31話:神託
白く無駄に広い空間…ただ、何も無い部屋と言うと、そうでもないようで…
「たまにはさぁ、紅茶以外も出してよね〜」
『文句を言うなです!?紅茶をその空間に送るだけでも大変なんです!』
シネラはセルフで空いたカップに紅茶を注ぎながら文句を言う。
声しか聞こえないが、ミリファナスの声の感じからご立腹のご様子だ。
「ふ〜ん…」
『もう!何をのんきに紅茶飲んでいるのですかです。本当に大変なんですよ!?…声を届けるだけでも大変なのにで――』
ミリファナスの苦労など関係ないシネラは紅茶をすする。
シネラからはミリファナスの姿は見えないが、ミリファナスは見えているようだ。
「――それは、ミリファナスが説明し忘れたからじゃん?…私、大泣きして損したんだけど」
『ぐっ…それは転移陣が――』
「――転移陣を間違えたのもミリファナスじゃん…説明し忘れた事を後付けで言わないの」
ミリファナスが何を言おうとも今のシネラに言い返されてしまう。
先ほどからシネラは、女神様であるミリファナスに怒り心頭なのだがそこは大人の女性(見た目幼女)として、なるべく怒りを込めないように言葉にしている。
『あ…後付けじゃないです!?シネラちゃんが冒険の話しを聴きたがるから忘れたんです!…それで説明に時間がさけなかったから悪いのはシネラちゃんですでーす!』
神と名の付く者達全員が自分勝手なのか…はたまたシネラと対称的な対応で、女神であるミリファナス個人(個神)の性格なのか!
間違いなく後者だろう…腕を前で組んで人差し指で二の腕をリズムよく叩いているシネラは今にもキレそうな予感がする。
「……言いたい事はそれだけ?」
『悪いのはシネラちゃん!…以上です!!』
まだ冷静だったシネラに、ミリファナスは再度同じ事を言う。
プツンッ!と音がした…そしてシネラはまくし立てる様に喋りだす。
「まず、アイナ達との冒険の話しはミリファナス自身が始めたこと…私も途中で質問したげど、ミリファナスが簡潔に言っていくれれば話しは長くならなかった。
説明しますって言っといて、最初に出会った時に言い忘れたなら、後からでも説明できたはずでしょ?
何のための神託なの?それに神託もあやふやな言い回しが多いし、魔獣数なんて倍近く違ってるし、紅茶は冷めてるし…」
『……』
ミリファナスの声がしないが、たぶん聞いているだろう…
まだまだシネラのターンは続く。
「けどさぁ…転生の事は言っちゃダメとか、加護の事も他人には洩らさないとか、たかだか2つの説明を普通言い忘れないし、忘れても思い出すでしょ〜
忙しいかも知れないけど…マルちゃんにあの陽昇紋が現れても気づかないって…正直ヤバいよ?
それに、私に現れてからノルンさんに言われるまで解らなかったって……ほんっ!とーに正直…女神失格だと思うよ?」
『……』
失格とまで言われたミリファナスは何も言わない…
シネラはミリファナスからの返事が無いことに苛立ちを募らせる。
「…言い訳しないの?何も言わないなら起こして欲しいんだけど…」
そう言うとシネラは椅子から降りる。
降りたからといっても、この空間から出れるわけでもなくただ立っているだけだ。
「……あの〜、帰りたいんだけどー……ミリファナスー……ミリファナスさーん!」
シネラは四方を見渡しながらミリファナスを呼ぶ……
しかし、ミリファナスからの反応はなく、この情況をどうするべきか考えるシネラだがどうにも出来ないので、再度椅子に座り冷めた紅茶をカップに注ぐ。
「…怒ったのかなぁ……」
紅茶をすするシネラは、この空間の微妙な変化に気づいていない。
いつもはテーブルと椅子は1つしかないはずなのに、シネラの対面にはいつの間にか背もたれの無い丸椅子が置かれていた。
『こんばんはシネラさん♪』
「だれ!?」
何処からか女性の声がする…
『うふふ♪…ここですよ…』
シネラは辺りを確認するが誰もいない…ミリファナスの様なアホっぽい話し方でもない。
声がするのはシネラの前からだ…
「うわっ!?……え?……ノルン…さま?」
『正解です♪』
丸椅子に座るノルンは初めて会った時よりも若く、美女だった面影が残る少女と姿を変えていた。
