19話:講習2日目、朝〜
青天の霹靂とはよく出来た言葉だと思う。
雲ひとつない空が朝日を浴びて蒼白く染まる中、ガルデアの冒険者ギルド前に集まる講習受講者達は、シネラのお叱りを受けているマリアを遠目から眺めいる。
「スゴいキレてるな…」
「本来なら、構図が可笑しいけどな…」
サザクと隣にいるアドラスは、幼女シネラに正座をさせられながら怒られるマリアを見ていて物凄い違和感を感じている。
「怒っても可愛いね〜♪」
「本当に…そうだ…と思う…」
モビナがダイナに話しかけ、ダイナも否定せず頷いている。
「ほへへひなひょハマァ〜」
「やだよ〜、マリアが悪いんだからさぁ」
お魚をかじりながら話すトットはタマに止めるように促すが、タマはめんどくさいので行くのを嫌がる。
「どうして言うことを聞けないの!最低限必要なものだけって、サザクさんに言われたでしょ!?」
「枕……必要です〜」
シネラはご立腹…怒り心頭だ。
それでもマリアは小さな声で言い訳する。
「野外で枕は要らないでしょ!あと人形も!!」
「…ぬいぐるみです〜」
マリアがぬいぐるみと訂正するが、シネラは「どっちでも同じ!」と言い、猫のぬいぐるみをバシバシ叩く。
遠目で見ていたコリスは、隣にいる女性に興奮しながら言う。
「おままごとしてるみたいで可愛いわー!」
「うざい…ひっつくな…」
隣の女性は、肘でコリスを遠ざけながら言った。
「可愛い〜!可愛いわ〜!」
「…もういいよ…」
少しだけ離れたコリスだが、興奮は覚める気配がない。
コリスに肘鉄を食らわせた女性は、付き合ってられないとばかりにシネラ達の方へと歩いていく。
「自分の鞄なら未だしも、私とタマの――」
「――シネラ、集合だ…今はそこまでにしてやれ…」
止めれたシネラは、怒りの形相から惚けた表情に変わる。
声をかけた女性は「あ〜」と言って、シネラの前にしゃがみこんでから話す。
「補助教官のナナイだ…今日からよろしくな、小さな冒険者さん…」
「は…はい、よろしくお願いしますナナイさん…」
ナナイに自己紹介をされたシネラは、挨拶を返すもナナイに見とれてしまっている。
正座中のマリアも、ナナイをまじまじと見ている。
「麒人族ははじめてか?」
いつの間にか、シネラ達の元にやって来たアルバードが声をかけてきた。
「きじんぞく?」
「麒麟です〜?」
シネラは知らないようだが、マリアは知っているようだ。
「そう、麒麟の末裔…幻獣の血を引く種族だ…」
ナナイは威張る訳でもなく平然の言うが、シネラとマリアは驚く。
「3大幻獣!?」
「麒麟の末裔ですー!?」
今まで怒っていたシネラと怒られていたマリアは、興奮しながら二人でキャーキャーとはしゃぎだす。
それをアルバードが咳払いを一つしてから言った。
「おほん!…そろそろ出発だ、集合してくれ」
「…行くよ」
ナナイが声をかけシネラ達を促す。
シネラとマリアは、その後ろ姿にみとれながら付いて行った。
「整列ー」
サザクが受講者達を整列させて、出発前の点呼が始まった。
「…最後にマリア」
「は…はいです〜…」
一番最後に呼ばれたマリアは、ばつが悪そうに返事をする。
「枕と人形はギルドで預かるから、講習の間は我慢するように…」
「はいです〜」
サザクに猫柄枕と猫ぬいぐるみを渡し、マリアは悲しみにくれる。
サザクも苦笑いを浮かべながら受け取り、それをギルド内に置きにいった。
「さて、補助教官は前に出ろ…」
サザクの代わりにアルバードが前に立ち、補助教官の紹介が始まる。
「B級冒険者のベスだ、4日間よろしくな♪」
一人目はベスだ…受講者達は冷めた目で見ている。
「同じく、ワードゥルファーだ!」
二人目はドワーフの男性で、重厚そうな鎧を着込んでいる。
「ナナイ…よろしく」
最後は先ほどのナナイで、シネラとマリアだけでなく受講者達も見とれてしまう。
「彼女は白黄樹海の案内人だ…迷子になりたくなかったら、言うことを聞くように…」
アルバードが補足説明する。ナナイは冒険者ではなく、白黄樹海の案内人であり、ガルデア公城から派遣された役人らしい。
「あと、筆頭教官のマーニだが…」
アルバードが申し訳なさそうに言い始める。
「昨日から見当たらないらしい…」
