表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/106

29話:マリアの家族は…

 ……魔王軍の進撃はオルニシア大陸から旧獣王国(獣王共和国)の支配下にあったトルニシア列島を渡り、このメルニシア大陸にまで及んでいた。

我々イン軍(インデステリア王国軍)も旧獣王国だけでは魔王軍を抑えきれないとわかり、大陸最南端…当時のヤマト領で迎え撃つ事になった…」


皆もしる10年前の世界大戦『第三次人魔大戦』の話をするスティフォール伯爵…

冒険者達は淡々と話す伯爵の言葉を静かに聴いている。


「イン軍は総勢7万、予備軍・義勇軍を入れても10万には届かない…対し魔王軍は20万と兵力差は歴然で、初戦で先陣を切ったガルデア方面軍は大敗を喫した…

そこでスティフォール前当主、私の父ノーマンが時空魔法の発動を国王に提言し、一気に魔王軍を異次元へと消し去るという作戦が発令された……」


「それが大規模転移ですか?」


カズキの質問に「…そうだ」と言い、頷きながら続きを話す。


「父のノーマンだけでは、一度に大量の魔族を異次元へ送れない…そこで剣神フォールの血を引く5人が同時に時空魔法を発動させる事になり……私もそれに参加した…」


伯爵は神妙な表情になり、言葉を詰まらせる…


「……皆も知っているだろが、今のヒューサンティには大地以外は何も無い……魔法は失敗した…私のせいで…」


冒険者達は伯爵が言いたい事が解っていた…

本来魔法とは個の魔力に対してそれ以上の力を発揮出来ない。

だが、同じ魔法を他と合わせる事で何倍にも強くなる事は、昔からか知られていた事だ。


「あの時、私は怖じ気づいた…一瞬の恐怖が魔力波を乱し…その綻びから全てが飲み込まれた……

…私は魔法陣から吹き飛ばされ、他の4人は跡形もなく消えていた…」


「…なんで伯爵様は助かったの?」


ハルナが他も気になる事を聞いてくれる。


「私が抜けた北東の位置以外が魔力を暴走させて、扇状に未完成の時空魔法が発動されたんだ…魔法はメルニシア大陸最南端の海岸線まで及び、魔王軍はおろか…

ガルデア方面軍アーゼン方面軍の半分の兵力と、推定では17万人の獣人達…木々や建物、川の水さえも消えた…義勇軍も……」


「…多くの人が巻き込まれたんですね……」


カズキは解っている。

魔王軍が迫り来る中で魔法を詠唱し続け、それでも戦力差で劣るイン軍には確実に魔王軍を抑える事が出来ない…恐怖に飲まれるのは戦場に立つ兵といえど致し方ない…


「すまないと思っている……優秀な者達や市民を失い、大切な仲間を奪ってしまった…」


あのちんまりしたローヌには重すぎる話しだ。

伯爵から聴いて良かったと正直思うカズキ達だったが噂をすればなんとやらで、当のローヌが切りの良いところでやって来る。


「どうや、わかったやろ?」


いかにも自分が教えた様に振る舞うローヌに、冒険者達は苦笑いを浮かべる。


「わかったんならええわ…んで、イオリが呼んどるからローレスははよ戻れ」


「あ…はい。それでは皆さん、失礼…」

「「あ…ありがとうございました!?」」


自分で無理矢理連れてきたくせに貴族様に対して雑な扱いをするローヌ…


「……あまり兵士達の前で雑に扱うのは…」


ローヌに意見したのはC級冒険者のカシムで、謂わばモブ君だ。


「アホか、そこらの貴族なんぞウチからしたらぺーぺーや!ぺーぺー!」


「は…はぁー…」


ぺーぺーと連呼するローヌはいったい何者なのか…それを知らないカシム達C級冒険者は謎であろう…

そこに現時点でローヌのお世話役も兼務する混成騎士団団長のロマウが教えてくれる。


「やあ後輩さん、ローヌさんはあのヤマト氏の奥方なんだよ…今は別居中だけどね…」


皆が「なるほど」と思う。

あれだけ偉そうにしていれば然るべき地位の者であるのは明白だ…

ローヌが神級魔法士なのは周知の事だが、旦那様があのヤマト氏伯爵なら納得出来る。

ヤマト氏伯爵…()とは領地・領軍・領民を与えられた貴族で、呼び方はヤマト氏やスティフォール伯爵もスティフォール氏と他の貴族とは呼び方が違うのだ。

ちなみにガルデアの領主ガルフォール公爵も軍議以外ではガルフォール氏と呼ばれている…


「別居やない、たんにんふしん?や!」

「単身赴任です…」


何処から仕入れた言葉なのか…当然ユリだとは思うが、ローヌはロマウに訂正された事に腹を立てて脛を蹴りあげる。


「いっーたっ!?なんですかいきなり!」

「やかましわア〜ホ」


満足したのか、ローヌはスティフォール伯爵が向かった方へと飛んでいってしまった。


「荷物係さんも大変ですね〜」

「はは…お陰で騎士団に入れたから、今でも頭は上がらないよ」


ロマウに話しかけるトモエに、ロマウは飛びさっていったローヌの後ろ姿がを見送りながら言った。





「なんでネリアがいるんだ…」


「お母様は領主代行…領軍を動かすには領家の者がいて当然です!」


イオリに呼ばれたと思いきや、スティフォール領軍ダリシアに駐屯している第二騎士隊を率いてやって来た、スティフォール家次女のネリアが真新し鎧に身を包み、いけしゃあしゃあと言ってくる。


「嫁入り前に……はぁ…タスティアは何をしているんだ…」

「お母様は関係ありません…すべては妹のため!自ら志願して参りました!」


ネリアはマリアの2つほど年上の姉で妹が大好きな、うら若き17才のシスコンだ…

あの日(マリアが家出した日)から、上の姉アリアからマリア所在を聞かされるまでの間は、屋敷を半狂乱になりながら徘徊していたらしい…

ちなみに長女アリアは兵術科学校の教員であり、マリア達がガルデアに到着した時にユリから報告を受けていたので、丁度よく休暇が重なり帰省をかねて旦那と一緒に実家の邸に行っていた。


