24話:その影のような…
召喚士が召喚する生き物は二種類ある…
1つは魔獣召喚…遥か昔は魔物と呼ばれていたが、現在は猛獣の突然変異と判明しており、今の呼び方に統一されている。
魔獣召喚は魂の力に比例して召喚するため、召喚士の魂の強さにより、より強い魔獣が召喚でき、また服従させる事もできる。
2つ目は精霊召喚…四大精霊の眷属やその土地に宿る精霊達を、魔力と引き換えに召喚する。
両方とも魔力を消費するが、精霊召喚は魔力を大量に奪われるので、魔力量が多い召喚士しか使う事が出来ない。
現在、ほとんどの召喚士は魔獣召喚が主だ。
彼もまた魔獣召喚を使う召喚士であり、そして魔獣に憑依された者でもある。
『コイツらもケイタの仲間か?』
「……いや…たぶんセイローの冒険者だと思う…」
交互にしゃべる青年…B級冒険者のケイタは、相棒?のダナクマグナが使った闇魔法で白黄樹海南部に移動してきたが、魔獣にやられたのであろう、冒険者達の亡骸が辺り一面にバラバラになって散らばっていた…
「まさかアイツが…」
『だろうな〜、麒麟が召喚した魔獣にやらせたんじゃね?』
間違いなく麒麟だと言うダナクマグナはケイタの右手を動かし、正面の骸を指さす。
『コイツらの魂で高位魔獣の召喚をしたな…徐々に身体の肉が朽ちてやがる…』
「ああ…俺たちが神殿に行く前には召喚してたな…」
ケイタが冒険者達の亡骸を触りながら、徐々に朽ちていく筋肉の厚みを確認する。
『俺たち!?…やっと俺を受け入れたか!うれしいぜ兄弟♪』
「ちがう!?…今のは言葉のあやだ!勘違いすんな!!」
ダナクマグナが嬉しそうにケイタの声で言うが、ケイタ本人は今でもダナクマグナを疎んでいる。
『なんだよ〜、なかなかいないんだぜ〜?精神体と同調できる人間はよー』
ケイタの身体を勝手に動かし、自身を抱きしめるダナクマグナ…ケイタはすぐに身体の主導権を自分に戻す。
「くねくねするな!…召喚に召喚を重ねて現れたお前のせいで、俺は咎人に間違われたんざぞ!?」
『んなの知らねーよ!…極大召喚の練習だか何だかわからねーが、たまたま麒麟の召喚とケイタの召喚が、同じ異界点だっただけじゃねーか!』
ダナクマグナは『俺は悪くない!』と言い、ケイタが苦虫を潰したような顔をしながら、あの時の事を思い出す……
フォール山脈アシュタ山中腹・ガルデア鉱山・魔石鉱跡地…
召喚士は、召喚した魔獣が人の住む街に被害が及ばぬよう魔獣を召喚する場所は、各行政か冒険者ギルドが指定した場所でしか召喚してはならない。
そのため召喚士のケイタは、冒険者ギルドで指定されたこの魔石鉱跡地で魔獣召喚の訓練をしていた。
「描き間違いはないよな…」
自分で描いた召喚魔法陣を入念に確認するケイタは、兼ねてからやりたかった極大召喚を行おうと高価な魔法薬を買い集め、遠路遥々魔石鉱跡地にやってきて、家一軒ほどの魔法陣を描きあげた。
「大丈夫だな…よし!ここなら魔獣も早々には外に出れないし、結界装置も作動済みだから始めよう!」
ケイタは神経を研ぎ澄ませながら魔力を練り上げる。
「くっ…陰力が強いな!引き込まれそうだ…」
召喚士は異界からの引力を陰力と呼び、こちら側からの引力を陽力と呼ぶ…もし異界の陰力に負け引き込まれたならば、自らの魂は異界に取り込まれ、肉体は魔獣の魔力に変換されて徐々に朽ちてゆく…
「ヤバい強すぎる…これが極大召喚か……うわ!?」
