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30話:講習3日目、夕刻〜

 ロロフォール領軍、交易都市アーゼン隊・領主街エチレン隊を指揮するサリバス騎士団長は、ガルデア軍混成団に合流するため白黄樹海を北下中であるが…


「索敵班より前方1200、魔獣2!?…左にも1体います!」


「落ち着け…コイツらは我々を監視しているのだ……戦闘はなるべく避けろ、この数ではいくら勝てようとも被害が大きくなる」


サリバスからの指示で、先頭の騎士隊は右斜めへと進路をとる。

ロロ領軍の到着が遅い理由は、こうした敵との交戦を避ける行軍で進んでいるためだ。


「それでいい…今は合流することのみを考えよ…」


「はっ!魔獣の位置もすでに記録済みです」


ロロ領軍はここまで8体の魔獣を確認し進路変更を余儀なくされている。

最初の1体とは交戦したが2体目からはよく観察し、ある一定の距離までは動かないか事がわかった。


「魔獣が攻撃してこないのも…不気味なものだな…」

「まるで誘い込まれているかのようですね…」


後続の遥か後ろを見ながらサリバスは呟く、隣で並走する第一騎士隊のレプト隊長もサリバス同様、危機感を募らせる。

そこに前から索敵班より伝令が駆け寄ってくる。


「あと1里半程で合流地点になります!」


「ご苦労…着くまでは緊張を解くなと伝えてくれ…」

「はっ!」


あと少しでガルデア軍混成団との合流になりそうだ…

一応説明するが、1里とは3927メールのことで、日本でいうと3.927キロメートル。

それが1里半(1里と18町)は約5.890キロメートルと半刻(1時間)ほどの距離ということだ。

詳しくはウィ○ぺ○○で調べてくれ…


現在のロロ領軍の行軍速度は1刻18ケメール(キロが訛りケになった)なので、半刻もかからずに合流できる。


「迂回ばかりしてきたが…この配置はまるで……」


索敵班から上げられた報告書を確認していたサリバスは、これまでに確認した魔獣の位置が不自然なことに気づく。


「何か、ごさいますか?」


「…神殿域と合流地点を線でつないで見てみろ」


サリバスはレプトに魔獣の位置を印した地図を渡す。


「……これだと…すでに我々は――」

「囲まれているな……伝令!」


レプトも魔獣の位置がどういう意味なのかを把握して、サリバスは伝令を呼び寄せ早急に対処する。


「索敵班のセラ殿を先遣で合流地点へ……混成団にはこう伝える……」


伝令兵は一瞬顔を強張らせるが、すぐさま険しい表情になり馬をはしらせる。


先頭から150メール離れた索敵班のセラの所へ伝令が着き、セラは内容を聞いて険しい表情になる。


「誰かが魔獣を指揮しているのか…召喚士がこの数を……は無理だな…わかった、先遣の任を受ける」


「お気をつけて!」

「ああ!任せておけ」


数人程で構成された索敵班の一人、セラと言う人物は軍属ではない…

だが、サリバスや他の隊長格が一目をおく人物であり、その戦闘力は一個騎士団にも匹敵すると言われている。


名をタイガ・セラといい、職業は勇者である…




 アーゼンから到着したセルビオパーティーを休憩させている傍ら、一番大きな天幕に集まるのは隊長のヘクタと警戒班のケイとナカジマ、講習組補助教官のモニカ、ユリとマサアキ、それとアドラスとシネラだ。


「…それでチビとアドラスがいるのか…」

「マリア様も…ですね……剣神の加護を受けられるかは解りませんが……」


今話している内容は、なぜ今回の講習が白黄樹海で神殿まで行くのかをヘクタや捜索隊一同が不審に思い、ユリとアドラスから説明を受けているところだ。


「シネラを騙す様なことになったが…俺はアルバードから特命を与えられ、シネラの監視と加護の調査をするためにわざと講習の受講を合わせた…すまない」

「メルも『魂と…身体の…不一致?』などと不思議がってたな…」


「転移されたのは明らかですが、シネラちゃんが倒れていた場所は『人為的な痕跡が無し』と三日月からも報告があり、消去法で魔族や人の関与が無くなりました…それで、疑いをかけた様なことになってしまい……ごめんなさいシネラちゃん」


シネラに頭を下げながら謝るアドラス、その後にマサアキがメルーナの小言を思い出し、ユリはシネラを見つめながら説明する。

シネラの知らない所で色々と動いていたもの達はシネラの表情を見る…その表情は意外にも明るいものだった。


「うんん、大丈夫!謝らないで……私も、皆に黙ってたし…予知夢とか嘘ついてたから…」


シネラは申し訳なかったと思っている。

ミリファナスからは人に教えてはいけないとは言われていないが、自らの意思や知識で言ってはいけないと思っていた。

魔獣の件はシネラのせいではないが、運悪くそれが講習と重なり、本来なら行くはずのない樹海へと講習内容が変更になったと聞けば、それは今まで言わなかった自分のせいだとなる。