シネラが一発でノルンと解ったのは服装が変わってなかった事のみで、顔だけでの判断は出来ない。
「どうしてここに?…ここは私の夢の中だから、ミリファナスは声しか届けられないって……それと紅茶も…」
『うふふ♪』
シネラの質問にただ微笑むだけのノルン…
正直、少女の姿で『うふふ』は合わない。
「あの〜、何かおかしい事でも……」
微笑み続けるノルンにシネラは訳を聞く。
ノルンは待っていましたとばかりに口を開いた。
『うふふ…先ほどミリファナスがシネラさんに暴言を吐きましたので折檻いたしました♪』
「あ…はい……」
暴言とはあの事だろう…シネラは(あれだけで折檻…)と思い身を震わせる。
ノルンは何がおかしいのか、その顔はいまだに微笑んだままだ。
らちが明かないと思ったシネラは、再度ノルンに訊ねる。
「えと…あの、それで何故私の夢に?」
『あらあら失礼しました…あまりにもミリファナスの顔が可笑しかったもので…うふふ♪』
本当に何をされたのだろうか…シネラはその理由を聞く勇気は無かった…
『何故、でしたね?それは簡単なことです…』
「簡単…ですか?」
ノルンが椅子から立ち上がり、テーブルの横に手をかざした。
『簡単に説明しますね……はい♪』
『はぐふぉぐ!?』
ノルンが『はい』と言った瞬間、そこに現れたのは轡を口に噛まされ、白い板に磔にされた見た目が少女になったミリファナスだ。
『はほふぅへー!』
「えっ?ミリファナスはこの空間には来れないって…」
ミリファナスが何かを訴えるが、折檻後のミリファナスに構っている暇は無い。
シネラは意外とドライな性格なのかも知れない…
『来れますよ?何せ、この空間の管理をしているミリファナスの上司ですから』
「…管理?」
『シネラさんは察しが良いですね。
この空間は『無幻有像界』という名があり、無像を有像に、夢、幻を体現する精神世界と思っていただけると解りやすいかも知れません…
この空間は魂を持つもの全てに存在しており、それを神は管理し時には神託を与えるために干渉するのです。
夢幻有像界は無から始まり、想像し有像化します。これを人は「夢を見た」や「幻」などと呼びますが、神が干渉した場合は現実に起こりうる事象をその方に体現させます。
地球では「予知夢」と言われてますが、本来は神託で良いのですが…』
「予知夢が神託なんですか?」
やはり、この空間はシネラの夢の中なのは変わりないが、この精神世界を神が管理しているとは驚きだった様だ。
『シネラさんは今の会話や、ミリファナスとの会話を覚えていますね?』
『ふぉふへほー!』
ノルンは困った様な悩んだ様な表情でシネラに問いかける。
ミリファナスが何かを言っている…
シネラは頷きながら「覚えてます」と言い、ノルンは話を続ける。
『神託…予知夢を見た人は、今のシネラさんの様に神と対面する事から始まり…その方の同意のうえでこれから起こりうる事象の映像を、直接神に触れられることにより体現します。
ですが映像を見せると夢幻有像界の記憶が無くなるのです…勿論、神に会ったことも予知夢より以前の夢もです…』
「……じゃあミリファナスは、神託の映像を見せないといけないのに言葉だけで説明してたのって…」
シネラは解ったかに思えたが、ノルンは首を横に振るう。
『いいえ…ミリファナスは神界から間、間から現世と移動する事が苦手なのです…ただの落ちこぼれ女神ですね♪』
ちゃんと考えが有っての行動だと思いきや、ただの落ちこぼれだった…シネラはミリファナスを冷めた目で見ながら言った。
「…駄女子…」
『ふふぁほひはぁー!?』
磔のまま何かを言い返すミリファナスだが、何を言っているか解らないのでシネラはスルーする。
「でも、私も触れられたら記憶が無くなるんですよね?」
『無くなりますね…でも、言葉で伝えている限り無くなりませんし、触れても映像を送らなければ大丈夫ですよ……よいしょ♪』
「ふわっ!?」
シネラの問いに答えながらノルンはシネラを抱き上げる。
最近のシネラは所々で抱っこされている気がする…
『枷を少し緩めましょう…』
「枷?…ですか…」
ノルンがシネラの額に手をかざし、シネラの額から紋章が浮かび上がる。
