39話:精技の代償
覚醒が使えなくなるまであと7分…
モニカは巨大過ぎる魔獣の攻撃をかわすことで精一杯、サクラはなんとか魔獣の背中に魔剣カルフレアを突き刺そうとするが…
「固すぎる!ちっ…くそ、まただよ!」
魔獣は背中にも目が有るのか4本の腕を背中に回し、サクラを払い除けようとデタラメに腕を振り回す。
それを避けようとサクラは大樹の枝に飛び移り、魔獣は腕を鞭の様に振り回しサクラが飛び移った大樹をなぎ倒す。
「サクラー!」
魔獣の猛攻がサクラに移り、機会を窺っていたモニカが叫ぶ。
轟音とともにサクラが居た枝から上は吹き飛び、粉々になった大樹がモニカに降り注ぐ。
『ガアァァアーー!』
「やかましい吠えかたね、黙りな…っさい!」
次はお前だと言わんばかり吠える魔獣にモニカは斬撃を飛ばす。
斬撃は魔獣の頭部に当たるが効いていない、しかも当たった所から2枚の肥大した鱗がまるでダンジョントラップの様にモニカに飛んでくる。
「はっ!やっ!」
難なく避けるモニカ、周りにはすでに20枚ほどの魔獣の鱗が地面に刺さっている。
すでに飛んできた鱗はサクラが魔法を使うために先んじて攻撃をしていたモニカが反撃に合ったものだが、今サクラの姿は見えない。
魔獣の攻撃は続く…4本の腕をモニカに向かって打ち付けるように振り下ろす。
モニカは斬撃を放ちつつ魔獣から大きく距離を取る。
「サクラ、これじゃ足止めにもならない!さっさとカルフレアをぶっ込んでやりなさい!」
何処に吹き飛ばされたのか解らないサクラに怒鳴る様に叫ぶモニカ。距離を取ったはずが魔獣はすでにモニカの前まで迫りくる。
モニカは剣を腰の位置で構え気を練り上げ深く息を吸うと地面を蹴って魔獣の頭部付近まで跳躍する。
モニカの跳躍は魔獣をも越え空から魔獣を見下ろす形になる。
「デカイ頭に突き刺してあげる…」
上昇から一転、重力に引っ張られるままモニカは降下を始め、剣を重り代りに頭の上で突き上げた形で落下する。
魔獣が腕を伸ばし捕まえようとするが、モニカは身体を回転させそれをかわす。
モニカを捕まえられない魔獣は大きな口を開き待ち構える。
魔獣が口を開けたと同時にモニカは「やっぱりね…」と呟き全身を使ってさらに回転し始める。
「大車輪・蕾ーー!」
モニカの攻撃は魔獣の左頬から喉元まで切り裂く。
間髪入れずにモニカは魔獣の腕を足場にして右側に移動し反対側の頬を削ぎ落とす。
『アヴァアアーー!?』
如何にSランクの魔獣と言えど関節部は脆い。
モニカは地面に着地するやいなやサクラを探す。
「サクラ!」
「いちち…マジ化けもんだよ、モニカ…」
飛ばされた先の地面に仰向けになっていたサクラは今の戦いを見て感想を言う。
モニカは「さっさと炎檻を使いなさい」と無理矢理サクラを立たせる。
「固いんだって!」
「口を狙いなさいよ!今しかチャンスは無いのよ!?」
「範囲外だよ!胴体部に刺さないと動きを止められない!」
サクラは反論するが、モニカには考えがありそれを伝える。
「腕までは効果範囲でしょ、あのうるさい腕さえ黙ればあとはダイシザクで切り落とすわ…」
「……解った、刺してる間は動けないしあと4分で覚醒が切れる…」
「1本1分で落とす…」
二人は悶え苦しむ魔獣を見て合図も無しに地面を蹴る。
サクラは大樹を足場にして跳躍し暴れ狂う魔獣の頭部にしがみつく。
「ウザいっな!暴れるなよ…」
太い毛に掴まりながらモニカが切り落とした右頬に向かう。
だが魔獣はサクラを待ち構えていたとばかりに素早く頭部を右振った。
「…嘘でしょ」
下で待機していたモニカの目に映ったのは、魔獣の口に飲み込まれて姿を消したサクラだった。
満足そうな雰囲気の魔獣に殺気を放つモニカだが、魔獣は次第に表情を変え、牙の隙間から赤い炎が立ち込める。
それを見たモニカは「まったくもぉ…」と呟き安堵した。
「…ダイシザク」
モニカは右の二の腕に手を当てて名を唱えると右腕は発光し始め、肘から先が碧水の様な色の刀身へと変わる。
