23話:講習3日目、日の出〜
フォール山脈2400メール山頂…6つある頂の中で一番低いこの場所は『アイナ』と呼ばれており、光神アイナから取ったそうだ。
折角なので他の5つの頂も紹介しておく。一番高い8005メールの頂が『アリマ』、7422メールの『イシュタ』、6883メールの『シャタナ』、5359メールの『テマヌ』、3666メールの『ルリュミ』…勿論、猛獣や竜種の生息地なので登山はおすすめしない…
「ヤっちまったな…」
「……そだね…」
受講者達は崖を登りきり、山頂で朝日を浴びているが、ベスとタマの師弟コンビは、崖っぷちにいるマリアとモビナを眺めている。
「話せばわかるですー!?」
「ちゃんと登って来たよー!!」
「精霊魔法は使うなと言ったのは覚えてる?」
マリアとモビナを、某サスペンスドラマのワンシーンばりに追い詰めるモニカは、怖い表情だが何だか楽しそうだ。
「覚えてるです〜!」
「うんうん!だから普通の魔法を――」
勿論マリアとモビナは覚えている…だから基本魔法を使った……いや、使ってはいけなかった。
「――…エ・シア」
モニカの魔法が、マリアとモビナを崖から浮かせる。
「ぎゃー!高いですー!?」
「ぃい〜!?」
「落ちなさい…」
浮かびながら手足をバタつかせていた二人は、モニカの一言で崖から落ちていった。
それを眺めていた受講者達は、崖に近づき下を見る…バカ二人は見えないが、たぶん生きてるだろう…
「さて、実験は済んだわ!次はだれが行くの?」
そうこれは、モニカによる実験だったのだ。
アイナ山の崖を登ると降りる時も崖になるので、モニカが時間短縮方法があると言い出して、マリアとモビナを実験台として断罪し、いまの様な光景が繰り広げられたのだ。
この魔法には安全の確保などは無い、ただ浮かび、そして落ちるのみの一方通行だ。
今のマリア達を見て、誰が進んでやりたいと思うのだろうか…
「……誰もいないの?ならベスとタマね…」
「なんでだよ!?」
「やだー!!」
モニカの鶴の一声で師弟コンビが当選した…嫌がる二人だが、モニカはすでに魔法を発動させている。
「一度に二人までが限界なの、我慢してね…」
「我慢って!――」
「がまんできなー!?――」
モニカの魔法は定員が二人までらしい、師弟コンビは文句を言い終える前に、朝日に照された崖の反対側のまだ薄暗い崖へと落ちていった。
その後、次々とモニカに落とされ行く受講者達と教官達…勿論シネラは、一番最後にモニカと安全に降りた。
「…漏らした?」
お漏らしをしたマリアの下着を、樹海側の崖を登りてから少し歩いた所で、ダイナと洗っているシネラにモニカが訊ねている。
「うん、今は替えの下着を履き替えたけど…そこの陰で……」
シネラは下着を洗いながら岩陰で座りこむマリアを見る。
モニカもマリアを見つけた様で、ため息をつきながらマリアの元へ近づく。
モニカが岩陰に隠れたマリアを除き込むと、マリアは地面に何かを書きながら呟いていた。
「ブツブツ…ブツブツ…ですー!」
「……」
地面に書かれている文字を、モニカは声に出さないように読む。
マリアはというと、まだモニカの存在に気づいていない様だ。
「バカモニカー、ケチんぼモニカー、ユリ真似モニカー、です〜!」
「……」
書いている内容を口ずさみ、ご機嫌なマリアはさらに悪口を書き続ける。
「毎日日替り女〜、ツンツン受付〜♪、つり目〜♪、です〜♪」
「……」
モニカはじっとそれを見る。
そこに洗い終えたシネラとダイナがやって来る。
「マリア〜終わったよー!……!?…えっ!」
「皆には…黙っておく…気に………!?…はっ!」
岩陰にからマリアを覗いたら、モニカが鬼の形相で佇んでおり、シネラとダイナは驚きながらマリアを見ると納得した。
「ありがとうです〜!みんなには内緒……デスーー!!?」
悪口を書いていたマリアは、顔を上げながらお礼を言う…そしてモニカの存在を確認した…
「…覚悟は出来てるかしら?」
「……デス…」
モニカの愛のある拳が振り下ろされる…
恐怖を感じたマリアは、自分に近づく拳をスローモーションの様に感じながら、当たる前の恐怖で失禁し、再度お漏らしをしてしまった。
その後、樹海に向かう講習組全員に、お漏らしの件がバレたのは言うまでもない……
フォール山脈を下るも、樹海まではまだまだ遠い。
