12話:頑張ったお姉ちゃん
治療院副院長室で副院長のセーラはアルバードとユリの3人で事後の対応を話していた。
「…では、この資料を帝都に送ります。処分が確定するまでは私が治療院の代表なので、なんでも言ってください…」
そうセーラは少し震えながら言い、うつ向いてしまう。
ユリはカリナから言われていた事もありセーラを慰める。
「…大丈夫ですよ。今回、貴女が関与していないのは明白です…貴女への処分など不当そのものです」
「ああ、俺からも一筆書く…それにメルーナやバルザラス男爵様も書いてくれる。そう気にやむな…」
アルバードも相手が神聖ミナルディ皇国だろうと、目の前の年若いセーラが責任を取らされることに納得しない。
セーラは2人の言葉に涙するが、そこにマリアがやって来た。
「セーラ副院長さん、子供が目を覚ましたですー!」
副院長室にいた3人はお互いに顔を向けあいながら安堵する。
「セーラ副院長、行ってきてくれ…」
アルバードの言葉にセーラは頷きマリアとともに部屋を出て行った。
アルバードが椅子に背中を凭れかけさせながらユリに話しかける。
「よくグリーンベリオットが見つかったな…マリもなかなかやるじゃないか…」
そう、グリーンベリオットを見つけてきたのはタマだと先ほどマリアから聞いたのだ。
タマは「シネラ姉のおかげだよ!」と謙遜していたが。
「ああ、それはシネラがトリスティアに言伝てを頼んでいたのです。『グリーンベリオットの臭いと、私の臭いがある人物を探して』と言ってましたから」
ユリは淡々と答えるが、アルバードは意味がわからず質問する。
「臭いは解るが…なんでシネラは特殊なグリーンベリオットの在りかが人だと解ったんだ?」
「先ほどシネラちゃんは、『グリーンベリオットは、人の汗と交わると科学反応を起こしてキツい臭いを発する』と言ってましたが、人族には解らないそうです…現にシネラとタマは2日前と昨日にその人物に会っていて、苦しそうな顔をしてました…」
ユリは思い出すように答え、自身も納得したように話しを続ける。
「そして、今日の昼前にも昨日と同じ換金商に会ってグリーンベリオットの事を聞き、その事に気づいたそうです。…副院長が絡んでいたのもその時から感ずいていたようですね…」
「そうか…さすがだなシネラは、ユリに似てきたんじゃないか?」
アルバードが少し茶化すように言うが、ユリは言葉を返す。
「いいえ……私よりもっとしっかりしてますよ…それにシネラはあのとき「換金商のお兄さんに、今ここにグリーンベリオットが本当に無いのか聞くべきだった…もし聞いていたらもっと早く治療できたのに…」と、落ち込んでいましたから…」
「…本当に…すごいなシネラは……」
アルバードがシネラに対して感心しきった声を漏らしすが、下の階から爆音が聞こえてきた。
ドガーッン!
「なっ!なんだ!?」
「!?」
アルバードとユリは同時に立ち上がり顔を見合わせる。
「俺が見てくる!ユリは子供達の所に!」
「わかりました!」
アルバードは1階へ向かい、ユリは子供達のいる治療室へと向かった。
「大丈夫!?」
ユリは各治療室を回り異常が無いか確かめるが何もないようだ。
子供達は少し怖がっていたが、各治療室にいる治療士と治療薬士達が子供達を守るように部屋の隅にいたぐらいだ。
「…よかった…何もないわね」
安堵するユリに、階段から上がってきたシネラがやって来る。
「ユリさん、モニカさん達が帰ってきたよ!」
「そうですか、ならあの音はカギがかかった扉を壊す音ですね?」
ユリはすぐさま状況を把握した。
シネラが敵の襲撃と言わない所に、まだ治療院に着いていないモニカ達が地下道の入り口に着いたと考えたのだ。
シネラは「すごーい!」とユリの言葉に感動しているが、すぐに下を向きポツリ「ユリさんみたいには成れないよ…」と呟く。
「どうかしました?」
ユリは呟くシネラを見て聞くが、シネラは「だ…大丈夫!」と言うだけで、そそくさと治療室に入っていった。
「アルバードが、また余計な事を言ったのね…」
ユリはシネラの呟きが聞こえていたようで、独り言のようにアルバードへ苛立ちを募らせる。
「後でお仕置きが必要ね…」
この時、アルバードへの粛正が決まった瞬間だった…
ユリはシネラが入っていった治療室を覗きこむ。
「や…やめて〜」
「シネラちゃんの耳ー!尻尾ー!」
治療室にはシネラの耳や尻尾を触りたくてシネラを追いかけ回すティーナと、何故かマリアの冒険者談義を真面目に聞いているマルスが居た。
「だぁー♪」
「ぎゃーー!尻尾ーシッポーー!?」
逃げ回っていたシネラの尻尾がティーナに捕まり、シネラは奇声をあげるもティーナを殴る訳でもなく床を叩き続ける。
ユリは微笑ましそうに眺め、ゆっくりと扉を閉めた。
「タマはどこかしら?」
そう思いタマを探しに治療室を回るが、先ほどの爆音の時に見回ったので半分辺りで切り上げシネラのいる治療室に戻ってきた。
「シネラちゃん、タマは………えっ?」
部屋の扉を開け、シネラにタマの所在を聞こうとしたが目の前の光景に驚いて、どうしたらそうなるのか解らない…そんな光景を目にする。
「こいですー!」
「ティーナがやるー!」
「待てってば!僕が前だ!」
「…しくしく…しくっ…」
そこには悪役を演じるマリアと、騎士の真似かカーテンをマントがわりにしているマルス、そしてシネラと同じような服を着たティーナが冒険者ごっこをしていた。
シネラはたぶんベッドの上に盛り上がった山があるのでその中にいると思われる。
パーッン!