「でも、マリアちゃんはわかるが…なんでシネラちゃんも神殿に行かなくてはならないんだ?」


「シネラの加護は、もしかしたら光神のものかもしれん」

「あ…それ――」


訊ねたのはケイで、ユリやマサアキ達と同じ時期に転移した転移者だ。

それに答えたのはアドラスで、加護の情報はモニカからあがっている。

シネラが話そうとしたが、モニカの言葉に重なる。


「――初めて会った時にシネラちゃんの魔力を覗いてみたけど、今までの加護持ちの中では見たことがないし…まだ、殻の中にある状態?と言ったほうが解りやすいかしら…加護はあるけど使えない、本人も自覚がないと言うことよ」


「それ――」


「――それを確かめるには、神殿にあるアイナの石碑に触れる必要が出てきた…と言うわけだ」


シネラは話そう話そうと思うが、アドラスにも邪魔されてしまう。

しまいにはふて腐れそうになるが、ユリがシネラの表情を見て訊ねた。


「…シネラちゃん、何か言いたい事があるの?」


「うん…え〜と、何から話せばいいんだろ〜……」

「自分が転移された理由からなんてどうだ?」


悩むシネラにナカジマが言う。

転移者達は同じ転移者同士での初めての会話では、まずは『いつ転移したか、転移前はどういう情況だったか、この世界に来て何年か』を互いに情報を交換する。

シネラはどう見ても転移者ではないし、猫なので転移者達のコミュニケーションに当てはまらないが、当人はそれに匹敵するアグレッシブな転移をしてきたので、それの話しをしようと声を出す。


