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26話:講習3日目、正午〜

 白黄樹海北西部『誓いの壁』…

ガルデア捜索隊のヘクタは、壁に刻まれた誓いの言葉を眺めていた。


「……」


「ヘクタ、講習組が着いたぞ…」


文字の窪みを指でなぞりるヘクタに、陣の外側で周囲の警戒に当たっていたナカジマが伝えに来る。


「早いな…まだ昼過ぎだぞ?」


「ああ、マールウルフに乗って来たようだ。案内役に麒人族のナナイがいたからな…」


ナカジマの説明にヘクタは「…なるほどな」と納得する。


「人間も服従出来るらしいな?」


「…そうだ、服従を使って手懐けた様だ…従魔獣士(テイマー)はキチガイだな…」


「召喚士みたいに魔獣を召喚しないがな…」


「「!?」」


ナナイの陰口を言っていた二人の前に、当の本当が現れた。

真面目一筋、おふざけ冗談が通じない彼女は、少しだけ落ち込んだ様子だ。


「冗談だナナイ!?」

「…すまん…」


「本当の事だ…気にしていない…」


あからさまに落ち込むナナイ…

従魔獣士とは、幻獣の血が流れる3部族のみが扱える『威嚇』『服従』『調和』を使う者をさす。


「は…早かったな!?さすが従魔獣士だ!」


「…丁度よくマールウルフの群がいた…」


今さら褒めたところでナナイの心の傷は癒えないが、ヘクタは一応褒めておく。

褒められたナナイは、うつ向きながら答えるが…未だに落ち込む…


「ナナイさーん!?」


気まずい雰囲気の中、マールウルフの背中に股がるシネラとシネラの後ろに股がるモニカがナナイの元へやってくる。


「楽しそうだな…モニカ…」


「シネラちゃんが落ちない様にしてるだけよ?」

「ナナイさん!モフモフだね♪」

「わふっ♪」


呼ばれて振り返ったナナイだが、マールウルフに股がる二人が楽しそうに言ってくる。股がられたマールウルフも楽しそうだ…


「何かなついてるな…調和でもこうはならないよな?」


「オスだからじゃないのか?」


マールウルフのなつきっぷりにヘクタとナカジマは興味が湧いたようだ。


「調和は使ってない。こいつはメスだ…シネラが近づいたらマールウルフの額に従属の紋章が現れた…」


「そうなの…紋章はすぐに消えたけど――」

「――私、何もしてないの…」


ナナイの説明にモニカも同調するが、発端であるシネラは先ほどまでとは打って変わり、沈んだ表情で呟いた。


「…子供か?」

「白い猫…噂の…」


ここではじめてヘクタとナカジマがシネラがいる事を認識する。

ヘクタはシネラを知らない様だが、ナカジマは知っている様だ。


「子供じゃないし…」

「シネラちゃんは16才よ?」


シネラとはじめて合う人間は皆疑う、説明するのも億劫なのでシネラはふて腐れた顔をし、モニカが代わりに説明した。


説明を聞いたシネラを知らないヘクタは驚きを隠せないでいた…


「こんなちんちくりんが…」

「成人してるし!?ちんちくりんじゃない!」

「ヴゥー!」


女性に対して失礼な言い方だが的を射ている。シネラ以外は失笑中だ。

怒ったシネラにヘクタが謝るが、シネラは大変ご立腹ご様子で何故かマールウルフも唸っている。


「そういうことね、納得しなさいヘクタ」

「ギルマスの推薦まであるんだ…納得しろヘクタ」


「まぁ…ギルマスが言うんなら仕方ないな…」


ヘクタはモニカとナカジマに諭され渋々納得する。

今は正午だ…朝早くから行動している講習組からお腹が空いたコールが巻き起こる。


「腹ペコです〜」

「お腹すいたー!」

「魚はあるかな〜」

「こいつら食っちまうか?」

「師匠はバカなの?」


当然の如く騒ぎ始めたのは『お騒がせカルテットWithベス』達で、講習組は元より捜索隊の面々も呆れた様子で見ている。


「マリ、生きるってのは誰かの犠牲で成り立ってンだ…肉や魚の様に、命をいただいて俺たちは生きている…覚えたておけよ?」

「おおー!さすが師匠ー」


何が流石なのかは解らないが、タマが目を輝かせ師匠のベスを褒め称える。

ベスも満更でもない様子で「だろな!」と言い、笑いながマールウルフに拳を振り上げる。


「バカやってんじゃねぇー!!」


「っばどぅーーーだはっ!?」


獣型(ビースト)に変身したコリスがベスに駆け寄りながら回し蹴りを繰り出す。

ベスは振り上げた拳を握りしめたまま吹き飛び、シネラ達の元へと地面に突き刺さりながらやって来た。


「…貴方がマールウルフのエサになれば良いんじゃない?」

「だって…マルちゃん食べる?」

「クゥ〜ン…」


ベスを足蹴りしながら言うモニカと、マルちゃん(シネラ命名)ことマールウルフに股がるシネラが食べるか聞いたが、マルちゃんは困った様な鳴き声を発する。


