8話:身代りの副院長
神聖サフラ治療院内の職員達はある人物達を探していた…
「ドゥーラ院長!」
「治療士長ー!」
「院長ー、士長ー!!」
いくら呼べども2人は姿を現さない。
治療院職員達は窓の外を観て、この状況を把握しようと各々が情報を集めため奔走していた。
「セーラ副院長、冒険者ギルドが「治療院を調べさせろ」と言ってます!?」
「何をバカな!我等、聖ミナルディ様のご加護がある神聖サフラ治療院と知っていながらの物言いか!?」
治療院の男性職員から伝えられた言葉に憤慨するセーラという女性の副院長は現状を受け入れず…というより状況が掴めず焦っていた。
(どうしよう…わたし、昨日来たばっかりなのに…)
「いかが致しますか!?」
「あっ!?…少し待ちなさい!」
「はい!」
(どどどどうしよう…ぼぼぼ冒険者が入って来ちゃうよ〜!?)
セーラは昨日、本国から治療院へとやって来たばかりで、周りにいる職員達の顔と名前もわかっていない。
そんなことは二の次で、セーラは必死に治療院運営書類を漁り、緊急時の対応を示す手引き書を探す。
(手引き書〜手引き書ー手引き書……どこにあるの〜)
側にいた男性職員は焦るセーラに、自身も早く指示を受けたいためか焦りながら聞く。
「ななっ、何かお探しですか!?」
「っ!?手引き書です!この治療院は緊急時の手引き書は無いのですか!!」
思わず少しだけ素が出るセーラ副院長、男性職員は続けざまにセーラを焦らすような事を言う。
「この治療院には、手引き書はございません!?何せこの公都は、500年間外敵から攻められた事が無いのですから、20年いる私でさえ見たことも聞いたこともありません!」
そう、この公都ガルデアはインデステリア王国建国以来、約500年もの間外敵からの侵略や攻撃に合わず、その存在を長年保ち続ける世界でも希な場所なのだ。
悪く言えば、「平和ボケの街」と呼ばれてもおかしくないほどだ。
そんな公都にある治療院に、本国や紛争の絶えない諸国にあるその地特有の事情が記載されている手引き書など存在しなかった。
「そんな!?ででではどうすれば…」
「治療院は神聖ミナルディ皇国の領地と同等の自治権を与えられています。治療院に何かあっても、こちらが要請しないかぎり他国不干渉が常識です。ここは冒険者ギルドの要望を飲まず、治療院に籠城し院長の判断を待つのです!」
「…そうですね……待って!?あっ相手は冒険者ですよ!いくらわたし達が籠城しても、荒くね者の冒険者達に太刀打ち出来ますか!?」
セーラは男性職員の案に乗ろうとするがすぐに訂正して言った。
他国の軍や役人であれば「戦争」の文字をちらつかせ国同士の対立に持っていく事が出来るが、相手は国家を超越した国を持たないギルド組織で、最も数が多い冒険者ギルドなのだ。
「ですが!ここは本国から預かる土地、みすみす他国…いや、冒険者などに踏み荒らされては…」
「………」
セーラは男性職員の気持ちが痛いほどわかる。
治療院は遥か昔から存在するが、いざ戦争になれば真っ先に狙われ、抵抗する手立てが無い治療士達は敵に殺されてしまう。
治療士がいなくなれば、怪我を負った者や瀕死の者、毒を負った者も戦場には戻ってこれない…戦争での兵站の次に標的にされる場所なのだ。
これを世界最古の国、神聖ミナルディ皇国が管理し他国不干渉の条約を結ばせ諸国に治療院を置いている。
だが人魔大戦で条約は破られ、獣王共和国(旧獣王国)の治療院は壊滅的な被害を受けた。
それは魔族ではなく人族、神聖ミナルディ皇国以外のインデステリア王国と周辺諸国による謀略により壊滅したのだ。
「10年前の二の舞には出来ません…副院長、ご判断を…」
「………」
セーラ副院長は判断を迫られる。
10年前も冒険者ギルドと名乗る者達が治療院を包囲して、実は人族の連合軍の兵士だったのを思い出している。
当時も「このような状況下で、各院長がギルドとの敵対を恐れ治療院を開放した」と本国の治療院で記述された本を思い出す。