さの言葉に反応したのはコリスと中から戻ってきたサザクだ。
「そんなぁ〜」
「あの人は何をしてんだ…」
「マーニなら、昨日の昼頃見たぞ?」
呆れる二人に、アドラスが思い出したように言う。
「どこで!?」
サザクはアドラスに詰め寄り、鼻息を荒くして聞いてくる。
「あ…あぁ、南門から出て行くのを見たぞ…なぁ?ヒーテ、ブルーム」
「えぇ…ガッツリ亭南門店から出た時に、爆雷様といるのを見ました…」
「…治療薬士のマサアキさんも見たよ、兄さん…」
アドラス以外にヒーテとブルームも目撃していた。
それを聞いたサザクは「あの人はー!」と怒っているが、アルバードは何故か納得した表情で頷いている。
「どうするよコリス〜」
「どうするって…どうするの〜…」
教官二人は、マーニがいないことで不安になるが、アルバードが「耳を貸せ…」と二人を呼び出す…
「…ユリとマサアキが一緒なら大丈夫だ…」
「何でです?」
アルバードの根拠がわからないサザクは質問する。
「機密事項だが……まぁこの際だから教えておく…ベス達も来てくれ!」
アルバードは補助教官も呼び、受講者達に聞こえないように説明する。
勿論、役人のナナイも一緒だ……
マーニの失踪は、先に白黄樹海に行った事となり、受講者達は馬車に乗ってガルデアを出発した。
「ユリさんも教官なの?」
シネラは対面に座るベスに質問する。
「そうだな、現地教官…てところだ…」
ベスは平静を保ちながら答えるが、頭の良いシネラはさらに深く質問する。
「マーニさんは筆頭教官だから一緒に行くって昨日言ってたし、マサアキさんはメルーナさんを置いてガルデアを離れないよね?」
ぐいぐい質問するシネラに、頭の中は女の事しか考えていないベスは、しどろもどろになりながら言う。
「マーニか!?あ…あれだよあれ!たぶん伝え忘れてたんだよ!」
「マサアキさんも?」
マーニの事だけでは終らない…シネラはマサアキについても説明を求める。
「マ…マサアキさんは……」
マサアキとあまり接点がないベスは脂汗をたらしながら考え込む。
それを見ていたコリスがシネラに言う。
「シネラちゃん、バカに聞いてもわからないの、話すだけ無駄なの…」
「コリス〜……はい、すみません…」
コリスにバカされたベスは、コリスに近寄ろうと立ち上がるが、マーニの代わりに急遽招集されたモニカが短剣を突き付けて座らせる。
「バカはおとなしくしてなさい」
「…はい」
ベスはここでも安寧を奪われる…「モニカさえいなければ」と思っているに違いない…
「モニカさんは何か知ってる?」
シネラが、今度はモニカに質問する。
モニカは短剣を仕舞いながら答える。
「…知ってますよ」
勿論モニカしている。シネラは知りたい事は何でも聞いてしまう好奇心旺盛な冒険者だ。
「じゃあーユリさん達――」
「――機密事項なの、シネラちゃん達には話せないわ…」
聞こうとしたシネラだったが、モニカが機密事項と言うので話が終わってしまう。
静まりかえった馬車の荷台は朝早く起きたためか、ほとんどの者が仮眠を取っている。
御者を務めるサザクも少しだけ眠そうに目を擦っている。
「…サザクさん」
サザクの隣に、荷台からシネラやって来た。
「どうした?寝てていいぞ…」
「うん…でも眠くないんだー…」
サザクはシネラを横目で見ながら手綱を操作する。
「落ちるなよー」
「うん…」
御者台は大人二人が座っても大丈夫なほど広いが、荷台と違い落ちる可能性がある。
「なんか不安か?」
シネラは御車台に来てから何かを話す事はなく、ずっと前だけを見ており、時おりため息をついていた。
「…不安というか…知らない場所に行くのが、なんか…う〜ん…」
「まあ、はじめて行く街とか地形って、期待半分、不安半分だからな…」
シネラは(そうじゃないんだけどなぁ〜)と思いつつサザクの話を聞く。
「ガルデアと比べると色々違うから、困惑したり失敗したりするけど…失敗なんて、した数だけ成長するんだ……」
熱血漢サザクの語りが始まってしまった…
シネラは言葉ごとに頷き返すも、ほとんど聞いていない。
さらにサザクの語りは続く。
「俺がD級になってから他の街に行った時なんて……」
