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災厄が来るです!

 高校入学式の日。

 この地域には、まだ桜は咲いていないがちらほらと蕾が膨らんだ頃、小咲の家から帰る途中の3人組が、晴れやかな日には似つかわくない暗い表情で歩いて行く。



「シロ…元気になるかな……」

「わかりませんね〜」

「オレも…自信……無いよ」


私達は、紫織が行方不明になってから2回ほど小咲に会いに行っている。

会ってくれるが、会話が出来なかった。小咲は仰向けまま、ずっと天井を見つめるだけで反応が無い。シロが覗きみ、目を見ても焦点が合わなかったと言っていた。


「紫織…どこ行ったんだよ……」


 小咲のお母さんの話では、警察は誘拐と家出の両方で捜査をしているが、誘拐犯人からの電話も目撃者情報も無いため、1ヶ月内に捜査が打ち切られるそうだ。


「いつもシロにべったりだったしーちゃんが、家出なんてしないのに……」

「そうですね〜あり得ないですね〜」


 そうだよなぁ、とふたりに同意する茜は歩みを止め、空を見上げながら何も出来ない自分の不甲斐なさを叫ぶ。

紫織の、自分の、警察の、この世の中の、世界の全ての、この理不尽さの……


「バカヤロー!!」






 あの日から、もうすぐで1年を迎える。今日は夜から雪が降るらしい。どうでもいいけど……



 この1年で私の病状は悪化した。

 医者からは、免疫力の大幅な低下が原因と言われている。中学校卒業までは、健常者よりも少しだけ低い程度だったが、それ以降から急激に下がった。

 今はウィルスや感染症を遮断する病院で過ごしている。



ピーンポーーン


『小咲さーん、茜ちゃん達の面会ですよー』


 チャイムがなり、看護師さんの声がする。茜達が来たことを告げてきた。

 茜達は月に2・3回ほど面会に来るが、いつも茜達がしゃべり続けて、私は天井を見つめるだけの面会になる。

 もう、構わないでほしい。こんな私に、なんで――


「小咲ー来たぞー」

「シロー!」

「お邪魔します〜」


 カーテンが開き、茜を先頭に入ってくる。

 三人は感染症予防のための服を着てる。頭に透明のハットを被り、口には大きなマスクを着けている。

 これをしなければこの部屋に入れない。それほど、私の身体は弱っていた。


「――それでナナ姉がさぁ――」

「――シロ、この本読む!面白かったから読んで!――」

「――家族に、ヘビメタがバレてしまって〜――」


 三人はそれぞれ学校や家での事を話す。

 その会話に私は反応ない。ただ時間がくるまでじっと天井を眺めるだけ。


『ピピピッピピピッ』


 病室に来て1時間を過ぎた辺りでアラームが鳴る。面会は、予防上時間が決められている。親族であってもそれは変わらない。


「あっ、時間か〜小咲、また来るな!」

「シロ、バイバーイ!」

「お邪魔しました〜♪」


 三者三様な別れの挨拶をして退室して行く。私は何も答えない。病室にはまた静寂が訪れた。

 三人の他に、誰か来てたかな……気のせいか……





『次は〜終点、○○駅東口〜』

『ピンポーン』

「チーが早かった!」

「はいはい、終点なのに押しても意味ないから……」


 私達は、小咲のいる病院からバスに乗って駅へ向かっていた。45分もバスに揺られ、各バス停に近づくとボタンを押しそうになるチーちゃんを押さえつけ、なんとか駅前まで無事に着く。 

 信号待ちのバスの外を眺めていた。車酔いが酷い文月が、珍しく声をあげる。


「なんか〜信号が〜揺れてますね〜」

「えっ?」


ゴゴゴッ……ズンッ!


「っ!?地震だ!チー!文月!掴まれ!」

「わわわっ!」

「茜ー!?」


 グラグラ、ギシギシとバスが揺れ軋む。地震だ。


ドンッ!