強すぎる陰力で意識が遠退きそうになるケイタの前で召喚魔法陣が激しく閃光し、爆風とまではいかないが、結界を施した空間に強い圧力が生じる。
「ぐ…ぐはっ!?」
ケイタは結界の障壁まで吹き飛ばされ地面に這いつくばりながら、召喚魔法陣が有った場所を見る。
目の前には、極大召喚ではあり得ない光景が広がっていた。
「なんで…高位魔獣が…」
召喚する魔獣にも階級が存在する。
よく召喚士が召喚する魔獣は、主に下位魔獣(猛獣又は小型魔獣)が多い…
召喚によるリスクは、下位魔獣<中位魔獣<高位魔獣と、高ければ高いほど死の危険が上がる…その高位魔獣の上位召喚の上に、悪魔召喚と呼ばれるものがあるが、それは何時か語るとする…
極大召喚で召喚された魔獣は5体。その5体ともケイタの身体の何十倍もの身体を、結界の障壁に阻まれながらもこの開けた空洞にひしめきあう。
「…結界装置止めないと……」
ケイタは装置止めようと装置に手を伸ばすが、伸ばした手を止めその手で背中背負う剣を抜いた。
「ここでコイツらを倒さないと…人が街が……」
結界装置を止めれば魔獣は外へ出てしまい、麓やそれ以外の街に被害が及ぶと考えに至り、ケイタは5体の魔獣と戦う事を選んだ。
本来召喚士は従魔(召喚した魔獣)を使役して戦うが、ケイタは剣士として訓練もしており、現在、魔力が枯渇している状態でも戦う事が出来る。
「…呑む約束、守れなかったな……すまないイリード…」
ケイタは、同じパーティー仲間のイリードとの約束を思い出しながら剣の柄を強く握りしめ、魔獣の前へと足を一歩踏み出す。
だがケイタは歩みを止めた…目の前には1体の影のような魔獣が突如現れ、ケイタから身体の自由を奪う。
「な!?……くそっ…何だこれは!」
『…■▲●▼……▼▲◆◆●■…』
影の魔獣はケイタに何かを話すが、ケイタは聞き取れない…この世界で生きる転移者は、女神からあらゆる言語の知識を与えられているが、この魔獣から発せられる言語は未知なる言葉だ…
「は…放せ…」
『■●▼▼…▲▼●●◆…』
もがくケイタに影の魔獣はまた何かを発しながら、ケイタの身体に覆い被さる様にして、徐々にケイタの口の中から体内へと入っていく。
「もが!?……ぁがが…あが…ががが…」
身動きの取れないケイタの体内に、影の魔獣の身体が全て入り込み、ケイタは金縛りが取れたように自信の身体を確かめだす。
『……』
手足を動かし、他の魔獣が居るのも憚らず、握っていた剣を振る。
『…マジでいいな〜♪肉体ってのは……精神体よりも感度が良いぜ!』
ケイタであるはずだが今はケイタ本人ではない…影の魔獣が憑依して、その肉体を確かめていたのだ…
『ほうほう…お前、魔法も使えるのか……召喚魔法を使うんだから当たり前か…』
影の魔獣はケイタの身体を使い、ケイタが使える魔法を試している。
他の魔獣に攻撃魔法を当てて威力を確認しているが、当てられた魔獣は反撃してこない。
『弱…何だよ!人間ってのは魔法もまともに使えねぇのかよ!?』
苛つく影の魔獣は他の魔獣に当たり散らす…それでも当たり散らされた魔獣は反撃しない…
『おい中位魔獣ども、結界装置をさっさと壊せ…んな事も言われなきゃ出来ねえのか?』
4体の魔獣は影の魔獣に命令され、結界装置を攻撃する。装置は自体も結界に守られていたが、数度の攻撃で破壊されしまった。
『よくやった!よ〜し、人間を殺し――うが!?何じゃこりゃ!』
