5話:揃うピース
公城の東側、調薬局別棟は戦場さながらの雰囲気だ…
治療薬士や治療魔法士達は怒号をあげながら慌ただしく走り回っている。
マサアキは戻るなり走り回る者達に怒鳴る。
「何をしている!出来るだけ子供達のを安静にさせろと言っただろう!!何を慌てているんだ!?」
マサアキが調薬局別棟を離れたのは四半刻ほどだ…
治療薬士ギルドの職員だろうか、ボサボサ頭の男性がマサアキに駆け寄り焦りながら説明する。
「マサアキさん!…マサアキさんが出ていってからケインさんとこのハリス君の容態がまた悪化してっ!――」
「――バカ野郎!バルザラス男爵がいるだろ!?あの人に任せれば容態が落ち着くはずだ!!」
「はっ、はいぃ!」
怒鳴られて情けない声をあげるボサボサ頭の男性職員は「ですが…」と話を続けようとする。
「なんだ!!」
「…あっあの、バルザラス男爵様ですが…マサアキさんが出ていってからすぐに、邸から伝令が来て邸に行きました…」
「こんな時になんで邸に行くんだ!男爵もこの状況をわかっているだろが!
サイ!!何故男爵を行かせた!?」
マサアキは周りの職員達にも当たり散らしながらサイことボサボサ頭の男性職員に怒鳴る。
「俺に怒らないでくださいよ!男爵様が「伯爵家のご令嬢が邸に来ている…私が行かなければ大変な事になる」って言ってケインさんと一緒に飛び出してったんですから!」
サイも怒鳴られ過ぎて逆ギレしてマサアキに言う。
逆ギレされたマサアキは一瞬たじろぐが、すぐに怒りにの矛先をバルザラス男爵に向ける。
「…男爵も男爵だ、たかが伯爵の娘ごときで邸に戻るなど…貴族がなんだっていうんだ、大事なのは子供達の命だろ!!」
マサアキは壁を叩きつけ怒りをぶつける…
その会話を聞いていたユリがサイに訊ねる。
「すみませんが、その伯爵家の家名はお聞きになられましたか?」
「はい、えーと…たぶんスティフォールだったような…」
サイの口から放たれた家名にユリは愕然とする。
10年間も仕えた伯爵家の家名を知らない訳がないユリは、マサアキ頭を下げながら謝罪をする。
「申し訳ございません…その伯爵家ご令嬢は私達と同じ冒険者パーティーの一人です…本当に、申し訳ございません!」
「えっ!?あ…はい…」
マサアキはユリの謝罪に困惑する。
頭を下げ続けるユリに習い、シネラも頭を何度も下げ謝罪した。
「すみません!うちのバカがすみません!…」
「あっ!?いや、えっ?…」
幼いシネラにも謝られたマサアキは何が何だかわからず、頭を下げ続ける2人にオロオロしながら訳を聞いく。
「あの…その、冒険者?伯爵家ご令嬢が?…ユリさんとパーティーで、でもなんで男爵の邸に?」
マサアキの疑問にユリは簡潔に訳を話す……
「……でして…置いてかれた彼女達は依頼主の名前を間違えバルザラス男爵様をお呼びだししてしまったと思います…全ては私の不徳でごさいます…」
「…いや、ユリさんは悪くない…魔が悪かったんだ気にする必要はない、ハリス君も持ち直した様だ…しばらくは大丈夫だろう」
容態が危ぶまれたハリス君は、ユリが説明をしている時に女性職員がやって来て「ハリス君の容態が安定しました!」とマサアキに告げに来た。
マサアキもその報告に安心して、ユリの説明を最後まで聞いたからこそユリ達を許せたのだろう…
だが、何故ユリ達が治療薬士ギルドを訪ねるてきたのかまだ聞いておらず、今更ながら訊ねる。
「それで…治療薬士ギルドにはどういった要件で?」
ユリはハッとした表情を浮かべ、今の今まで忘れていた本来の要件を話す。
調薬局別棟に来てから何処かに消えたメルーナにも話した内容だが、マサアキは何度も相づちをうち、ユリの話しを最後まで聞くと少しだけ考え込み、そして口を開く。
「…アルバードが言った通り、治療薬士ギルドは関与していない…」
「…そうですか…」
「…どうしよう…」
やはり治療薬士ギルドは白だった…
ユリとシネラは項垂れ下を向いてしまう。
そんなユリ達にマサアキは、シネラの後ろを見ながら自分の考えを口走る。
「…ただ、この原因不明の病気と関係があるかもしれない…」
「どのような関係が?」
マサアキの口走った言葉に反応したユリは聞き返す。
「…うわっ!」
ユリの横にいたシネラが声をあげる。
ユリはすぐさまシネラへ振り向くが、シネラは見覚えのある男性に抱き抱えられていた。
「…アルバード」
「よっ!ユリ嬢…ぶっ!?…ちりゅうしゅどもはしりょだっきゃろ?」
いきなり現れたアルバードは、さも当たり前のように言ってくる。
