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42話:親の背中…

 「物理結界構築まで持たせるぞ!領軍、上げー!」


ロロ領軍サリバス騎士団長から怒号が飛ぶ。

前線で魔獣の進行を遅延していた攻撃魔法隊の魔力が枯渇し、前線を維持するのが難しくなった状況に陥ったガルデア軍は、結界魔法士が物理結界を構築するまでのあいだ領軍騎士達を前線に送り、なんとか魔獣の進行を食い止めようと槍を構える。


「第三兵装ー!」

「「「第三兵装!!」」」


ロマウの号令で赤虎の騎士達が鎧に魔力を込める。

騎士達の鎧はその魔力に反応し、より重厚な朱色の鎧に変化した。


「我ら赤虎で引き付ける!領騎士隊は結界線まで下げー!」

「りょ、了解した!?領軍下げー!」


ロマウの指揮下にある領軍はサリバスの指示で後退する。

貴族階級はサリバスの方が上になるが、ガルデア軍直轄赤虎の騎士団副団長のロマウの方が軍内部での階級は上なので指揮系統は乱れない。

適格な指示をするロマウも兵装を整え騎士達の最前列に立つ。

ずしりと地面が沈み、動きにくいはずの鎧には闘気が漏れ出し魔獣を威圧する。


「魔法攻撃は無い!全力をもって切りきざめ!」


ロマウ以下、赤虎の騎士達が魔獣に飛び込んゆく。

第三兵装…対物理攻撃のみに特化した兵装であり、世界最高硬度のラグダイト鉱石で作られた鎧である。

鎧が変化したように見えたが、これは転移魔法を用いた換装魔法を使い鎧を変えたのだ。

しかしこの鎧は魔法攻撃に弱く、人同士の戦にはあまり用いられない。

敵魔法士からは格好の的になり、一定量以上の魔力を感じるとラグダイトは自然融解をし始めてしまう鉱石なので、こういった物理攻撃しかしてこない魔獣や猛獣などを討伐する時にだけ使用する。

そして騎士は闘気を纏えないと質量の重いラグダイト鉱石で出来た鎧を動かすことも出来ない。


「ロマウさんの所はラグを使うのか…」

「賢い判断じゃの、ワシらが手伝うこともなかろう…」


赤虎の騎士達とは真逆から魔獣と対峙していたマルヤマとカズキが、次の攻撃に備え体勢を整える。

ガルデア捜索隊と合流するために移動を開始していたダリシア組なのだが、そこは元S級冒険者のマルヤマが『嫌な予感がするのぉ…』と皆に伝え、捜索隊と合流するのを取り止め、別れたはずのガルデア軍の元へ駆けつけたのだ。


「ウチが一番やー♪」


そのマルヤマ達の左翼では5体以上の魔獣にローヌの無差別な魔法攻撃による殺戮ショーが催されている。


「ローヌ殿!まだ私がいるうちは攻撃しないでください!?」

「やかましわっ!お前ならポンポン躱せるやろー!」


勿論、魔獣もじっとしてくれる訳ではない。

ローヌの魔法が確実に当たるように混成団副団長のローレスが魔獣を誘導して四肢を切り落とし、離脱した後にローヌの魔法で木っ端微塵にする段取りのはずだった。

しかしローヌはローレスが時空魔法の一つ"時空間転移"を使える事をいいことに、まだ離脱していないローレスもろとも様々な魔法攻撃を繰り出していたのだ。

ただ、ローヌの言う通りローレスは魔法はおろか魔獣の返り血も浴びていない。


「そういう問題では!」

「四の五の言わんと、次集めてこいやぁー!」


軽い暴走状態のローヌに言葉は通じない。ローレスは魔獣から自分へ向けられた大量の火の玉を見て思う…(誰か俺と替わって欲しい…)と…

しかしローレスも娘の前では弱音を吐くことは出来ない。

少し離れたところでネリアが「お父様!頑張ってください!」と、なぜか魔獣の頭を振り回しながら応援している。

その声が届いたのか、ローレスは「うおおー!」と雄叫びをあげながら再度ローヌのために魔獣を集めに行った。


「よっと!…ねぇトモエ?なんか副団長さんて面白い人だよね?」

「そ〜ですねぇ〜、なんだか私のパパに似ていますね〜♪」


最左翼を任されているハナコとトモエは数百にも及ぶ小型と中型の魔獣を相手にしているのにもかかわらず、まるで散歩をするように次々と魔獣を蹴散らしながら雑談をしている。