『今のシネラさんは何も説明出来ない状態……それでは仲間からの信頼を失いかねないので、一人だけ話せる相手を設定しました。
その方にもシネラさんの情報を洩らさないように枷を掛けさせていただきました…』
「…それは、知らない人ですか?」
かざした手を額から外し、ノルンはシネラに微笑む。
『うふふ♪…目が覚めたらわかりますよ……』
「…だれ…で……す………」
そうノルンが言うと、シネラの瞼が重くなり視界が暗くなった……
「………すかっ!?」
「…すか…ですか?シネラちゃんの夢はハズレだったのね…」
簡易ベッドで寝ていたシネラが飛び起き様に放つ言葉に、ユリは冷静な分析で残念な回答をする。
「あ…戻ったんだ……ノルンさんも教えてくれればいいのに…」
シネラはブツブツと小言を言う。
するとユリに聞こえていたようで「今なんと?」と訊ねられた。
「えっ……ノルンさんが教えて――」
「――運命の女神ノルンの事ですか!?」
ガバッと立ち上がったユリがシネラに問う。
シネラは首を縦にブンブン振り肯定した。
「もしかして、ユリさんが話してもいい人!?ノルンさんってユリさんも知ってるの?」
「シネラちゃんも知っているのですね?」
二人は顔を見合わせる…
そこでシネラが思い出した様にノルンが言っていた事を話した。
「あのねユリさん…ノルンさんがね、枷を緩めてくれて…それで話せる相手を一人だけ許してくれたの。それでね、ユリさんのことだと思うけど、ユリさんも枷を掛けられたの……」
シネラはおもむろにユリの額に手をかざした…
するとユリの額とシネラの額から紋章が浮かび上がる。
「これは!?…」
「光の女神の紋章…らしくて、私も何でなのか解らないけどマルちゃんにも無意識につけちゃった…」
目覚めてからのシネラは、この紋章の意味と使い方を知っている…と言うより思い出したと言う方が近い。
「ノルンさんが干渉して思い出した?…知れたってことかな…この紋章を持つ意味は光の女神の従属になり、加護を持つ者の庇護下に入るの」
「それはもしかして、シネラちゃんは光神の末裔か何か――」
驚きを隠せないユリの問いに、シネラは首を横に振る。
「――ユリさん…実は私、光神アイナの生まれ変わりで…地球からの転生者なの……」
「て……転生…者…」
ユリの驚きは最高潮に達した。
ユリが驚くのも無理は無い…転移者は数多く居れど、転生者など文献を調べても一人もいないのだ…
「地球から……だとしたらシネラちゃんは日本人意外で、どちらの国からですか?日本語が解らないと言っていたので…」
なんとか気持ちを落ち着かせたユリは、シネラに訊ねる。
シネラは苦笑いをしながら答えた。
「えぇと〜……実は日本人です…」
「…え?」
ユリの反応は間違えではない。
シネラは日本語を話せないし聞き取れない…転移者達は隠しているが、皆が母国語とラトゥールの各言語を読み書き出来る…
だがシネラは人族と獣人族が使う言語しか読み書きが出来ないのだ。
「なんか、記憶?と言うよりこの身体が知らないみたいで頭にも入ってこないけど…地球にいた頃の記憶は残ってるから、間違いなく日本人のはず……」
「そ…そうでしか……」
動揺し過ぎでユリの言葉にも顕著に現れる。
シネラは天幕での続きを話そうと思い、ナカジマが言っていた様な感じで説明し始めた。
「…この体に転生したのは12年前で、ラトゥールに転移したのは、ユリさんとマリアに会った時……」
「12年前…転移はあの時から……それまでは何処に?」
椅子に座り直したユリは、シネラの話に一つ一つ訊ねていく。
「転生してから12年間はずっと眠ってて、転移した日に目が覚めたの…」
「それは何とも…転生すると目覚めるのには時間がかかるのですね……」
それは違うと言いたいシネラだが…余計なけとは言わず話しを続ける。
「…うん……それでね、転生前は……」
「…シネラちゃん?」
言葉につまるシネラ…
ユリは不安そうにシネラの名前を呼ぶ。
「…大丈夫……大丈夫です……ふぅ〜…私は津波にのまれて――」
シネラは悪夢の様な記憶を思い出しながら話す。
それは運命の女神ノルンが、ユリを転移させた理由の一つでもあった……