抱き抱えられたシネラは「おーろーせーー!」とアルバードの顔を前足で退けつつ抵抗していた…16才のレディは抱き抱えられる事に不服のようだ。
「…降ろしなさい、シネラちゃんも一応は成人した女性よ?カリナに報告するわ…」
「わわっ!?降ろす!降ろすから!!」
ユリの脅しに慌ててシネラを降ろす。
解放されたシネラはユリの後ろへ行き「もう言っちゃてよ!」と怒りに心頭のご様子だ。
そんなやり取りを眺めていたマサアキは「…成人…この背丈で?…」と呟く。シネラはこの身体になってから耳が良くなりすぎていたので、その呟きを聞き漏らさなかった。
「この身長でも成人だよ!16才の乙女だよ!」
「アルバードもマサアキさんも、シネラちゃんを子供扱いしないでください…セクハラですよ?」
「セクハラって…」
「いいじゃねーか、娘みたいなもんだろ?…てかセクハラって何だ?」
ユリのセクハラという発言に狼狽えるマサアキと、セクハラという言葉を知らないアルバードはシネラの年齢を知っているのにもかかわらず、シネラに近づきながら自分の娘と一緒の扱いをしようとする。
「登録の時は抱っこさせてくれただろ〜?」
「それはそれ!私は娘じゃない!乙女だよ!次は無い!!」
シネラは「フシャー!」と威嚇しらがらアルバードに警告する。
アルバードは「そんな〜」と本当の娘に「パパ嫌い!」と言われた時の様な悲しげ表情をする。
呆れはてるユリにマサアキが話しかける。
「それで関係性ですが、今この棟にいる子供達はある治療院で一度、治療を施された子達なんですよ」
「この病気ですか?治療院で完治出来なかったから調薬局で治療を?」
マサアキは真面目なタイプのようだ…アルバードとは違い、この状況を見極め話ができる。
「いや、子供達は治療院で風邪やケガの治療をしてもらうために行ったようですが…何故か治らず…その後に、原因不明の病気にかかってしまい現在に至ります…」
マサアキは何故か悔しげな表情になる。
シネラに駆逐されたアルバードが復活して話しを引き継ぐ。
「その治療院は、神聖ミナルディ皇国所属の神聖サフラ治療院だ。迂闊に治療院を探れば戦争になりかねないので、治療薬士ギルドも冒険者ギルドも治療院には手をこまねいていた…」
「何故、冒険者ギルドは動かなかったのですか?国など関係ないでしょう!」
ユリはアルバードに詰め寄り睨みつける。
アルバードは気にしたそぶりも見せず話しを続ける。
「…ある商人がケガをして神聖サフラ治療院に行った…その商人は商売道具を盗まれた時に頭を殴られたらしく、キズが深いため一晩治療院で過ごしたようでな、そこで夜中に子供の泣く声が聞こえたそうだ…」
アルバードは淡々と話す。
「…今、治療院にいるケガ人は自分だけだと気づいたその商人は、泣き声がする方へと足を運んだが、そこは行き止まりで誰も居なかった。怪しんだ商人は受付に忍びこみ、ここ1週間の治療者リストを書き写し公都騎士団へと届け出た――」
「――その写しを私の部下が受け取り、緑牛の騎士団が治療者の所在を先ほどまで確認していた…」
話しをしていたアルバードの横の扉からきらびやかな鎧に身を包んだ騎士が現れ話しだす。
「…所在不明者は13名、全て子供で捜索依頼が出されています。それに伴い共通するのは、13名とも治療が未治療で、年齢が5才から8才と調薬局で治療を受けている子供達と同じ年代ということです」
「…なるほどな」
アルバードは騎士の話に納得する。
シネラは状況を掴めずにいたが、ユリは察したようだ。
「…その治療院が病気の原因を作り、調薬局にいる子供達以外の子供を拐った…ということね」
「そういうことだ」
「そうなります」
ユリの理解力が、事の経緯を簡潔にする。
シネラも理解したようで思わず叫ぶ。
「わかった!!」
「「「「!?」」」」
その場にいたシネラ以外の4人がシネラの叫ぶ声に驚く、シネラは思いついたようにユリに言う。
「ユリさん!マルス君とティーナちゃんは治療院にいるんだよ!ぜったいそうだよ、早く助けに行こう!!」
その勢いでユリの手を掴み駆け出そうとするシネラを、アルバードが止めに入る。
「待て待て待て!?落ち着けシネラ、今は行っちゃダメだ!…って、ボルドーも一緒に行こうとするな!」
ボルドーと呼ばれる騎士も、シネラに引っ張られるユリの後ろをついて行くが、アルバードの巧みなディフェンスにより阻まれる。
行く手を阻まれた2人はアルバードに抗議する。
「じゃま!行かせてよ!」
「…邪魔だそうですよ?」