影の魔獣は見えない壁にぶつかり、その壁を叩くいたり剣を突き立てたりするがびくともしない。
他の魔獣も攻撃をするが、この空洞全てを覆うように見えない壁が張り巡らされていた。
『こいつはやられたなぁ〜、装置を壊して結界を解いても、永続魔法で作られた見えない結界を作ってるかよ〜…やるなぁこいつ…』
そう、ケイタはもしもの時に備え、結界装置以外にも自身で作った結界を二重に設置していたのだ。
『どうすっかなぁ――』
「――結界は解かないぞ、クソ野郎が!!」
影の魔獣に乗っ取られたと思われたケイタ本人が、すでに解かれていた影の魔獣から受けた魔法が身体に感じないのを確認し、影の魔獣から主導権を取り戻す。
「はあはあ…ふざけやがって、俺の身体を奪われてたまるか…」
身体がケイタ本人と入れ替わり、4体の魔獣が敵意を向けてくる。
ケイタは剣を構えるが身体が思うように動かない。
『おいおい…まさか自我がまだ残ってたんかよ……』
「クソ!?…出ていけクソ魔獣が!」
剣を構えたり構えを解いたりと、ケイタと影の魔獣が入れ替わり立ち代わりで、その様子を見ている魔獣達が困惑している様にもみえる。
『出ていけねぇよ、一度憑依したら二度と出れねぇ』
「魔獣のクセに何が憑依だ!」
『こいつの自我が消せねぇ…お前、同調者だな?』
「勝手に喋るな!何が同調者だ!」
交互に喋るケイタ達?だが、影の魔獣がケイタの自我が消さない事が解ると同時に、影の魔獣とケイタの陰と陽の波長かみ合うのを感じとり、ケイタを同調者と認識したようだ。
同調者とは、違う世界に居る自分であり自分ではない者がどちらかの世界へ現れ、抵抗なくお互いの魂を融合できる者の事を言う。
『何だよ知らねーのか?同調者ってのは自分だが自分じゃねーヤツと、魂で繋がる事だぜ兄弟?』
「…ピスメク…何だよそれ――」
『――とりあえず俺の知識を送るぞ〜』
少し混乱しているケイタに、影の魔獣は自身の記憶を送る。
今はケイタ本人だろうか、驚いた顔で知識を開き今の現状の全てを理解する。
「こんな…事が…」
『マジマジ、俺も初めて会ったぜ!同調者〜…あっ!?俺、ダナクマグナってんだ!よろしくな兄弟!!』
影の魔獣改め…ダナクマグナが当然の様に自分の名前を教えてきた…ケイタはまだ、ダナクマグナから送られてきた知識を頭の中で本を読み返すように確認している。
「……あと1分…あと1秒でも早く召喚魔法を!?…いや…止めておけばこんな事には……」
『兄弟よぉ〜、これが運命ってやつだぜ〜?』
召喚した時の事を思い出して後悔しているケイタに、ダナクマグナはおどけながらケイタの身体で変なポーズを取る。
「お前が運命と言うな!!」
ケイタはここ数日ほど嫌気がさしていて、こんなやり取りも今日だけではない…ぼぼあの日から毎日なのだ、嫌気を通り越して自殺まで考えたらしい…
だが、それをしようとしてもすぐにダナクマグナに感ずかれてしまう、お互いの魂が繋がっているせいなのかもしれない。
『カリカリすんなよケイタ〜、それより麒麟のこと忘れてね?』
「誰のせいで!…はぁ〜もういい…あいつの波長、追えるか?」
いきり立つケイタだったが…麒麟の事を思い出し、優先すべきは麒麟の討伐…
あの魔石鉱跡から逃げる時にダナクマグナはこう言っていた…『あいつに召喚されたと同時にすぐにケイタに召喚されちまったが、最初に感じた麒麟の魂の波長を覚えてるぜ?…教えてもいいが、美味いもん食わせろ!』と…