しかも武器も使わずに拳と蹴りだけで魔獣を駆逐する二人は、魔闘士と呼ばれる魔法を拳や脚に着けた魔道具で発動させて闘うスタイルの冒険者だ。

ちなみに"スウィート・スウィーツ"全員が魔闘士であることをお伝えしておく。


「スミルが言っていたが『師団長はご息女の話しになると人が変わった様にデレデレになる』と聞いたぞ?…まあ、スミルがご息女のアリア様と仲が良いからだと思うが…」

「そうなんですか〜?ヤクザさんみたいなお顔なのに、見かけによらない様ですね〜♪」

「トモエ…それ、軍の人に聞かれたら不味いやつだから…」


糸のような武器を巧みに操りながら会話に加わるのは、極度の乗り物酔いをするエイジだ。スミルといえば勿論ガルデア軍緑牛の騎士団副団長であり、そしてエイジの妹でもある。

そんなエイジの話しを聞いた二人だが、相変わらず世間知らずで天然なトモエは会話の内容を理解していない。ハナコはトモエに小声で注意したり、兵達に聞こえてないかを気にかけたりと普通代表は大変そうだ。


「どうしたの?ハルナ…」

「えっと〜…イオリさんが〜」


トボトボとカズキの元へやって来たハルナは右翼でC級達の支援を担当しているはずなのだが、ハルナはその元いた右翼で暴れまわるイオリを指差して言う。


「なんか『ローヌ殿より魔獣を狩る!』って言って、カシム達の獲物が無くなっちゃった…」

「そのついでにハルナもやることが無くなったと…」


ハルナは「そうなんだよね〜」と、あっけらかんとしているカシム達を見て言った。


「あの人達は実力はあるに、相変わらずやる気は無さそうだ…」

「無理矢理連れて来られたって思ってるから、支援しようにも消極的すぎて私までやる気なくなっちゃうよ〜」


カズキもハルナと一緒でカシム達を見て残念そうに言う。

ハルナは「ほんと、女々しいよね〜」と半ば呆れた様に呟いた。


「…まあ、あの人達はその内元気になるよ…たぶん…」


男の心情は同じ男であるカズキには解るようだ。カズキは「ハルナはエイジ達の支援へ」と指示をしてマルヤマの元へ戻る。


「マルヤマさん」

「なんじゃ、タイガトラスのやつらはまだ腑抜けか?」


ローヌが様々な魔法で魔獣を粉々にしているのを眺めていたマルヤマが言う。

"タイガトラス"はカシム達のパーティー名である。


「ですね…サクラさんが抜けてからの半年間はお酒が恋人と言ってましたから…」

「アホゥじゃのぉ…まったく、久し振りに見かけたらバカに腐りよって…サクラをスグルから自分に振り向かせたいという気も無いのかの…元パーティーが情けない…」

「無理ですよ。転移者で冒険者なナカジマさんと、裏界者のカシム達では敵う様な相手じゃないですよ」


二人が話している内容は何ともアホらしい事だが、掻い摘まんで説明するとこうだ…

・半年前にナカジマとサクラが付き合う。

・その後パーティーからサクラがぬける。

・カシム達、紅一点を失いやる気を失う。

・カシム達酒に溺れる。

・マルヤマが気をきかせてカシム達を連れ出す。

・万年二日酔いのカシム達が乗り物酔いでダウンする。

・リハビリで丁度よい魔獣を宛がわれたが、イオリに横取りされてもやる気はおろか不貞腐れもしない。

・ハルナが愛想をつかして放置する。

とまあ、本当にどうでもいい事だ。


「サクラもハッキリせんからやつ等もうじうじと引きずるんじゃ、会って話せば踏ん切りもつくじゃろ」

「なんか、お節介過ぎませんか?」


マルヤマは「過ぎん!」と自身満々にいうが、このマルヤマはサクラがモテていることが嬉しいようで、サクラがスグルと付き合う前は自身が良いと思った冒険者を紹介してはサクラを自慢するといったことをしていた。まるで孫へ婿を選ばせるように…

その紹介した中に元パーティー達はいない。

何故ならサクラはパーティー仲間同士では恋愛はしないと決めていたらしく、カシム達とはちゃんと線引きをしていたので――


「おとーさーん!!」

「「!?」」


説明の途中だが、空中に浮かぶ何者かが誰かを呼んでいる。

丁度真上からの声に反応したマルヤマとカズキが声に気づき上を向いた。


「この結界、人も通さないのー!」

「…サクラさん」

「なにをしとるんじゃ、まったく…」


そこには空中ではなく物理結界に阻まれたサクラが結界に張り付きながらマルヤマを見下ろすようにへばりついていた。

隣にダズルートがいるので、ダズルートがサクラを運んできたのだろう。


「聞いてるー?ヨシオー!ヨーシーオー!」


覚醒の反動はまだ継続中だ。サクラは口を大きくあけながらマルヤマの名を叫んでいる。


「自分で裂け目を入れんかバカ者!」

「たぶん覚醒を使ったのかも知れませんね、その反動で動けないのでは?」


カズキはサクラが手足を動かさない事に気づきマルヤマにそう説明する。マルヤマは「まったく…」とため息をついてから剣をサクラ達へ向けた。


「…紙刃(しじん)


