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34話:急変…

 交易都市ダリシア・国際転移者協会本部…

転移者情報管理班の班長であるジョゼフ・コーナーは、結晶石で出来ているモニターを見つめ涙を流す。


「ダニエル…」


モニターには『ロスト』と、ラトゥールの人語で表示されたダニエルの情報が映し出されており、他にも6名のロストが表示されている。


「……班長」

「…ジョーさん」


部下のユウジとレナも悲しみの表情で班長であるジョゼフを見る。


「だから言ったんだ!魔獣なんて冒険者にやらせろと……ダニエルが魔獣に勝てないのは目に見えていた!あいつは…クソッ!」


机を叩きながらダニエルの死を、悔しさをそこにぶつける。

すでに右拳からは血が噴き出していた。


「班長!?抑えてください!ダニエルは自ら志願したんです。それ以上は、彼への冒涜です!?」


「…わかってる……マルヤマさんが、あんなに必死に頭を下げるのを見たら…誰だって、手を貸したくなる……」


ユウジに言われ、ジョゼフは椅子に座りながら言う。


死んでしまったダニエルや、アドラスとナナイに合流した転移者達はマルヤマに懇願され任務を引き受けた者達で、あの場にいたアドラスとマーニ以外は冒険者ではないが、『三日月』という組織に属している。

