14話:講習1日目、〜正午前
サザクは黒板の上と下に星を描いた。描かれた星は星座で、上が南刀神七星で下が北人柱器星だ。
「今、シネラが読んでくれた『創始者の意志』の途中だが、方位について説明する。この2つ星座は南北の指針だが、東西を示すものは太陽だ…」
サザクは西に太陽を描き矢印で太陽の動きを示す。
「…夜には月も出るな」
アドラスが腕組みをしながら言い、サザクも頷き肯定する。
「…月も西からでてくる。これは、明日からの訓練で必要な知識だから覚えておくように…」
「方位磁針は!?」
発言したのはモビナだ。
飛べない羽をピコピコしながら「使えば楽じゃん?」と言うが、サザクは黒板にガルデア周辺の地図を貼り付ける。
「方位磁針は非常に高価だ。一応ギルドも保有してるが貸し出す事は無い…また、個人保有してる者は使用禁止だ…」
サザクの言葉にモビナと、何故かアドラスが項垂れる。アドラスは方位磁針を持っていたようだ。
「この地図だが、ガルデアを中心にして作られた地図だ。明日はここに行く…」
サザクは、地図の右上を指さす。
モビナが「どこそこ?」と言うが、アドラスだけは「なるほどな…」と呟いた。
そんなアドラスにサザクが聞く。
「アドラスさん、ここの樹海を知ってますか?」
アドラスは、サザクの質問に「当然!」と言いながら答える。
「そこは樹海だ、『ガルフォール』『ロロフォール』『スティフォール』、3大フォール家が守護し、光聖戦記の英雄が祀られる土地、その――」
「――その名も、七神が一人、『白黄のアイナ』ですー!白黄樹海は有名です〜♪」
…美味しいところを持っていく、それがマリアという女性だ…
七神とは光聖暦より前、今から約1800年前に起きたラトゥール最大の世界大戦の英雄達を神格化したものだ。
マリアが言った『白黄のアイナ』とは、神格化された英雄『光神アイナ』のことを指す。
その『光神アイナ』が祀られているのが白黄樹海だ。
「俺が言いたかったのに…」
「誰が言っても同じです〜」
悔しがるアドラスにマリアは満足している。
サザクへ他の者が「だから?」と言いつつ説明を求める。
「白黄樹海は方位磁針が使えない、使おうとしても壊れてしまうの…」
説明するのはコリスの様だ、皆が後ろを向き、話を聞く。
シネラだけは、内心ドキドキしながら聞いていた。
「樹海は魔素が充満していて、磁場と呼ばれる特殊な地質なの。魔道具類はほとんど使えないの…あと、光神アイナの石碑周辺は、物理的、魔法的な攻撃又は補助が行えないから…」
「そして、今回の講習受講者は、アイナの石碑まで行き、そこから帰るまでが訓練内容になる…」
サザクも説明に加わり補足する。
さらにマリアまでも話し出す。
「白黄のアイナは光の女神と言われているですー、石碑は世界の光りの元なり、ラトゥールを照らしているですー!」
「照らしているです…じゃないし…照らしてるのは太陽で、闇を光神アイナが打ち払ってるんでしょ〜」
タマごときに訂正されるマリアは、口を尖らせながら「わかってるです〜」とふて腐れる。
サザクは二人のやり取りを笑いながら見て言う。
「どっちも間違ってないが、二人は以外と詳しいな?」
「私はスティっもごまごもふ!?」
「あははー…ユリさんが師匠だからねー」
マリアが家名を言う前に、シネラがマリアの口を押さえる。
あらかた間違ってないが、ユリの名前を出したことでサザクとコリスは納得した表情をした。
ユリに、あれだけ釘を指されたのにも関わらず、懲りないおバカである。
ちなみにこの部屋でシネラ達以外に、マリアの家名を知っているのはアドラスだけだ。
「羨ましいな…爆雷様に教えてもえるなんて…」
羨ましいそうに言ったのはブルームだ。魔法士なのに、何が羨ましいのか…
「ユリは魔剣士ですー?、魔法士がどうして羨ましくなるです〜?」
「それは二つ名の通り、雷の魔法を教えてもらいたいんだ。爆雷様以外には、誰も雷魔法を使える者がいないし、教えてくれる魔法士もいない…」
「それなら教えてもらえばいいですー♪」
優男のブルームは残念そうに言うが、何故か自信満々のマリアが言った。
「えっ…いいのか?」
「いいです〜♪私が言っておくですー」
ユリの承諾も無しに話を進めしまうマリアを、シネラとタマは我関せずを貫く…起こられるのはマリアだけだ…
「そ…そうか、ありがたい!」
「気にするなです〜」
「「……」」
もう確定事項に変わった。
シネラ達はマリアを見ながらこう思う…
((バカに効く薬をマギルスさん(オナー)に作ってもらおう…))
…と、ラトゥールでもそんな薬は無いが、違う意味でいい薬になればそれでいい。