「…わかりました。治療院内で籠城します!冒険者ギルドと名乗る代表者に即時治療院周辺より立ち去るよう神聖ミナルディ皇国名で通達し、代表者に調査内容の説明を求め、内容によっては戦争も辞さないと伝えなさい!」
「はっ!」
命令を受けた男性職員はずく様セーラのいる副院長室を出ようと駆け出すが、それをセーラが呼び止める。
「待ちなさい…」
「…まだ何か?…」
呼び止められた男性職員はセーラに向き直り呼び止めた理由を伺う。
「…貴方の名前を教えてもらえないでしょうか?」
セーラは苦笑いをごまかしながら言う。
男性職員は恐縮しながらも笑顔で答えた。
「A級治療士のハザックです。セーラ副院長!」
ハザックは答えたのちにすぐ部屋を出ていった。セーラは安堵と不安を同時に感じて椅子にもたれかかる。
(ハザックさんは優秀な治療士さんだな〜、わたしはどうして優柔不断なんだろう〜……)
「ああー、もうっ!冒険者ギルドじゃ無いならそれでよし!本物の冒険者ギルドなら……謝ればよし!」
セーラは自身で納得して今後の対応を決めた。
夕日が沈む窓を眺め、心の中で無事に事が終わるのを祈りながら……
冒険者ギルド1階の受付、臨時指揮所と化した受付前に陣取るカリナとアドラスは、本来であれば治療院の近くに陣取るはずだが、カリナの娘アリナが「寒い!」と駄々を…風邪を引いたら困ると言うことで冒険者ギルドに戻り、治療院の動きを逐次報告にくる冒険者達の報告を受けていた。
「…報告します!治療院から正式に抗議と代表者による調査内容の説明を求めています!」
「そら来た!副ギルドマスター、出番です!」
報告を聞いたアドラスは待ってたとばかりにカリナに言う。
「ふぁ〜…やっと出番ね〜…待ちくたびれたわよ」
受付のカウンターでカリナ居眠りをしていたらしく、欠伸しながら文句を言う。
「そんなこと言わずにお願いしますよ〜……これが内容を記した書類です。2部あるので、あちらさんにも渡してあげてください!」
「はいはい…アリナ、おとなしくお留守番しててね?」
「はーい!」
アドラスの作った書類を軽い口調で受けとり、娘のアリナにお約束ごとをする。
夫婦共働きのカリナは、よくギルドに娘を連れてきて託児所がわりにしている。
何故、治療院の時からカリナといるのかは謎だ…
「このおじさん達を好きしていいからね〜♪」
「はーい!!」
元気で可愛い返事にカリナは娘の頭を撫で「行ってきます」と言い残しギルドをあとにする。
ギルドに残ったおじさん達は娘のアリナにおもちゃにされたのは言うまでもない…
カリナは治療院入り口の扉に立ち、役名と名をつげる。
「…冒険者ギルド、副ギルドマスターのカリナと言います。通達を受け、内容の説明に参りました…」
その声に扉の小窓が開いて、中の職員がカリナを除き見て質問してくる。
「代表者だな?冒険者証はあるか?」
「……あるわ、はい…」
本来、冒険者証を治療院ごときには見せないが、カリナは警戒する職員を信じさせるためにやむを得ず冒険者証を渡す。
だが治療院が冒険者証の偽造を判断することは出来ない、したがって次に言う言葉は決まっている。
「「これは本物か?他に証明出来る物を見せろ」」
「…なっ!?」
カリナは心を読める訳ではない、長年で培った経験を元に予測したにすぎず、たいして驚くような事でもない。
ただ、脅しには使える。
次に言う言葉も決まって…
「「何者だ!貴様!?」」
「くっ!」
「「俺の言葉を真似するな!」」
「ぅくっ!?」
「「心を読めるの…か…」」
「…はぁわっ!?」
ここまで来れば相手も怖じ気づく…
カリナは一応笑顔で目は笑っていないが、職員にお願いする。
「本物の冒険者ですので、そちらの代表者に会わせていただけます?」
物言わぬ恐怖に怖じ気づく職員は、首をカクカクと縦に振り扉を開ける。
「ああ、あの…武器は、持って無い…ですよね?」
一応、武器など無いかは調べるようだ。
実は、カリナは市民服と言われる服を着ていて、端から見ると冒険者より街のおば…お姉さんの様な格好なのだ。
