32話:頼れる人、その優しさに触れ…
――津波にのまれて『ああ、やっと死ねる…』と思ったの…
あの頃はずっと天井を見つめてた……しーちゃんがいなくなって、心と身体がバラバラで…無気力で…ずっと、死にたいと思ったてた。
地震の時に病院は崩れなくて、心のなかで何で壊れないの?潰れれば死ねたのに…って……」
シネラはあの時の想いを話す。
ユリは膝の上に乗せた両手を握りしめ、シネラの話しを聞いている。
「そんな矢先だった……放送で津波が来るって…私、久しぶりに動こうとした…筋力は衰えてるはずなのに一人で車イスに乗れたの……」
「……」
淡々と話すシネラ…ユリは目に涙を浮かべ、泣くのを堪えている。
「エレベーターは動いてない、なら海側の階段まで行けば……着いてから眺めた外は、見たこともない世界だった。
間違いなく死ねる…そう確信して!?――」
急にユリに抱き締めるられたシネラ…話し途中のシネラを強く抱き締めるユリは久しぶり涙を流したのか、涙声を出さずに大粒の涙を流している。
「ユリさん……大丈夫、今は死にたいなんて思ってないよ?」
辛い過去の話をさせたから同情されたと思ったシネラは、ユリを安心させようと言葉に出す。
だがユリは、抱き締めるシネラの顔を見て「違うの…」と言い、首を横に振った。
「…シネラちゃん……いえ、小咲ちゃん…」
「名前!?…私…えっ!?」
前世の名前を呼ばれたシネラは驚き、ユリは再度シネラを抱き締める。
「あの時…あの時助けてあげられなくて…ごめんなさい……また会えて、良かった……」
「ユ…ユリさん?」
シネラはユリが泣いている意味が解らない。
そして何故、自分の名前を知っているのかも…
「まだ小さい時に…よく風邪を拗らせて、注射が嫌いで…病院中に聞こえるくらい泣いてた…」
ユリはシネラから離れ、椅子に座り直す。
「小学校に上がって、嬉しそうにカバンを見せに来てくれた…」
まだ涙を流しながらシネラの頭を撫でるユリ…
「友達ができた…あれだけ嫌がってた注射をされても泣かなくなって、たまに会うと学校の話をしてくれて…」
ユリは目を擦り、微笑んでからその手でシネラの頬を撫でる。
シネラはいつの間にか涙を流していてそれをユリが拭う。
「中学生の制服はすごく似合ってた――」
「――ほそやさん!!」
ユリが話し終える前に今度はシネラからユリに抱きつく。
「小咲ちゃん…細谷ですよ…ふふ♪相変わらずなのね……」
名を間違えられても微笑むユリは、昔からシネラにほそやさんと呼ばれていた…それはユリの後輩が間違えたのを面白がり、以来ユリの事を「ほそやさん」と、わざと間違えて呼んでいる。
今のやり取りもずっと…
「ぐすん…ほぞやざ〜ん……ぐすっ……」
ユリの胸に顔を埋めながら泣いているシネラをユリは小さな背中をさすり、あやす様に呟いた。
「ほんとに……会えて良かった…」
シネラが泣き止んだ後、二人は互いに転移後の話をする。
「ノルンさんが?…なんかせっかちだね……」
「おかげさまで、街に着くまで怯えながら過ごしました。三日間も飲まず食わず…水はのみましたね……」
今はユリの話で、ノルンの説明が足らないせいで大変困ったと言っている。
ユリはだいぶノルンの事を恨んでおり、表情は少しだけ恐い…
「そんな風には…私の時は色々と教えてくれたのに……」
「マサアキもアドラスも…また、他の転移者達もノルンの事を好いてはいません…」
ユリはこう言うが、ノルンは多忙なので仕方がないのだ…勿論シネラもその事を知らない…
この先、二人がノルンの忙しさを知ることは無いが、だいぶそのうちわだかまりも融けるだろう…
「あっ!…それでねユリさん、ミリファナスがマリアの事でね、ホールドの持つ時空魔法の中でマリアに合うのは『えん』?だって言ってたけど、えんって何かわかる?」
「えんですか……今度ローレス様に聞いてみましょう」
怒りで殺気が漏れ出たユリを、シネラは話題を変える事で回避しようとし、それは功を奏した様だ…
「話を戻しますが、ノルンは事ある後とに転移者達へ――」
…功を奏せなかった…
それからのユリは、ノルンからの無茶ぶりの数々を話してくれたらしい…シネラの後日談より……