父親のスティフォール伯爵も娘の性格はわかっており、これ以上何を言っても聞かないだろうと思うしかなかった。


「マリア離れが出来ないのはネリアも一緒か……」


自分しか聞こえないくらいでぼやく伯爵。

自身もマリアを心配しすぎる親バカなのは自覚があるようだ…


「何か言いましたかお父様?」

「いや!何でもない何でも…ない……して、セブ殿が呼んでいると聞いて来たのだが…」


辺りを見回してもイオリの姿は見あたらない…いったい何処に?と思った伯爵だが、何やら群衆蠢く一画が目に映る。


「なんの騒ぎだ?」


群衆はほとんどの者が騎士であり、地面に膝をついて中心にいる人物を崇めていた。


「一生ついていきます!」

「セブさま〜!」

「下僕にしてください!?」


騎士達がとり囲んでいた人物は、一応は伯爵と同じ混成団副団長様で範士の称号を持つ面が外れたS級冒険者のイオリ・セブであった…


「貴様ら!早くセブ殿から離れないかー!」


伯爵は焦りながもイオリの顔を見ない様にして騎士達に叫ぶ。

だがすでに騎士達はイオリの虜になっており、伯爵の言葉など聞こえていない。


「お父様、どうしてセブさんに言わないのですか?あの方から騎士達に言っていただければ――」

「――ダメだ、面をつけていないセブ殿が喋ると状況がさらに悪化する」


「せやからローレスを呼んだんよ…ほれ!」


イオリが呼んでいるなんてのは真っ赤な嘘で、ローヌでも厄介なイオリの特殊な体質を嫌がり、それを伯爵にやらせるため先ほど拾った面をローレスに投げ渡す。


「私ですか…」

「お前以外に誰がやんねん…パッと行ってパッと面着けてき〜」


面を持ちながらため息を漏らす伯爵に、情況が解らない娘のネリアが訊ねる。


「いったいどういう事ですか?お父様…」

「ん?…ああ、セブ殿は加護持ちでな…素顔や素の声を聞くと男女関係なく魅了され癒されてしまうのだ」


「ウチらは淫乱女神の加護と呼んでるわ!あはははっ!」

慈祈(じき)の加護ですよ…」


適当な事を言うローヌはとりあえず置いておくとして…

慈祈の加護とは、加護を宿す者よりも弱い者へ慈しみの念を祈り受け入れるという、謂わば魅了といった状態異常を見た者聞いた者に引き起こす加護である。

イオリは面を着ける事で、その加護の力を抑えていたのだ。


「ご託はええからはよ行けや〜」


どう聞いても御託を言っているのはローヌの方ではあるが、ローレスは「すみません…」と何故か謝りながらその場から消えた。


「えっ?お父様!?」


ローレスが一瞬で消えた事に驚いているネリアに、ローヌがニヤニヤしながら話しかける。


「なんやなんや〜、親の能力を知らんのかぁ〜♪」

「…はい…恥ずかしながら……」


ニヤニヤが止まらないローヌは言うか言わないか迷う。

しかし、ローヌは真顔になり言った。


「お父に直接聞きや…これはフォール家の事やから、他人に聞いたらアカンわ〜」


「は…はぁ、そうします…」


少しばかり話しているうちに、イオリの周りからざわめきが起きる。


「ヤバ!?…ウチはお花を摘みに行ったといっとけ!」

「え!あ…はい…お花?」


何がヤバいのかは解らないが、ローヌはお花を摘みに行くらしい…ネリアはまったく理解していないが…


「ネリア…ローヌ殿はどこへ行った?」

「ひぃ!?あ…お父様、ローヌさんはお花がどうとか…」


「探す!槍で…ド突く!!」


ローヌがいなくなったと同時に入れ替わりでローレスと面をつけたイオリがやって来る。

イオリは槍術範士らしく、真っ赤な槍を振り回してローヌを探して辺りを見回している。


「ローヌ殿が、仮眠中のセブ殿の面を外していたらしい…しかも瞼に目まで描いていた……」


「それは……まるで子供のような悪戯ですね…」