しかも猛獣がひっきりなしに現れ、樹海までの進路を妨害してくる。
「やぁー!」
「てーぃっ!」
「だっ!」
講習組は隊列を組ながら交互に猛獣を駆逐しており、班を3班に分けて行動中だ。
班の内訳は…1班にアドラス、マリア、ブルーム。2班にモビナ、ヒーテ、タマ。3班にシネラ、ダイナ、トット。
各班は前衛班と後衛班に別れ、中衛班は支援に徹する傍ら小休止をする様な流れだ。
現在、前衛班に猛獣が集中しており、3班のシネラ達が奮闘している。
それを支援する中衛班は1班のアドラス達だ…
「前衛しゃがめ!」
「アドラスの準備ができたですー!」
「固定完了です!」
中衛班のアドラスをブルームが土魔法で固定し、マリアが固定されているアドラスを猛獣から守る。
固定されたアドラスは、身の丈程のもある魔銃砲を構えており、魔力の充填が完了したようだ。
「3班、下げ!!」
シネラの号令で班員は一斉にしゃがむ…それを確認したアドラスは、魔銃砲を発動させた。
「60方位!ファイア!!」
アドラスの魔銃砲は扇状に魔法が伸びて、猛獣どもを消滅させていく。
ちなみにこの魔銃砲は射つまでに5分もかかり、1日に3回までしか射てない大量の魔力を消費する魔銃砲なのだ。
そして、魔銃砲の使用は今ので3回目だったりする。
「いつ見てもすげーな…」
「猛獣を跡形もなく消し去ったな!」
「さすがアドラスさん!!」
教官達も絶賛している魔銃砲だが、3班のシネラとトットに被害が及んでいた。
「…ちょっと焦げた…」
「アドラスの下手くそー!」
うつ伏せにしゃがんだシネラとトットの尻尾の先が焦げてしまい、二人とも尻尾を身体の前に持ってきて、アドラスに文句を言っている。
「んだよ〜、尻尾をちゃんと仕舞わないからだろ〜?」
「マッチ棒見たいです〜♪」
「…マリア、また怒られるよ…」
文句を言われたアドラスは魔銃砲をバラシながら言い返し、マリアはゲラゲラとシネラ達を笑い飛ばしていて、ブルームに止めるように諭されている。
さて、見事猛獣を駆逐した1班と3班だが、2班はというと…しっかりと後衛として猛獣の群れと戦っている。しっかりとと言うより、2班だけで1班と3班より倍の猛獣を相手にしている情況だ…
「ヒーテ撃ちまくれー!」
「マリ!前、まえ!?」
「うにゃー!!」
モビナが精霊魔法をバンバン使い、猛獣が近づくのを阻止しているかたわら、ヒーテが魔銃を撃ちまくる。
タマはヒーテやモビナが倒し切れずに近づく猛獣を、至近距離からワンパンで蹴散らす。
「うにゃー!…てかっ、多いから!?誰が助けてー!」
防戦一方になりかけている2班は、一番猛獣と格闘しているタマが悲鳴を上げている。
「…マリア!シネラ!…タマの支援に入りなさい!」
「「はい(ですー)!」」
各班の戦闘を高い岩の上で見ていたモニカから指示がとぶ…シネラとマリアは即座に動きタマの支援をする。
「シネラ姉〜、マリア!」
「タマ!」
「不甲斐ないです〜♪」
白猫の守護者(ユリ不在)のかしまし娘達の本領発揮である。
モニカが他の受講者達を指名しなかったのは、連係が取りづらい小数人対多数の敵の戦闘になるため、普段から慣れている3人をあてたのだ。
「渡り鳥!」
「あいよー!」
「了解です〜!」
シネラが陣形を指示する。
渡り鳥とは一人が支点になり、その支点が左右に動くと同時に、左右にいる者も支点を中心に動きながら戦う陣形だ…今回はタマを支点にして、右にシネラ、左にマリアがついた…
「清弾!」
「一刀、凪がれ…」
「横凪ぎーですー!」
シネラ達は密集しながら技を放つ…見ている方だと、誰かしらが巻き沿いを喰うような攻撃だが、何故か誰も当たらない…
逆に次々と猛獣を蹴散らす様は、風か水の流れの様にも見える。
「…いい連係だな…」
「息ぴったりだ!」
「軽やかね〜」
「素晴らしいな!」
モニカとベス以外の教官達も、シネラ達の連係を見て感嘆の意を述べる。
岩の上にいるモニカと教官達の横にいるベスは、どことなく誇らしげな顔だ…
「マジかよあいつら…」
「聞いてないよ〜!」
「…スゴい…」
「魔法で支援…は無理か…」
指名されなかったアドラス達も、シネラ達の連係を固唾を飲んで見ている。
タマの支援という形ではあるが、シネラとマリアが2班に加わった事により、10分足らずで猛獣を駆逐することができた。
