40話:撤退…
「モニカ、サクラはどこだ?」
ナカジマが同棲中のサクラの姿が見当たらないことに気づきモニカに訊ねる。
「覚醒が切れたから裏手の木の下に隠したわ」
「…そうか、賢明な判断だ」
さも当然のように答えるモニカに、ナカジマは納得しながら頷く。
「それに〜モニカも戦えませんし…一緒に後退なさっては〜?」
発言したのはラテラで、モニカ以外のもの達はこの状況でなにを言っているのかと怪訝な雰囲気になる。
当のモニカは何も言わないのでセルビオがラテラに説明を求めた。
「ラテラ、なぜモニカを後退させる…この中では一番強いのはモニカだ、片腕だけでも俺達は敵わないんだぞ?」
「精霊王の鎖は罪人の証…王の裁きがいつ下るかは未知数なのです。もしも戦いの最中であればお荷物にしかなりません…」
セルビオの問いにラテラは一転、何時もはフワフワした口調が重くハッキリとした話し方で答える。
精霊王の裁きと言われてもセルビオ達はその裁きがどういったものかは知らない。ラテラはモニカの代わりにエルフ族に伝わる約定を話し、裁きが下るのは早くて今か、遅くても今日中だと教える。
「仕方ない…出来るだけ長く魔獣の動きを止めて、本隊の撤収時間を稼ぐぞ…」
「結界なら任せておけ!やることが無さすぎて暇だったかなら、やっと本気が出せるぞ!」
ナカジマの発言にワードゥルファーが呼応する。
モブ化していたワードゥルファーは今まで地味な仕事しかしていない。それは結界魔法を駆使して猛獣や魔獣の初撃に対処することと、警戒や索敵といった任務者の補助的役割で薄く張り巡らせた感知結界魔法を常に発動させていた。
勿論、講習中も感知結界魔法は発動させており、それを維持しているだけで他は何もしていない。
まあ、それが結界魔法士の役割でもあるが、今回もワードゥルファーの役目はそれとあまり変わらないものになりそうだ。
「そう…ならお言葉に甘えるから事後処理はセルビオ達に頼むわ…あと、もう魔獣は虫の息に近いからワードゥルファーの結界無しでも大丈夫よ?」
「ななっ!?」
モニカの発言にやる気を見せていたワードゥルファーが言葉を失う。
それに対して先に状況を把握したラテラが「鎖は対精霊同士の勝者にかけられます」と、皆に説明するように話す。
「なるほどな…なら俺と転移者のケイとナカジマ、ベルトアで処理をする。ラテラは精霊魔法が主体だ、モニカへの裁きに対処するよう一緒に後退しろ」
「…命令しないでほしいのですの〜」
ラテラの話しを聞いてセルビオが指示をだすが、ラテラはセルビオの命令口調が鼻につくらしき文句を言う。
「くっ!…こ、後退をお願いします…」
意外にも素直に口調を正すセルビオ。
モニカが「やけに素直ね?」と呟くとベルトアが「ユリ殿が…」と樹海までの道中にあった事を説明する。
ユリの特別教育はセルビオだけでなくモニカでさえ受けた恐怖の教育なのだ。それを知ったモニカはセルビオを見て労いの言葉をかける。
「お疲れさま…」
「ああ…生きてるのが不思議なくらいだ…」
「「はぁ〜」」
二人してため息を漏らすのを他の者はどうしたのかと思うが、先ほど魔獣から逃げていたマチコフがセルビオに話しかける。
「すまないが、私も処理を手伝いたい…冒険者ではないが、ケイやナカジマと同じ転移者なのである程度は戦える」
「そうか、なら――」
「――いや、マチコフっていったか?それは無理だ」
「そうだな、元冒険者ならまだしも今のマチコフさんには居てもらっては足手まといだ…」
セルビオが返事を返す言葉に被せてケイとナカジマがその申し出を拒否する。
「わ、私は元ロシ――」
「――地球の軍人をバカにはしていない。それだけ魔獣は危険だ…見に感じたはずだが?」
「マチコフはモニカ達と後退してくれ。状況は把握出来た…あとは彼女のそばにいてやれ…」
転移者は転移者が説得した方が良い、と昔から言われていることだ。ケイとナカジマに説得されたマチコフは、セルビオに「失礼した」と謝罪をしてから、すでにサクラを回収していたモニカの元へやって来る。
「護衛…にはならないがお供させていただきます」
「転移者の護衛なら安心だよ♪お父さんよりは格段に弱そうだけどね!」
「サクラ…減らず口を叩いてるとここに埋め戻すわよ?」
マチコフが合流して歩き出すモニカは、サクラの失礼すぎる物言いに釘をさす。
ラテラも「本音と建前ですよ〜?」とサクラの性格を知っているようで軽めに注意した。