「デカイぞっ!くっ!」

「きゃー!」

「うぅ〜」


 2分ほど続いたであろうか。揺れが収まり、運転手が乗客に声をかけている。チーはよほど怖かったのか、泣きじゃくって文月に抱きついていた。


「う゛うぅ〜うぅ〜…」

「揺れは収まったよチー…」

「すごく大きな地震でしたね〜小咲ちゃんの病院は大丈夫でしょうか?」

「比較的に新しい病院だから大丈夫だろ。小咲は病院のひとに任せて、オレ達は……とりあえず駅に行こう!」



 地震の影響で信号機が止まり、バスを降りて駅に向かうとやはり電車は止まっていた。

 どうするか悩む。電話がなかなか繋がらない。誰かが、地震の影響で電話回線がパンク寸前なのだと言ったいた。それを知らなかった私は苛立つ。


「っ!なんで繋がらないだよっ!」

「地震で〜アンテナが倒れたんでしょうか〜」

「うぅ〜帰りたいよ〜」


 チーはまだ涙目だ。私は「ひと駅だから、歩こう」とチーをなだめ、歩いて行くことする。


「ひと駅って言っても、9キロもあるし…オレん家は南側だから7キロも無いけど、文月達は北側だからもっとあるぞ?」

「大丈夫ですよ〜、茜ちゃん家に泊まります〜」

「…まぁ明日は土曜だからいいけど、家の人が心配するんじゃないか?」

「チー!今日は茜の家に泊まってくるって、ママに言った!」

「私も〜言ってあります〜♪」


 涙が止まり、少し復活したチーと文月は、スクールバックを開け、私に見せる様に大丈夫でしょ?と見つめいる。

 大丈夫って、こんなときにお泊まりなんて――


「はぁ〜、とりあえずさっきの地震で家が散乱してるかも知れないから、ナナ姉のOKが出たら止まっていきな!泊まるからには片付け手伝ってよ。」

「手伝う!」

「ナナちゃん先生なら〜絶対OKくれますよ〜♪」

「ならチーはお風呂とトイレの掃除な♪」

「!?なんでチーだけ!」

「文月には夕食を作らせる、チーは料理出来ないだろ?」

「料理は〜得意ですね〜任せてください〜♪」

「うー、掃除、頑張る……」

「よろしい!1宿1飯の恩義を忘れないようにな!」



私の家に泊まる事になり、駅からちょうど半分まで歩いてきた。途中でブロック塀やビルの外壁が崩れ危ない箇所が何ヶ所かあったが、倒壊してる家は1つも無かった。


ウーーー、ウーーー


「ん?何だろう、火事?」

「うーー」

「真似せんでいい」

「うっ…」


急にサイレンが鳴り、チーちゃんが真似る。茜がどこかで火事が起きたと思っていると、文月が思い出す様に話し出した。


「そう言えば〜、この前の地震の後も鳴ってましたね〜確か――」

『――津波警報、津波警報、津波警報が発令――』

「――津波警報〜ですね〜――」

『――避難してください、海辺の方は高台に避難し――』

「――津波警報!?って、今放送で流れてるよ!」


 どうする!?とりあえず近い避難所?と考えていると、市内放送から聞こえる声が緊迫したものに変わる。


『早くっ!早く避難してください!車は置いて!徒歩で!!なるべく高い所に早く!――』

「チー!文月!オレが卒業した小学校に行こう!あそこの裏山なら高いからっ!」


ふたりは頷き、私達は走りだした。


 走り初めて5分くらい経つ。小学校まであと少し、途中から市内放送が止まり、遠く後ろからバキバキッと音が近づいてくる。後ろ振り返る余裕は無い、周りにも私達と同じ様に小学校へ向かう人がたくさんいた。

 小学校は小高い丘みたいな所に建っていて、300メートルほど上り坂だ。

 あと半分!と、私は後ろついてくるチーや文月に声をかけ、また前を向く。校門前で知っている先生がいた。声をかけようと叫びだす前に先生から叫び声がした。


「!先せ――」

「――津波が後ろまで来てるぞー!歩くなー!走れー!」


 後ろを振り向くと津波は、バキバキッと家を押し流しながら私達のすぐ下まで迫っていた。


「ああぁ!!」

「うそっ!」


 チーと文月が声を上げる。

迫りくる波の恐怖。私は尻餅をつき弱音を吐いた。


「……うそ、もう無理!……走れ無い……」


 頑張った。私は運動音痴で、この中では走るのが1番遅いのだ。それでも津波は勢いよく迫ってくる。


「茜ちゃん!」

「茜!走る!」


 チーと文月が手を引っ張り私を立ち上がらせる。諦めてしまった私を引っ張りながら、必死に走らせる。

 このペースでは助からない……突然、身体が軽くなり宙に浮く。



「っえ!?ええっ!」

「行くぞ左藤妹!もう少しだ!ふたりも頑張れ!」

「東藤先生!?」

「喋るな!舌噛むぞ!」

「うん…」


 私を抱き上げ走るのは、小学校教師で担任だった東藤先生だ。10年ほど前は中学校の体育教師だったが5年前から小学校へ異動になった。姉が中学生、妹が小学生の頃にお世話になった人だ。

校門で叫んでいたが、立ち止まった私達を見つけ、助けに来たのだ。


「助かったな…」


 そう呟いて東藤先生は坂を見下ろす。

言葉が出ない……

 そこには、先ほどまで在った建物を飲み込み、人の命を飲み込んだ津波があった。

目の前の光景に何も出来ない。ただ立ち尽くしかなかった。





「!……」


地震か……


『ご来院、ご入院の皆様――』

「――小咲ちゃん大丈夫!怪我はない!?ベッドに上げるわね!」


 担当の看護師が予防服を着ずに私の元へやって来る。看護師さんは床に転がる私を抱き上げ、ベッドへ戻していると院内放送で指示が飛ぶ。


『――各フロアの医師、看護師は、各部屋を回り――』

「――行かなきゃ…小咲ちゃん大丈夫、すぐに戻って来るから!」


 看護師はそう言い残し去っていく。尋常ではない揺れではあったが、この病院は耐震補強もされており崩れる心配は無い。少なからず、病院にいる人達はそう思っていた。




「○○号室までの患者、怪我も無く大丈夫でした。」

「○○号室の山口さんが、ベッドの角に頭を打ち治療中です。」

「○○号室――」


 地震が起きてから20数分、院内各所で医師や看護師が対応に追われる中、1階の受付を担当している事務員が、階段をかけ上がり息を切らせながら、ステーションの中で叫びだす。