「ありがとう〜シネラ!」
「うわぷっ!?」
共に奮闘したモビナがシネラに抱きつく…抱きつく二人だが、猛獣の返り血でベトベトだ…
「マリ達はスゴいな!いい勉強になるよ!」
「でしょ!シネラ姉に教えてもらうといいよ!」
2班リーダーのヒーテは興奮しながらタマ達を誉める。タマは謙遜せずに答え、陣形はシネラの発案だと教えた。
シネラとタマには称賛が送られる一方だが、マリアの前にはモニカが立ち、鼻を摘まみながらマリアに言った。
「…臭い」
「シネラ姉達もですー!私もシネラ姉達みたいに誉めるです〜!?」
誉めると思ったマリアだったが、モニカから出た言葉は臭いだった…そこにニヤニヤしながらベスがやって来る。
「マリア〜、モニカは照れ隠しなんだよ♪…さっき岩の上でニコニコしてたしなぁ〜♪」「クソベス!?あんたもでしょ!」
ベスの言葉に顔を赤らめながら言い返すモニカだが、ベスは「俺はマリを誉める!」と言い、タマの方へ行ってしまった…
残された二人は、モニカがマリアを睨み付ける形で佇み合い、マリアは「誉めるです〜♪」とニヤニヤしている。
「…もごもご…よかっ…もごもご…」
「聞こえないです〜」
恥ずかしそうに喋り出すモニカだが、ちゃんと聞こえないようで、マリアが耳に手を当てて聞き返す。
イラッとしたモニカはマリアの頭を叩いた。
「でじゃっ!?…痛いですー!」
「うるさいわね!もっと肩の力を抜きなさい、剣速が落ちてるわよ!」
そうモニカは言うと他の班の元へ行ってしまい、マリアは頭を擦りながら沈んだ表情になる。
それを見ていたシネラがマリアに近づき、目の前に来るとニッコリと笑ってマリアに教える。
「モニカさんはね、今までで一番よかったからこれからも頑張れって、言ってたんだよ♪」
「…モニモニ…」
シネラに教えられたマリアは沈んだ表情が喜びに変わり、モニカの後ろ姿を見る。
シネラは(モニモニは止めようよ…)と思ったが、マリアがモニカの元へ走り出したので注意できなかった。
シネラがモニカの元へいったマリアを見ていると、ものの10秒で羽交い締めにされていた…
聴覚の優れたシネラの耳には一部始終が聞こえており、マリアが「ツンデレです〜♪ちゃんと言うですー」とモニカに言い寄り、それに対してしつこく言い寄られたモニカがキレたようだ。
「助けてです〜!」
マリアの叫びが聞こえるが、周りな者達は誰も助けない…すでにこのやり取りは講習組の名物となっていて、皆ニコニコしながら鑑賞するのであった……
白黄樹海南部セイロー捜索隊。
「クソがぁぁー!?」
「死にやがれ!?ぐぼっ!……」
魔獣20体に取り囲まれたセイロー捜索隊は、先ほどまで24名の冒険者がいたが、今は残り6名ほどになっていた。
「虫共が…弱すぎる。我を楽しませぬか!」
捜索隊と同じ服装の冒険者が魔獣を従いつつ、捜索隊の冒険者達を亡き者へと変えていく…
「カヌイ止めろ!どうしちまったんだ!?」
「ふん、カヌイなどもうおらぬ…我が名は麒麟、メルニシアを統べるものぞ…」
カヌイと呼ばれる冒険者は、捜索隊の一員であったが、自らを麒麟と名乗りはじめた。
「なに言ってんだよ!仲間を殺してどうする!?」
「バカなことは止めろカヌイ!」
生き残っている冒険者達は、必死にカヌイ(麒麟)に訴えかけるが、カヌイは聞く耳を持たない。
「興醒めだ…虫は死んでもよい、魔獣のエサとなれ…」
カヌイの手が冒険者達の方へ向けられ、魔獣が冒険者を遅いだす。
20体もの魔獣に勝てるはずもなく、セイロー捜索隊は壊滅した。
「…つまらぬ……?」
ズタズタにされた冒険者達の亡骸を眺めているカヌイは、まだ息のある冒険者を見つける。
「ほう、まだ生きるか…なら…」
カヌイは冒険者に手を当てて治療魔法をかける。
だが、その治療魔法は冒険者の身体の自由を奪う魔法も施されていた。
「か…身体…身体が!?」
冒険者はもがくが、身体の自由が利かない。
カヌイは冒険者を立たせて命令する。
「他の虫共に伝えろ…麒麟の輝きを取り戻し、今地上に統べる虫を喰らうと…」
そう冒険者に言うとカヌイは指を鳴らし、操り人形と化した冒険者は北に向けて走り出した。
そしてカヌイは姿を消し、この場に残されたのは23名もの無惨な姿になった捜索隊の亡骸と、カヌイが従えてきた20体の魔獣だけであった……