「ごめーん」
「いや、大丈夫だ…」
サクラがマチコフに謝ったところでセルビオ達を残しモニカ達は後退する。
道中マチコフが「サクラ殿は私が…」とモニカに言ったが、モニカは「彼氏が嫉妬するから…」とサクラをおちょくりながら申し出を断った。
捜索隊の所まで戻るとすでに天幕類は集積されいつでも移動が出来る状態にはなっていたが、そこにはシネラを拐ったダクナマグナを追っていたユリがマルちゃんと伴に引き返してきていた。
「ユリさん!?」
「うわー!」
「うおっ!?」
ユリが居るのを確認したモニカはサクラをマチコフに放り投げて一目散にユリの元へ向かった。
ユリの元へ着くやいなやモニカは無言で抱きつく。
「モニカ…」
ユリはモニカが抱きつき何も言わないの理由をよくわかっているようで、ただモニカの頭を撫でるだけでユリも何も言わない。
ベスが「子供かよ」とモニカをバカにしたところでヘクタが言葉を切り出す。
「シネラは無事なようだから予定を切り上げて移動を開始する。装備品と最低限の食糧を各人点検しだい移動だ…」
「ちょっと、セルビオ達が――」
「――セルビオ達には遅延行動をしろと言ってある。今は講習組や負傷者を安全な所まで行かせる方が優先だ」
モニカの話をわかっているとばかりに言うヘクタだが、モニカはそうではないと言いたがった。
しかし、さすがサクラである。マチコフの肩に担がれながら「魔獣は虫の息だよー!」と、サザクの決め台詞を木っ端微塵に粉砕した。
「……」
「…なのよ」
脅威が無くなっただけでなくヘクタ自身の自尊心さえ無くなってしまった。
まあ、こんなことでやる気を失う捜索隊隊長ではない。ヘクタは一つため息をつくと改めて指示を飛ばす。
「セルビオ達の援護に、ユリさん、ベス、カンターナさんの三名で向かってくれ…」
「はい」
「あいよ!」
「うげぇ〜」
ヘクタの指示にユリとカンターナは了承するが、その二人のことが苦手なベスは嫌な顔をする。
カンターナが「行くよ!」とベスを軽々と担いでユリと共に去っていった。
「残りはさっきの指示通りだ。サクラはムハウが対処しといてくれ」
「わかった」
転移者のムハウがサクラに魔法をかける。
担がれていたサクラはフワフワとだらしなく浮かびムハウの近くで停止した。
「だらだらしないの…」
「したくてしてないから!」
ムハウが使う魔法は重力を操る土魔法だ。
普通なら浮かぶということは空高くまで飛ばされてしまうが、ムハウの繊細な魔力操作により今の位置をキープしている。
「悪いねムハウ〜」
「相変わらずだな…これもパーティー仲間のナカジマのためだ、気にするな」
「も、もうっ!」
ナカジマの名を出されて赤面するサクラ。
つかの間の笑みが皆にこぼれる最中、緊張が少しだけ緩んだ捜索隊に火急の知らせが届く。
「ヘクターー!」
ヘクタを呼ぶ声は空からだ。
ダクナマグナの襲撃後に空から警戒を行っていたダズルートが急降下して地面に着地する。
「どうしたダズルート!」
「北西の方でガルデア軍とおもわれるもの達と数十体の魔獣との戦闘が始まった。なぜガルデア軍が居るかは知らんが、まず勝ち目がないだろう…」
「挟まれたか…」
ダズルートは見たままの事を話す。
北西部はヘクタ達捜索隊が移動する予定であった方向だ。ガルデア軍がいる事にも驚いたヘクタだが、今まさに自分達が魔獣に包囲されている事を実感している。
ダズルートの報告に、次の行動を決めかねるヘクタへモニカが訊ねる。
「どうするの?たぶんガルデア軍はマリアの保護が目的なはずよ」
「…かもしれんが…今行けば魔獣との交戦は避けられん。しかもモニカもだが、今の戦力では移動するだけで精一杯だ…」
確かにそうだと思うモニカ。
今まさに戦力は欠けすぎている。だからといって先ほど虫の息になった魔獣に舐めてかかればセルビオ達が死んでしまう。
しかし、ガルデア軍には1体ならまだしも数十体もの魔獣討伐は荷が重い。
魔獣討伐の先任者は冒険者達だ。ここでじっとしていてもガルデア軍の被害が拡大するだけで魔獣が減る訳ではない。
ヘクタは決断する。モニカに目で訴えモニカの頷きを確認すると全体に向けて再度指示を飛ばす。
「前衛にB級!そのあとを講習組からなるサザクを班長とした支援班!後衛にラテラを長とした負傷者が続く…殿はセルビオパーティーのキャミーとマークだ!」