「これのどこに武器を携えられるの?」
カリナは怒りははしないが、不機嫌そうに言う。
職員も慌て謝罪する。
「すすすっ!?すみません!どどどうぞこちらに!」
「わかればいいのよ〜♪」
公都で冒険者になると最初に教えられ事がある…
『副ギルドマスターを怒らせないこと…
副ギルドマスターの娘の言うことを聞くこと…
副ギルドマスターに年齢を聞かないこと…』
…先輩冒険者達は過去にやらかしたのだろう。
その教えは年々増えているそうだ。
それを知らない治療院の男性職員は、命拾いをしたと思う。
副院長室の前に案内されたカリナは「なるほどね〜」と呟いて、代表者らしくキリッとした顔を作り扉をノックする。
中からはバタバタ、ドタドタと何やら慌てふためいている音が聞こえる。
「…冒険者ギルドの代表で来ました…入っていいかしら?」
「どどどどど――」
カリナが入室の許可を求めるが中からは「ど」しか聞こえない。
カリナは真似してみる。
「どどど?」
「どどどどうぞぞぞ!?」
カリナはたぶん、「どうぞ」と聞こえた様な気がしたので扉を開ける。
開けると部屋の真ん中で大きな鞄を頭に乗せて、身を屈ませ縮こまる女性がいた。
「こんばんわ、貴方が治療院の代表…可愛いお尻が丸見えだけど…」
「はうっ!?」
お尻が隠れない女性はカリナに指摘され、飛び上がりながらお尻を隠す。
女性はカリナと目が合い涙目になりながら話そうとする。
「こここ!?ここここ――」
「――鳥みたいな鳴き声ね、貴方がセーラ副院長でしょ?」
「はっ!?はひっ!!」
名前を呼ばれたセーラ副院長は何故か気を付けをする。
「そんなに緊張しないで、貴方の事は知っているわ」
「どどどどうすてて!?」
セーラ副院長は震えすぎて話しにならない、カリナはとりあえず座って話そうと思い、セーラ副院長に着席を促す。
本来では促される方であるが…
「まぁ座りましょ…震えすぎて歩けないのね?………はい!」
「ひゃん!?」
カリナはセーラ副院長の後ろに椅子を置き両肩に手をのせ、肩を押して座らせた。
「ふう〜貴方も大変ねぇ、こんな時に左遷なんて?」
「左遷…」
座らせられたセーラ副院長は、カリナの言葉に驚きを隠せない。
カリナはその秘密を知っているようで、本人を前に平然と答える。
「あら、知らなかったの?…貴方をドゥーラ院長の身代わりにするため、帝都治療院が左遷させたのよ…甘〜い昇進を掴ませてねっ♪」
「そんな!?嘘よ!ちゃんと試験を受けて…受かったんだから!」
カリナの話しに聞く耳を持たないセーラ副院長に、カリナはネチネチ言い続ける。
「1ヶ月前の急な試験、資格者は治療士長未満の治療士、年齢17才から21才までで、身寄りの無い独身者…受かれば公都の副院長でしょ、普通おかしいと思わない?」
「それは…治療院も若手にもっと幅広い活躍を――」
まだ甘い考えをするセーラ副院長にカリナが叫ぶ。
「――あまーい!!貴方の実力で副院長?甘い、あまちゃんよ!C級治療士が副院長?聞いたこともありません…現に冒険者ギルドの代表者をここに招いた事自体ダメよ!」
「でも〜……」
セーラが弱々しく反論しようとするが、カリナはの話しは終わらない。
「あのドゥーラでさえ各代表者に会うときは、話す内容と関係ない中立組織の施設で話し合いをするのよ!それくらい治療院は面倒な所なの、わかるセーラ副院長?」
「そ、そんな事を言われても〜…」
両手を胸の前でモジモジと動かすセーラ副院長…彼女の癖なのだろうか、カリナのイライラゲージが貯まって行く。
「…いい、なんで貴女がこの治療院に来たか…その治療院が今どのような状況なのか教えてあげるわ!」
「ははは、はいー!?」
カリナはアドラスから渡された書類をセーラ副院長に手渡し、自身も書類の内容を見ながら説明する…
セーラ副院長は、さすが試験を受けて副院長に就いただけはある。理解力は説明するカリナよりも有りそうだ。
「…なるほどね〜」
納得して呟いたのはカリナだ、セーラ副院長は書類の内容の辻褄が合わない部分を直している。
