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25話:そして動き出す。運命とは…

 「ローレス…マリアの事は任せろと言っただろ?今はこっちに集中しろ…」


厳つい顔のくせにマリアの事になると心配し過ぎるスティフォール伯爵に、アルバードが注意する様に言う。


「何だ、ローレスはまだ娘離れできんのか?」


S級冒険者兼ツキジマ流槍術範士のイオリ・セブが、スティフォール伯爵の隣に座る衛兵隊隊長のリューゼン子爵に訊ねる。

…ちなみにリューゼン子爵はスティフォール伯爵の三女マリアより12才年上の長女アリアの旦那でもある…


「いえ…あの…解りかねます……」


「範士殿が訊ねては畏縮してしまいますよ…お家事情はその方々に任せ、話を戻しませんか?」


おどおどするリューゼン子爵に助け船を出したのは錬金術士のセヴリス・グロージャーというエルフの男性で、公都ガルデア行政監査局局長という軍政にはあまり関わらない人物である。


「…そうか…すまないな」


「まずはその面を外せばいいじゃない?セブさん可愛いんだし〜」


無表情の平たいお面を付けているセブに、ラザン侯爵がお面を取る動作をしながら言ってくる。


「お母さん…セブは上がり症で――」

「――アルバード!私のことはエリたんと呼びなさいと言ったはずよ!?」


アルバードの義理の母でカリナお母さんでエリたんこと、本名エリナトーア・ヴィ・ラザンが隣の席に座るアルバードをバシバシ叩く。

叩かれるアルバードは「エリたんはムリだって!?…いて!ちょっ!?」などと抵抗する。


「おふぉんっ!…親子喧嘩もほどほどにな…して、エリたんは何人出せるかの?」


この中で一番偉いガルフォール公爵でさえラザン侯爵をエリたんと呼ぶ…

エリたんと呼ばれて気がよくなったラザン侯爵は言った。


「衛兵隊50名を残して樹海に行くわよ♪」


軍政室にどよめきが走る…ラザン侯爵は近衛連隊(王都では師団)の連隊長で、公都防衛の要なのだ…そんな連隊長が連隊360名中200名ほどにもなる衛兵隊の四半分しか残さずに、ほぼ連隊総出で樹海に行くと言えば動揺するのは間違えではない。


「私は反対ですぞ連隊長…」

「公都の守護はどういたすおつもりで?」


ラザン侯爵に異を唱える二人の男性は、近衛隊隊長のダギュイ伯爵と近習隊隊長のアガルダルタ伯爵だ。

この中でも古参の隊長格な二人の言うことに同席者達も頷いている。


「…ウザイわね〜…なら、公都兵術科学校のやつらを引っ張ってくれば良いでしょ!連れていく近衛連隊の各隊は半分ずつ!」


古参の二人に反対されたラザン侯爵は、悪態をつきながら渋々編成を変える。

反対したダギュイ伯爵とアガルダルタ伯爵は「それならいいでしょう」と納得してくれた様だ。


「なら…学長が声をかけると教官達が狂喜乱舞するので、私から説明しておきます」


ラザン侯爵の発言に衛兵隊隊長のリューゼン子爵が説明を勝ってでる。

ラザン侯爵は公都兵術科学校の学長も兼務しており、しかも教官や職員達からアイドル並みに崇め奉られている…エリたんという愛称も、率先して学校の教官達に呼ばれているらしい…