肩と二の腕の境から蒸気が発生したのを合図に、モニカは苦悶の表情を浮かべながら袖ごと右腕を引き抜いく。
引き抜いたと同時に二の腕の部分は柄に変わり、左手だけで先ほどまで使用していた剣の三倍はあろうかと思うほど剣を構える。
「恐れ魔獣よ…ダイシザク(打威刺挫苦)、参る!」
魔獣はすでに腕まではサクラのカルフレアで動きを封じられている。
あとは足を払うのみ、モニカはダイシザクを横凪ぎで振り抜き剣先を後ろへ回すと一気に体制を低くして後ろに回したダイシザクを鞭の様に振り魔獣の左足の付け根に叩き込む。
モニカの斬撃は固い鱗をものともせずに左足を両断した。
「一本目ぇーー!!」
人が変わった様に叫ぶモニカ。
ダイシザクは魔道具でも剣や武器でもない…これはモニカの願いから生まれ、右腕を媒体とした風精霊の具現化なのだ。
「二本えぇーー!」
刀身が巨大な拳に変わり魔獣の右足を一撃で跳ねあげ、膝らしき関節部から下が粉々に吹き飛び魔獣の肉片が辺りに飛散する。
「なあーー!?うでっ!」
両前足を失いバランスを崩した魔獣は前のめりで地面に倒れこみ、その拍子で魔獣の口の中からサクラが放り出された。
倒れた隙を見逃さず、モニカは後ろ足を今度は巨大な槍に変化したダイシザクで二本同時に串刺しにする。
「むちゃくちゃじゃん……」
8分が過ぎ覚醒が切れたサクラがその圧倒的な力に呆れた様に呟く。
戦う前は弱気な発言だったモニカだったが、蓋を開ければほぼ独りで魔獣を追い詰めている。
サクラは仰向けのまま「なにが足止めだよぉ〜」とモニカを横目で観察しながら言い、モニカは串刺しにした槍を強引に引っ張り抜いている。
「4本めっ…くっ!?」
槍を抜いた途端にモニカの背後から腕が現れモニカを掴む。
「モニカ!?」
サクラはなんとか立ち上がろうとするが使用後の反動で動けない。
幸いな事はカルフレアによって魔獣の口は原型を失い下顎から喉元までが焼け落ちている事だ。
渾身の力を振り絞りサクラはカルフレアに魔力を注ぐ。
「翔べ、炎帰!」
その言葉とともに魔剣カルフレアは炎に包まれ魔獣の頭部へ突き刺さる。そしてそのまま魔獣を炎が包み込み、モニカを掴んでいた腕も使いカルフレアを抜こうともがき苦しむ。
「助かったわサクラ!」
「それはどうも〜…」
無事脱出できたモニカが駆け寄りながら言う。しかしサクラはどこか上の空で少しだけふて腐れている。
「…打ち直せばいいじゃない?」
「はぁ〜、またお父さんに怒られるよ……」
ふて腐れている理由は魔剣カルフレアの最終状態変化の炎帰にある…その名の通り刀身を炎へ変化させ柄以外が燃え尽きるまで炎を出し続ける諸刃の剣なのだ。
柄さえ残っていれば新に同じ素材で直せるのだが、これがまた値が張るのだ。
「お金なら貸すわよ?」
「…家一軒買えるし、返せないかもだからいい…あー、お父さんに土下座して頼もー…」
「まあ頑張って…とりあえずカルフレアはいつまで燃え続けるの?」
「他人事だとー…はぁ〜ぁ、あと5分くらいは大丈夫、セルビオやスグりん達ももうすぐ来るみたい」
モニカはサクラを担いで暴れる魔獣から遠ざかり、セルビオ達が来るであろう方向に向かう。
左肩にサクラを担いでいるのを見ると脱出時に戻した右腕はまだ感覚が戻っていないようだ。
あれだけ担ぐのを拒んでいたモニカだが、先ほどサクラに助けられた恩と魔剣カルフレアをダメにしてしまった少しばかりの罪悪感があるので、あのまま放置するのは忍びないと思ったのだろう。
担がれたサクラは「優しいじゃーん♪」や「嫌がってたくせに〜♪」と反動で唯一動く減らず口を叩きながらモニカの耳元で話す。
モニカは「はいはい…」と空返事で黙々と歩き続け、大分距離が離れた所でサクラを肩から滑り落とす。
「ゲフッ!?…やっぱり優しくない!」
「おあいにく様…暫くは死んだ振りをしていなさい…」
「うぎぃ〜、ちょっ、なっ、もう!人を物みたいに詰め込むなー!」