この三日月という組織、実は転移者と近親者のみで構成された諜報機関で、国際転移者協会の裏の顔とも呼べる組織だ。


勿論、今いる彼らも諜報機関である三日月の機関員であり、転移者達の位置情報や安否、任務内容の伝達などの支援を担当している。

そして、いましがたロストしたダニエルもこの班の班員だった。


いつの間にかレナも涙を流している。

ユウジは涙を流す事は無い…だがユウジは、ダニエルと一番長く付き合ってきた仲であり、戦友でもあった…


「俺は今から、情報要員で樹海に向かいます……ダニエルの代わりが居ないと、他の者に情報を飛ばせません!」


「ダメだ!!レナ、ユウジを止めろ!?」

「まってユウジ!?」


情報管理室を出ていこうとするユウジをレナが止める。

止められたユウジも、ジョゼフが止めた理由を知っている。


「理事会の決定に歯向かえば…反乱者として裁かれる……」


「わかってます…でも!――」

「ユウジ!」


班長であるジョゼフに掴みかかろうとするユウジをレナが止める。


「…まずは、俺が情況を説明してくる……話しはそれからだ…」


「…はい…」


そう言うとジョゼフは部屋を出ていき、レナはユウジを管理モニターの前の椅子に座らせる。


「感情的になっちゃダメだよユウジ…」


「ごめん……ブライトもファイザもダニエルも死んだ……クソッ!…なんで…」


ユウジはロストした情報管理班の仲間の名前を呼ぶ。

モニターを見ると、ブライトのロスト表示が1日前、ファイザのロストが6時間前、そしてダニエルが5分前と表示されていた……




「――私に行かせてください!情報が無ければ、早く対処しなければ機関員達は魔獣にやられてしまう!」


「下がれコーナー班長…これ以上は関与してはなんらん…」


大理事会室で理事達に向け説明するジョゼフだが、ほとんどの理事達は静観を決め込み、臨時理事会の裁決を下した議長の言葉を当然とばかりに頷いている。


「フォール理事長!何とか、何とか行かせてください!?」


その場に土下座をして何とか承認を得ようとするジョゼフに、理事長のルーは切り捨てた様にいった。


「仕事に戻りなさいコーナー班長…決定は覆らないわ、組織に属しているならば場をわきまえなさい…」


ルーの言葉に怒りすら込み上げてくるジョゼフだが、立ち上がると一言発することもなく部屋を出ていった。

ジョゼフが出ていくと理事達は口々に罵り始める。


「なんだアイツは!」

「コーナーも堕ちたな、奴はダメだ」

「臨時の配置変換をするかの」


「反乱者として処罰もあり得る…」

「それはやり過ぎだな…配置変換でいいだろう」


各々が意見を言う中、理事長のルーはすぐさま席を立ち部屋をでた。

先ほど出ていったジョゼフを追うように廊下を走り、ジョゼフの背中に激突する。


「うばーー!」

「ぐはっ!?」


激突されたジョゼフは盛大にスッ転び、ルーは上手く着地した。


「いてて…フォール理事長!?」


ジョゼフは顔を擦りながらルーを見ると驚いていた。

そんなジョゼフにルーは偉そうに両手を腰に当てて言う。


「ジョゼフ、面をかすのよ!」


「面をって……」


困惑するジョゼフにルーは「いいから来い!」と言い、階段を登っていく。

着いたのは理事会第35席室と書かれた部屋の前だ。


「…入れ」


ルーは扉を開けながら入室するようジョゼフを促す。

勿論、理事達は会議中なので部屋の主は居らず、部屋に居るのはルーとジョゼフだけだ。


「…さてと」


ルーは勝手に椅子に座りながらジョゼフに話し始める。


「行くなら冒険者を付けていきなさい。たぶん行くのはー……ユウジ、でしょ?」


「え、あ…そうですが…先ほどの――」


ジョゼフの問いにルーは「おだまり!」と理不尽なことを言う。

自分から質問したくせに…


「あれは方便でしょ〜?いま大変なのは、私だってわかってるんですからー」


ルーは偉そうに…実際偉いのでしょうがないが、ジョゼフはその言葉を素直には信じられない。


「しかし、臨時決議は否決で――」


信じようとしないジョゼフの発言にルーは説明を被せる。


「――否決は否決、それは覆らない…理事長からのお使いを頼みたいの…」


「お使い……!」

「ああ〜疲れた〜………う゛ぇ!?」


調度いい場面で調度よく入ってきたのは、この部屋の主で理事会第35席のカナ・マルヤマだ。


「何してるんですかルーさん!?それに…えっ、コーナー班長?」


「遅いよカナちゃ〜ん!」

「す…すみません、お邪魔してます…」


ナカメロに手を降りながら声をかけるルーと、恐縮ぎみにお辞儀をするジョゼフにカナメロは目を擦りながら混乱している。


「え〜…ルーさんがいてー…コーナー班長もー……私は夜中に理事会召集で〜……はいぃ?」


カナメロは本気マジ)で眠い…ジョゼフがルーに直談判をして、ルーが深夜に理事会を召集し、先ほど理事達が静観をしていた様に見えたのも、それは皆がカナメロと同じく眠かったためだ。