ユリが手を叩き治療室でごっこをしているマリア達を振り向かせる。
ユリは静かになった治療室に向けて静かに言った。
「治療は終わっていません…セーラ副院長は安静にするようにと言っていませんでしたか?…先ほども覗きましたが、ティーナちゃん…貴女は駆け回っていましたね?」
「「……」」
ユリの言葉に黙り込むマリアとティーナだが、マルスは一歩前に出てユリに言う。
「なんだよバッ!ぶばはぶ!!」
「ごめんなさいでしたですー!?」
マリアは素早くマルスの口を押さえユリに謝る。
たぶんだが、マルスは「ババア」と言おうとしていたのだろう。
マリアのファインプレーで治療室が血に染まる事は阻止しされた。
それが功を奏したようで、ボルドーとタマがトリスティアを連れて戻ってきた。
「戻りました…」
「ただいまー」
「マルス、ティーナ!」
トリスティアがマルスとティーナを抱き寄せて泣き出す。
「痛いよママ…」
「ママー!?ママァー!」
マルスは澄まし顔で言うが、ティーナは母のトリスティアに負けないぐらい泣き出した。
感動の再会だ…ユリもトリスティアを暖かく見守っている。
タマはシネラのいるベッドに近づき布団を引き剥がした。
「…シ…シネラ姉!?」
「しくしく…ふくぅ〜うぅ…」
そこには下着姿にされたシネラが居た……
いまマルスとティーナは、母のトリスティアにお叱りを受けている。
シネラは返してもらった服を着ながらマリアに文句を言っていた。
「なんでもかんでも子供の言うことを聞いてたらダメよ…マリア、我慢も必要なの…わかる?」
「ごめんなさいです〜…」
マリアも素直に謝る。
タマはバカを見るような顔でマリアを見ていて所々で「バカだなぁ」とか「やっぱりマリアだなぁ」と呟いている。
ユリはというと、シネラの着替えもかねてボルドーを外へ連れだし話をしているようだ。
「反省の時は?」
「…正座です〜」
マリアはシネラに反省を促され正座する。
その隣にティーナがやって来てマリアと一緒に正座をしてシネラに言う。
「シネラちゃんごめんなさい!もうしません!マリアさんも許してください!」
と言い頭を下げる。
マリアは「ティーナちゃ〜んです〜!」と自分を庇ってくれたティーナにグッときている。
シネラもティーナに言われてしまえば許さない訳にはいかないので、渋々ながら許す事にした。
「…わかった。許します!」
「やったですー!」
「よかったねー!」
「すみませんでしたシネラさん…マルスにもしっかりと言い聞かせますので…」
喜ぶ二人をよそにトリスティアがシネラに謝罪する。
シネラは「いえいえ!?大丈夫ですから!」と頭を下げるトリスティアにたじろぐ、マルスはまだ怒られた事が不服のようだ。
「着替えは終わったかい?」
ボルドーが中に入ってきた。
ユリも一緒に戻ってきてやっと『白猫の守護者』が揃った。
「では、ユリさんからお話しがあります。ちゃんと聞くように…」
ボルドーが前説をする。後の言葉はマルス達に向けてだろう…
ユリは立ったまま話し出す。
「本来なら治療院で養生するのですが…セーラ副院長の許可が降り、マルスとティーナは邸に戻って良いそうです…」
「やったー!」
「ママ!」
ユリの言葉に喜ぶ二人だが、ユリに釘を指される。
「ただし…邸に帰っても3日間は外出禁止、庭で遊ぶのも禁止です。監視には我々「白猫の守護者」が付きますので、トリスティアもいいですね?」
「え…えぇ、ボルが良いのであれば…」
ユリの問いにトリスティアはボルドーを見て答える。
ボルドーはニコニコしながら話す。
「僕が頼んだんだよ…マルス達もなついているし、それに依頼を完遂してくれたユリさん達のお礼も兼ねてさ…トリスティアも賛成してくれるだろ?」
「ええ、ぜひ来てくださいユリさん!みなさんも!」
トリスティアも大賛成のようだ。
唯一嫌そうな顔をしたシネラだが、自分以外が嬉しそうに話し出すのを見て諦めた。
「どこに泊まるの!?」
「3日間は、私達もバルボネ男爵邸に泊まります」
タマは貴族の邸に泊まれるとわかり「やったー!」と大喜びだ。
「お菓子はでるですー?」
「私も作るので、マリアお嬢様にも召し上がってもらいたいです♪」
「ママのお菓子、美味しいよ!」
マリアはお菓子が食べれると喜んでいる。トリスティアはお菓子を作るのが趣味なようだ、ティーナのお墨付きもあるので本格的にやっているのだろう。