「猛獣にも嫌われたか…」

「…メスだしな、何か通じるものがあるんだろう…」


愚かなベスを見下ろすヘクタとナカジマ…

モニカを真似る様にマルちゃんも加わり、肉球で背中を踏みつける。

そこに捜索隊の女性がやって来て、食事を作るために手伝える人員が欲しい伝える。


「ヘクタ、追加の生鮮類を講習組が持ってきてくれたから、あとは調理に必要な人員をこっちに寄越しておくれ…」


「そうだ…ですね、人数的に捌けないだろうから、モニカ?料理が出来るやつはカンターナの手伝いをさせてくれ…」


伝えてきた女性はカンターナと言うらしい…ヘクタはそれを聞き入れ、モニカに指示を出す。


「了解したわ。私も殺ろうかしら?」


足蹴りを止めてヘクタの指示を了承するモニカだが、やる意味が違う事をシネラとカンターナは知っている。


「モニカさんは休んでて!?私がマリアとダイナを連れて行くから!」


シネラは当たり障りなく料理上手なマリアとダイナの名前をだす。


「モニカは要らないよ?だって料理下手くそだろ?せっかくの食材が台無しになるから来なくていいさ…」


「…あっそ…」


せっかくシネラがオブラートに包んだのに、カンターナはド直球でモニカに戦力外通告を言い渡す。

モニカはカンターナの言葉に苛立つがユリに言われた事を思い出す…『相変わらず、貴女の料理はくそ不味い…』と、つい5日前にも言われいたのだ。

相変わらずという事は昔からなのだろう、カンターナが言うのもそれがわかっているからだ…


「とりあえずモニカは俺と来い、今後の予定を話す」


「はいはい、お邪魔虫はむさい男とお話中するわよ…」

「へぎぎゅっ!?」


ふて腐れるモニカは、ヘクタに促されながら天幕へとついていく…ついでながらベスを踏みつけながらだが…


「チビちゃん、名前は?」


カンターナが中腰になりながらシネラに名前を聞いてくる。

シネラから見たカンターナは、冒険者と言うより食堂のおばちゃんみたいだなと感じた。


「シネラです。あと、あそこにいるマリアとダイナは料理ができます」


「シネラだね、私はカンターナだよ。下準備から始めるから、マリアとダイナを呼んできておくれ。あと…ベスの回収を誰かに頼んでおきな、邪魔だから…」


それだけ言うと、さばさばした性格のカンターナはモニカ達とは別の天幕へ行ってしまい、その姿を見送るシネラは我に返り言われた事をするため実を翻す。


「わわっ!?」

「ぴや〜…」


シネラはベスにつまずき転んでしまう。

背中に乗っかってしまうが軽かったのか、ベスの鳴き声はそこまで大きくなかった。


「いたた〜…もう…本当に邪魔ー!」

「ぴやっぴやっぴや――」


ベスの背中に乗ったまま地団駄を踏む…ベスが、昔なつかしピコピコサンダルの様な鳴き声を出す。

シネラは一度足を止めるが、再度二回ほど背中を踏む。


「ぴやっぴやっ!」


何かがおかしいと気づいたシネラはもう一度、今度は跳び跳ねてから踏んでみる。


「えいっ!」

「ぴ〜〜やっ!…っておい!何回踏めば気がすむんだ!?」


「……」


おかしな雰囲気はベスが死んだふりをしていたからの様で、たまらずシネラの全体重を背中に受けて起き上がった。

当然シネラは何も答えない、起きていると確信したからこそ跳び跳ねて一撃をくり出したのだ。


「シネラまだかい?」


そこに、カンターナがシネラが来るのが遅いので天幕からやって来た。


「なんだい、ベスを起こしてたんだね…起きたんならベスも手伝いな…料理が出来る男はモテる!…だろ?」


「うげっ!?カンターナ…さん、なんでここに……」


寝起きばっちり(シネラのせいで)のベスにカンターナから指名が入る。

ベスはカンターナを見るなり、つい呼び捨てにするところを抑えながら苦い顔をしながら言う。


「はあ?あんたはバカかい、冒険者をしながら二人を育てた私が、ここに居て何が可笑しいのさ?」


「あ…いや…そう言うわけじゃ……」


バカにバカと言うカンターナは「なら手伝いな」と言い、ベスを天幕まで引きずって行った。

呆気にとられた顔をするシネラに、先ほどベスを蹴り飛ばしたコリスが近づきならが言ってくる。


「カンターナさんはベスを育てた人なんだよ…」


「えっ!?ベスのお母さんなの!」


驚くシネラにコリスは「ちょーっと違うけどね?」と言いながら説明する。


「母親って言うより里親かな…身寄りの無いベスともう一人メロリさんっていう女性を、カンターナが一時的に冒険者依頼のランクを下げて育てたの…たぶん〜だいたい8年位って言ってたかな?ベスが冒険者になるまでは低いランクの依頼をこなしてたらしいし…」