頭がスッキリしないカナメロへ、ルーは追い討ちをかける様に言う。


「カナちゃん、今から亜号飛ばしてくれる?」


「……へ?」


間抜けな返事を返すカナメロ。


亜号とは協会が密かに開発した小型飛空挺よりもさらに小型の飛空挺で、開発コード『亜号』正式名はまだ付いていない二人乗りの飛空挺である。


勿論カナメロも亜号の事は知っているが、亜号を飛ばせといきなり言われても、お眠のカナメロにはルーの言葉が理解できていない。


「アゴを殴れと?…誰のですか?コサカイ理事ですか?」


「違う違う!?亜号を操縦して欲しいのー!」


カナメロは亜号をアゴと解釈し、飛ばすをぶっ飛ばすの略だと思った様だ。

コサカイ理事とはカナメロが大嫌いな理事会第16席の頭の硬いクソ理事の事である…


勘違い…聞き間違えるカナメロに、ルーはしっかりとした口調で話す。

そこでやっとカナメロは理解できたようで、両手を叩いて「あれを操縦していいの!」と嬉しそうにはしゃぎだした。


「やったねー!お父さんに自慢出来る〜♪」


「カナちゃんカナちゃん!?」


喜ぶカナメロにまだ何か言いたそうにルーが名前を呼ぶ。

カナメロは小躍りしながらルーに向き直る。


「白黄樹海に行って欲しいの…」


ルーの一言に、小躍りをしていたカナメロは停止する。

なぜが肩を落としたカナメロは呟く様に言った。


「お父さんにメロディアン取られちゃうじゃん…」


すでに亜号は自分の所有物だと言わんばかりに、メロディアンと何処かの某タイムマシーンと似た名前を付けていたカナメロ…

取られると言っているが亜号は協会の物で、カナメロのオモチャではない。


「取られないから〜、管理班のユウジを乗せて今すぐ飛んでちょうだい?」


「わかった!……?コーナー班長が行くんじゃないの?」


カナメロをなだめて指示をするルー…

カナメロは先ほどの理事会である程度は事情を把握(半分は理解できたらしい)しているのですぐに理解したが、ユウジと聞いてジョゼフは?と思った様だ。


「すみません…先ほどの説明は、ウソと言いますか…可決されれば――」

「――コーナー班長の説明は無し…そう言うことだから……カナちゃん?…カーナー!」


「……ほへ?」


いまだ寝ぼけ眼なカナメロはジョゼフの話を右から左へと、という感じだ…

あれだけはしゃぎながら喜んでいたのに、もう眠気に襲われているカナメロにルーが呼びかけ揺すり起こす。


「ほへ、じゃないくてお使いね?お・つ・か・い……意味わかってる?」


「……」


いまにも眠ってしまいそうなカナメロに、ルーが話しかけるも返事はない。

ジョゼフも恐る恐るカナメロの顔のに手を差し出し上下に振る。


「…理事長…寝てます」


「はぁ〜、とりあえず行きましょうかぁ…」


カナメロが完全に寝ていることを確認したルーは「よっこいしょうきちさん…」と言いながら立ち上がると、カナを魔法で浮かばせて運んでいく。


「マルヤマ理事は大丈夫なんですか?」


「ああ〜乗せれば何とかなるよ〜♪私達は東棟に居るから…ジョゼフは、ユウジを呼んできて…」


ジョゼフの問いに答えたルーはあっけからんと言って退ける。

カナメロはマルヤマの娘だ…操縦を握ればなんとやらだ。


「…わかりました。ユウジを連れてきます…」


少し腑に落ちないジョゼフだったが、理事長が大丈夫と言うのだから大丈夫なんだろうと思い、カナメロの部屋を後にした。


「あっ!一つ忘れ……まっいいか…」


ジョゼフの後ろ姿が見えなくなってから大事な事を思い出したルーだったが、いい忘れた事によりユウジが大変な目に合うことを先にお伝えしておく……





 ピィーーーー!


暗闇に鳴り響く警笛音…敵との遭遇を示す単発の長い笛の音は、捜索隊と講習組の緊張を最大限に高めた。


「信号弾じゃない!警笛だと!?」

「いつの間に入り込んだんだ!」


隊長のヘクタと、交代で仮眠を取っていたベスが警笛音が鳴った方を目を凝らして監察する。


信号弾は前哨班が、警笛は陣1000メール内を警戒する警戒班が使用するもので、通常なら信号弾を確認後、警戒班が警笛を鳴らし、そのタイムラグから敵の移動と進行方向を本隊に伝える役割を持つ。

通常なら通信魔道具を使用するのだが、ここは白黄樹海で魔道具の使用が出来ない上に、魔法も本来の力を発しない。


「…魔獣にしては静過ぎる…」

「だがヤバイぜ?こんな圧力のある気はユリさん以来だ……気を纏えない受講者はどうする?下がらせるか…」


警笛後の樹海は不気味な静寂に包まれている。

しかし、ヘクタとベスの前方からは、上級者として肌に感じ取れるくらいの圧倒的な気の圧力が本陣まで届いている。


「すでにユリさんが動いている…」

「そうかい、さすがだわ……ヤバかったらユリさんに任せるかぁ」


前方を監察しながら二人は気を練り上げる。

二人は魔法をあまり使えない、その代わりに闘気と呼ばれる気を操り、自身の身体能力を最大限に上げる術を身に付けている。


「ユリさんを頼り過ぎるな…ここが跡形も無く吹き飛ばされる……一定の魔法量を越える魔法は周りを巻き込む…ユリさんでさえわかっているはずだ」


「…へいへい」


全身に気を纏ったヘクタがベスに小言を言う。

白黄樹海は魔道具と魔法の使用が困難なのは周知の話しだが、それでも魔法を使える化けも…ラトゥールでは到達者と呼ばれる者達がいる。

到達者とは魔力磁場の影響を受けず、磁場の影響する魔法(上級魔法)以上の魔法を発動出来る者のことで、魔法士でいう聖級魔法士のことをさす。

勿論、聖級魔法士でも下位魔法を使えば発動しない…


無駄口を叩いている二人の前に、警戒班で視認された警戒対象がゆっくりとした足取りでやってくる。

その周りをナカジマ班が取り囲み、皆武器を警戒対象に向けている。


「人…ケ!?……」

「あ…あいつぁ〜ケイタか!?」


二人の前に現れたら人物…

ナカジマ班に取り囲まれた人物は捜索隊の捜索対象であるケイタだった。


「ヘクタ!こいつはケイタじゃない…シネラが言っていたダグナマグナだ!」

「シネラちゃんが憑依された冒険者って言っていたし、コイツが自分からダグナマグナって!」


ケイタに銃口を向けるナカジマと、大剣を振りかぶりながら話すモビナが言う。

いつ殺られてもおかしくないケイタは不敵に笑い、一歩前に足を進める。


「動くな!?」


『……』


動いた所をダイナが槍で牽制する。

ケイタは足を止めダイナを見ると笑顔で言った。


『出来の悪い緑竜種だなぁ〜♪魂がまだ幼すぎる、てめぇじゃ俺様には勝てねぇよ』


「な!?このー!」


ダイナは種族をバカにされ激昂する。

槍がケイタの首筋を捉えるが、ケイタは素手で剣先を掴み粉砕した。


「な!…」


「下がってろダイナ!…モビナも!コイツはケイタじゃない、魔獣なんだ…」


人とは思えない力を前に、ケイタはもう居ないと悟ったヘクタがダイナやモビナの受講者を下げる。


『弱ぇよ……つまんねぇな〜』


ケイタとは思えない態度に、ヘクタ以外の者も確信する。

コイツはダグナマグナ…ケイタはもう……






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