「人員は決まったな……魔獣討伐隊ガルデア軍混成団長はコリアノール…副官にスティフォールとセブだ。よろしく頼む…」

「ちょっと私は!?またお留守番なのはいやー!」


ラザン侯爵はガルフォール公爵が指名した名に、立ち上がりながら異論を唱える。

それに対して近衛連隊の部下達が口々に言う。


「公都守護の任は近衛にあり…」

「近衛騎士たる者、任から離れるべからず…」

「民を護り、公都を守護せよ…隊則ですね…お作りになった隊長自らお破りなるのですか?」


「……」


ぐうの音も出ないラザン侯爵に、ダギュイ伯爵が続ける。


「近衛の隊長格が公都を離れる時は、公都が無くなり自らが死する時のみです…お座りください…」


「……わかったわよ…ふん!」


ふて腐れるラザン侯爵は、座ると同時にアルバードの肩に八つ当たりの肩パンを入れる。

八つ当たりされたアルバードは「何でっ!?」と肩の痛みを感じながら言うが、ラザン侯爵はつまらなそうにアルバードを見るだけだ。


「すまんなエリたん、今回も公都を頼む…」


ガルフォール公爵が申し訳なさそうにラザン侯爵に言うが、ラザン侯爵は「いいわよ…いつものことだし…」と言い、不機嫌のまま目を瞑り黙ってしまった。

不機嫌なラザン侯爵のお陰で重苦しい空気になった軍政室だが、混成団長に任命されたコリアノール侯爵が発言する。


「…それでは本日5の刻に編成を完了し、5日後に白黄樹海西部でダリシアとセイローと合流する…ダリシア軍は大丈夫かスティフォール伯爵?」


「ああ、家内…タスティアが指揮を取っている…問題はない」


コリアノールの問いに答えるスティフォール伯爵だが、スティフォール領領主の彼が何故ガルデア軍にいるのか…

それは妻のタスティアが『騎士である方が貴方らしくて素敵よ♪』とまあ、色々あって領主を妻のタスティアに任せてガルデア軍にいるということだ。

今は詳しくは語らない…


「よし皆の者、頼んだぞ!」


「「「はいっ!!」」」


ガルフォール公爵の檄に騎士礼で答える混成団の長達、そして軍政室での会議は終了となり、各々が軍政室を後にする中スティフォール伯爵にアルバードが呼び止められる。


「アルバード、ちょっといいか?」


「…ああ、いいが…」


スティフォール伯爵は軍政室の3つ隣の部屋にアルバードを連れ込む。


「本当に行くのか…樹海に…」


スティフォール伯爵が何を聞きたいのか理解しているアルバードは、その言葉に頷きながら答える。


「そうだ、四日後にはガルデアを立つ…心配するな、教官連中には実力者をつける…」


「だがマリアはまだ戦えないだろ!?死んだらど――」


スティフォール伯爵がアルバードの胸ぐらを掴むが、アルバードは気にもせずに言葉を返す。


「――冒険者に死はつきものだ、マリア自身もそれを解っている…それに…ユリがマリアを見殺しにすると思うか?」


「…それは…そうだが……」


胸ぐらを掴む手をアルバードが優しく引き剥がし、スティフォール伯爵に諭す様に言う。


「…あいつらは運命に導かれた。ユリもそうだが、今回受講習するアドラスと――」

「――そうだとしても、マリアにはまだあの力を制御する術はないだろう!」


それでも心配なスティフォール伯爵は、アルバードに言い返すが、アルバードは黙るだけだ。


「あの力を上の娘達はおろか、私でさえ扱いかねるものだ…到底マリアが扱えるとは思えない…」


スティフォール伯爵はマリアが心配なのだ…それを知るアルバードだが、今の言葉に不快感を示す。


「それを決めるのもマリア自身だろう…あの時お前は怖じ気づいた…そのツケが今だと思えるが?」


「そ…そうだが!?マリアじゃ――」


言い返そうとするスティフォール伯爵に、今度はアルバードがスティフォール伯爵の胸ぐらを掴む。


「――いいかげん現実を見ろ!お前が力を怖れるのは仕方のない事だ、決して無理強いなどはしない!だがな…ローレンスがマリアを思う気持ちも解らないわけではない…」


胸ぐらを掴む手を放しながらアルバードは話を続ける。


「あの時に終らせられなかった俺たちのツケは、今の世代に流れはじめている…その次は…解るだろ?それを俺たちの代で何とかしたい…」


「…すまない、私が不甲斐ないばかりに……フォールの名折れだ…」


肩を落とすスティフォール伯爵に、アルバードは肩を叩きながら「俺たちも同罪だ」と言う。


「すまなかったなアルバード…お前も忙しいのに…」

「お前も、か…まあローレスよりは忙しくはないな…ガハハハッ!!」


ここに来てはじめて笑ったアルバードに、スティフォール伯爵も釣られて笑った。


「ハハハッ!相変わらず優秀な人材がいるな、うらやましい…」

「ガハハハッ!お前も騎士団連中が居るだろ、お互い様だ!」


二人は肩を抱き合い笑い続ける…


あの時…あの力…運命とは……





 隊列組んでフォール山脈の山道を進むガルデア軍混成団。

その隊列の先頭を騎乗して進むのは混成団副団長のスティフォール伯爵と、馬にも乗らず歩きもせず魔法か魔道具か解らないが、浮遊しながらついてくるロージェンヌが話をしている。