飯を食わねば何とやら…食事用の天幕(猛獣を匂いで寄らせないようにするため)で、シネラはユリと一緒に遅い夕食を取っている。
他にも警戒班が交代しながら食事に来ており、今は受講者を受け入れているサクラの班と前哨のスー班、それとベスも遅い夕食を取っていた。
「ベス師匠はまた手伝いしてたの?」
「まふぉでふぅー?」
話しかけるのはベスの前に居るのは弟子のタマで、ローテーションで最後に食事を割り振られたサクラ班にいたらしく、隣にはガツガツと音をたてながらブタの様に食事をする我らがバカ筆頭のマリアがいた。
「っ!?きたねぇなぁもー!…あぁまただわ…カンターナに捕まってよ〜、俺も警戒任務を割り振られたから無理っていってんのに、ヘクタがビビって俺を外しやがった…」
「またユリさんが見てるよ…マリア…」
「ギクッ!です〜…」
タマはマリアを肘で小突きながら教える。
小突かれたマリアは背筋を正し、ユリに習ったように上品な食べ方を今さらながら始めた。
「話し…聞いてるか?」
ベス師匠が答えてくれたのだが、タマもマリアも興味はシネラ達に移っており、ベスの存在は薄いものとかしている。
「何話してんのかな〜?」
「う〜ん〜です〜…何だか楽しそうですー♪」
笑顔の食卓と言うべきか、シネラはあれ以来話すことの無かった中学生最後の思い出をユリに話している。
卒業後の紫織の失踪の事は夕食前にすでに触れており、ユリはまた泣きそうなるがシネラが泣いていなかったので泣くのを我慢して聞いていた…
シネラが話している時にユリから見たシネラは、自身が死を望み運よく転生してしまったが、いまだに紫織の事を思い悩んでいて、その感情を見せまいとしている様に見えた。
だが、シネラは紫織達の思い出を語りたがる…
それをユリは、シネラが辛い過去を乗り越えたい、同郷であるユリに聞いて欲しいという思いが言葉の端々から伝わり、シネラの心の中で渦巻く不安の捌け口となり、こうして夕食をいただきながら会話をしている。
「ちーはね、のど自慢に出たがってたんだけど、その日は県のコンクールだったから行けなかったの…しかもダメ金で東北大会に行けなくて、ちーは自分のせいだって泣いちゃって――」
いつぶりだろうか…シネラは心に空いた穴を埋める様に思い出を語る…
卒業してからの約一年、ラトゥールに来てからも誰にも話したことのない思い出…
いつの間にか夕食を食べ終えたシネラのお皿はコップに変わり、注がれたミルクは少しだけ冷まされ猫舌なシネラのための気遣いがされている。
「――ちーがのど自慢で歌いたかった歌を、合唱部全員で音楽祭で歌ったの!出だしはちーのソロでね、みんな感動してた。ユリさんも来てたよね♪」
「ふふ♪…そうね、小咲ちゃんが指揮をしてたのも覚えていますよ」
終始笑顔のユリは、シネラの事を小咲と呼んでしまう。
その話し声を耳を立てて聞いていたサクラはいそいそと席を立ち、ユリ達の隣に座った。
「ねぇねぇ、小咲って名前は日本の名前かな?」
その言葉にギクッとするシネラ…
ユリは平然としながら答える。
「シネラちゃんが苗字が欲しいと言うので、小咲と言う苗字を二人で考えました…サクラもマルヤマという苗字をもっているでしょ?」
「へぇ〜、良かったねシネラちゃん♪」
「え?あ…うん♪今日から私は、シネラ・コサキです!」
シネラはユリの話しに乗る。
ユリはサクラを見るが納得した表情をしていない…
「……まだ何か?」
「ん〜……ちーとか合唱っもががっ!?」
ユリは魔法でサクラの口に土を突っ込み、サクラは涙目になりながら土を吐き出した。
「んべっ!ぺっぺっ…何すんのさ!?」
「お腹が空いていると思いまして…お味はいかがでしたか?」
「土の味だよ!」
そりゃまあ、そうだと思うが…文字通り口封じをしたユリは謝る気など更々ない…
「…忘れなさい、その土は差し上げます」
「要らないよ!?…なに?なんなの!?嫌がらせ?」
入口でサクラを待っていたタマとマリアは、ユリ達の会話に興味本意で入ってしまうとこうなるのかと思いながらその様子を眺めていた。
そして、そろそろ戻らなければまたナカジマに怒られてしまうのでサクラを呼ぶ。
「サクラさ〜ん!行くよー」
「ユリは怒ると小言が長いですー」