「「「了解!」」」
「「「はい!」」」
指示を受けた捜索隊面々は急ぎで編隊を整える。
一方講習組は…
「ガルデア軍ですー!?」
マリアはサザクからの説明に、自分の鞄を背負いながら驚く。
講習組の皆がそこまで驚いていないので心底目立ってしまったが、もうマリアはここにいる先輩冒険者達のあいだでは周知された人物なのでサザクが受講者達に説明する。
「えー、マリアがー!?」
「マジか…」
マリアが貴族令嬢なのと、あのフォール一族だということが納得できないでいる受講者達。
まあ、それはしょうがない事だがサザクは今後の行動を指示する。
「B級が魔獣と交戦中は猛獣の討伐を俺達が行う。各二人一組で――」
「――アドラスさんがいないよ〜?」
タマが説明中のサザクにアドラスがいないことを告げる。
サザクもその事に今気づいたらしく辺りを見渡すがアドラスの姿は見当たらない。
ふとサザクは日が変わる前にアドラスから言われた事を思いだした。
「マーニさんがだったか…」
「え、マーニ?」
呟いたつもりがタマには聞こえていたようで聞き返される。
「アドラスさんはマーニさんの迎えだ。日ノ出には戻ると言っていたから大丈夫…」
「そうなんだぁ〜」
その言葉に納得したタマはトコトコとマリアの元へ行ってしまった。いまだに貴族令嬢と信じてもらえないマリアを助けてあげるためだ。
「品が…ない」
とはダイナの言葉だ。
的を得た言葉にマリアの隣に来たタマは苦笑いを浮かべる。
「やる気になればできるですー!」
「豚の食事会なのに〜?」
マリアが異を唱えるも、こんどはモビナが痛い所をつつく。それに対しても「やる気ですー!」とマリアは言うが、もう鼬ごっこになりそうなのでタマが止めに入った。
「マリア、日頃の行いだから諦めよ?シネラ姉にも『常に人に見られてもいい様な行動をする』って、口酸っぱく言われてたじゃん…」
「です〜…」
タマに諭されたマリアはしょんぼりとしながら下を向く。
目には涙を浮かべ、小声で「シネラ姉…」と呟いた。
今シネラは居ない。自分達が警戒任務中にダクナマグナに連れ去られてしまったが、ユリからは無事だとしか聞かなかった。
マリアは、本当は自分が貴族だということをよりも、大好きなシネラことが心配でしょうがないのだ。
それはタマもわかっている。タマは「大丈夫。シネラ姉ならきっと…」とマリアの右肩を擦りながら自分にも言い聞かせるように言った。
他の受講者達もシネラの事を心配しているようで、先ほどの会話など忘れて皆うつ向いてしまう。
冒険者に成りたての受講者達は気持ちの整理や切り替えなどはまだうまくできない。
その受講者達を先輩冒険者達はただ見守るだけで発破かけたり同情したりはしない。もし、最悪の事態がシネラを襲ったとしても今の状況で悲しみには暮れられない事をわかっている先輩達は、受講者自らが乗り越えるしかないことを知っている。
「準備は出来たか!」
隊長のヘクタから出発前の号令が飛ぶ。
準備が出来ていない講習組に前衛のネミリがやって来て班長のサザクとコリスを急かす。
「二人して何してんだい!しっかり指示しないと…」
教官二人を急しながら受講者達を見るネミリは、泣いているマリアに目が行き「もう〜」と困ったように言葉を漏らしながらマリアに近づいた。
「マリア…準備はできた?」
「…はい…です」
勿論ネミリもマリアに対して今以上の言葉をかけない。
ネミリはマリアの返事を聞くと黙って頭を撫でてから優しく抱き締めると前衛に戻っていった。
言葉は無くともネミリの優しさを感じたマリアは涙がたまる両目を擦り、タマが差し出したハンカチで鼻水拭う。
タマは「なんでチーンするかなぁ?」と愚痴を漏らすが顔は少し笑みがこぼれている。
「行くですー!」
吹っ切れた、とまでは行かないがマリアは大声で叫び、自ら進んで先頭を歩き出す。
ヘクタが「お前は中衛だろ…」とマリアの襟を掴んで引き戻す。
コリスが「すみませ〜ん!?」とマリアを引き取りに来て講習組の隊列が整うと、ヘクタから改めて号令が飛ぶ。
「行くぞ!」
「「「おー!」」」
北西部へ向けて移動を開始した捜索隊。
この時、捜索隊はおろかガルデア軍ですら予想だにしない事が日ノ出と共に本来の姿に目覚めようとしていた。
それは、ガルデア軍に合流した捜索隊や、Sランク魔獣の駆除を終えて後から合流したユリ達をも驚愕するものだった。