「いま!ハァハァ…非番の看護師が…ハァハァ……ゲホゲホッ!――」

「――落ち着いて!非番の看護師がどうしたの?」

「ゲホゲホッ!…海で散歩途中に地震にあって海の水がっ!水が引いていくって!津波がくるって!――」

「――そっそれは本当か!?それなら早く…――」

「――避難を!早く避難させないと!患者さ――」


ウーーーーウーーーー


 それは病院にとっても、近隣の人達にとっても、非情なサイレンでしかない。この病院は海から400メートルしか離れていない。周辺住民もそうだ、迅速に避難させないと津波に飲まれてしまう、早く避難しないと……


「重病者から搬送準備!歩いて行ける患者を避難誘導!訓練通りに動いて!」

「「「「「はい!」」」」」


津波が来るまで時間がいくらあるか解らない。医師、看護師、事務員達はマニュアル通りに落ち着いて行動するが、それでも不足の事態は起きる。

 一階のエントランスは混乱している。

私は、ほかを次級者に任せ、下に向かった。


「救急車は!?」

「来れないそうです!市内でも怪我人が――」

「――他病院のも無理です!歩ける人を先に避難させるしか……」

「……では、歩ける患者5・6人に対して看護師を1人付けて避難を開始して!マニュアル通りじゃみんな助からないわ!」

「はい!」

「わかりました!」


全員は助からない、なら……と脳裏に過るが、頭を振り考えを消す。


「ちょっと待って!一旦待機して頂戴!」


私は一度ステーションへに戻り、他の者へ指示を出した。


『みんなさん!高台には間に合いません』


あわただしく動いていた人達は作業を止め、来院者や入院患者は何事かと耳を傾ける。


『もうすでに津波は迫っています、いまから避難指示をしますので、指示に従ってください!』


間に合わないだろ!何処に避難場所があるんだ!?と来院者から怒号が飛ぶ。


『非傷病者、外傷患者は屋上へ。重病者、意識不明又は昏睡者は6階へ。その他の者は5階以上へ避難してください!医師は担当患者の避難を最優先で、事務員は階段や各所の避難誘導、看護師は医師のサポートを優先に残りの者は地域住民に呼び掛け避難誘導を!繰り返します!非傷病――』


一瞬、院内が静まりかえり、医師、看護師達が我に返ると至る所から怒号ともとれるような避難指示が飛び交う。


「落ち着いて階段を上がってください!」

「誰かこの装置を――」

「――私が手伝います!」

「エレベーターは!?中央しか使え無い――」

「――6階へ行く者が優先だ!」


 避難誘導を開始して10分ぼと経ってから、東階段から悲鳴と叫び声が聞こえてきた。


「「きゃー!」」

「津波だ!」

「早く上がれー!」


 3階の中央に在るステーションにいた私は、そんな!?まだ避難が!と思いつつも東階段へ向かう。普段なら太平洋を一望できるガラス張りの東階段に着くと、津波が防波堤を越え目の前まで迫っていた。


「そんな……まだたくさんの人が…………えっ!?小咲ちゃん!」


迫り来る津波を前に、車椅子に乗った小咲ちゃんが隣に現れる。

いや、踊り場の端に居たのだか今気づいた。


「小咲ちゃん!早く逃げ――」

「――もう間に合いません、この世界に未練もありません」

「何を言って…!」


 小咲ちゃんの目は、真っ直ぐ海を見つめる。そして目を瞑った。

 全てを受け入れたその様に、私は涙がこぼれ、小咲ちゃんを抱き寄せた。


「……ごめんなさい、ずくに戻って来なくて……助けてあげられなくて……」

「……友里さん、あり――」

「――小咲ちゃ!」 


ガシャーン!




 友里さん、ありがとう……ごめんなさい、お母さん、お父さん……みんな………

 





 3日後、自衛隊により、院内に取り残された周辺住民も含め241名の救助が完了した。


 この病院の死者行方不明者は、入院患者6名、看護師・事務員等18名となり、11名の看護師・事務員は避難誘導で外に出ていた者で、未だ行方不明。入院患者1名も行方不明者になっている。




 全国紙にこの病院の出来事が記事されている。

 生還した皆が口々に言う、「看護長が助けてくれた」「あの避難誘導は的確だった」「今、生きているのは彼女のおかけだ」と……

 だが彼女はこの場にいない、行方不明者の中には、『看護長 細谷友里』と『入院患者 白原小咲』の名が記載されている。





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