サザクは自身の体験を語り出して、シネラを元気づけようとしているが、当のシネラはコクコクと頷くのみで言葉は発しない。
「……て、こともあるんだ!シネラも気をつけ…て……寝ちまったかぁ…」
コクコクと頷いていたシネラは、いつの間にか寝てしまった。
サザクは荷台にいるコリスに、起こさないようにしてシネラを引き渡す。
馬車はガルデア平原をひた走る。
まずはロロフォール領に向けて……
白い世界…何もないまっさらな空間…
「う〜…またあー?」
目を擦っているシネラは、何もないところに声をかける。
『またー、じゃないです!?事態急変です!』
シネラ以外は誰も居ないが声は聞こえる。
シネラはいつの間にか出現した椅子に座り、声の主に文句を言う。
「この前も途中から内容がぐちゃぐちゃになったし、ちゃんとしてよね駄女子〜」
『ミリファナスです!』
駄女子と言われたミリファナスはすぐに訂正する。
シネラは「はいはい」と言いながら、またいつの間にか出現したテーブルに乗っている、紅茶が入ったカップを手に取って、紅茶を飲みながら話を聞く。
『二日前は、魔獣が23体と言ったです』
「うん、言ったね」
シネラは相槌うちながら紅茶をすする。
『今日には30体になったです!あと、召喚術者は意識を乗っ取られてたです!』
「意識を乗っ取られたらどうなるの?」
シネラはカップを置いて真面目に聞く。
ミリファナスは『えーと…どこかにあるー…』と言いながら、何かを探している様だ。
『あったです!…意識を乗っ取った魔獣は、ダナクマグナという精神体の魔獣です!』
「精神体!?」
シネラが驚き声を荒げる。
『ダナクマグナは知能がある人に憑依して、無差別に魂を喰らうです。しかも操られた人と同等の力が使えるです!』
「そんな…その人の職業とかわかる!?」
シネラは魂を喰らうと言う言葉に戦慄する。
『うっ…憑依されて、記憶が読み取れないです…』
「無理はしないで!格好でもいいから教えて!」
『…たぶん…冒険者です!』
ミリファナスの言葉に、シネラは「わかった!」と言い、そして目を瞑る。
『気をつけてです、シネラ――』
ミリファナスの言葉を最後まで聞かずに、シネラは白い空間から姿を消した……
ロロフォール領の白黄樹海入り口近くの街、ヘーリテに着いたのは朝日が昇る頃だ。
強行軍でやって来た彼等は、一人の女性を除いてヘトヘトになっていた。
「ユリさん…休もう!死んじまう…」
「ぼそ…ぼそ…」
「マサアキはだらしないですね、それでもS級ですか?…あとマーニはハッキリ喋りなさい…」
ヘーリテに着いた冒険者はユリとマーニで、ついでにマサアキだ。
「お腹が空いた…だとさ、俺も腹が減ったわ…」
マーニの通訳をするマサアキも、お腹を擦りながらユリに訴える。
「はあ〜、しょうがないですね…朝食を取ってから樹海へ向かいましょう…」
ユリも鬼ではない、腹が減ってはなんちゃらと言うので、自身も朝食にあずかる事にする。
「ついでに、あいつ等のために、パンと水を買っていこう」
マサアキは折り畳んだ鞄を出して広げ、隣のマーニも同じ様な鞄を出して広げた。
そのまま市場へと行き、朝食をとる前な調達をすませる。
「もちパンと揚げパンを両方買えたな!」
「…お金を出したのは私ですがね」
パンの余熱で温かくなった鞄を抱きながら言うマサアキに、ユリがお財布を仕舞いながら言う。
「ギルドに戻らせてくれたら、お金を取って来れたんだがな?」
マサアキもユリの嫌味を嫌味で返す。
マーニはと言うと、広場から外れた長椅子で気絶している。
「はいはい、申し訳なく思います…これで良いかしら?」
「…良いかしらって……いいです…」
謝る態度ではないユリだが、その目力が半端ではない…言い返えそうとするマサアキを軽くあしらう力がある。
「では、朝食にしましょう。…マーニ!」
「わっ!?」
「……ぐぶっ!?」
朝食する言ったユリは、マサアキのパンが入った鞄を奪い、マーニに投げつける。
気絶中のマーニに鞄が直撃して、マーニは長椅子から落ちた。
「パン…パンは、無事だな…」
マサアキは真っ先に鞄を拾う、マーニを助ける者はこのパーティーにはいない。
それからマーニが目覚めたのは、ユリとマサアキの朝食が終わってからだった……