「そうなんだ…でもB級冒険者なんだよね?」


捜索隊の主要メンバーはB級で構成されており、ここに来る前にシネラは聞いていた。

聞かれたコリスは首を横に振る。


「カンターナさんは私と同じC級なの…けれど実力はA級並みよ、モニカですら10回中1回しか勝てないし…」


カンターナはあのモニカをも凌駕する強者だったと知り、シネラは先ほどのヘクタとベスの対応を思い出す。


「……ヤバイね…」

「本当にヤバイのよ〜、カリナさんより冒険者歴が長いから、ギルドではギルママなんて呼ばれてるの」


ギルママとはギルドママの略だろう…それよりも、カリナより長い経歴という比較対照をだされても、シネラはあまりぱっとしていない様だ。


「カリナさんより?…カリナさんとカンターナさんって何歳なんですか?」


「えっと〜…噂では…」


シネラの質問に対し、コリスはシネラの耳元に近づき囁く様に話す。

だが、シネラが想定していた年齢よりもはるかに歳上だったことに、聞いてしまったシネラは驚きの声を上げずにはいられなかった。


「!?…ひゃっ!もごもご…」

「噂だから噂!?あまり人に話しちゃダメなやつだから!」


慌ててシネラの口を押さえたコリスが「絶対言っちゃダメなの」と念を押す。


「ガルデアでは二人を知らない人はいないから、新米冒険者のシネラ達はこの先も噂を聞くと思うけど…二人の前では話さないこと、これだけ守ればたぶん死なないから…


「わ…わかりました…」


コリスの話しに、シネラはユリとの何気無い会話を思いだす…


『カリナは年齢を聞かれるとキレます。これはアルバードも同様です…ちなみに私は知っていますが…』

『私が聞いても?』


『シネラちゃんが聞いてもです』

『…うん、じゃぁ聞かないね♪』


…本当に何気無い会話だったがユリも言ってたし、コリスも念を押すほどデキケート…いや、シビアな事なのだろう…

年齢を聞いた者の生死が関わると思うと…何時だかマギルスが殺られた様な事になると思うと、何故だか納得出来るシネラであった……





 ガルデア平原フォール山脈スティフォール領標高2000メールにある街ユキューノ…


「どうですか?」


「…どうもこうもないのぉ…」


街の広場に対し半分以上の面積を占める小型飛空挺『黄竜三式』の狭い機関室で、カズキとマルヤマは魔石使用型動力装置と睨み合いをしている。


「やはり…完全に魔石を使いきると初期起動が出来ない様ですね…」


「失念じゃったわいわい…寒いからといって発熱機を動かしたままにしておいたのが不味かったのぉ…」


カズキとマルヤマはユキュノに到着後、魔石の調達ととある人物を迎えに行っていた。

その間の搭乗者達がこの標高が高い街で、今の季節も秋から冬に変わる頃の寒さに凍えないよう、発熱機を稼働させ暖を取りながら待機させていたのだ。


「どうすれば動きますかね…空になった半自動魔力供給結晶に、直接魔石を組み込みますか?」


「じゃのぉ〜…手動でやってみるか…」


カズキが言った半自動魔力供給結晶とは動力装置のコアになる部分で、エンジンに例えると燃料パイプとピストンとシャフトを合わせた様な、謂わばエンジンの心臓部だ。

マルヤマが手をかざして己の魔力を注ぎ込むが、半自動魔力供給結晶は光りもしなければマルヤマの魔力が減りさえもしない。


「ダメじゃ魔力波が合わんわい…専用の魔力調整機が無くてはどうにもできん…」


「仕方がないですよ…小型飛空挺はここに残置して、樹海へは徒歩で向かいましょう…」