そんな彼女らをよそにシネラはボルドーに近づき「しゃがんで」と手で伝えて話し出す。
「本当は違うんでしょ?」
ボルドーはその言葉に驚きもせず答える。
「わかりましたか…」
「…上の階から、物音がしなくなったから……」
シネラは哀しそうな顔で言い、ボルドーもその言葉に頷き肯定する。
上の階には重病の子供6人が運ばれていて、下のシネラ達がいる階の子供7人は息があり体の感覚がある子供達だった。
地下から運び出す時に重病と言う言葉を皆が使っていたが、本当は息がなく心臓も止まっていた心肺停止の子供達なのだ。
13名の行方不明者中6名の子供達が犠牲となった。
だからとは言えないが、もしかしたら生き残った子供達も…という思いが有るのかも知れない。
最後の時を親元や心を許せる者達と一緒にと…
シネラは悔しがる…
ボルドーはシネラの悔しがる表情を見て哀しそうな顔で言う。
「犠牲になった子供達もそうだけど、いまこうして生きてここにいる子供達も、シネラちゃんに感謝してると思うよ?」
「でも…」
「見つけた時には6人は心臓が止まってた。それは薬を投与したところで動き出すことはないよ…でも、動いている命を君は助けられた…違うかい?」
「違わない!私が…もっと……」
シネラはボルドーが何を言いたいのかわからず叫ぶがうつ向いてしまう。
ボルドーはシネラの肩に両手を乗せて話しを続ける。
「君は…君達は7人だけでなく調薬局にいる子供達も救ったんだよ。だけど……6名の子供達の命は戻って来ない、それは罪を被ったドゥーラ院長達も一緒だ。きれい事は言わないよ…シネラちゃん、これを糧に生きるしかないんだ!犠牲に自分の感情を入れるな!強く…今よりも強くなれ!そして、生きてその人達の記憶を未来へと紡ぐんだ…」
ボルドーの言葉にシネラは涙があふれ、そしてマルス達がいるのも憚らず泣いた、泣き続けた。
ユリもボルドーの言葉を聞いてシネラが泣いた理由が解っており、調薬局で脅した様な事はしない。
それはシネラが強くなって欲しいのと、冒険者は常について回る死と言うもを理解して欲しいからだ。
彼女は思う、今回一番成長したのはシネラだと…
ユリは泣き続けるシネラを泣き止むまで見守り続けた……
泣き止んだシネラとバルボネ男爵一家は治療院前に停まる馬車に乗り込んでいた。
マリアとタマは一応罰ということでバルボネ男爵邸まで駆け足で走らされるため外にいる。
ユリはアルバードとセーラと入り口で話してるため、他の者達がユリを待っている感じだ。
「…泣き虫だなぁ…」
「こらっ!マルス…」
「いいえ、事実ですから…」
マルスはうつ向いてるシネラが気になるらしく悪態をつくがトリスティアに叱られしまう。
シネラも内心その通りだと思った。
「…マルス、男の子が女の子を困らせてはいけないよ?」
「マルスはでれかすぃが足りないね〜」
「ぼ…僕は悪くないもん!」
ボルドーとティーナにも言われてふて腐れるマルスは、それでもシネラが気になる様な態度だが言葉は発せずチラチラとシネラを見るにとどめた。
ボルドーは「ふ〜ん」と鼻を鳴らしながら息子のマルスを眺めている。
ユリが馬車に乗り込んだのはそれから20分後だ。
「すみません待っていただいて…」
「いえいえ大丈夫ですよ♪」
「はい、お気になさらず♪」
だいぶ遅れて乗り込んだユリを気にしない様子で待っていてくれたバルボネ夫妻は何故かニコニコしている。
ユリはバルボネ夫妻を見て「何か?」と呟くが、トリスティアが目線をシネラ達の方をへと向け、ユリもその目線につられてそちらを見る。
「まるで姉弟みたいだね…」
「…新しいお姉ちゃんが出来たみたいで…」
「……えぇ、しっかりしたお姉さんですよ…」
バルボネ夫妻とユリは、シネラを中心にして並んで寝息をたてる3人を見て微笑む。
『白猫の守護者』達初の指命依頼は色々な事が重なり、苦い経験として終わってしまったが…この光景を見ていると、少しだけ心が安らいだ気持ちになる。
馬車はバルボネ男爵邸へと向かう。
子供達を助けるために必死に公都を奔走し、グリーンベリオットの病魔に抗う子供達の命の灯を紡いだシネラ達を乗せて……
ここまでが、『白猫の守護者』駆け出し冒険者編です。
次話は、閑話を複数掲載してからになりますのでお楽しみに〜♪