タマでさえこの場の雰囲気を読んでサクラを連れ出そうとしていたのに、一言余計なマリアはユリに睨まれて「怒ったですー!?」と叫びながら出ていった…
まだ文句を言い足りないサクラはユリとタマを交互に見て、苦虫を潰した様な顔をしながら言葉を吐き捨てる。
「ぐぐぐっ……覚えてな!後で絶対教えてもらうからね!?」
「はい、後ほど新たに美味しい土を差し上げます…」
ユリの返しにサクラは「ムキーー!」とい言いながらタマと去っていった。
ちなみにシネラは、ユリとサクラがやり合っている間にタマだけには簡単な説明をして、ついでにマリアへの言伝てを頼んでいた。
「タマが『了解〜』って…」
「…マリア様もタマみたいに素直だといいのですが…同じおバカでも、マリア様は弩級のバカですから……」
本当にマリアの侍女だったのかを疑う発言だが、ユリの言う弩級のバカとは読み書きや計算といった勉強をして習得する知能の良し悪しのことではなく、その場に応じた一成人としての振舞いのことであり、タマは勉強が出来ないバカで、マリアは振舞いというか行動そのものがバカさ加減を通り越している。
「…大変だったね…侍女…」
「大変でした……昨年までお寝しょをするくらいに…」
お寝しょと言う単語に耳をピクリとさせて反応するシネラは、タマに頼んだマリアへの伝言を思い出す…
『マリアのパンツをマルちゃんが全部かじっちゃったの…残りの着替え替えは1枚も無いから、今日は着替えないでね…』
…明日の出発は日の出からで、辺りは暗く今から洗うとなると重労働と言うかダイナがいればいいが、今ダイナは任務中で、他の者もそうでシネラは先ほどの会議中の件で除外された…
シネラの魔法は魔剣を介さないと使えないし微調整も出来ない。
ユリに洗濯をお願いしても良いのだが、ユリは全ての属性を使えてもシネラと同様に微調整が出来ないらしく、頼んでもマリアのパンツは塵とかすだろうから頼めない。
何故、マリアの替えのパンツが足りなくなったのか…それはモニカとユリのお仕置きのせいで本日の着替え回数は計4回、マルちゃんの涎でベトベトになったパンツは2枚…
4日間の講習で、不測の事態を想定してマリアの鞄に1枚余分に入れたシネラだが、あの夜の言い争いで懸念事項を忘れていた。
それはユリが言っていたお寝しょの件だ。
つい一週間前にマリアはお寝しょをして、何とか隠そうとしたが、シネラとタマが匂いで気づき、マリアは「ユリには言わないで欲しいです〜!?」と半泣きで懇願していたのだ…
勿論、優しいシネラ達はユリには言わなかったが、ここに来て懸念事項が再浮上してしまった。
「どうかしましたか?」
「う〜ん……よし!無かったことにしよう…」
「?」
悩んだ顔をするシネラにユリが訊ねるが、唸って考えて考えついたのは、考えることを止めて無かったことにすることだった……
「それは本当なのか?…」
「間違いない…我ら麒人族は、お互いを感じ合う事ができる。先ほどから一人だけ波長を感じなくなった…」
マールウルフの群れ(マルちゃんを除く)を安全な場所へ誘導し終え捜索隊の陣へ帰還したナナイは、三日月という謎の組織に所属しているアドラスと話しをしている。
「あとの同族に動きは?」
「無い…神殿で固まっている」
アドラスの問いに首を振り答えるナナイ、アドラスは険しい表情のままだ。
「動きは無いか……そいつは死んだのか?」
「死んだ。だんだんと薄くなる感じだった…初めて感じる…命が少しずつ無くなっていく感じだ…解るか?」
ナナイ自身もまだ情況を掴めていない様でアドラスに聞くが、麒人族でないアドラスが解るはずもなく、アドラスは首を横に振るだけだ。
「彼等は役無しの者だ…何のために神殿にいるのか確かめる必要がある…人手を借りたい」
「案内は…捜索隊と合流したから必要無いな。わかった…三人だけだが三日月の者を付ける…」
そう言うとアドラスは懐から魔法薬を取りだし何かを書き出し、その描かれた円は赤く淡い光を放つ。
「…着いてきてくれ」
アドラスが書いた円は転移陣だ…そしてアドラスは姿を消し、ナナイはアドラスの後を追う。
暗闇に光る転移陣はどこへ繋がっているのか…
三日月という組織とは、いったい……
3話ほど閑話を挟みます。
講習編の内容には関係の無い話です。