「ローヌ殿が来てくださるとは思いもしませんでしたぞ!」


「まぁ…暇やったからなぁ…」


ガルデアを立ってからすでに三日が過ぎ、大部隊の移動なうえ屈強なガルデア軍達は猛獣をものともせずに行軍する様に、中衛部隊で暇をもて余していたローヌは『ウチも猛獣を倒したい(暴れたい)!』と言うので、先頭部隊を率いるスティフォール伯爵の元へと来たわけだが…


「…あんたら強すぎやな…」


「いえ、ローヌ殿にはお遊戯程度だと思います!」


スティフォール伯爵の部隊で聖騎士師団からは輜重騎士だけのはずだったが、赤虎の騎士団副団長のロマウが『軽傷の騎士52名が居ます!私も一緒に樹海へ向かいましょう!』と、出発前に重装備(行く気満々)で加わり現在の情況に至る。


「休養を与えて、公都で待機せよと命令しましたが…ロマウはユリの友人ですし…何より一度は冒険者になった者ですから、樹海にいるガルデア捜索隊との連携を兼ねて――」

「――そんなん聞いてないわ!強すぎるぅ言ってんねん!?ウチの出番が無いやろー!!」


スティフォール伯爵が事の経緯を説明していたが、ローヌはただただ暴れたいだけなので責任者のスティフォール伯爵をポカポカと叩きながら怒っている。

そこに返り血まみれの騎士が猛獣との戦闘を終え、スティフォール伯爵とローヌの前に駆け寄ってくる。


「ローヌさーん!見てましたか?新記録出ましたよ!!」


怒り狂うローヌへ、一度の討伐数を団員と競っていたロマウが暢気に言ってくる。

勿論ローヌの怒りの元凶は猛獣をバシバシ狩っていく赤虎の騎士団連中なので、その副団長たるロマウへと向けられる。


「やましわっボケー!!」

「ごぼうっ!?」


ロマウの脳天に踵落としを食らわせたローヌは、それでも怒りが収まらないようで団員達にも牙をむく。


「貴様ら強すぎなんじゃーボケかすーー!!」


猛獣の如く赤虎の騎士団に襲いまくるローヌに団員達は勝てるのか…否!勝てるはずもなく、一瞬で蹴散らされる…



「危険度ランクだといくつだろうな…」

「…間違いなく、SかSSランクの天災級…」


先頭部隊の後ろに付く第一攻撃魔法隊隊長のバイハーナ男爵と第三攻撃支援魔法隊隊長のソネダ男爵が、先頭で繰り広げられている光景を眺めながら会話をしている。


この部隊は遊撃魔法団の4部隊ある魔法隊で、今回の混成団には第一と第三の魔法士達が選抜された。

他にも魔法師団からは、防衛魔法団から広域防御魔法隊と属性結界班、治療魔法隊から第二・第三治療技術班が帯同している。


会議で物議をかましたラザン侯爵の部隊、近衛連隊からは近衛隊40名と近習隊25名と衛兵隊からの100名を、後衛の輜重騎士隊とあの赤虎の騎士団に組み込み、その混成赤虎の騎士団の隊長は、今まさにローヌにやられたロマウが隊長である。


「大丈夫なのか、スズキが隊長で?」


「知らんな、騎士団がいなくても攻撃魔法団で何とかなる…」


バイハーナ男爵がロマウの心配をするなか、ソネダ男爵はドライな性格の様でロマウの心配など微塵も感じない。

バイハーナ男爵がロマウの事をスズキと言ったが、それはユリとの過去の出来事からの由来があるので、ここでは割愛する。

ちなみに緑牛の騎士団副団長のスミルと同様に、爵位は准男爵である。


「冷たてぇな〜同じ和名同士仲良くしろよ?」


「私の名は数百年の歴史と伝統がある。取って付けた名の者と、馴れ合う事は出来ない…」


淡々と答えるソネダ男爵にバイハーナ男爵は「あっそ…」と呟き前を見る。


「お!スティフォール伯爵が止めに入ったぞ?見ものだな!?」


「…瞬神のフォールか…」


前方でスティフォール伯爵と暴れたい放題のローヌの戦いが始まった。


ガルデア軍混成団は狭い山道を進…まない、スティフォール伯爵とローヌの戦いは、後続の部隊からの苦情によりすぐに終了する。


その後、不完全燃焼のローヌを何とかなだめながら進む混成団は、合流場所の樹海とフォール山脈の境目に到着するのであった…






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