モニカは無言で大樹の根の隙間にサクラを詰める。嫌がるサクラは抵抗すら出来ずにスッポリと隙間に収まった。
横向きで収まるサクラは「おかしい!この向きおかしいよ!?」と主張するが、モニカはニコリと笑いかけてその場から離れた。
モニカはサクラとは逆の木の根に腰掛け、未だ感覚の戻らない右腕を擦る。
ダイシザクは風精霊に身体の一部を提供し精霊達が具現化した姿であり、魔力や気力を使わずに精霊達の力のみが発揮される精技と言うものだ。
本来ならすぐに感覚が戻るはずが戻らない違和感…モニカは何が原因なのかを思考する。
「あれは無い、そうすると呪いの類い…違うわね…」
ダイシザク使用してから右腕が元に戻るまでの間には何らおかしな点は無い。
モニカはもしやと思い魔眼を発動させ右腕を覗き見る。
魔眼を通して見た自分の右腕は鎖が巻き付き精霊文字でこう書かれている。
「背約の鎖…」
モニカは悪寒が走る。何故ならば精霊約定を犯した者又は精霊に、精霊王が約定保護の名目で罰を与えるため目印として付ける鎖が自分の右腕に巻き付いているのだ。
しかも約定と言ってもたった1つの決まりしかない。
それは…
『精霊界の調和のため、精霊同士の争いを禁じる。
これを破る者は、王自らその罪を裁く』
と、伝承では伝わっている。
伝わっていると言ったのは、これを知るのは精霊と交信が出来るエルフしかいないので、人間は元より獣人にはエルフ族から教えてもうか、それを知る人間から聞いているからだ。
だがモニカが驚いているのはそれだけではない…
「あの魔獣は…精霊だってことなの!?」
精霊約定に当てはまるにはそれしかない、ありえない事だとだと思いつつも離れた所で悶え苦しむ魔獣を魔眼で見る。
隅々まで観察しながら頭部である反応を確認できた。
モニカに切り落とされた両頬が無くともその魔獣の頭部だけがモニカが知っている精霊と瓜二つだった。
「精獣レヒウルナ…」
"精獣レヒウルナ"、レヒとは高位獣をさしウルナとはウルフ系の祖先"ウルフナーバ"をさす。
ウルフ系の中から世代交代制で突然変異で現れる猛獣であるが、その変異体のウルフナーバは人語を話しまた人に変身出来ると言われており、数百年前エルフ族が精霊王から正式に精霊に昇精すると御言葉を賜ったらしい。
しかし何故精獣レヒウルナが魔獣に成り果ててしまったのか。
「モニカー!」
セルビオの声が聞こえてきた。モニカは魔眼を解きセルビオに「遅い!」と一喝する。
モニカはセルビオ達が近づく気配を感じながら魔獣の方を監視し精獣が魔獣になった経緯を思考する。
「…意味が解らないわ…」
精獣が魔獣成るなど聞いた事がないモニカは考えるのを止め、それを知る人物とセルビオ達がやっとモニカの元へ合流する。
合流メンバーは覚醒者5名、セルビオ、ナカジマ、ケイ、スー、ベルトア、ラテラ、それとエルフのラテラ、結界魔法士のワードゥルファーと先ほど魔獣から逃げていた協会員のマチコフだ。
まだ覚醒者は他にもいるらしいが、本陣の守りもあるのでこのメンバーで来たとセルビオが説明する。
「ラテラ、これを見て…」
モニカが右腕を左手で差し出しラテラに見せる。
それを見たラテラは顔を青ざめ震え出す。
「せ、精霊王の鎖…約定を破ったのですか!――」
「――わざとじゃ無いわよ、まさかレヒウルナが魔獣に成ってるなんて誰も知らないし…」
モニカの言葉にマチコフが反応する。
「す、すみません…」
「…何が、ですか?」
急に謝るマチコフにモニカは不思議がる。
「あの魔獣は森に住む猛獣を喰らいあそこまで巨大に成りました。最初は私の仲間が喰われそこから計8体もの猛獣が取り込まれました。その中には、私達を逃がそうと魔獣に立ち向かった言葉を話す狼もいます…」
「マチコフさん?でしたか…ご報告感謝します。こればかりはしょうがなかった事です、気にしないでください…」
「…モニカ」
マチコフの説明に苛立つ事もなく返すモニカ。セルビオは一瞬の殺気を見逃さなかったが、モニカが自分で怒りを収めた事に安堵した。