カリナは(あとでアドラスに説教ね…)と心の中で誓う。
セーラ副院長は内容を直しながらカリナに説明を続ける。
「それで…この最後の『神聖サフラ治療院は調査をする冒険者ギルドへ施設を開放すること』だと、いかにも脅しているので、副院長名で「調査を行っているが調査難航中」とするので、わたしが『調査のため冒険者ギルドへ協力要請を行う』と新たに書類を作ります。
カリナさん冒険者ギルド側は『神聖サフラ治療院より調査の協力を求められ、これを受諾する。』と書き直してください…」
カリナはセーラ副院長の切り替えの早さと、小難しい書類上のやり取りの細やかな手直しを見て感嘆する。
「貴女…頭いいわね、治療院に裏切られたのに…」
「…今思うと悲しいですが…このまま、この神聖サフラ治療院が「人体実験場」として汚名を被り続けるのは嫌なんです。副院長として就いたからには院長達と関係無い治療士達を守らないと…副院長のわたしが何とかしないと!」
カリナは、アドラスが用意した治療院職員の身辺調査内容をセーラ副院長へ伝えていたが、実験に関与したのは院長と治療士長のみであり、他の治療院職員は関与していないと書いてあった。
セーラ副院長は自身の保身よりも治療院職員の身を案じていて、治療院副院長としてはあまりにも若すぎるセーラをカリナは心配してしまう。
「間違いなく貴女は処罰される…その時は冒険者ギルドでも関与出来ないわ…今なら冒険者ギルドへの抗議を取り下げずにすむわよ?」
「…いえ、いいんです…抗議は取り下げます。
わたしは、この事態が収縮したら本国へ更迭されますが、治療院は存続します。その時はカリナさん…」
セーラは言葉につまり目には涙が溜まり頬をつたう。
セーラ副院長の対応は、治療院側としては最悪な事態を招く対応をしている。
責任はすべてセーラひとりに向けられるだろう。
カリナはセーラを見て、その責任を全て受け入れる覚悟があると感じた。
「覚悟してるのね?」
「……はい!」
涙を拭い答えたセーラにカリナは頷き席を立つ。
「治療院職員への説明を頼みます。私は冒険者達を呼んで来ますね…」
カリナの言葉にセーラは頷くも、目を擦っていた。
カリナはそれを確認して部屋を出て冒険者達のいる治療院入り口へと向かう。
扉を開け、カリナは冒険者達に怒鳴りながら言う。
「お前達!治療院は調査協力を願い出た…いいか!現在、院長と治療士長の行方がわかっていない、子供達もだ!!…これより包囲陣を解く、院長達を探しだせ!!!」
「「「「おおーーー!!!」」」」
カリナの指示にすぐに動く冒険者達、荒くね者とは思えない統率のとれた行動だ…カリナのカリスマ性がそうさせるのだろう…
各々が治療院から散開したところに、カリナに近づく男女が話しかけてきた。
「…カリナ…」
話しかけられたカリナは声のする方へ顔を向ける。
「メルメル?…それにギルマス!?」
「おいおい!?わしはもうギルマスじゃないぞ?何年前の話だ」
「あっ、ケインさん…」
メルーナの隣には、元冒険者して公都ガルデア支部冒険者ギルドのギルドマスターだったケインがいた。
バルザラス男爵家の護衛騎士の彼が、何故かメルーナと一緒にいる。
「ケインさん、男爵家の騎士が来られると…」
「なぁに問題ない、男爵様からお暇をいただいたんでな…今は無職の老兵だ!」
そんなに老けてないケインはカリナに「大丈夫だ」と言う。
カリナは困った顔をするが、メルーナがケインの腕を引っ張り治療院の中へ入ろうとする。
「!?…メルメル!待ちなさいよ…」
「…時間ない…ケイン…行く…」
「アルバードも承諾ずみだ!」
カリナは諦めて2人に言う。
「…なるべく壊さないようにしてください…」
「…うん」
「なるべくだなっ!」
カリナの言葉に2人は返事をして治療院に入っていく。
カリナは2人を見送りながら独り言のように呟いた。
「もう、地下道は閉鎖ね…誰も巻き込まれないでほしいけど…」
地下道に行ったメルーナとケイン以外の者達を心配しながら、2人が消えた入り口をカリナは見つめ続けた……