ローレスから訳を聞いたネリアは、ローヌの容姿そのままの行動にあまり違和感を感じないが、ローヌの実年齢を知る者からしてみれば何時までも子供ままでは困る。


「見た目に騙されるなネリア…ローヌ殿は今年で丁度610才になる…インデステリアでは(エルフを除く)最高齢だ」


「あれでですか!?」


驚くネリアだが、周りにいる加護に当てられていた騎士達も大きく頷いている。


「ある程度は年上とは存じておりましたが…あそこまで小さくて自由な方だとは――」

「――小さいゆうなー!年上を敬えのかー!」


ネリアの言葉に反応したローヌが木陰から顔を出し叫んでいる。

勿論、イオリが鬼の形相(面で見えないが)で静かにローヌに迫る。


「ローレス!娘の躾がなっ――」

「――躾がなってないのは、ローヌ殿…貴女です…」


「…か…かんにんなぁ〜…」


イオリによる粛清の刻が幕をあげる…

奇声をあげ悶え苦しむローヌをよそに、ローレスは騎士達に持ち場に戻るよう促し、ネリアに話しかける。


「ステ領軍はダリシアの第二騎士隊とミルーアの魔法隊か?」


「はい!第二騎士隊200名に加え、魔法隊は防御魔法班を中心に攻撃魔法班から8名のA級魔法士とB級30名、防御魔法班から結界魔法士43名と広域支援魔法士20名、治療魔法班からA級・B級治療士21名、聖級魔法士のアデランテが魔法隊の指揮にあたります」


ネリアの完結な人員報告にローレスは顔を強張らせる…


「…ダリシアに駐屯している人員数と一緒だが…」

「はい、ダリシア軍全兵力をもって駆けつけました!」


ローレスはその場に崩れ落ちる…今ネリアが報告した人員は、公益都市ダリシアに展開するステ領軍の衛兵隊(ダリシア専任衛兵隊な100名)を除く全兵力であり、現在のダリシア軍はほぼもぬけの殻になっていた…


「…第一のシバリーと…み…ミルーアはどうしたんだ?」


よかれと思ってやって来たネリアを親バカのローレスが怒る訳にはいかず、領主街エマルセーアの領軍本隊、第一騎士隊隊長のシバリーと、魔法隊隊長のミルーアの名を出す。


「…遅いので先に――」

「――そそ!?そうかそうか!…わかった、ご苦労だった…少しばかり隊を休ませてやれ」


頭痛がしてきたローレスはネリアに休止を言い渡し、ネリアは「了解!」と元気よく返事をしその場を去っていく。


「副団長…」

「…言うな…娘が妹を心配のあまり、先走りしただけだ…」


項垂れるローレスに話し掛けたのはローヌの叫び声を聞いてやって来たロマウで、ローレスが思っている事を理解して心配そうにしている。


「大丈夫ですよ!タスティア代行がなんとか兵を割り振りますって…」

「だと…いいがな、タスティアは意外と血の気が多い…もしかすると、領軍全隊をこちらに差し向けるかもしれん……」


天を仰ぐローレスにかける言葉が見つからないロマウ…

本来なら都市・街の防衛・治安維持のため出せる兵力は、交代の兵を含め半数と定めている。

これは他国や大戦と呼ばれる戦争でも適応され、戦力維持や領民保護を優先する観点からそうなっているのだが…

ネリアはそれを覆し、衛兵を残した事はある程度評価するが、それ以外を全て連れてきてしまったので、もし今敵に攻めこまれたら都市防衛など衛兵隊だけではもつはずもなく、瞬く間に占領されてしまうのだ。


「今はニルニスの件もありますからね…」


ロマウはローレスが危惧している事に触れながら難しい表情する。


「奴の動向が読めない内は、あまり領内から軍を動かしたくないのだがな……」


ローレスも険しい表情で、この事態をどうするか考える。


「……ミナルディが動かない事を祈るしかない…」


そうローレスは呟き、再度天を仰いだ。

木々の隙間から、微かに見えた星を見つめながら……





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