卒業生代表です!
空は曇り、今にも雪が降りそうな肌寒い朝の病室。動かない身体。違う……生きることに疲れた私は、ふと、去年の卒業式を思い出していた。
卒業証書授与、在校生代表の贈る言葉も滞りなく終わり、その後は卒業生代表の答辞の番になる。
「ふぅ、緊張するな〜」
『答辞、卒業生代表、白原小咲さん』
「っはい!」
既に涙を浮かべた母に車椅子を押され、スロープを上がり檀上へ行く。母だけでなく、先生や在校生も、来賓席と保護者席の大人達も涙を浮かべていた。
「お母さん…泣くの早すぎ……」
檀上の中央へ着く前に、後ろを振り返らなくても分かるくらいに泣き始めた母は、私を乗せた車椅子を式台の前まで押しタイヤを固定すると、涙声で「…がん…ばっでっね!」と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、涙を拭いながら舞台袖へ移動した。
ありがとうお母さん…と心の中で母の背中に感謝したが、答辞を書いた紙は母に渡したままであるを思い出し、もう手遅れだと開き直り、前を向いて答辞を読む。書いた紙、無いけど……
『答辞……私は、この3年間…生まれから今日まで――』
そう、生まれてから今日まで……私は、今日までの記憶を思い返しなが、家族や友達、先生や後輩達に思い出を話す様に――
『――楽しいことも、嬉しいことも、沢山ありました。…でも、辛い哀しいことも、沢山あり……ます。小さい頃は「なんで足が無いの?手が片方しか無いの?」とよく聞かれ、私も母に何度も聞いて困らせて、泣かせて……自分も泣いて――』
壇上袖にいる母の嗚咽が大きい……
次第に自分も目に涙が浮かび涙声になっていく、涙を右手で拭い、呼吸を整えて答辞を再開する。
『でも、小学校3年生に上がってからは、それが楽しこと、嬉しいことに変わりました!それまでの私は、学校へ行っても保健室か空き教室で勉強をして、ほとんど、自分のクラスへ行きませんでした。この姿が恥ずかしくて、バカにされるんじゃないかって、ずっと思ってました。でも、1人の親友が変えてくれた。彼女は転校生で、新学期前の春休みに私の家の隣に引っ越して来ました。彼女は新学期の始業式の日に、私と同じクラスなると、私の家へ来て言いました。「私、同じクラスになった転校生よ!明日から一緒に登校して学校に行くわよ!」と、余りにも強引な言い方に、うんと頷くしか無かった私は、次の日から彼女と一緒に登校する様になりました。卒業生や在校生は、彼女の性格を知っていると思いますが……ふふふっ♪』
思わず笑みがこぼれてしまい、親友の方を見ると怒った顔をしている。目には涙を浮かべて周りから彼女への視線を気にせず、じっと私を見つめていた。
『そんな彼女に手を引かれ、私の場合は、車椅子を押されてですね。それで、毎日登校するとクラスの皆と少しずつ話す様になって、男子にちょっとからかわれて、その男子を彼女がボコボ…うっう゛うん…少し懲らしめたり、休憩時間に女子の会話の中に無理やり押し込めたり、給食で嫌いな物があると私の皿に乗せて「好き嫌いすると大きく成れないわよ!」と理不尽なことを言われたり、それがなんか嬉しくて…なにかこそばゆくて、私はひとりじゃ無いんだってっ……今思うと、私の学校生活はこの時から始まったんだと思います』
途中から答辞と言うより思い出話になってきたが、カンペが無いのでそのまま話すしかない。
『それからの学校生活は、毎日がキラキラした物に変わりました。休みが来なければいいのに、とさえ思え、夏休み、冬休み、春休みも無くなれ!ってちょっと大袈裟だけど、それくらい楽しかった!』
そう言いきり目線を上げると、保護者席の最後列に、小学校で元担任の二人の女性教師が、口に手を当てながら泣いているのが見えた。小学校の卒業式でも泣いていたが、今日はそれ以上だ。
二人は、私をこの中学校へ進学させた責任を感じて、月に一度は家へ家庭訪問に来てくれている。同じ小学校の皆と中学へ進学出来たのは、この二人の先生お陰だ。
『この学校に進学出来たのも暫くしてから、担任の先生が色々してくれたと聞いてます。普通なら違う学校へ行くのに、なんで皆と一緒に進学出来たか気になり、1年生の頃の担任の先生に教えてもらいました。「毎日の様に中学校へ来て、私やクラスメイトの事を説明に来て、校長先生も、この場では判断出来ないですと答えたら、教育委員会まで行って、あれよあれよで小学校と中学校の保護者を集めて説明会まで組んで、涙ながらにお願いしてたよ、その場にいた保護者の人達は満場一致で「白原さんを進学させよう、皆と一緒に学校へ行ってもらおう」ってね」それを聞いた時は何か……こう、言葉に出来ない何かが溢れて泣くことしか出来なかったけど、今は解ります。先生や保護者の皆さん、色々な人達が私の背中を押して、この中学校に進学させてくれた事を、そして……今日一緒に卒業する同級生と在校生の支えがあって3年間の学校生活を送ってこれました。……たくさん感謝しても返せないくらい、皆から支えてもらいました。……今日は、日頃は言えない感謝の言葉を、伝えたいと思います』
いつの間にか大粒の涙がこぼれて、声も途中から涙声になっている。それでも、感謝の言葉を伝えないと……
『お母さん、いつもお仕事大変なのに、色々と手伝ってくれてありがとう』
お母さん……たぶん最後まで聞こえてない、お仕事辺りで号泣しだしていたから。
『清水先生、加藤先生、小学校を卒業した後も会いに来てくれてありがとう』
二人も母に負けないくらい号泣している。
先生、あまり目立つと、他の保護者が引いちゃうよ?