「ダメだダメだ!特にボルドー…お前が行ったらマジで国家間の戦争になる!」
アルバードは必死に止める。
「…致し方ないですね…」
「えっ!?諦めたらそこで終了だよお兄さん!」
「ぷふっ!」
諦めたボルドーにシネラは某スポーツの監督の様な台詞を言う。
マサアキはシネラの言葉にツボったようだ…
ユリはアルバードが必死にシネラ達を止めた理由が解り、シネラを自分に向かせ、しゃがんでから言い聞かせる。
「一度、冷静になりましょう…私達だけで行っても子供達を助けられないわ…」
「でも!?」
「シネラちゃん…助けたい気持ちだけで人は助からないわ…それに、シネラちゃんよりもその気持ちが大きい彼も踏みとどまった…そうでしょう?バルボネ男爵」
ユリの言葉にシネラはボルドーへ視線を移す。
バルボネ男爵と呼ばれたボルドーは、鎧をガチャンと音を立て身体をしゃがませシネラとユリの目線を下げてから返答する。
「…さすがユリさんですね。私からは一度も紹介していないのに、少ない情報で言い当てるとは思いもしませんでした…」
「…普通のことです」
ユリは、ボルドーの褒め言葉を軽く流す。
「シネラちゃん、はじめまして私はボルドー・バルボネ…緑牛の騎士団長で、男爵位を持つバルボネ男爵家の当主であり、マルスとティーナの父親です…」
「…マルスとティーナの!お父さん…」
ボルドーがシネラに自分自身の説明をする。
シネラは驚きユリの方を見る。
ユリは頷くき肯定する…
アルバードも見るが、首を縦に頷き「まだケツの青いクソガキだかな…」と言う。
「…ごめんなさい…何も知らなくて、お兄さん…ボルドーさんを困らせて…マルスとティーナを一番心配してるのに……」
シネラは申し訳なさからか目を涙でにじませて謝る。
今にも泣きそうなシネラを見て、ボルドーは慌てて言葉を紡ぐ。
「だっ!?大丈夫だよ!僕は困ってないし、シネラちゃんのマルス達を心配してくれる気持ちが伝わってきたから、僕はうれしいよ!」
「…でも…まだ…ぐすん……」
とうとうシネラを泣かせたボルドーはどうしたら良いか解らずユリを見る。
ユリは右の眉を吊り上げ目線が合ったボルドーを脅す。
「何を泣かしているのですか?インデス洋に沈められたいのですか?」
「い、いえ!?違います!これは不可抗力で…」
今日1番の殺気とドスの効いた言葉に当てられながら弁解するが、ユリは聞く耳を持たない。
「貴方はシネラを泣かすので邪魔です…とりあえずバルザラス男爵邸にバカ2人を迎えに行きなさい…」
「バッ…バカ2人…ですか?」
バカ2人が解らないボルドーは聞き返す。
それをアルバードが答えた。
「スティフォールの娘のマリアと猫人族のマリだ…あと、連れてくるなら半刻後までに中央広場に来い…間に合わなければ神聖サフラ治療院に直接向かえ、ただし!お前は治療院に来るなよ?」
「…わかりました…迎えにいってきます…」
まだユリが殺気を放っており、シネラに再度謝る隙がないと思ったボルドーはユリの言う事をきくことにする。
まだ泣いているシネラに後ろ髪を引かれながらその場を立ち去った。
このあとボルドーは、アルバードの言っていた時刻に間に合わず、バルザラス男爵邸から自身の邸に向かう事になる。
「それで、俺達はどうすればいいんだ?」
モブ化していたマサアキがアルバードに訊ねる。
「冒険者ギルドは、神聖サフラ治療院を包囲して子供達を助けだす。治療院の子供達は間違いなく病気にかかっているだろう…こちらに輸送する手段は俺が用意する。輸送中の子供達の治療を治療薬士ギルドに頼みたい…」
「了解した……サイ!聞いてたな!?半刻後に中央広場だ!」
「はい!…緊急召集!緊急召集!…」
アルバードの指示と頼みにすぐ行動に移すマサアキは、あのギルマスが任せるだけあり、ギルドを指揮する者として優秀な様だ…
「ユリ嬢!シネラ!行けるか!?」
「…愚問ですね」
「…うん、行く…」
アルバードはしゃがんでいるユリ達に叫びながら聞く。
ユリは立ち上がり当然とばかりに言い、シネラは涙を拭いながら答える。
「泣き虫が子供達を助けられるのか?」
アルバードはシネラに意地悪く言う。
「!?…大丈夫、ぜったい行く!子供達を…助ける!」
シネラはしゃんと立ち、強い眼差しをアルバードに向けて、自分自身を鼓舞するよう言葉にする。
シネラの言葉に2人は頷き、アルバードが扉を開けてシネラ達を促す。
「それじゃ、助けにいくぞ!!」
「はい!!」
「ぜったい助ける!!」
ユリ達はアルバードともに、中央広場へと向かった。