静に放たれた斬撃はサクラがへばりつく結界に命中する。すると結界はサクラ達を中心にして、まるで紙のようにくしゃくしゃにたわみ、そしてサクラのみが地上に落下してくる。


泥刃(でいじん)


落下するサクラを見ることなくマルヤマは自分の前の地面を切りつける。

サクラもその行動の意味をわかっているようで「あははは♪」と笑いなが落ちてきた。

ドボンッ!と泥に変わった地面突き刺さるサクラ。マルヤマが「やれやれじゃ」と言いながら引っ張り上げる。


「ぶぺっ!…なんか覚えのある味〜」

「なんじゃ?ワシわ泥なんぞ食べさせた覚えはないぞ?」


サクラは口に入った泥を吐き出す。覚えがあるのはユリからのプレゼントの方だが、長年子供らに食事を作っていたマルヤマは娘のおかしな発言に言葉を返してしまう。

サクラは「わたしも〜」と言い、あまりちゃんとした会話が成立しない。


「マルヤマ殿」

「おぉ、ダズルートか…」


空いた穴から降り立つはダズルート。

マルヤマに名前を覚えられていて感極まったようで少しばかり目がうるうるしている。

サクラがダズルートに「ただのおじいちゃんだよ?」と言いながらからかい、マルヤマから拳骨を貰った。


「いったーい!?体罰反対!」

「なにが体罰じゃ!その歳になってまで人様をからかうでない!」

「からかってないしー、動けない娘を殴るのは教育上よろしくありませ〜ん」


マルヤマが手を振り上げる。

サクラはまた拳骨が来ると思い目を食い縛った。しかしマルヤマの拳は降ってこず、その代わりにゴツゴツとした手のひらがサクラの頭を撫でた。


「またカルフレアを溶かしたのじゃろ?」

「えっ…な、なんとことかなぁ〜」


帯に無いことは明白なのだがサクラはまた怒られると思いしらを切る。


「それだけべらべらと喋っとるんじゃ、どうせカルフレアの事を隠したかったんだろ?そうやって人様をからかう時は大抵が何かを隠したい時じゃ」

「ギク…」


父の前では隠し事は出来ないようだ。

マルヤマは「しょうがないのぉ」とため息混じりで呟き、娘のサクラを背中におんぶをしながらサクラに言った。


「かといって仲間を見捨てる様な冒険者には育ててないはずじゃ、今回もまた仲間を助けるために使ったのじゃろ?」

「う、うん」

「なら隠さんでよい、胸を張って『仲間を助けるために壊した』と言えばワシも怒らん…」

「…うん、わかった…」


泥まみれのサクラを背に乗せたマルヤマはカズキにダズルートからの伝言を聞いてくれと頼みサクラをガルデア軍中心地に運びに行った。

残されたカズキ達はマルヤマの指示に従い話し始める。


「カズキ、まさかダリシア組がいるとは思わなかった。俺はガルデア軍を救援するために先遣として到着したが、まさか物理結界まで使ってるとは…」

「僕らも一度はガルデア軍と別れたのですが、胸騒ぎがするので引き返したらこんな状況に…」

「そうか…しかもローヌ殿まで暴れまわっているとなると…もしや、セブ殿もいるのでは?」

「ええ、イオリさんならあそこにいますよ?」


周りの状況を確認しながらカズキとダズルートは情報を交換する。

ダズルートが「なら…」と言いながらロマウ達赤虎の騎士団を見て何かを考えている。


「なにか気掛かりな事でも?」


カズキがロマウ達を見つめるダズルートに訊ねるが、ダズルートはロマウ達の事を見ているのではなくその先にある森を見て言った。


「ああ、いまガルデア捜索隊はマットモンキーの群れに遭遇してしまってな…あの向こう側で2里も離れてない…」

「マットモンキー…一つの群れだけで街を飲み込む猛獣が何故樹海に…」


二人の共通する認識から、マットモンキーの危険性がどれほど高いものかがわかっているらしく、それが事態を急変させる。






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