装置の起動を諦めた二人は、機関室を出て貨物室の方へ向かう。

貨物室には搭乗していた冒険者達が集まって談笑しており、カズキ達が来ると一斉にそちらを向いた。


「……ダメだったよ…」


カズキの言葉に皆は落胆する。

そこに『スウィート・スウィーツ』リーダーのメグミとアズサがカズキに言う。


「やっぱりか〜…初期起動でしょ?魔力0の結晶に魔力波に合う魔石でも探してこようか?」

「魔石さえ有れば機関室の機械類で何とかなる…でもメグミ次第だから…」


カズキの一言だけでここまでどんな情況かを読み取れる二人は何者なのか…


「通常の飛空挺よりも特殊な構造ですが出来ますか?」


「あったりっまえじゃん♪」

「出来ないことは無いけど…本当にいけるんだろうな…」


カズキの問いにメグミは元気はつらつと言った感じでアズサは何処か自信無さげだが、二人は冒険者では希な技能の持ち主で『国家認定・特種魔石技術士』という国家資格を持っている。

特種以外には甲種・乙種・丙種となり、それぞれの資格に準じた魔石使用型の機械を扱う又は整備・製作が出来るらしい。

ならば先ほどのカズキ達の作業を彼女等がヤればと思うが、それはマルヤマが『ワシがやる…彼女達に落ち度はないからの』と、発熱機をフルに使用していた彼女達に気を使ったのと、娘達以外の女性との話しづらさがあり話しやすいカズキを指名したのである。


「ならスイート達は動力の復旧にかかってくれ…」

「了解了解〜…あとね、スイートじゃなくてスウィートね?スウィーーート♪」


発音を間違えたカズキの指示は了承したメグミだが、ネイティブな英語の発音にこだわりがある様だ。

ちなみに彼女達のパーティー名『スウィート・スウィーツ』の意味は『甘い物は汗をかいてから!』だそうで、働いて汗をかいてお金を貰って甘い物をたらふく食べる事を信念としているらしい…実に女の子らしいパーティー名だ…


「機械の事は解らないから、私とトモエはカズキ達と一緒に行くよ。メグミとアズサだけで何とかなると思うし、エイジはあれだし……」


発言したのは普通代表のハナコだ。

エイジのあれとは飛行酔いの事で、今は外の空気に当たっているが体調はあまり芳しくないと先ほどハルナが言っていた。


「そうだね、ならハナコとトモエは一緒に行こう…アズサ、あとは頼んだ…」


「治るかどうかは期待しないで、なんちゃって技術士だから…」


カズキはアズサだけに声をかけるが、アズサは相も変わらず卑屈だ…


「私は!?私、リーダーなんだけど!?」


「メグミはちょっと落ち着いた方がいいよ…」

「牛乳を飲めばいいのでは〜?」


カズキに名前を呼ばれなかったメグミが騒ぎ始める。

ハナコが普通にいろんな意味でつっこむが、トモエはメグミが怒っていると思いカルシウムを取れと言いたい様だったが、ハナコに「メグミは怒ってないし、飲んでも意味ないよ」とトモエに教える。


「リーダーもよろしく」

「名前を呼ばないんかいっ♪」


ついでとばかりに言うかずきに、名前を呼ばれないメグミが楽しそうにツッコミをいれる。


「本当に怒ってないですね〜…何を飲めばいいのでしょ〜?」


「……何も飲ませなくていいから…」


天然娘のトモエに再度ハナコが言った。


その後、メグミとアズサに飛空挺をまかせ他の者はユキュノを発つ…

この行動が後にシネラ達を窮地に陥れるが、それが逆に奇跡を起こす事をまだ誰も知らない……





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