『クラスの皆、いつも優しくしてくれてありがとう』
ちらほら「当たり前だ」「気にするなよ」「小咲ちゃん」と涙ながらに呟いている。みんな――
『親友のしーちゃん……私を引っ張り回してくれてありがとう』
卒業生達から笑いが起きた。
声は聞こえないが、しーちゃん「バカ」と言っている気がする。
『先生方、保護者の方も3年間、暖かく見守って頂きありがとうございます。在校生の皆さん、私はこんなにも多くの人達に支えられ、今日と言う日を迎えられました。皆さんもたくさんの人達に支えられ今を生きていると思います。こんな私でも卒業出来るんです。来年、再来年と卒業する時は、私達よりもたくさんの思い出を作って卒業してください。……なんて、最後は先輩ずらしてごめんなさい。でも、この学校に来て、毎日が楽しかったは本当なの、私達卒業生がいなくなっても同級生、クラスメイト、後輩、先生達がいる。別れは悲しい事だけど、それだけじゃないから……』
自分自身でも分かるくらい、大粒の涙を流す。うつ向くと更に涙腺が崩壊して、言葉が出ない。
「小咲ぃ!頑張りなさいっ!」
その声に顔を上げると、しーちゃんが涙を流しながら立っていた。
「最後までっ!最後まで言いきりなさいよ!
私達の代表でしょ!……私の、親友でしょ!」
しーちゃんの言葉にら周りも「頑張ってー!」「頑張れ!」「代表!」「小咲ちゃん!」と呼応する。
私は気合いを入れ直し、涙を拭い答辞を続ける。
『……うん、頑張る。でも、さっきの続きを何て言おうか忘れて……えーと、えー……』
気合いを入れすぎて続きの言葉が飛んでしまい、あたふたする。
少し笑いが起きたが、昨日まで書いていた答辞の最後を思い出す。
顔を真っ赤に染めて、また涙が出て来ないうちに終わらせようと、最後の感謝を自分の精一杯の気持ちを乗せて
『最後になりますが、卒業生の中で1番……いえ、この学校の中で1番幸せでした!この喜びを、クラスメイトと勉強が出来る喜びを、生きている喜びを!誰よりも実感できました。この気持ちは、感謝の言葉だけでは伝えきれません。私は皆が大好きです!
この学校が大好きです!私を生んでくれてありがとう!私と出会ってくれてありがとう!こんな私を受け入れくれてありがとう!……私達は卒業します。保護者の皆様、先生方、在校生の皆さん、私達のために、このような式を行って頂きありがとうございます。3年間、本当に、本当にありがとうございました!……卒業生代表 白原小咲』
卒業式も終わり、クラスごとに最後のホームルームが始まる。
担任の先生は…まだ泣いている、見かねた副担任のナナちゃん先生も泣いているが、ちゃんと代わりに進行していた。
「みんな、卒業おめでとう!小咲さんの答辞には感動しちゃった♪もう涙腺崩壊よ!」
○コ厨のナナちゃんは、保護者が居ようが通常運転だ。
「加藤の下りは面白かったな!――」
「――ああ!あれは笑えた。白原しか言えねーわ!」
「……俺も昔ボコボコにされたなぁ〜」
「ちょっ!あんた達、私にケンカ売ってるの!やるなら表に――」
「――まあまあ、しーちゃん落ち着いて……」
男子達が最後とばかりにしーちゃんをからかい怒鳴られる。この3年間の見慣れた光景だ。
「元はと言えば、小咲があんな事を言うからよ!あれだけ一緒に答辞の内容考えたのに、最初と最後しか合ってないじゃないのよ!」
「えーと…書いたの、お母さんに渡したままで、話す前にもらうの忘れちゃって……」
笑いがどっと沸いた、保護者達からも笑い声がこぼれる。小咲の母は「あっこれか」と今しがたその存在を思い出したようだ。
「忘れたって……はぁ〜小咲らしいわね、でも恥ずかしいから次は無しよ!」
「うん、次は気を付けるよ!」
しーちゃんは小咲の頭をポンポンと撫で「もう」とため息をつき、椅子に座り直した。