「……あ……あ……」


「どうした、発声練習か♪」


あ、としか言わないシネラにアドラスがツッコミを入れる…他の者はアドラスに冷たい視線を送った…


「…冗談だよ〜…なっ?…シネラ?」


「うぅ……ない……ないよ〜…あ…あーー!?」


「「「!?」」」


アドラスはシネラを見ると大粒の涙を流しながら何かを話そうと声を張り上げところだった。

それの理由に気付いたユリはすぐにシネラに駆け寄る。


「大丈夫!大丈夫よ…もう…話さなくていいから……」

「うぅ〜…ごめんなさ〜い!…話そうとしても、は…話そうとしてるのに……」


「額が…」

「…あれは、マルちゃんにも出ていた――」


泣きじゃくるシネラをあやすユリは、シネラの額に浮かぶ紋章が目に入る。

モニカもその紋章を見て言った。


「…シネラちゃん?…」


ユリの肩口にシネラの体重がかかり、顔を除き込むとシネラは事切れた様に寝息をたてていた。


「呪いか?」

「…いえ…記憶の縛りに抗ったので体力を奪われたのだと思うわ…」


ヘクタの問いに答えるユリだが、どことなく自信なさげな言葉になる。


「あの女神様の力か?」


ユリが言いたい事をわかっているアドラスが聞く。


「どうとも言えないわ…本当に女神の事を知っているのは転移者のみですし、シネラちゃんが女神に会っているとしたら……」


「所々が神代語に翻訳されて、ヘクタやモニカは聞き取れないはずだな」


ユリはシネラを抱き寄せながら答え、ナカジマは皆が周知している事を述べる。

それに対し、ヘクタやモニカも頷く。


「女神様意外にも、この世界に干渉できる神がいるのか?」

「どうだかな……俺は箱裏の手紙を書いたヤツがそうだとにらんでいるが…ユリはどうだ?」


「そうね…あの意味深な内容を書いた▼●◆(ミリファナス)という女神が関与していると思うわ」


転移者である者はアドラスとユリの言葉に何度も頷き、ケイなどは「多少とか…意味が解らなかった」と呟きため息を漏らす。


「まあ、装備は一級品だったな…魔砲はいい…」


「俺は透明マントを戴いた」

「俺だって、神代から現在までの魔法薬書を貰ったぞ!」


野郎共の自慢話が始まる…アドラスやナカジマの物は凄いと思えるが、マサアキの魔法薬書はショボい気がする…


「そんな話をしている場合ですか?…とりあえずこれからの――」


ユリが話を戻そうと発言する。

そこにアドラスから意見が飛んだ。


「――何を言うか!アルバードから聞いたぞ…ユリさんの魔剣は『インテリジェンス・ウェポン』だということを!!ズルい、俺も欲しい!……くれ!」


「……雷華(ライカ)は私の友人です。あげるわけ無いでしょう?…バラしますよ」


二振りのうちの一つをテーブルに突き立てながらアドラスを脅す。

今ユリが突き刺すのに使用した剣が、雷華と呼ばれる魔剣(インテリジェンス・ウェポン)だ…


だが、今の雷華にはインテリジェンス・ウェポン特有の意思や力は存在しない。

それを知るモニカがアドラスを端へと呼びつけ、ユリに聞こえないように小声で説明する。


「情報が古いわよアドラス…」

「ん?…あぁ…すまない…」


「まあいいわ、簡単に説明するけど…ユリさんは雷華と親友なの…でも、大戦で雷華は自身の魔力が無くなるまで使い果たして、そのまま沈黙したのよ」


話を聞き、アドラスはユリの方を見る。

魔剣を鞘に戻していたユリは、どことなく哀しみの表情だ。


「そう…だったか……」


「……魔剣自体の魔力は戻ったけど、意思は戻らなかった…と言うことよ、わかった?」


モニカの話を最後まで聞いたアドラスは「了解した」と言い頷いた。


二人が戻ると、先ほどの話しは無かったかの様に、ヘクタが今後の行動予定を話していた。


「ダズルートからの情報をもとに、明日、夜明けとともに出発する…」


「夜明け?……カズキ達ダリシア組はどうする…朝までには合流するはずだろ?」


アドラスは椅子に座りながヘクタに訊ねる。


「戻ったな…ダズルートが伝令でカズキ達の元へいったんだが居たのはメグミとアズサで、飛空挺を直していたそうだ…その後、カズキ達が向かった方へと飛んだんだが…」

「行き先が分からずに暗くなったから帰って来たんだとさ…」


ヘクタはアドラスとモニカに説明し、ケイは半ば呆れた様に話す。


「同期があれではケイも危ういな…「眠いので警戒を怠った」なんて言い出すかもな…」


真面目なナカジマがおちょくる様にケイ言う。


「んなことはない!ダズルートだけだろー!向こうで何回も試験に落ちて、ガルデアでたまたま俺とバディ組んで、たまたま受かった落ちこぼれだったんだから」


言い返すケイはダズルートと同期で、何が同期かと言うとC級試験の受験と合格が同期と、何とも年の離れた同期である。

ダズルートは昔は落ちこぼれだったようだ…


「話を逸らすな…」


「…すみません」

「…すまん」


ヘクタは隊長らしくケイとナカジマを叱る…


「それで…カズキ達はおいてくのか?」


アドラスは再度カズキ達を気にかける。


「いや、出発と同時にダズルートに飛んでもらう…あと、飛空挺が直るにはまだ時間がかかるそうだ…残念ですねユリさん」


「…話を逸らさないでくれないかしら、隊長のヘクタさん?」


たぶんヘクタはユリの弟子であるメグミの事を言ったのだろう…ユリが先ほどのやり取りをそっくりそのままヘクタに返す。

他の者達はほくそ笑みながらヘクタを見ている。


「すみませんでした…」


「別にいいです…明日の行動は把握しましたね?」


謝るヘクタを気にも止めず、ユリは皆を見渡しながら聞く。

全員がユリの言葉に頷き、ユリはシネラを抱いたまま立ち上がった。


「何処かへ行かれるのですか?」


一応この捜索隊会議の長はヘクタなので、立ち上がったユリを見て、一応隊長らしく理由を訊ねる。


「何処か?…マリア様の所に決まってます」


皆が成る程と思う…セルビオ達が到着後、シネラ達の現況をサザクやモニカに聞いていたユリは、そのふざけた内容に怒り心頭で教官のサザクを締め上げていたのだ…

そして、マリアもユリが居ないとばかりにおふざけ過ぎてお叱りを受けていたのだがヘクタから会議の招集がかかり、一旦マリアへの説教は保留になっていた。


「…明日もあるので程々に――」


「――わかっております。歩けるくらいの体力は残させますので……失礼します」


そう言うとユリは天幕を出ていった…

モニカは何かを思い出した様に身震いし、ユリが出ていった入り口から目を反らした。


「どうしたモニカ?」


震えるモニカにヘクタが話しかける。


「歩けるけど…喋れない…歩ける…喋れない…」

「は?」

「喋れない?」


「いやですす〜ははは!ひぃーははははっ!」


モニカは呪文を唱える…

そして天幕の外からマリアの笑い声が聞こえてきた。


「なんだ!?」

「…バカ丸出しの笑いかただな」

「やっぱり…」


外に出た一行は目の当たりする。


初日にモニカがやったような芋虫になり果てたマリア…違いがあるとすれば足が出ているくらいで大差はない…


現在マリアはユリに足裏をくすぐられている。

くすぐるユリの顔は無表情であり、何処か狂喜に満ちていた……





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