、ユウジの戻した物もろとも雪を巻き上げ最大にして最速で離陸する。


「重力感じる〜♪」

「……」


ノリノリなカナメロと打って代わり、まだ安全帯を締めていなかったユウジは天井に頭部をぶつけて気絶した。





 『これは〜、なんです?』


シネラとダグナマグナが組み上げた物を手に取り、見た目不格好なそれを興味深く見ているミリファナスはシネラに訊ねる。


「圧縮型物理結界発生装置だよ」

『圧縮…普通の物理結界ではダメなのですかです?』

「う〜ん、ダメじゃないけどピンポイントで高出力にしないといけないから…」


シネラが「それ貸して」とミリファナスから装置を貰う。


「ここを〜…よしと…えいっ」


シネラはボタンを三回ほど押し、ケイタの鞄に荷物を詰め戻しているダグナマグナの背中に装置をくっ付ける。


『んぁ?なんかしたかぁわちばっ!?』


背中に違和感を感じたダグナマグナが振り向くと同時にシネラがくっ付けた結界装置が作動した。

装置からは圧縮された物理結界の膜が一瞬で球体なってダグナマグナを包み込み、膨れあがった膜は瞬時に身体の形を型どるように小さくなる。


「こんな感じかな?」

『なるほど〜です。身体に直接取り付けて、物理結界の隙間を無くすのですね〜』

「そう!それに直接取り付けるし範囲が狭いから魔力の消費も抑えられる。その分を物理結界魔法の力を上げて瞬間的に拘束力を生み出すの♪」


シネラは得意気にミリファナスへ説明する。

その間に結界装置を取り付けられたダグナマグナは、結界装置が魔力切れになったので『やれやれだ…』と言いながら背中の装置を引き剥がす。


『おいシネラ?やるなら先に言えよなぁ』

「うん、次からそうする」


シネラに装置を渡しながらダグナマグナが注意するが、シネラは悪びれる素振りも見せずにあっけらかんとしている。

普通怒るところだが、ダグナマグナもこの装置の効果を解っており、さほど大した事でもないのだ。


『あれ?もう解けたのですか?』


ミリファナスが疑問に思うの無理はない。シネラが装置を作動させてからまだ30秒も経っていないのだ。

その疑問に答えるのはシネラだ。シネラは装置を床に置いてダグナマグナが書いた簡易設計図をミリファナスに見せながら説明する。


「魔力は500ラクトまでしか込められないでしょ?結界魔法基盤はそのまま使ってるんだけど、効果範囲を触れているところ限定にまで絞ったから基盤が熱を持っちゃううんだぁ、だから持続時間は最長25秒にしてあるの。

あとね、このギザギザの突起は熱を逃がすためにつけてて、このイニダイトは冷却器の代わりだよ!それにこっちの重力結晶は装置が作動した時に物理結界の力で装置が飛ばされないようにするための重り代わり!」

『あ…あぁです…かです…』


自慢気に説明するシネラに圧倒されるミリファナスは、たぶん説明の半分も理解できていない。

ダグナマグナが『バカに説明しても意味ねぇよ』と詰め物をしながらボソリと呟いた。

その呟きが聞こえたのか、ミリファナスは『バ、バカじゃないですです!』とダグナマグナ詰め寄ろうとする。

だがミリファナスはその場から動けない…それはシネラが二枚目の設計図をミリファナスの顔に張り付ける勢いで見せつつ「あとね!あとね!」と説明の続きをしているからだ。






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