そんなバカとブルームは、サザクに「進めていいか?」と言われ、二人して慌てながら着席する。
「まあ、そんな訳で魔道具は使えないから位置と距離の測り方を…アドラスさんが教えてくれる!」
「俺かよ!」
「…3ヶ月…」
サザクの指名を嫌がるアドラスに、コリスが呪文を唱えた。
後が無いアドラスは、脅しにも取れる言葉に屈しるしかなかった。
「……はい」
渋々…と言うより、哀愁漂う感じでサザクと入れ替わる。
アドラスは、一つため息をこぼしてから教えはじめた。
「まずは、日中に方位と時間を測る方法だが……」
アドラスは黒板に、太陽と地面に棒を刺した絵を描いた。
「ねーねー、なんで時間なの?」
質問したのはトットだ、アドラスは絵を描きながら答える。
「白黄樹海に行くまでは魔時計で時間を確認できるが、樹海に入ると魔時計が使えない…あと、方位を調べるためには時間を把握すると、早く知ることが出来る…一石二鳥ってやつだ!」
シネラ以外の冒険者達が感嘆の声をあげる。
特に、質問したトットと同じ猫だからかタマが、何故か喜んでいるのが印象的だ。
「スゴいじゃん!シネラ姉!知ってた!?」
シネラの肩を揺すりながら、意味不明な興奮をするタマが聞いてくる。
シネラは頭をカクカクさせながら答える。
「あぐ…知っててるがが…」
「すげー!」
答える途中で激しく揺すられたシネラ、アドラスは「ほう…」と呟き、チョークを渡してきた。
「そんじゃぁ答えを書いてくれ」
「…うん…」
シネラはタマの期待を背負い、黒板に向かう。
書いてくれと言われたが、黒板に描いてある答え欄に手が届かない…
「うーん…ふーん!…むー!!」
「「「「かわいい!?」」」」
シネラのことが初見の者は、皆が声に出ししまうほど可愛い姿であろう。
当の本人は恥ずかしさのあまりマリアを喚ぶ。
「マリア!」
「はいですー!」
召喚されたマリアは、シネラの両わきに手を入れて持上げる。
「影がこうだと…西からだから〜…90度を…15度……二つ目で……東西が…北は〜…」
「…マジか!」
「シネラちゃん」
「…だろうな」
シネラが問題を解いていく様に、教官二人は驚き、アドラスは当然のように頷きながら呟く。
シネラは解き終わり、マリアに「終わり〜♪」と言う、マリアはシネラを持ちながら席に戻ってシネラを降ろす。
「…よし、答え合わせだ!………全部正解だな!」
「スゴッ!?シネラ姉は何でも知ってるじゃん!」
「たまたまだよ…」
「ユリに匹敵するです〜♪」
誉め称えられるシネラだが、アドラスは「解説も頼む」と無茶ぶりをかますが、コリスに睨まれ自身でする事にした。
「よ…よし、解説するぞ!まずは太陽が棒の左側あるな、そして棒の影は右側の手前にあるということは、太陽は北と日が沈む東にある事になる…そして時間だが、太陽と棒の中心と影をがまん中の時は正午を指す。それよりも左右にある場合は、ここから…こうしてああして…6等分してから影を当てはめると、時間が割り出せる…」
「「「「……」」」」
アドラスの簡潔な説明に、理解できないのはダイナとトットとモビナとタマの4人で、皆が頭の上に?を乗せている。
タマの隣にいるシネラは、タマを見ながらアドラスに言う。
「アドラスさん、簡潔に言い過ぎだよ…タマから湯気が出てるし…」
「解りやすく説明したんだが、難しかったか?」
シネラの言葉に質問を返すが、アドラスは低脳…知識が少ない者に教えるのが苦手だ…
「私が説明しようか?」
「マジか!?」
シネラがアドラスの困った顔を見て助け船を出す。
勿論アドラスはシネラに説明を任せた…
「はい、では説明します…」
シネラは椅子に上がり、黒板に描かれた答えの解説をする。
「ここガルデアはメルニシア大陸にあり、メルニシア大陸は南半球にあります…」
シネラは球体を描いてから南半球(地球では北半球)にメルニシア大陸を描き、チョークでコンコンとつつき、ガルデア辺りを示す。
「太陽から陽のあたりかたはこうです…」
シネラは太陽から矢印を描き、陽のあたりかたを説明する。
「そして〜…私達からみたら〜…」
球体の絵の隣に地上から見た図を描きはじめ、問題に沿った絵が出来る。
「太陽は北にあることになります。そして…」
最初に描いた球体を回転しているように矢印で描き、地上に描いた太陽にも矢印をつけ足す。
「ラトゥールは自転をしていて、このように回転しています。なので太陽も西から昇り、東に沈みます…」
皆が食い入るように説明を聞いている。シネラは地上からの図に東西南北を書き、棒の影を説明する。
「太陽の影は手前に向かってますね?なら太陽は北にあります。そして太陽は棒の中心から左側にあるので、太陽は東に沈む時間となり…」
シネラの書いた答えをなぞる様に説明する。