そんな訳で咎人として逃げるケイタだったが、途中で寄った街でたらふくダナクマグナに飯を食わせたので、ダナクマグナを麒麟の所まで案内役として今は渋々憑依させてる。
何時か消し去ると思いながら…
『行けるぜ〜♪』
「なら行ってくれ…次こそは…」
思った事を心の片隅に留めとくケイタだが、同調した二人(一人と一体)には隠し事など出来ない。
『消えねぇよ〜』
「絶対消し去る…塵も残さずにな!」
近代の同調者に成ってしまったケイタとダナクマグナは麒麟を倒すため共同する。
全てはあの日から始まった…
それを知るのは極一握りの者と、異界から来たダナクマグナと同調者のケイタしか知らない。
あの日から、ラトゥール世界の均衡が崩れ去っている事を……
ガルデア公城軍政室…ガルデア方面軍の重鎮達と冒険者ギルドのギルマス・アルバード、S級冒険者兼ツキジマ流槍術範士のイオリ・セブ、魔法士学会・神級魔法士のロージェンヌ、同じく神級魔法士のカームャッティ、錬金術士のセヴリス・グロージャー等が、今後の行動を話し合っていた。
「魔法師団はどうかね、対処出来るか?」
公都ガルデアの領主にして方面軍将軍のガルフォール公爵が、魔法師団師団長のコリアノール侯爵に訊ねる。
「……属性の、相性が悪いかと…」
ガルフォール公爵の問いに、師団長のコリアノール侯爵は険しい表情のまま答える。
「コリアノール卿!我等が魔獣ごときに負けると言うのですか!?」
いきり立ちながら叫ぶのは遊撃魔法団団長のエナノール伯爵で、ガルデア方面軍の攻撃魔法士の頂点に立つ気性の荒い男性だ。
「クソ餓鬼や…コリアノールの言うことが正しいわ、さっさと座らんかい阿呆が…」
「すみません…」
エナノール伯爵にクソ餓鬼と言う女性…幼女?少女は、ロージェンヌ雑貨店の店主…でもあるが、今は魔法士学会の2トップの一人で雑貨店の名前と同じロージェンヌだ。
年下そうにも見えるローヌに怒られたエナノール伯爵はすぐさまローヌに頭を下げて謝る。
「チビわぁ、相変わらずぅ頭に血さのぼるが早いっぺよっ」
エナノールをチビ呼ばわりする美女だが独特の訛りが強くて美しさが2割減な女性は、ロージェンヌと同じ神級魔法士のカームャッティで通称カーティだ。
「カーティ顧問の言う通りですな」
「そうそう、気が短いと下の者がすぐに死んでしまうぞ?」
カーティにつられる様に先に話し出しのは防衛魔法団団長のティハラート子爵、その後に話し出したのは治療魔法隊隊長のラカイダタ子爵だ。
二人はエナノール伯爵より下の子爵位だが、歳は一回りも上でエナノール伯爵は昨年から団長に就いたばかりの新米団長なのだ。
ちなみにカーティが顧問と呼ばれる理由は、方面軍魔法師団の魔法技術を兵達に教えているため顧問と呼ばれている。
「…ガルフォール卿、聖騎士師団は――」
聖騎士師団師団長のスティフォール伯爵がコリアノール公爵に進言しようとするが、公爵が手で話を制止ながら言う。
「――なに…騎士師団の現状は聞いておる……だが魔法士達だけでは心許ない…すまんが輜重騎士だけでも出してくれぬか?」
「……はい…」
どこか浮かない様子のスティフォール伯爵、アルバードから娘マリアの様子を聞いた後だからだと思うが、自身が率いる聖騎士師団よりもマリアの事が気がかり過ぎてほとんど話を聞いていない。