席にいる者はおろか、教官達も目を見開きながら聞いている。
「棒の影は180度以内しか影が出来ません、そして太陽と棒と影が中心の時は正午ですね?今、描かれている影は右側…太陽が東にあるからです。そうなると午後何時であるかは…」
シネラは公式ではなく、半円を描き12等分にする。
「左は午前、右は午後、棒の影は2時を指してますので、午後2時が正解となります。これで時間と方位が解ることになりますが、質問はありますか?」
「「「「「「……」」」」」」
あるはずがない、完璧な説明に教官二人が驚愕の目を向けている。当の臨時教官のアドラスはニヤニヤしているが…
「あ…あと影の長短があるの、一番短い時間が正午、一番長いのが朝方と夕方になるから覚えておいてください……えっ!?」
シネラがつけ足すように言うが、シネラの前には低脳…覚えが悪い者達が集まっていた。
「シネラ姉すごーい!」
「…すばらしい…な」
「トットも解ったー!」
「すごいすごーい♪」
各々が興奮した様子でシネラに言うが、あまりに騒々しいのでシネラは怒鳴る。
「うるさーい!はい、席に戻る!!」
起こられた4人はトボトボと戻って行く…
シネラも戻ろうとするがサザクに止められる。
「シネラ…距離の測り方も解るか?」
「えっ!?」
突然の事に驚くが、シネラは内心悩む。
「う…う〜ん…」
悩んでいるシネラを見たアドラスは、また余計なことを笑いながら言う。
「シネラなら解るはずだ…確証は無いがな!」
「ちょっ!?」
「本当か!?なら次も頼む!」
アドラスの発言に、サザクは鵜呑みする。
シネラはアドラスを睨みつけ、小声で「覚えてろよぉ…」と言い、少し部屋を見渡しながら承諾する。
もう他の者達は、シネラ以外に有り得ないと言う顔をしていた。
「じゃぁ…手を使った距離の測り方を教えます……」
このあとシネラは、夜間の場合の方位を教えた。
つい先ほどまで南北の違いや、太陽の昇る方角まで知らなかったはずなのに……
「いやーさすがユリさんの弟子だな!ご苦労さん」
サザクはシネラを労いながら声をかける。
シネラは疲れた感じで「どうも…」と一言だけ言う。
「ごめんねシネラちゃん…私、あまり教えるの慣れてなくて…」
コリスも何故かシネラを抱っこしながら謝る。
普通シネラは抱っこを嫌がるが、同性OKなので良しとする。
「でも、コリスさん達も講習を受けたことがあるんでしょ?その時の教官に、やり方を聞けばいいんじゃ?」
「いや〜去年末まではカズキがやってたんだけど…アイツ、教えるの上手すぎて逆に解らなくなった…」
「同じく…」
昨年はカズキが担当教官だった様だ。
D級冒険者の講習はC級冒険者がやる事になっていて、教官に成るにはギルドマスターに推薦されることのみで成れる。
一応、教官を3年務めた者には特典として、ギルドマスターと貴族からのB級推薦が約束される。依頼件数は別だが…
ちなみにサザクは2年目でコリスは1年目だ。
「なら、もう一人の人に教えてもらえば?」
「アイツか…」
「あの人は…」
シネラの言葉に、サザクとコリスは苦い顔をする。
何かあるのか気になるシネラは、そのアイツと呼ばれる教官を聞いてみる。
「どんな人なの?性別は?」
「……まぁ男だ、一言で言うと人見知りだ…」
「それも女性恐怖症なの…男性にも人見知りだけど、女性だと気絶するの…」
どんな人かと思いきや、人見知りな教官の様だ…
シネラはそれなら仕方ないと思い諦める。
するとサザクから爆弾発言が飛び出した。
「ユリさんが座学講習をはじめたから、そのあとの教官達が大変なんだよなぁ…」
「えっ?ユリさんがはじめたの!?」
シネラが驚くが、マリアやタマも驚いている。
サザクは「聞いて無いのか?」と言い、シネラ達は頷く。
その説明をコリスしはじめた。
「ユリさんがD級にあがった時に『講習をなめるな』と当時の教官を半殺しにしたそうです。翌年、C級に成っていたユリは『教官は私がやるので、指導内容を変更します』と言って、初日に座学が加えられました…それで現在、日程上は初日ですが、事前講習1日と本講習4日となってます」
昔の講習は規則の4日のみで、ほぼお遊びみたいなものだったそうだ。
それをユリが受講して、あまりにもふざけた講習に激怒し、教官を半殺しにして自ら教えたようだ。
翌年は教官に志願…ギルドマスターを脅して教官になり、後輩達をビシバシ鍛えたそうだ…何ともユリらしい…
「うわー」
「ユリです〜」
「ユリさん」
シネラ達は、ユリならやりかねない状況を聞いて納得する。
サザクとコリスの教官としての苦悩がユリにあると思うと、シネラ達は何も言えないのであった……




